触れられない距離

神崎

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ピクトリアケーキ

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 父親のことを誰かに話したのはおそらく沙夜以外だったら初めてだった。「二藍」のメンツも知らないことで、おそらく週刊誌とかには格好の餌食になる話だったと思う。
 沙夜には話したことがある。初めて純がゲイだと告白したときに、遥人が拒絶反応を示したからだった。そんな遥人に沙夜は首をかしげながら言ったと思う。
「そりゃね。父親の子供では無くて別の人の子供だったとか、その相手すらもわからなくてお金で買ったような精子だったなんて言えば、あなたの心中も複雑でしょうね。でも一番複雑だったのは、お母さんじゃ無いかしら。」
 その言葉に気づかされた。父親が他の女では無く、男とセックスをしていたと言うところなど、本当に地獄に落ちる気分だったかもしれない。だが一番の被害者は母親だろう。
「何を思いながら二人の子供を育てたのかしら。そして父親に毎日どんな顔をしていたのかしらね。」
 家での母親は家政婦が来ない日は、家のことをずっとしていた。父親と母親が使う地下の練習スタジオの掃除も、どこかの賞をもらったという父親のトロフィーも埃がかぶっているのを見たことは無い。
 ずっと感情を押し殺して母親はすごしていた。良い母でいよう、良い妻でいようという一心だけで。
「……へぇ。良い母親だな。」
 奏太はそう言って座れるようになったその電車の席に座っていた。その隣には遥人がいる。
「まぁ、だから母親に恋人が居ても父親は何も言わなかったんだ。自分だってしているのは同じ事なのに、母親だけを責められないと思ったんだろう。それに……父親の恋人は既婚者だったし。」
「既婚者?」
「妻や子供も居るんだ。孫だっている。」
 母親の葬式の時にやってきていたのは、おそらくあの恋人の妻だった。おそらく同士のように思っていたのだろう。
「望月さんのところは普通の家族なんだろう?」
 すると奏太はため息を付いて言った。
「俺、兄さんとは二十近く歳が違うんだ。」
「え?」
「……兄さんを産んだ人ってのは兄さんを産んですぐに死んだらしい。で、兄さんが大学へ行って、あまり手がかからなくなったら俺の母親と再婚したんだけどさ。まぁ……一般的に毒親ってヤツだった。」
「毒親?」
「俺の場合は、勉強はしなくても良いからピアノの練習をしろって言われてた。友達の家でゲームをしたり、サッカーをしたりって事は禁止でさ。とにかくピアノ。日曜日なんか朝八時から夜は十時までピアノ。」
「母親が有名なピアノ奏者だったのかか?」
「いや。別にそんなんじゃ無い。母親は音楽とか興味が無さそうだった。ただ、テレビに出てる天才的にピアノが上手い子供とかを見て、俺もそうさせるって思ったんだろう。その親であると言うことが、誇りみたいにさ。」
 どこかで聞いた話だと思った。それは沙夜の親もそうだったと思う。ただ沙夜の場合は自分で望んでピアノを弾いていたが、この男はいやいやだったのだろう。
「当たり前の子供時代ってのは送っていなかったのか。」
「あぁ。そうだ……俺、今はほとんど無いけど昔は食物アレルギーがひどかったのも悪かったのかもな。給食も食べれなかったんだから。毎日弁当。」
「大人になってほとんど消えたのか。」
「今は花粉症くらいだな。」
 その点では外国へ行って良かった。春時期には花粉が飛んでいないのだから。
「手がかかる子供だったから尚更、束縛が厳しかったんだろうな。」
「だと思う。だから……留学をするという話になったときもつきてきそうな勢いだった。さすがに父さんから止められたし、その時父さんの親の調子も悪かったから。ちょうど良かった。」
 そのかいがあって、ピアノは上手かったのかもしれない。だが出来上がったのは人とコミュニケーションが取れない、我が儘な男が出来上がっただけなのだろう。だから一馬の奥さんにもとんでもないことを口にしたのだ。
「俺さ……後戻り出来るのかな。」
 きっと奏太も悩んでいたのだ。そう思うと、無碍に奏太を拒否出来ないと思う。だが「二藍」のことを考えると、少し悩むところだろう。
「沙夜さんだって別に完璧ってわけじゃ無いんだけどさ。サポートをお互いに出来れば良いと思う。だけど……沙夜さんの仕事が軽減されるのでは無くて沙夜さんが負担になるようだったら、辞めて欲しい。」
「……あぁ。わかった。」
 ちょうど駅に着く。二人は立ち上がるとホームへ出て行った。

 芹が連れてきたのは南の方の国の料理店だった。パクチーが載っていたり、妙に辛いスープなどが珍しい料理だと思う。
「確かにこれは家で作れないわ。」
 沙夜はそう言って納得していた。独特の味付けで、沙夜でも何の味をベースにしているのかわからない。
「あっちの方へは行ったことが無かったか。」
 芹はそう聞くと、沙夜は首を横に振る。
「一度「二藍」で付いて行ったことがあるわ。でもホテルの料理以外のものを食べるとお腹を下したりするかもしれないと言われてね。」
 市場を歩けば南国の果物が露店で売られていて、試食を勧めてくるおばちゃんがいたがそれにも口を付けてはいけないと、コーディネーターから言われていたのだ。
「果物なんて腐ってるのは見た目でわかるだろう。何で駄目なんだ。」
 芹はそう言うと、沙夜は首を横に振る。
「あぁいう熱いとロコで試食としておいている果物はカットされているでしょう?」
「試食するためだろ。」
「切り立てでもちょっと気になるけど、切っておいたモノはすぐに水分が抜けるの。暑いから。」
「って事は乾燥するって事か。」
「そう。それをは聞きしたりしないの。向こうの人は。水をかけてみずみずしさをまた復活させる。」
「水って……。」
「生水よ。」
「衛生的じゃ無いのかなぁ。」
 すると沙夜は首を横に振った。
「そうでは無いの。まぁ、こっちの人も水道水を直接飲んだりはしないけれどね。あちらの方の水は成分が違うの。鉄分が多く含まれていたりしたら、この国の人は嫌でもお腹を下すのよ。いくら清潔でもね。」
「あぁ。そういう事か。」
 慣れていない土地だからだろう。不衛生だからとかそんな理由では無い。
 その時沙夜の足が止まる。そしてその道沿いにある建物を見ていた。そこに貼られていたポスターに芹も目をとめる。
「翔もこうしてみると芸能人みたいだ。」
 望月旭のイベントがこの建物でしている。おそらく翔はこのDJの中では二番目ほどに名が売れているだろう。それでもDJの技術はまだまだだと思う。
「そうね。」
「気になるか?行く?」
 芹はそう言ってみたが、沙夜は首を横に振った。
「私の出る幕じゃ無いわ。DJスタイルはわからないし……。それに……今日は貴重な時間だから。」
「そうだな。」
 仕事よりも自分のことを優先してくれたと芹は少し嬉しかった。それだけに沙夜をこのまま連れ去りたいと思う。
 その時だった。
「あれ?姉さんと芹。」
 そのクラブがある建物から、沙菜が降りてきた。遊びに行く格好で、今日は炉リュ津も激しい。
「沙菜。遊びに来ていたの?」
「うん。翔が出てるって聞いたし。ねぇ。翔って凄い人気者だよ。翔の出番になったらわっとお客さんが増えてさ。」
「凄いわね。」
「この後も翔が回すって言ってたし、そこまで居ようかな。」
「元気だよな。沙菜は。」
 芹はそう言って苦笑いをすると、沙菜は得意げに芹に言う。
「おじさんみたいな発言して。あたし達とあまり歳は変わらないのに。」
「そうだけどさ。あぁ。そうだ。沙菜。ちょっと聞きたいことがあったんだ。」
 そう言って芹は沙夜と少し離れて、話を始めた。その様子を見て沙夜は何の話をしているのかわからないが、想像は出来る塗布と周りを見渡した。
 居酒屋、バー、ホストクラブなどが建ち並ぶビルだが、こういう路面にあるような店は割と健全で、客引きなんかはあまり居ない。危険なのは、奥まったところにあるような店なのだ。
 その時ふと、向こうの通りに遥人と奏太がいるのに気がついた。それに沙夜はさっと目をそらす。しかし奏太が沙夜に気がついて、そのまま道路を渡って三人に近づいてきた。
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