触れられない距離

神崎

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ブイヤベース

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 食事を終えるとケーキを食べようと沙菜が言い出した。奏太がロールケーキを持ってきていたのだ。それが目当てに違いない。
 沙夜は食器をシンクに置き、食器を洗っている間にお湯を沸かそうとポットに水を入れる。するとそこへ純が台所にやってくると食器をシンクに置く。
「夏目さん。良いのに。お客様なんだから。」
「いいや。突然来たんだし、食器くらい洗わせてよ。」
「パンを頂いたわ。明日の朝はパンね。」
「パンには何を添える?」
「普通の目玉焼きとか。あぁ。今日のサラダのドレッシング美味しかったわ。これでサラダにしようかな。」
「いつか、サンドイッチを作ってくれたじゃ無い?」
「えぇ。」
「今度の練習の時に持ってきてよ。このパン屋、会社の近くだったじゃ無い?ライ麦パンが気になるんだ。」
「そうね。それでサンドイッチを作ったら美味しいかもしれないわね。」
 リビングでは四人で何か話をしているようだ。奏太は海外へ行っていたとき、偶然南の島でAVの撮影に出くわしたことがあったのだ。外国人同士の撮影を遠くで見たが、この国の事情とは全く違うと沙菜に話をしていたようだった。
 沙菜は今度外国のメーカーとの話があり、その話を熱心に聞いていたようだった。
「こっちの方では、女性が主体でしょ?男性はおまけみたいな。」
「そうだけど、あっちは違うよ。バンバン男も声を出すし、スパンキングだって遠慮しないしさ。」
「南の島って事はビーチか何かで撮影していたのか。」
「そう。凄い白い砂浜の波打ち際でセックスしてんの。」
「へぇ。あたしもそういう撮影はしたことがあるけど、どっちかって言うと野外の撮影ってさ……。」
 その会話に純はついていけなかったのだろう。大人しく台所で皿を洗っている方が良いと思ったのだ。
「軽く洗うだけで良いわ。あとは食洗機がしてくれるから。」
「食洗機なんか付いているの?」
「添え付けのモノみたいね。あぁ。そうだった。この食洗機用の洗剤を買わないといけなかったわね。」
 洗剤やゴミ袋など生活で必要なモノはみんながお金を出し合い、手が空いた人が買いに行くのだがいつも芹ばかり頼んでいる気がする。ここにいることが多いからだ。
「沙夜さんがさ。」
「どうしたの?」
 純はそれを言うのを戸惑っていた。沙夜にとって失礼になるのでは無いかと思っていたからだ。だが正直に話したいと思う。
「俺が女嫌いだって沙夜さんはわかってただろう?」
「そうね。きっかけは聞いたことが無かったけれど。」
「……失礼だと思うけど、俺、沙夜さんには女の匂いがしないから付き合えたんだ。」
「そう。別にかまわないけれど。」
 それは沙夜が望んだことだった。本来、沙夜の会社はスーツで来なければいけないと言うことは無い。だが沙夜は何事が起きるかわからないといつもスーツを着ていると思っていた。だが真実は違う。
 スーツを着ることで、女を出したくないと思っていたのだ。そして眼鏡も、伸ばしっぱなしになっている髪も、全て女をそぎ落とした結果だと思う。
 それでも隠しきれないのは体つきだろう。人よりも豊かな胸や尻は、女を隠しきれない。いっそさらしでも巻こうかと思ったが、更に動きにくくなると思って辞めた。
「でも最近、沙夜さんは女っぽいと思うことが多くてさ。」
「嫌になったかしら。」
「ううん。何でかな。あれだけ嫌だったのに、沙夜さんは嫌だと思わない。」
 その言葉に沙夜は手を止めた。そして純の方を見る。だがふと視線をそらせた。
「英二さんに怒られるわ。」
「大丈夫だよ。別に好きとかそういう事を言っているんじゃ無いんだし。」
「誤解されても困るのよ。」
「英二は何も言わないよ。あっちだって店をずっと一緒にしてきた女性といる。だけどそういう感情には全くならなかったと言っていたし。感覚的には似たようなモノかもしれない。」
 芹がちらっとこちらを見た。何を話しているのかと思っていたのだ。だがリビングからは台所の会話は聞こえない。後で聞こうと、芹はまた奏太達の話に耳を傾けた。
「体の関係も無いの?」
「無いね。若いときに父親から譲り受けた店だし、その女性は父親の代から店に勤めている女性だから、何か困ったことがあったらその女性を頼りにしていると言っていた。」
「そうなってくると、もう共同経営者ね。男だの女だのの枠は無いわ。」
「望月さんとはそうなれそう?」
 沙夜はその言葉に手を止めた。そして誤魔化すように棚に近づくと、紅茶とハーブティーの瓶を取り出す。
「そうね……。まだ付き合いは浅いけれど、そうなれば良いと思う。」
「手を繋げる関係まで進展しても?」
 すると沙夜は驚いたように純を見た。純の目は沙夜の方を向いていない。純はきっと誤解しているのだと思う。
「あのね、夏目さん。多分、あの雨の時のことを言っているのだと思うけれど、全くそういう事じゃ無いのよ。」
「じゃあ、どういうことだったの?」
「……あっちが手を引いてきたの。強引に自分の家に入れようとして……。」
「家に行ったんだ。」
「何も無いわ。雨に降られたから、シャワーや着替えを用意してくれたの。それだけね。」
「……。」
「信じれないならそれでいいけど。」
 沙夜はこういうところがある。必死に訴えても聞き入れられなければ、もう相手の思うままにさせるのだ。だから翔と遥人がゲイカップルでは無いかというのも最初は否定したが、もうそのことに否定も肯定もしない。つまり諦めてしまったのだ。
「わかった。信じるよ。」
 純はそう言うと、沙夜の方を向いた。すると沙夜は少し笑って、純に言う。
「あまり綺麗に洗わなくても良いわ。さっと油が落ちるくらいで良いの。それにしても夏目さんは手際が良いわね。」
「こういうバイトばっかしてたから。」
「ファミレスか何か?」
「そう。ファミレスと楽器屋と……中学生の頃からしてたのは新聞配達。」
 その新聞配達の先輩が襲ってきたのだ。だから嫌な記憶しか無い。
「新聞配達ねぇ。私はしたことが無いけれど、朝が早いんでしょう?」
「うん。三時とかに起きて、新聞に広告を挟むことから始めるから。」
「父が、毎朝新聞を読んでいたわ。」
「新聞取ってたんだ。」
「えぇ。まぁ一応、父は証券会社に勤めていたから、株価の動向とかが気になっていたようだし。」
「なるほどね。今ならネットで調べられるけど、昔なら新聞が一番良かったのかな。」
「人を歳みたいに言わないで。夏目さんの方が年上じゃ無い。」
「わかってるよ。」
 少し笑い合い、沙夜はティーポットを取り出すと、それを温め始める。紅茶やハーブティーはポット自体を温めると美味しく入れることが出来るのだ。それも一馬の奥さんから聞いた話だが。
「美味しそうなロールケーキね。」
 沙夜はそう言って冷蔵庫にしまってあるロールケーキの箱を取りだし、その中身を見る。すると思わず奏太が立ち上がって台所へやってきた。
「泉さん。厚めに切ってくれよ。」
「何で?」
「残したって仕方ないだろう?」
「残ったら沙菜が食べるわ。」
「お前は食わないのか。」
 すると純は笑いながら言う。
「沙夜さんは甘い物よりも酒の方が喜ぶんだよ。」
「うるさい。また人を酒豪みたいに言うんだから。」
 二人で台所に立っていた。その様子を見て、奏太は少し焦っていたのかもしれない。純すら沙夜の近くにいることが出来て、そして自分にその場所が無いと思えたから。
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