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連弾
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タイムカードを切り、そのまま奏太はまた一階のエントランスに降りてくる。すると沙夜は自動販売機の側で携帯電話を当たっているようだった。どうやらメッセージを送っているらしい。その連絡先が知りたいと思うのに、沙夜は口を割らないのだ。いい加減強情だと思う。
「泉さん。」
沙夜は携帯電話をしまうと、奏太の方を見る。
「お茶でもする?」
「良いのか?用事は。」
「大丈夫になったの。」
翔は奏太に会ってみて、おそらく話をしてみないとわからない部分もあるだろうと思っていたらしい。そして「二藍」に通す前に、一度、沙夜自身が奏太ともっと話をする必要があると思ったのだ。だから今日は翔は芹と一緒に食事を作るらしい。早く帰れたので、たまには男二人で沙夜をもてなそうと思っているのだ。
それでも一馬が奏太を受け入れるかどうかはわからない。だが一馬はおそらく奏太のことは奥さんから話を聞くだろう。それでどんな判断をするかはわからない。
「コーヒーって好きか?」
「えぇ。あまりこだわりはないのだけれど。」
沙夜ではなく芹がコーヒーが好きだ。一人の時はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れることもあり、それを飲みながら作詞をしたりライターとしての文章を書いているらしい。
「良い店があるんだ。お前が好きだと思うけど。」
「ゴテゴテしたのは苦手よ。」
「わかってるって。こっち。」
会社を出ると、奏太に付いて行くように歩いて行く。駅とは逆方向で、少し行けば居酒屋やカラオケボックスなどがある。沙夜達が打ち上げなどをしたり、豊年会などの飲み会は大体この辺の居酒屋が多く、二次会はK町へなだれ込んだりすることもあるのだ。
「ほら。ここ。」
会社から歩いて十分もかからなかった。ひっそりとした雑居ビルになり、一階はアンティークショップらしく、古い壺や時計などが置かれている。だがもう閉店間際らしく、中から出てきた老人が表に置いておいた猫の置物を店の中にしまい始めていた。そしてその横に階段があり、屋根はあるが雨が降る時は雨ざらしになるだろう。
「二階が喫茶店ね。三階以降は?」
「三階はアトリエスペースになってて、たまに美大生とかがサークルで展示会をしたり、古い映画を公開していたりしてるな。四階はラジオ局。」
「ラジオ?」
「って言ってもスタジオだよ。ここで録音してラジオ局に持って行ってるんだ。」
「あぁ、そういう……。」
「二藍」がクリスマスに行ったラジオ局とはまた違うようだ。だが静かなところだし、余計な音が入らない分録音スタジオとしては良いかもしれない。
二階まで上がってくると、ぷんとコーヒーの匂いが鼻についた。そして薄暗い店内が目に付き、歩く度に沙夜の低いヒールの音が木製の床を鳴らしていく。
「いらっしゃい。」
店内はあまり広くない。店の奥には白髪の老人がニコニコして二人に声をかける。
「奥。良いかな。」
「はい。はい。どうぞ。」
中にお客さんはあまりいないが、訳ありの人が多く見えた。
いかにも商売女のような金髪の女と、がたいのいい男が二人。借金取りなのか何なのかわからないが、あまり声が漏れないようにひそひそと話をしていた。
それからやつれたカップル。ボイスレコーダーや写真などがテーブルに置かれて、深い話をしている。離婚話をしているのかもしれない。
そんな人達と沙夜達は同じに見えるのだろうか。沙夜はそう思いながら奥の席にやってきてそこに腰掛ける。周りには付いた手がしてあり、外には声が漏れないだろう。向かいに奏太も座った。
「いらっしゃい。メニューはこちらね。」
カード型のメニューだったが、あまりメニューの種類はない。コーヒーとカフェオレ、紅茶、それからレモンスカッシュくらいと、食べるものもケーキが二種類。それからサンドイッチくらいしか無さそうだ。
「コーヒーで良いか。」
「えぇ。」
「じゃあ、コーヒー二つ。」
「はい。はい。少々お待ちくださいね。」
メニューを下げられて、老人はカウンターの方へ行ってしまった。カウンター席もあるようだが、誰も座っていない。表のチェーン化されているような店だったり、一馬の奥さんが勤めているような洋菓子店のような明るい雰囲気はないように思える。それは何でだろう。沙夜は少し奇妙に思いながら店内を見ていた。すると奏太が声をかける。
「あまりキョロキョロするなよ。」
「なんか……変わった雰囲気だと思って。」
「まぁな。ここは本当だったら風営法で捕まるようなところだし。」
「え?」
「この奥がホテルになってんだよ。そこで男が女を買ったり、女が男を買ったりしてさ。」
「……売春よね?それって。」
「この国でもまだあるんだよ。そういうの。お前は食っていくのに苦労したことはないんだろう?」
「まぁね。大学も親の援助があったし、卒業してずっとここに勤めていたから。」
すると奏太は水を口にしてため息を付いた。
「そうだったな。入社してずっと「二藍」の担当に?」
「いいえ。しばらくしてからだった。最初はクラシックの部門にいて。」
「って事はあの東山ってヤツがいたのか?」
「あの時はまだいなかったわね。あの人。あぁ、昼間はお世話になったわ。それだけはお礼を言っておかないとと思っていたの。」
連れ込まれそうになったが、この男の機転で何とかなったのだ。そう思うとありがたい。
「良いよ。無理矢理連れ込もうとしてるのを見ると反吐が出そうだと思うし。」
「……。」
無理矢理連れ込むようなモノは嫌なのだ。そこら辺は常識があるらしい。
「男っていうのは女性を見たらしたいモノなんじゃないの?」
その言葉に奏太は少し笑った。あまりにも男と女の関係に、無知だと思ったからだ。擦れていない女だということだけでも、大学の時の噂が嘘だと思える。
「好みがあると思う。まぁ……体とあっちは別物ってヤツもいるけどさ。だから男のモノでも女のモノでも風俗産業ってのは廃らないんだな。でもさ……。」
暑い国の方では、結婚相手というのは親同士で決めるモノだった。それまでにデートをしてはいけないし、ましてや婚前前のセックスなどもってのほかで、処女である破瓜の血は義理の両親などに披露されたりすることもあるらしい。当然、そういう娯楽もなく、映画もラブシーンはない。
その反動なのかもしれないがその国で問題になっているのは、身分の低いモノ、または外国人の女性に対する○イプがあとを絶たないらしい。
外国人であれば警察などに訴えることは出来る。だが身分の低いモノは泣き寝入りするしかなかった。
「その時俺、始めてあの花岡一馬の奥さんにとんでもないことを言ったと思ったんだ。」
「知り合いだったの?」
「兄がいるんだ。二十くらい歳が離れてる兄。今は警察学校の職員をしているけど、その当時は現役の警察官だった。」
その時ぷんと良い匂いがした。そして先程の老人がコーヒーカップを手にして、二人に近づいてくる。
「はい。お待たせしました。ブレンドですよ。」
そういって老人はトレーに乗せられているカップを、奏太の前に置く。そして次に沙夜の前にも置いた。そして砂糖やミルクを置くと、伝票をテーブルの上に置くと、そのままカウンターにも取っていく。
「二十くらい離れているということは、もう良いお歳ね。」
「自分の子供みたいな奥さんと孫みたいな子供が生まれてる。連れ子も一緒で賑やかな家庭だよ。」
強面の兄にいつも奏太は逆らえなかった。それに自分の両親にも逆らえなかったのだ。縛ろうとしていた母親に何度反抗しようかと思っていたが、逆らえなかったのは自分の弱さだった。
そしてその我慢の限界が超えた時、奏太は留学先の大学を辞めた。それが一番すがすがしく、やっと色んなところから解放されたような気がした。
「泉さん。」
沙夜は携帯電話をしまうと、奏太の方を見る。
「お茶でもする?」
「良いのか?用事は。」
「大丈夫になったの。」
翔は奏太に会ってみて、おそらく話をしてみないとわからない部分もあるだろうと思っていたらしい。そして「二藍」に通す前に、一度、沙夜自身が奏太ともっと話をする必要があると思ったのだ。だから今日は翔は芹と一緒に食事を作るらしい。早く帰れたので、たまには男二人で沙夜をもてなそうと思っているのだ。
それでも一馬が奏太を受け入れるかどうかはわからない。だが一馬はおそらく奏太のことは奥さんから話を聞くだろう。それでどんな判断をするかはわからない。
「コーヒーって好きか?」
「えぇ。あまりこだわりはないのだけれど。」
沙夜ではなく芹がコーヒーが好きだ。一人の時はコーヒーメーカーでコーヒーを淹れることもあり、それを飲みながら作詞をしたりライターとしての文章を書いているらしい。
「良い店があるんだ。お前が好きだと思うけど。」
「ゴテゴテしたのは苦手よ。」
「わかってるって。こっち。」
会社を出ると、奏太に付いて行くように歩いて行く。駅とは逆方向で、少し行けば居酒屋やカラオケボックスなどがある。沙夜達が打ち上げなどをしたり、豊年会などの飲み会は大体この辺の居酒屋が多く、二次会はK町へなだれ込んだりすることもあるのだ。
「ほら。ここ。」
会社から歩いて十分もかからなかった。ひっそりとした雑居ビルになり、一階はアンティークショップらしく、古い壺や時計などが置かれている。だがもう閉店間際らしく、中から出てきた老人が表に置いておいた猫の置物を店の中にしまい始めていた。そしてその横に階段があり、屋根はあるが雨が降る時は雨ざらしになるだろう。
「二階が喫茶店ね。三階以降は?」
「三階はアトリエスペースになってて、たまに美大生とかがサークルで展示会をしたり、古い映画を公開していたりしてるな。四階はラジオ局。」
「ラジオ?」
「って言ってもスタジオだよ。ここで録音してラジオ局に持って行ってるんだ。」
「あぁ、そういう……。」
「二藍」がクリスマスに行ったラジオ局とはまた違うようだ。だが静かなところだし、余計な音が入らない分録音スタジオとしては良いかもしれない。
二階まで上がってくると、ぷんとコーヒーの匂いが鼻についた。そして薄暗い店内が目に付き、歩く度に沙夜の低いヒールの音が木製の床を鳴らしていく。
「いらっしゃい。」
店内はあまり広くない。店の奥には白髪の老人がニコニコして二人に声をかける。
「奥。良いかな。」
「はい。はい。どうぞ。」
中にお客さんはあまりいないが、訳ありの人が多く見えた。
いかにも商売女のような金髪の女と、がたいのいい男が二人。借金取りなのか何なのかわからないが、あまり声が漏れないようにひそひそと話をしていた。
それからやつれたカップル。ボイスレコーダーや写真などがテーブルに置かれて、深い話をしている。離婚話をしているのかもしれない。
そんな人達と沙夜達は同じに見えるのだろうか。沙夜はそう思いながら奥の席にやってきてそこに腰掛ける。周りには付いた手がしてあり、外には声が漏れないだろう。向かいに奏太も座った。
「いらっしゃい。メニューはこちらね。」
カード型のメニューだったが、あまりメニューの種類はない。コーヒーとカフェオレ、紅茶、それからレモンスカッシュくらいと、食べるものもケーキが二種類。それからサンドイッチくらいしか無さそうだ。
「コーヒーで良いか。」
「えぇ。」
「じゃあ、コーヒー二つ。」
「はい。はい。少々お待ちくださいね。」
メニューを下げられて、老人はカウンターの方へ行ってしまった。カウンター席もあるようだが、誰も座っていない。表のチェーン化されているような店だったり、一馬の奥さんが勤めているような洋菓子店のような明るい雰囲気はないように思える。それは何でだろう。沙夜は少し奇妙に思いながら店内を見ていた。すると奏太が声をかける。
「あまりキョロキョロするなよ。」
「なんか……変わった雰囲気だと思って。」
「まぁな。ここは本当だったら風営法で捕まるようなところだし。」
「え?」
「この奥がホテルになってんだよ。そこで男が女を買ったり、女が男を買ったりしてさ。」
「……売春よね?それって。」
「この国でもまだあるんだよ。そういうの。お前は食っていくのに苦労したことはないんだろう?」
「まぁね。大学も親の援助があったし、卒業してずっとここに勤めていたから。」
すると奏太は水を口にしてため息を付いた。
「そうだったな。入社してずっと「二藍」の担当に?」
「いいえ。しばらくしてからだった。最初はクラシックの部門にいて。」
「って事はあの東山ってヤツがいたのか?」
「あの時はまだいなかったわね。あの人。あぁ、昼間はお世話になったわ。それだけはお礼を言っておかないとと思っていたの。」
連れ込まれそうになったが、この男の機転で何とかなったのだ。そう思うとありがたい。
「良いよ。無理矢理連れ込もうとしてるのを見ると反吐が出そうだと思うし。」
「……。」
無理矢理連れ込むようなモノは嫌なのだ。そこら辺は常識があるらしい。
「男っていうのは女性を見たらしたいモノなんじゃないの?」
その言葉に奏太は少し笑った。あまりにも男と女の関係に、無知だと思ったからだ。擦れていない女だということだけでも、大学の時の噂が嘘だと思える。
「好みがあると思う。まぁ……体とあっちは別物ってヤツもいるけどさ。だから男のモノでも女のモノでも風俗産業ってのは廃らないんだな。でもさ……。」
暑い国の方では、結婚相手というのは親同士で決めるモノだった。それまでにデートをしてはいけないし、ましてや婚前前のセックスなどもってのほかで、処女である破瓜の血は義理の両親などに披露されたりすることもあるらしい。当然、そういう娯楽もなく、映画もラブシーンはない。
その反動なのかもしれないがその国で問題になっているのは、身分の低いモノ、または外国人の女性に対する○イプがあとを絶たないらしい。
外国人であれば警察などに訴えることは出来る。だが身分の低いモノは泣き寝入りするしかなかった。
「その時俺、始めてあの花岡一馬の奥さんにとんでもないことを言ったと思ったんだ。」
「知り合いだったの?」
「兄がいるんだ。二十くらい歳が離れてる兄。今は警察学校の職員をしているけど、その当時は現役の警察官だった。」
その時ぷんと良い匂いがした。そして先程の老人がコーヒーカップを手にして、二人に近づいてくる。
「はい。お待たせしました。ブレンドですよ。」
そういって老人はトレーに乗せられているカップを、奏太の前に置く。そして次に沙夜の前にも置いた。そして砂糖やミルクを置くと、伝票をテーブルの上に置くと、そのままカウンターにも取っていく。
「二十くらい離れているということは、もう良いお歳ね。」
「自分の子供みたいな奥さんと孫みたいな子供が生まれてる。連れ子も一緒で賑やかな家庭だよ。」
強面の兄にいつも奏太は逆らえなかった。それに自分の両親にも逆らえなかったのだ。縛ろうとしていた母親に何度反抗しようかと思っていたが、逆らえなかったのは自分の弱さだった。
そしてその我慢の限界が超えた時、奏太は留学先の大学を辞めた。それが一番すがすがしく、やっと色んなところから解放されたような気がした。
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