触れられない距離

神崎

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ピクトリアケーキ

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 楽譜の変更や活動報告を終えて、沙夜は退社すると真っ直ぐ駅へ向かっていた。思ったよりも残業してしまい、芹を待たせていると思った沙夜の足は、自然と速くなる。そして駅にやってくると、時刻表の側に芹がいるのに気がついた。携帯電話を当たりながら、そこに立っている。声をかけようとしたときだった。
 女性の二人組が、芹に声をかける。
「あのぉ。お一人ですか?」
 ピンク色のスカートや、茶色い巻き髪は沙夜には全く縁が無いものだと思う。いわゆる逆ナンなのだろう。
「いや。待ち合わせ。」
「でもさっきから一人ですよね。寒くなってきたし、ちょっとあたし達とご飯でも行きませんか?」
 芹はこういうナンパには慣れているのだろう。あまり相手にしていないようだ。その時芹は、沙夜に気がついて携帯電話をしまうと、女達を尻目に沙夜のところへ近づいていく。
「来てたんなら言えよ。」
「忙しそうだったから。」
「忙しくないって。」
 灰色のリクルートスーツと眼鏡。それに黒い髪を一つにくくっただけの沙夜は、就活生のようにも見える。だがよく見れば就活生と言うほど若くは無い。自分たちよりも歳を取っているような女性で、着飾っても無いような女に女達は負けたのだ。そう思い、気まずそうに女達はその場を後にする。その様子を見て沙夜は芹に聞いた。
「良いの?彼女たち。」
「何で?」
「ご飯でも誘われたんじゃ無いの?」
「お前と飯を食う方が良いから。」
 すると芹は沙夜の手に触れる。手を握りたいと思っているのだろう。それがわかって沙夜も芹の手を握る。
「どこへ行くの?ご飯でしょう?」
「家で作れないようなモノを食おう。家で食えるものを食べても仕方ないしさ。」
 いつか芹と海辺へ行った。その時に食べたものは普通の定食だったが、あの時はそういうモノしか無かったからそれを口にしたが、沙夜には作れないようなモノが世の中にはもっとあるのだ。そう思って欲しい。
「K町に行こうか。」
「K町?そこにあるの?」
「藤枝に聞いたよ。良い店があるって。」
 最初の印象はあまり良くなかったように思える。だがあの男とも芹は上手くやっているように思えた。

 一緒に来た一馬は、妻と一緒に帰るのだという。なので洋菓子店を出てきたのは奏太と遥人だけだった。だが二人の表情はすっきりしたとは言いがたい。
 二人とも謝罪した相手は、「もう昔のことだから」と言ってくれていたが、本音はまだ許していないように思えたのだ。
 奏太はバリスタである一馬の妻に。遥人はその妻の幼なじみであるパティシエに。だが二人とも口をそろえていったのは「本音かどうかはわからない」だった。
 確かに奏太は謝りたい気持ちがあったと思う。だが心の片隅で、この女と仲違いしたままだと「二藍」の中に近づけないと思ったのだ。そして、それは沙夜と近づきたいという気持ちがあり、それを見透かれたのかもしれない。
 遥人も同じだった。出来るならこの洋菓子店に近づきたくなかった。あのパティシエがいるから。気持ち悪いと心のどこかでまだ思っている。
「くそ。とっくに禁煙したのに、また煙草が欲しくなるな。」
 奏太はそう言うと遥人は少し笑って言う。
「酒でも飲みに行くか?」
「あんたと行ったらどっかですっぱ抜かれるだろう?有名人だし。」
「わからないところもあるんだ。K町だったらいくつかあるし。」
「……どうせK町に行くんだったら、千草さんのイベントに顔を出したら?」
「いや。あぁいうイベントは、少し苦手でさ。」
 どうしても寄ってくる女が嫌だった。それにその女と何かあって、それこそ週刊誌なんかにすっぱ抜かれたらどれだけの人に迷惑がかかるだろう。そう思うとうかつなことは出来ない。
「あの男さ。ゲイなんだろう。」
 パティシエの男のことを奏太は言っていた。それに遥人は頷く。
「ゲイバーに興味本位で行ったんだ。その時にあの男が目立っていたのを覚えてる。」
 クォーターだと言っていた。そのためか遥人のように染めている金色の髪では無く天然の金髪で、その上、顔立ちもどこかのモデルのように掘りも深くて綺麗な顔をしている。
 その男と話がしたいと思っていた。セックスがしたいとかそう言うことでは無く、ただ話だけがしたいと思った。しかし遥人に近づいてきたのは、別の男だったのだ。
「どんな奴?」
「あまり思い出したくないけど、ひげでやたら体のラインがわかるような服を着てて。凄い筋肉質だった。」
 いわゆるゲイだとすぐわかるような容姿だったのだろう。
「その頃ってまだアイドルだったのか?」
「いや。もう辞めてたな。うだうだしてた。今みたいにモデルだ役者だって忙しくなかったんだ。」
 歌で生きていきたい。そう決めてアイドルを辞めたときほどだったのだ。だが元アイドルというのは、思った以上に足かせで思うように歌も歌えなかったと思う。
「フラストレーションが溜まっていたんじゃ無いのか。」
「だと思う。そんなときにそんなヤツから言い寄られてさ。思わず頭に血が上って、気持ち悪いって言ってしまったんだ。」
「でもなんか……あれだよな。」
「あれ?」
「ゲイバーに行ったんだったら、それくらい覚悟して行くだろ?ゲイに言い寄られるかもしれないとか、口車に乗せられてホテルへ行かされるのなんか女をナンパするのと変わらないと思うし。ゲイに嫌悪感があるんだったら何でそんなところに行ったんだよ。」
 すると遥人は少しため息を付いた。こんなことを言って良いのかわからない。まだこの奏太という人間を信用して良いのかもわからないところもある。だがこの男は少なくとも週刊誌なんかに売るタイプには見えない。マネージャーにも言っていない事実を、言えると思う。
「……あんた、口は堅いよな。」
「こういう仕事をしてればな。」
「俺の両親って知ってるか。」
「演歌歌手だろ?母親はもう亡くなってるけど舞台女優だったよな。芸能人一家っていうイメージだ。」
「あぁ。その通りだよ。兄は芸能人にならずに普通にサラリーマンして、結婚してるけど。」
「それがどうしたんだ。」
「兄と俺は、父親の血を受け継いでないんだ。」
「は?」
 ある程度大きくなったら母親から告げられた言葉だった。精子を買い、人工授精させた結果の子供二人だったから。
「それって父親が不能だったとか?それか無精子症とか。」
「いや。そうじゃない。父親には愛人がいてさ。それが男だったんだよ。」
 元々父親は男しか愛せなかった。だが同性婚などまだ出来る時代では無いし、時代的にもずっと独身だというのは世間体も悪かったのだ。
「男……。」
「……俺さ。高校生くらいの時に、父親が男とセックスしてるの見てしまってさ。それからトラウマになったんだ。男が近づいてくるのも嫌で。」
「……。」
「その上アイドルを辞めて歌だけで生きていこうって思ってたときにも、何だろうな。事務所の圧力なのかもしれないけれど……あのアイドル事務所の社長と俺が出来てるっていう噂もあったし。」
「あぁ。なんかそういう噂は聞いたことがあるよ。って言うかあんただけじゃ無くて、他のアイドルなんかもそういう噂があるだろう?」
「一緒に風呂に入ったりするとか、セックスさせないとデビュー出来ないとかそういう噂があるけど、社長はそんな人じゃ無い。」
 芸能人の息子だからと色眼鏡で見られていた。それを一蹴したのが、社長だったのだ。未だに年賀状やお歳暮などを贈るくらい、遥人は恩義を感じている。
「言い訳にならないと思うけど……俺、ゲイはそう言うので苦手なんだ。」
「けど、あれだろ?」
「何?」
「夏目ってヤツはゲイじゃ無いのか?」
 その言葉に遥人は首を横に振った。
「あいつは、ゲイでも何も思わない。第一言い寄ってきたりしないし。」
「ふーん。」
 純からは性の匂いがしない。それはきっと沙夜にも言えることだった。だから遥人は沙夜も純も普通に接することが出来る。そしてその仲間関係がかけがえが無いと思っていた。
「それを正直に言えば良かったのに。あの場でさ。」
「あんな色んなヤツがいるところで言えるわけが無いだろう。」
 それもそうか。そう思いながら、二人は駅へ向かっていた。だがいずれ、遥人も奏太も言わないといけないことがあるだろう。
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