触れられない距離

神崎

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ブイヤベース

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 洋ロックの部門には、まだ人が沢山いるようだ。時差の関係で、早朝に出てきて昼頃には帰ってしまう人や、逆に夕方に出てきて帰るのは深夜という人も居るらしい。奏太も相手によってはそうしていて、働く時間はあまり決まっていない。
 今度「二藍」が呼ばれた外国のフェスには、他の国からも歌手やバンドを呼ぶらしくその国の時間で相手が合わせてくれている。だからメッセージでやりとりをしていれば、時差はあっても連携が取れると思っているのだろう。
 奏太の席は隅にあり、割と整理整頓されているようだ。いつか家に行ったときにも思ったが、割と綺麗好きなのだろう。パソコンの画面の横には、付箋なんかが奏太の細かい文字で書かれ、デスクに置かれている卓上のカレンダーにもスケジュールが書かれている。神経質な感じの綺麗な文字だと思った。
「あった。これだ。」
 そう言って奏太はパソコンの画面を沙夜に見せる。すると沙夜はその文字を見て首を横に振った。
「これはちょっと専門的すぎるわ。私ではわからない。夏目さんに聞いてみる。」
「そうしてくれよ。」
 そう言って沙夜は携帯電話を取りだした。純は幼稚園のイベントのあとは、フリーだったはずだ。終わったら楽器屋へ行くと言っていたし、連絡は取りやすいだろう。そう思って電話を始める。
「え……会社に居るの?どこの部門に?」
 沙夜は驚いてバッグからスケジュール帳を取り出す。そんな話は聞いていなかったからだ。
「私がオフィスを出たあとの話ね。気がつかなかったわ。そう……終わったんだったら、こっちへ来てくれるかしら。洋ロックの部門よ。階はわかるかしら。」
 そう言って沙夜は電話を切ると、奏太の方を見た。
「少ししたら、夏目さんがここへ来てくれる。その時に返答をするわ。」
「わかった。車でそこに座れよ。隣のヤツはもう帰ったし。」
 奏太の顔は純は知っているから沙夜は別にいる必要は無い。だが奏太には聞かないといけないことがある。そう思って沙夜は隣のデスクの椅子に座った。
「このバンド知ってる?こいつら売れるかもしれないな。PVにあの映画の……。」
 奏太はそう言ってポスターを縮小したチラシを手にして沙夜に聞く。ヒットした映画の主役の女性をPVに使ったのは、ボーカルの男がその女性の恋人だからだとか噂が立っていて、どちらかというとその女優の恋人というのが知りたいと思ってみんな音楽を買っているのだ。
 レコード会社にしてみたら続くかどうかわからないバンドだが、売れる為にはこういう手法も必要なのだろう。
「「二藍」の担当を降りると言っていたわね。」
 まどろっこしいのは苦手だ。沙夜はズバッとそう言うと、奏太はため息を付いてそのチラシをまたファイルに戻し、沙夜の方を見る。
「降りるとは言ってないよ。こういうことがあれば架け橋くらいはするって事。」
「練習まで見に行ったのに?」
「「二藍」からも拒絶されていたような気がする。あの男は特に……。」
「花岡さんはかまわないと言っていたわ。」
 その言葉に奏太は少し笑う。その言葉すら信用出来ないと思ったからだ。
「ふーん。あれだけ嫌だと言っていたのに。」
「音楽的なところから見ても、あなたが関わるのは「二藍」にとってプラスになることが多いからと。」
「お前が言えばいいじゃん。技術的にはあまり変わらないだろうし。」
 すると沙夜は首を横に振る。
「私だとどうしても気を遣うわ。みんなプロ意識は強い方だし。」
「言い合っていても肝心なことは言えないのか。何のための担当だよ。」
 そう言われて沙夜はぐうの音も出なかった。確かに仲良しクラブをしているつもりは無いが、そうなってしまったのは自分の責任でもある。こんなことを言えば気を損ねるのでは無いかと思ってしまうのだ。
「多少のことはみんな目を瞑ると言っているし、意見を聞かせてくれれば「夜」も納得すると思う。」
 わざと「夜」の名前を出した。奏太は「夜」を探しているのだ。そして案の定、奏太はその「夜」の名前に僅かに眉を動かす。だが沙夜の手元を見てまた首を横に振った。
「いや……。確かに「夜」のことは気になるよ。でも……「夜」に会いたいから「二藍」に関わりたいというのは違う気がするんだ。俺、別に「夜」のために「二藍」に関わりたいわけじゃ無いし。」
「だったら何?」
「……。」
「「二藍」のメンツは、あなたがトイレでナニをしていても受け入れると言っているのよ。そしてあなたは関わりたいと言っていた。なのに手のひらを返したように、もう関わりたくないと言っているのが不自然じゃ無いかしら。」
「トイレのはなぁ……。」
 すると奏太はため息を付いて言おうとした。その時だった。
「ここで合ってたっけ?」
 金髪の人がオフィスに入ってきた。そしてその人を見て、沙夜は手招きする。それはアコースティックギターを背中に背負っている純だった。
「お疲れ。」
「悪かったわね。急に呼んで。こっちには何の用事があったのかしら。」
「別に大した用事じゃ無いよ。今度のほら、アイドルのライブさ。」
「あぁ。結構大きなホールでするモノね。あなたと花岡さんが出るんだって言っていたわ。」
「ツインでギター弾くヤツが変わったからって、顔合わせをしてた。元「Lark」のギタリストに変わってさ。」
「違う人だったわね。どうしたの?前の人は。」
 すると純は肩をすくませた。詳しい事情は教えられていないのだ。すると奏太が言う。
「あのアイドルの専属ギタリストみたいなヤツだろ?あいつ超評判が悪かったから、ついに切られたんだろうな。」
「評判?」
「男のアイドルだから、ファンは女ばかりだろ?その女に声をかけて、食いまくりって話。そのアイドルに会わせるとか何とか言って誘ってたみたいだし。」
「最低ね。」
 沙夜はそう言うと純に席を変わった。すると純は少し笑って言う。
「アイドルのライブ、俺嫌いじゃ無いけどな。」
「何で?」
「目の保養になるよ。」
 純はそう言って少し笑う。歌番組なんかでアイドルと会うこともあるが、純は声をかけたりしない。遠くから見ているだけで良いのだ。
 それを知り、奏太はやっと理解が出来た。この男はゲイなのだ。だからいい歳になっても不自然に女の噂が無いのだろう。
「で、ギターの機材の話だっけ?そのメッセージ見せてくれないか。」
「あ……あぁ。」
 そう言って純に奏太はその説明をする。すると純はそれに答えた。現地で苦労をしたくないと思っているのだろう。

 打ち合わせが終わり、三人は会社を出る。夕方頃に出れる予定だったが、もう空が暗くなっている。八百屋は開いているのだろうか。芹に買い物を頼んでいて良かったと、沙夜はその空を見ながら思っていた。
「沙夜さんは夕食の用意が遅くなってしまったんじゃ無いの?」
 純は気を遣ってそう言ってくれた。すると沙夜は手を振って言う。
「大丈夫。家のモノに頼んだから。」
「家の人が居るって良いよね。俺も布団を干してて、急に雨が降って来たって言ったら取り込んでもらえるから助かっているよ。」
「昼間は家に居るのよね。」
「あぁ。」
 純がゲイだというのはわかるが、その恋人と同居でもしているのだろう。そしてその相手は、昼間は家に居て夜に仕事をしているのだろうか。夜の仕事というと、繁華街での仕事か、または工場系で夜勤があるような仕事かもしれない。そういう仕事であれば、奏太もしたことはある。
「沙夜さんのところって今日はブイヤベースだと言っていたよね。」
「初めて作るのよ。どんな感じかしらね。前にお店とかでは食べたことがあるけれど、魚介類のダシがきいたトマトスープって感じだったかしら。」
「そうみたいだ。良いなぁ。お腹が空いてきたよ。今日は俺も何か買って帰ろうかな。」
「あら?食事っていつも用意してくれているって言わなかったかしら。」
 純の恋人の英二は、いつもそうやって帰ってくる純に食事を用意してから店に行くらしい。だが今日はそれを用意していないのだ。
「今日はイベントみたいで、飯は無いよって聞いてたから。外で食うかテイクアウト。」
「味気ないわねぇ。家のモノ達に聞いてみないと何とも言えないけれど、うちで食べれるんなら食べさせてあげたいけど。」
「マジで?沙夜さんの飯美味いじゃん。聞いて。聞いて。」
「わかった。」
 沙夜はそう言って携帯電話を取り出すと、三人にメッセージを送る。誰も駄目とは言わないだろう。純の家は翔の家を寄ると遠回りになるが、終電に間に合わないほど時間は取らないだろう。
 沙夜は少し離れたところで聞き、そしてその携帯電話を閉じると純に言う。
「良いよって言ってくれたわ。」
「だったら何か手土産を持って行こうかな。ブイヤベースと言えばパンだろ?」
「そう?ご飯を用意しているんだけど。」
「だったら明日の朝用にでもするパンを買うよ。そこのパン屋が……。」
 純がそう言いかけたときだった。ずっと黙っていた奏太が沙夜に声をかける。
「俺も行っていい?」
 その言葉に沙夜は少し戸惑った。純を連れていくのと奏太を連れて行くのは全く意味合いが違うからだ。
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