触れられない距離

神崎

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ブイヤベース

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 タマネギとアサリを入れた鍋に、白ワインを入れて少し蒸し焼きにする。アサリは冷凍してあったので、少し時間がかかるかもしれない。そう思っていたときだった。
「沙夜。これ、藤枝からもらったんだけど、今日使ってみても良いか。」
 それはドレッシングだった。いつもはドレッシングなんかは使わずに、レモン汁や塩などで味を付けたサラダにしているので、こういう市販のドレッシングは久しぶりだと思った。
 沙夜はそのドレッシングの内容成分を見る。
「添加物があまり入っていないわね。早めに使い切らないといけないのかしら。」
「そうなのかな。」
「ドレッシングは色々使い方はあるし、食べてみれば良いわ。レタスとキュウリと……。」
 ちらっとソファーの方を見る。翔が帰ってきて、奏太は翔や純、そして沙菜と話をしているようだった。
「百歩譲ってだな。泉さんが妹と住んでるのは別に良いと思うんだ。でも担当アーティストと住んでいるってのはどうなんだ。絶対変な誤解をされる。」
 下世話な週刊誌なんかを気にしているのだろうか。沙菜は呆れたように奏太に言った。
「そんな話題を記事にするほど暇じゃ無いよ。週刊誌も。栗山さんならともかく、他のメンバーがどうだって言うのは、この間ので懲りたんじゃ無いのかしらね。」
「この間?」
「花岡さんのモノ。」
 一馬の根も葉もない噂に踊らされていたのだ。ここ最近は「二藍」に関わると、謝罪の文面を載せないといけなくなると出版社も思っているのか、さっと手を引いているようだ。
「そう言えばさ。何で沙夜さんと沙菜さんはここに住むようになったの?それは聞いたことが無かったな。」
 純はそう聞くと、沙菜は少し笑って言う。
「SNSよ。」
「SNS?翔はしてないだろ?」
「昔はしていたんだよ。田舎に引きこもっていたときに音楽を作ってネット上に公開していた。その宣伝もかねてSNSをしていたんだ。でも「二藍」に入って辞めたけどね。「二藍」には「二藍」のアカウントがあるし。」
 「二藍」に入ることが決まり、翔の両親は良い機会だと海外へ行くことを決めた。知り合いのワイン農家の元で一から学ぶらしい。
 弟である慎吾はこの家に寄りつかなかったので、両親のすすめで同居人を募集したのだという。そこで声をかけられたのは沙菜だった。沙菜はその頃はもうAV女優として有名になりつつあったので、会ったときには多少驚いたのを覚えている。
「そのあとに、沙夜さんが「二藍」の担当になったんだね。」
 だったら偶然なのだろう。家主が担当のアーティストだった。そしてその家に間借りを姉妹でさせてもらっている。
「そんな話を誰が信じると思う?面白可笑しく書かれると思わなかったのか。もう「二藍」をメディアは放っておかないだろう。悪いことを言わないからこの家は出た方が良いんじゃ無いのか。」
「嫌よ。」
 沙菜はそう言うと、奏太はムキになったように言う。
「何で?」
「居心地が良いもん。家族以上に家族みたいなモノだし。」
 甘い考え方だ。そう思っていたときだった。翔は奏太に言う。
「若い男女が四人で暮らしていて何も無いわけが無いと思ってる?」
「思ってるよ。」
「何も無いんだよ。本当に。芹も俺も割とインドアでね。沙菜と沙夜は休みの度に家に居ない。仕事の都合も合って、四人がこうして揃うこともあまり無い。」
「……でもこれが知られたら絶対、お前と泉さんとその妹で3Pでもしてるなんて言う記事が載るぞ。」
「載らないよ。」
「何で?」
 すると翔は少し笑って言う。
「事実じゃ無い。それに沙夜には恋人が居る。その人を裏切ってまで、そんなことをしないだろうし。」
「恋人……。」
 奏太はちらっと沙夜の方を見る。その存在も気になるところだった。だが沙夜は気にすること無く、まだ料理をしているようだった。
「ザルでこすのか?本当、手間な料理だな。」
「そうね。でもその分美味しいと思うわ。」
 そう言えば気にしていなかったが、あの男は沙夜の側にずっといるようだ。あの男が恋人なのだろうか。いや。違う。翔ともあれくらいの距離感だし、と言うか「二藍」のメンバーともあれくらいだ。単に沙夜のパーソナルスペースが狭いと言うだけかもしれない。
 しかし恋人が居るのは事実なのだ。それが誰なのかはまだわからない。
「沙夜さんの恋人ねぇ。」
 純は芹が恋人なのは知っている。それを奏太に告げるのだろうか。告げた方が確かに奏太の諦めは付くだろう。だがそれならそれでまた更にややこしいことになりそうな気がする。
「姉さんの恋人って……草壁さんよね。」
 さらっと沙菜はそう言うと、純は驚いて沙菜の方を見る。しかし沙菜は落ち着いたように純に目配せをする。
「草壁?」
 オウム返しのように呟いたあと奏太はぽかんとしていた。草壁というのは誰なのだろうと思っていたから。
「望月さんは知らないかな。この雑誌でライターをしている草壁って人。」
「え……?」
 翔はそう言ってテーブルの下に置いてあった雑誌を奏太に手渡す。すると奏太はその雑誌のページをめくった。カラーで載っているアーティスト達の写真。音楽雑誌として評価が高くまた創刊されて歴史もある。編集長は代々続いているようだが、今は女性の編集長で事細かいインタビュー記事は、あまり私生活などを聞かずただ単純に音楽のことを聞き、それが音楽ファンには評判が良いようだ。
 当然、「二藍」もこの雑誌によく載っている。もし奏太が「二藍」の担当になるのだったら、こういうところでも繋がりを持たないといけないだろう。この編集長や担当にも顔を合わせないといけないのだ。だが今はそんなことを気にしているのでは無い。
 ページをめくりながら「草壁」の名前を探す。その様子に純は翔の方をちらっと見た。わざと沙菜に「草壁」の名前を出させたと思う。だが「草壁」というのは芹のことなのだ。誰も嘘は言っていない。沙夜と芹が付き合っているのは事実なのだから。
「これか?」
 終わりの方のページは白黒のページであり、読み物や読者の投稿などが載っていた。その下の方にこれから出てくるバンド、またはデビューしているがあまり売れていないようなバンドの紹介文が載っていた。
 今回のバンドは、奇しくも沙夜のデスクの隣に座っている植村朔太郎が担当しているバンドだった。いわゆるビジュアル系といわれるバンドなのだろう。
 曲よりも姿が重視であり、髪型、衣装はもちろんライブの演出なんかも一手間加わっている。だがその草壁という人物はそれをバッサリと切り捨てていた。
「サーカスか……。」
 サーカスのような演出で、音楽は二の次に見えていた。だが昨年の夏から以降、音楽のレベルが上がっている。特にボーカルの達也という男の歌のレベルは目を見張るモノがあった。このまま上に突き進めば、このバンドはまた大きく音楽が変わる。
 若ければビジュアル系も良いだろう。だが歳を取って若さが徐々に劣化したとき、ものをいうのは音楽のレベルなのだときっと痛感したのだ。
 文章を読んでいると沙夜とかぶるところがある。沙夜も割と辛口のことを言うからだ。似たもの同士がひっついているのかもしれない。
「これを書いているヤツが、泉さんの恋人だって言うのか。」
 この文章では男か女かもわからない。だが男なのだろう。イライラする。偉そうに批評をして言いたいことを言っているような男だ。沙夜をいいようにしているのかもしれない。
「えぇ。そうよ。」
 沙菜はそう言って少し笑う。そして違う月のモノの雑誌を手にして、後ろの方のページを開く。
「あら。この月のモノは「二藍」のことを書いているのね。草壁さん。」
 すると純が笑って言う。
「あれだ。アルバムが出たときだろ?同じアーティストは書かない主義なのに、これだけは本人から書きたいって言ったって聞いたけど。」
 付き合っている恋人が担当しているアーティストのことを書いているのだ。ひいきしないわけが無い。そう思って奏太はその雑誌を読んでいる沙菜の方を見る。
「あら。見たい?結構辛口に書いているなって思うけど。」
「あぁ。どんなモノか見たい。」
「どうぞ。」
 沙菜はそう言ってその雑誌を奏太に手渡した。そしてその内容を読んでいるようだった。
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