触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 私服のままそれぞれは歌のリハーサルとトークのリハーサルをこなす。心配していたトークでは、不倫の話は無かった。代わりに差し替えられたのは、なぜか食事の話だった。おそらく当たり障りの無い質問にしてもらったのだろう。
「妻が作るジャーマンポテトは凄い美味しいんですよ。特別なモノを使っているとは思えないんだけど、子供もあれが凄い好きですね。だからうちの家はジャガイモの消費が半端なくて。」
 治がそう言うと、周りが笑った。沙夜はそれを見ながら腕を組む。治が勝手に言っていることだ。プライベートのことだが、治は結婚して子供も居ると言うことは知られているし、奥さんとの仲も良好だというのは治にとっても悪い影響では無いだろう。だがギリギリのラインだな。沙夜はそう思いながら脇でその様子を見ていた。
「なぁ。奥さんのこととか子供のこととか言って良いのか?」
 奏太は沙夜にそうこそっと聞いた。すると沙夜は少し首をかしげて奏太に言う。
「まぁ……本人が良いというのだし、どの辺まで話して良いかというのは本人に任せているところもあるから。」
「話してるのは遥人と治だけだな。」
「他の三人はほとんど話をしないわ。」
 純に話をさせると、どうしてもマニアックな路線へ行く。一馬は口数が極端に少ない。翔に至っては話をしようと思っても上手く言葉が出ないこともあるのだ。
「泉さん。橋倉さんの奥様は、料理研究家か何かですか?」
 女性スタッフからそう聞かれ、沙夜は首を横に振る。
「いいえ。そうでは無いみたいですけどね。」
 するとそのスタッフは、少し笑って言う。
「あの質問はしますけど、答えは違うモノにしてもらえませんか。橋倉さんの奥様は一般の方みたいですし、テイクアウトとかのモノとかの方がこちらもテロップを出しやすくなるので。」
「あぁ。そうですね。後で聞いておきます。お店のことはあとで本人に聞いておきますね。」
 スタッフの方が気を遣ってくれた。そう思いながら、沙夜はまたそのリハーサルの様子を見ていた。沙夜もテレビはいつまでたっても慣れないモノなのだ。

 案の定、リハーサルが終わり楽屋に戻ってくると、ドアを閉めてすぐに遥人が治に詰め寄っていた。
「奥さんが作ったモノを出してどうするんだよ。奥さん一般人だろ?」
 遥人は幼い頃からこの世界に居るし、両親だって芸能人なのだ。その辺の質問は気を遣っているのだろう。それを治がぶち壊したのだ。
「ごめん。ごめん。もう最近、外食なんかずっとしてなかったから思い浮かばなくて。」
「そういうときは俺に言ってくれれば良いんだよ。それくらい頼りにしてくれ。」
 二人が言い合いをしているように、その側では純と翔、それに一馬が言い合いをしている。
「CD通りの演奏にしないと、PRの意味にならないだろう。」
「でもこの番組だけのアレンジだって言うのは、わざわざ時間を見て合わせている視聴者が見て良かったと思えるんじゃ無いのか。」
「いや。逆にマイナスになることもあるだろう。」
 頭が痛い問題だ。ここ最近ずっと五人はこんな感じなのだから。確かに言い合いをすることはあったが、ここまで露骨に五人がイライラしていることは無かった。
 きっかけは音楽だったかもしれないが、その音楽ですらバラバラになっている気がする。このままでは「方向性の違い」で解散するような気がしていた。
「とにかく、お前ら言い合いはそのくらいにしろよ。もう少ししたらメイクさんが来るんだから、着替えくらいしておけよ。」
 奏太がそう言うと、沙夜はその楽屋をあとにした。五人が着替えをするのだったら沙夜が居ても意味が無い。
 楽屋の外の廊下に出て、沙夜は頭を押さえた。ここのところ頭痛が酷い。薬には頼りたくないが、あまりにも続けば薬に頼らざる得ないだろう。
 おそらく心の問題なのだ。五人はプロフェッショナルな集団であり、その音楽にも手を抜きたくないと思っていた。だがその音楽自体も否定されている事実がある。だから五人は焦っていたのだ。
 あと数ヶ月したら、海外のフェスに行かないといけない。それまでに何とかしないといけないだろう。
 沙夜は廊下の壁にもたれかかる。そしてバッグからポーチを取りだした。その中に入っている白い錠剤を取り出すとそれを口に入れ、ペットボトルのお茶を口に入れる。これで少し頭痛が治まってくれると良いのだが。
 そう思っていたときだった。
「お前、風邪でもひいてるのか。」
 奏太が楽屋から出てきて、薬を飲んでいるのに気がついたらしい。
「いいえ。少し頭が痛くて。」
「まぁ、わからないでも無いけどさ。」
 奏太にも事情はわかるのだろう。「二藍」がバラバラになっていると。そしてそのきっかけは音楽だということに。
「あいつら音楽のプライドだけは一人前なんだよ。特に治や純は講師なんかもしているんだろう。」
「ドラム教室の先生やギター教室の先生ね。」
「教える立場だという自覚もあるんだ。なのにそれを全部否定されている気分になってるんだろうな。」
「……プライドねぇ……。」
「まぁ、お前が一番高そうに見えるけどな。」
「私が?」
 沙夜はそう言うと、奏太はにやっと笑って言う。
「「二藍」を育ててきたって思ってるだろう。そして自分が売れさせてきたと自覚してるんじゃ無いのか。」
「……否定はしないわ。」
「それは違うからな。商品を作ったやつが偉いのか、売ったヤツが偉いのかって話と同じだから。」
 沙夜はため息を付いてまた壁にもたれかかった。
「それよりも何かあった?衣装が合わなかったのかしら。」
「あぁ。治のズボンのサイズが合わないらしい。」
「衣装さんに話をしてくるわ。小さいの?」
「いいや。大きすぎるらしいよ。」
「変ね。」
「何が?」
「橋倉さんが指定したサイズを伝えていたんだけど。」
「あいつ、痩せたよ。」
 その言葉に沙夜は少し笑う。
「痩せたのかしら。」
「ちょっとは努力してんだろ。さっきのジャーマンポテトの件からしても、食い物に気を遣ってるんじゃ無いのか。」
「そう言えばプールへ行っているって話もしていたわね。」
「健康的に痩せてるんだな。良いことだ。」
 一馬がいつも言っている「少しは運動をして痩せた方が良い」という言葉を、最近になって治は実行しているのだろう。いつも聞き流しているように感じていたのだが、治なりに一馬の言葉を飲み込もうとしているのかもしれない。それが体型に現れてきたのだ。
「衣装さんに話をするわ。ワンサイズ小さいモノは無いかって。」
「どこに居るんだ。」
「衣装部屋よ。この番組だけでは無くて、他の番組でも使うような衣装を管理している人だから、常にそこに居るわ。」
「ふーん。俺も行って良い?」
「えぇ。ちょうどこの一階下の部屋になるから……。」

 ガチャン!

 その時楽屋から音が聞こえた。その音に二人は驚いて思わず楽屋のドアを開ける。
「どうした。」
 沙夜と奏太がその中に入ると、すでに着替え終わった四人とズボンだけはまだ私服のままの治がいた。だが治の顔が赤くなり、口を引き締めている。そして足下にはドラムスティックがあった。だが一本は折れているようだった。おそらく派手な音はこれが原因なのだろう。
 そして側にいたのは一馬だった。一馬は元々あまり表情が変わらない方だが、明らかに動揺している。そして三人はそれをオロオロしてみているだけだった。
「何やってんだよ。本番前に。治。ドラムスティックの代わりはあるのか。」
 すると治はぐっと拳を握りしめて、無理に笑った。
「別に何でも無いよ。ちょっと手が滑ってスティックが落ちただけ。あぁ。折れてるな。いいや。こっちのスティックで何とかなるし……。」
 震える手でドラムスティックを入れているケースを取りだした。すると一馬は呆れたように言う。
「ドラムスティックでドラムの音も変わるんだろう。なのにその辺にこだわりが無いとは……。」
「なんだって?お前にドラムの何がわかるんだよ!」
 ケースを置いて治は一馬に詰め寄った。もう駄目だ。沙夜はそう思って、治を止めようとした。だが治は手を振り払う。すると沙夜はよろけると、尻からこけてしまった。

 ガチャン!

「痛っ。」
 思ったよりも力が入ってしまったらしい。転けるとは思ってなかった。尚且つ転けた先にはパイプ椅子があり、それが沙夜の背中に当たって倒れると派手な音を立てた。そのパイプ椅子で沙夜は背中を打ったらしい。
 治は驚いたように沙夜を見て、駆け寄ろうとした。
「ごめん。沙夜さん。怪我をしていない?」
「良いのよ。倒れただけだから。」
 そう言って沙夜は自力で立ち上がると、倒れたパイプ椅子を立てかけ始めた。その姿を見て奏太は我慢出来なかったのだろう。
「治。衣装部屋に行くぞ。」
「え?この格好で?」
 上半身は派手な衣装のままだったが、ズボンはジーパンのままだ。それはアンバランスに見える。
「サイズが合わないんだろう。お前も一緒に行った方が良い。そっちの方が合う、合わないがわかるだろう?」
 そんなのは常套句だ。この場に治を居させたくなかったのと、沙夜に怪我をさせた怒りがそうさせたのだ。
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