触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 テレビ局に着くと、五人は楽屋に付くとそのまま台本を渡されてそれを読んでいく。マネージャーに当たる担当は台本が一冊。トークの部分にマーカーで線を引き、NGの質問の代わりをスタッフに考えてもらうのだ。
「面倒だな。テレビって。」
「ラジオもそうよ。でも他のバンドなんかもそうじゃないかしら。」
 アイドルには異性のことは聞いてはいけない。スキャンダルになった歌手はその関係のことを聞いてはいけない。バンドでも同様のことが言える。だがこの番組はあまりプライベートのことを聞いたりしないので、楽な方だと思っていた。
 だが沙夜のペンが止まる。その様子に奏太が気になって沙夜に聞いた。
「どうした。」
「どうしたモノかと思ってね。」
 質問の内容は、今度出る新曲についてだった。新曲は映画の主題歌になる。なので歌詞にあるように、禁断の恋などをしたことがあるかと言うことだった。
「思いっきりプライベートの事じゃん。駄目。駄目。そんな質問。」
「でも……新曲についても少し関係しているし。」
「確かに曲は不倫ソングだよ。映画のテーマも不倫だけどさ、それをしたことがあるかなんて野暮な質問じゃん。何考えてんだ。そのディレクター。」
「それもそうね。これは違う質問に変えてもらうわ。」
 その言葉に治が少し笑って言う。
「俺、答えても良いけどね。」
「治。」
 確かにトークになれば話の中心は、治と遥人になる。他の三人は全く話をしないと言うこともよくあることだ。
「不倫したことがあるの?治。」
 遥人がそう聞くと、治は手を振って言う。
「するわけ無いじゃん。奥さんにぶちのめされるよ。あの丸太みたいな手で叩かれたら鼻血モノだって。」
「だよなぁ。」
「遥人は無いのか?」
「人妻だけは無いわ。バツイチとかはあるけど。」
「それは言うなよ。」
「わかってるよ。そんなことを口に出したら、うちの事務所にも影響があるだろ。」
 遥人の言う事務所というのは、遥人が個人で入っている芸能事務所だ。沙夜と奏太はそちらにも顔を出すことがあるが、やはり奏太はあまりいい顔をされなかった。口が悪すぎるからだ。
 そう考えるとやはりこの質問は却下だ。そう思ってマーカーでその質問に線を引く。そして沙夜は立ち上がると、台本を手にして言う。
「私、ディレクターと話をしてくるわ。」
「俺も行くよ。顔を知られてた方が良いんだろう?」
 そう言って奏太もそう言うと、それもそうかと沙夜は奏太にも付いてくるように言う。その間楽屋では楽器を出したり思い思いの事をしていた。
「いずれ、奏太一人で俺ら引き連れてくるのかね。」
 遥人はそう言って台本をめくりながら聞く。すると翔は首を横に振って言った。
「しばらくは無理かもね。」
「奏太がいたら音楽がギスギスするかもしれないな。」
 純もそう言うと、翔の方を見る。最近ずっとギクシャクしているのだ。一番居心地が悪いのは遥人なのかもしれない。
「また食事会でもするか。それか違うまぁ……交流会みたいな。」
「飲み会で良くないか。あまり沙夜さんに負担をかけてもなぁ。」
 奏太が来たことでバンドのレベルが上がった気はする。だがその分、沙夜は気疲れしているだろう。その上、そのバンドの仲を取り持つのに食事を用意したりするのは、沙夜に負担がかかると思ったのだ。
 そう思って遥人は携帯電話を取りだして、どこか言い居酒屋でも無いだろうかとそれを検索し始めた。

 ディレクターに奏太は簡単に挨拶をする。そして沙夜は台本を取り出すと、質問を変えるように告げた。するとディレクターは苦笑いをしながら言う。
「不倫ソングを歌うくらいなんですから、自分たちのことを言えないというのはおかしくないですか。」
 その言葉に奏太が食ってかかろうとした。だがそれを沙夜が止める。
「お言葉ですが、不倫ソングを歌うからと要って不倫をしているわけでは無いんです。あなたは小説家が人を殺した作品を書いているからと言って、殺人犯だと思いますか。そうでは無いでしょう。作品と個人の私生活は別物ですから。」
 沙夜はこういうきっぱりと言い切るところがある。そう言われてディレクターは、面食らったような顔をしていた。そして大人しく別の質問に変えてもらい、その場は納まったように思える。
 帰りの廊下で、沙夜は奏太に話を振られた。
「あのさ。沙夜。」
「何?」
「あの言い方って良くないんじゃ無いのか。」
 すると沙夜は少しため息を付いて奏太に言う。
「ある程度言い切らないといけないところがあるのよ。ぐだぐだとのらりくらりと交わしていたら、あの質問は採用になるんだから。」
「採用になっても使えねぇよ。誰も禁断の恋なんかしたこと無いんだから。場がしらけるだけだ。」
「私もそう思うわ。だから止めたのよ。」
「でも言い方ってモノがある。テレビは宣伝の良いツールだろう?そのディレクターに嫌われてどうするんだよ。」
 すると沙夜は首を横に振った。
「あなたはわからないの?」
 足を止めて沙夜は奏太に言う。
「え?」
「もうテレビは良い宣伝ツールってわけじゃ無いの。インターネットだったり、動画だったりするんじゃ無いのかしら。」
「……。」
「雑誌も紙では無くウェブ上に上がっている。ラジオも携帯一つで聴けるようになった。そうなると家でしか見れないテレビよりも、手軽にどこでも見れるインターネットの方が宣伝ツールとしては将来が見えるわ。」
「お前……テレビを切ろうと思っているのか。」
 奏太はそう聞くと、沙夜は首を横に振る。
「そうは言っていないわ。呼ばれれば行くけれど、もうこちらから売り込みをして出してくださいとは言わないかもしれないわね。」
 すると奏太は首を横に振る。
「いや。まだそれは早いんじゃ無いのか。」
「どうして?」
「テレビってのはこの国にいれば大概見れる。でもインターネットってのは、年寄りになればなるほど見ることが出来ない。若い奴らだけをターゲットにするんだったらそれで良いかもしれないけど、「二藍」はそうじゃないんだろう。」
 その言葉に沙夜は頷いた。
「だったらもう少し考えてディレクターにも言えよ。」
「……わかったわ。」
 ギクシャクしているのは「二藍」だけでは無く、沙夜と奏太もそうなのかもしれない。元々考え方の違いもあったのだ。それが露骨に出たことになる。
 奏太はそれを考えて、「二藍」のメンバーにも沙夜にも呼び捨てで呼ぶようにした。だが沙夜にその考えは通じていないように、未だに「望月さん」と呼ぶのだ。それが溝を産んでいるとわからないのだろうか。
「このあとリハーサルだっけ。」
「えぇ。その前に千草さんには機材を見てもらわないと。」
「そっちは俺が付くよ。忘れ物とか無いだろうな。」
「無いと思うんだけどね。」
 いつもメモをしてもらっている機材を持ち込んだつもりなのだが、いつもあれが足りない、これが足りないと言っている気がする。
「それからさ。」
「何?」
「前にほら聞いたことがあるけどさ。翔の家で鍋とかすることがあるんだろう。」
「あるけど。それが何か?」
「あっちの国に行く前に、一度集まるか。酒とか食い物とか持ち込んで。」
 自分が帰庫とで「二藍」も沙夜との関係もギクシャクしていることに、奏太も気がついていたのだ。それを感じて、奏太なりに気を遣ったのだろう。
「そんなことを考えていたの?」
「いや。前に純がそう言っていたと思ってさ。お前、何か作るか?」
「そうね……。」
 家でするとなると、芹にも沙菜にも許可が必要だし何より翔の家なのだ。翔が嫌と言えばそういう事は出来ないだろう。翔は最近純と当たりが悪い。なのにぱっと場所を提供するかと言われると微妙だ。
 それに沙菜のこともある。今までは沙菜と翔が同居をしているということは表に出なかったが、これから「二藍」の名前が大きくなるとますます警戒しなければいけないだろう。
「お前が無理って言うんだったら、何か別の所で飲み会でもするか。五人が集まれる日でも聞いておけよ。俺は場所を探すから。」
「個室ね。」
「わかってる。」
 沙菜に聞けばあっさり教えてくれるかもしれないが、ここは奏太に任せよう。そう思いながら沙夜と奏太は楽屋に戻ってきた。
「衣装が来たよ。」
 翔はそう言って壁に掛かっている衣装を見ていた。私服としては少し派手だと言うくらいの衣装で、五人の衣装のそれぞれに藍色のモチーフが付いていた。今日の衣装を担当してくれた人は、センスが良いと思う。
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