触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 一番複雑だったのは一馬だろう。一馬はあまり口数が多い方では無いし、表情だってわかりにくい。だが口を開けば、人生を悟りきったようなことを言うことがある。それは沙夜もそうだが、他のメンバーもありがたいと思っていたに違いない。だが今はそれもいらつく原因なのだ。
 それだけでは無い。それぞれがみんないらついている。それは音楽がきっかけだったかもしれない。そして奏太がその音楽を見てきたことで、それは更に露骨になってきたように思える。
 だがこのままではいけない。言いたいことを言っていたのは今も昔も変わらなかったのだが、それでギクシャクするのはわけが違う気がする。このままでは「方向性の違い」という理由で解散すると思った。
 それも「二藍」が選んだ道だというのであれば仕方が無い。だがこのまますんなりと解散させたくなかった。
「メイクさんが少ししたら来るんだけど……花岡さん。」
 沙夜はそう言うが、一馬は沙夜の方を見ようともしなかった。自分のせいで沙夜が痛い目に遭ったと思っているから。謝って済む問題なのだろうか。妻が勤めている洋菓子店で菓子を買って、それを手にして謝っても済む問題じゃ無い。これは信用の問題なのだ。
「花岡さん。」
 名前を呼ばれて一馬はふと顔を上げる。
「あ……悪かった。俺の……。」
「良いから、少し外に出ましょう。落ち着かないと本番でミスをするわ。「二藍」はいつも一発撮りでNGも出ないと言われているのよ。今回もそうしたいと思わない?」
 だから「二藍」が重宝されるのだ。無駄な時間を取らない。無駄にフィルムを使ったりしないのは、テレビ局にとっても願ったりなのだから。
「沙夜。どっか痛いところは無いのか?」
 翔が声をかけると、沙夜は首を横に振る。
「大丈夫。少し時間が経てば痛みは出てくるかもしれないけれど、前に比べたら大した物じゃ無いわ。」
「沙夜さんは「二藍」に関わって、ここんところ怪我をしてばかりだね。」
 純はそう言うと、遥人も少し笑って言う。
「そうだな。刺されたり、打たれたり。湿布でも買ってきてあげようか。」
「常備薬があるから大丈夫。それよりももう少ししたらメイクさんが来るわ。悪いけれど三人は先にヘアメイクを終わらせてもらっても良いかしら。」
「良いよ。一馬はいつもあまりいじらないし。治は少ししたら帰ってくるかな。」
「そうね。」
 奏太とどんな話をしているのかわからない。だが双方の話を聞かないといけないだろう。片方の話だけをして判断するのは平等では無いと思うから。

 一馬の衣装のまま外に出るのは、「二藍」がここに居ますと言っているようなモノだ。だから外には出れない。そう思って沙夜が一馬を連れてきたのは、地下の駐車場だった。エレベーターを使えばすぐに楽屋に戻ることが出来る。こういうことも想定していたのかはわからないが、沙夜はそのエレベーターの近くに車を停めていた。
 社用車である白いバンの鍵を開けると、沙夜は後部座席に乗る。そしてその隣に一馬も乗った。この車はスモークが周りに張っていて、フロントガラスしか中の様子は見れない。二人が後部座席に乗っていれば、何をしているのかと見る人も少ないだろうし、もし見られて写真なんかを撮られてもすぐにわかる。それに撮られたところで何も無いのだが。
 椅子に座ると沙夜はこめかみのあたりに指を添えた。薬は飲んでいるが、まだ頭痛が治まらないのだ。その様子に一馬は心配そうに沙夜に聞く。
「どこか体調でも悪いのか。」
「最近頭痛が酷くてね。薬は飲んでいるんだけど、まだ効かないみたいで。」
「精神的なモノだろう。妻もそういう所がある。まぁ……最近はあまり薬も飲んでいないようだが。」
 息子が妻を安定させている。薬を使わなくても夜は寝れているようだし、息子に対してヒステリックになることもあるが、それでも子供が出来る前とそのあとでは安定の仕方が全く違う。
 その証拠に、以前ベッドで眠っていたときには壁側に体を向けてまるまって寝ているようだったが、今はちゃんと一馬の方を向いて眠っている。体に腕を回してくるのは無意識なのかもしれない。だがそれが自分が必要とされていると思え、一馬自身も安定しているように思えた。
「あまり時間は無いわ。何があったか教えてくれない?」
 それでも沙夜は「二藍」の担当だと気を張っている。体も心もすり減らして、それでも「二藍」に関わってくれているのだ。奏太が来た時点で、その負担は軽くなるのかと思った。だがそれは逆だったのかもしれない。沙夜の負担が大きくなっている。
「嫌……たいしたことじゃ無い。」
「たいしたことが無くてドラムスティックが折れることは無いでしょう。ドラムスティックが折れるって、叩き付けでもしないと折れたりしないわ。それくらい橋倉さんが怒ったことなんじゃ無いの?」
「……。」
「誤魔化さないで。他の人に聞いても良いけれど、あなたの口から話をするのが一番あなたのためにもなるんじゃ無いのかしら。」
 すると一馬は少し息をついて、沙夜に言う。
「最近……ずっとギスギスしているだろう。」
「えぇ。」
「多分、俺と治が一番露骨だったはずだ。」
 どんなバンドでもベースとドラムがバンドのリズムを作るのだ。だから気は合っていないとやっていけない。治と一馬も気は合っていたはずだった。
 プライベートでも既婚者同士。治の方が結婚は早かったし、わからないことは治に聞いたりしていたし、奥さん同士の付き合いもあったりして仲が良いと思っていた。
 音楽でも治のドラムは合わせやすいとは思っていたし、自分がアレンジをした「薊」も「こうして欲しい」という一馬の言うこともちゃんと聞いていたように思える。
 ドラムはバンドのリズムを作る要。だから一馬もそれに寄せて弾いていた。だが治はライブや今日のように歌番組の収録なんかになると、気分が乗るのだろう。ハードな曲はテンポが速くなり、逆にスローな曲になるとリズムがもったりする。一馬もそれに合わせないといけないと思ってベースを弾いていたが、気になり始めるとずっと気になってしまう。
 だから先程楽屋で着替えを終えた一馬が、思い切って治に言ってみた。
「何を聞いたの?まさかダイレクトに言ったんじゃ無いわよね?」
 不安になりながら沙夜は話を聞いてみる。
「ダイレクトにと言うか……特に今回の新曲は変拍子があったり、転調もする。テンポも変わる。俺もそれに注意はしていたが、治は更に気をつけないといけないだろう。だからそれを言ったんだが……。」
 すると治はいつものようにへらっと笑っていた。
「わかってるよって言ってたわよね。レコーディングの時も。」
 治は割とポジティブなところがあり、奏太に言われても割とへらっと笑って気にしないようだった。そんな治に奏太はいつも「あいつドラムのスクールの講師をしているって言ってたけど、本当か?全然テンポキープ出来てないじゃん」と愚痴っていた。もちろん本人の前ではそんなことは言わないが。
 リハーサルの時も少し不安定なところがあった。だから楽屋で一馬は治にそこを気をつけて欲しいと告げたつもりだった。だが治はいつものようにへらっと笑っただけだったと思う。
 それに一馬がさすがにカチンとしたのだろう。
「ドラムのスクールに通っている生徒には、テンポキープの指導は出来ているのか。お前が出来ていないのに、教えられることは出来ているのか。そう言ってしまったんだ。」
 それは奏太も言っていたと事だった。だがそれを本人の前で言うのは馬鹿だろう。治にもプライドはあるのだ。いくらへらっと笑っていても、心の中でどれだけ怒っているのかわからないのだろうか。
「橋倉さんもさすがにそれは怒るでしょう。」
「だから自分のドラムスティックを投げつけて、俺に言ったんだ。そんなに言うなら、俺の代わりに叩けば良いって。」
「売り言葉に買い言葉ね。」
 それでも治は平静を取り戻そうとした。奏太や沙夜が楽屋に入ってくるといつも通りだったのだから。
「俺も悪いと思っている。」
「言い過ぎたって?」
「それもあるけど……昔の癖が抜けなくてな。」
「癖?」
「俺は……今もだけどスタジオミュージシャンの仕事を求められたとき、自分の意思は要らないんだと思っていた。」
 それは前のバンドの時もそうだった。こういう風に弾いてくれとか、こういう曲調でお願いしますと言われると、その通りに弾いてそれで周りが納得するのだ。だがそれは自分の意思では無い。
 確かに弾いているのは自分なのだが、その曲を聴いても自分が作ったと思えなかった。なのに「二藍」ではそういう感覚が全くなかったと思う。
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