触れられない距離

神崎

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連弾

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 昼休憩が終わると、沙夜はそのままパソコンのファイルを開いた。そこには治が編曲した童謡の譜面がある。
 童謡というのはシンプルな譜面で、子供が歌いやすいようにしてある。それをどうアレンジするかというのは割と難しいだろう。その気になればピアノ一本、歌一つで曲が成り立つのだから、ドラムやベース、ギターというのは要らないと言われているように思えた。
 それでもその譜面を見て、沙夜は少し笑う。こういう授業も大学の時にあったような気がする。沙夜はそれを思いきったアレンジにしたモノだが、教授はいぶかしげな顔をして「再提出」と言ったのを覚えている。つまり、これは幼稚園とか保育園で披露するモノであり、沙夜がアレンジしたようにハードロックのような曲調のモノは受け入れられなかったのだ。
 大学で評価が高かったのは望月奏太のように、CDのように譜面をきっちり弾いて、ミスがなく自己主張しないのが良いとされていたのだ。自分はそうなれないな。沙夜はそう思いながら、そのアレンジを見ていた。
 治がした童謡のアレンジはバランスが良いだろう。子供にも受け入れられて、大人も楽しめるようなモノだ。特にこの手遊びの歌は、盛り上がるだろう。だがそれを歌うのは遥人だ。遥人に幼稚園の先生のような真似が出来るのかはわからない。
 そう思っていた時だった。沙夜の携帯電話が着信を告げる。それを見ると、遥人からの着信だった。
「もしもし?」
 席を立って遥人の話を聞く。その様子に隣に座ってきた植村朔太郎が目線で追った。バンドの話だったらここで話しても良いのにと思っていたが、沙夜には沙夜の事情があるだろう。その一つ一つを聞きたいというのがきっかけだった。それから次第に沙夜に惹かれていった感じがある。
 今は婚約者である女性がいるのだ。その女性が好きかと言われるとわからない。だがその女性のお腹には自分との子供がいる。きっと一緒に住んで、子供が生まれたらそれなりに愛情が生まれるだろう。沙夜を好きになったようにその女性も好きになれると思っていたのだ。
 その頃、沙夜は廊下に出て少し笑っていた。
「あぁ、見つかったの?良かったわ。あとで見せてもらっても良いかしら。ごめんなさいね。私が足を運んでいくつもりだったんだけど。」
 童謡では猫と犬が出てくる話がある。その曲に合わせてパペットを用意したいと思っていたのだ。もちろんそれで演じるのは遥人なのだが。
 そういう物はどこで売っているのかわからない。なのでインターネットで買おうかと思っていた矢先に、遥人から連絡が入ったのだ。遥人はそういうモノを取り扱っている業者を、テレビ局の人間に聞いたらしい。どうやらそういう問屋があるらしく、そこでそれを買ったらしい。
「結局はあなたの手のサイズに合っているかどうかだと思うの。栗山さんははめてみてどうだったかしら。……良かったわ。あとはそれで少し練習もした方が良いかしらね。明後日……。」
 話を続けようとして向こうから向かってくる男が目に付いた。沙夜はそれがわかりさっと視線をそらす。
「練習をする時にでも実際に見せてくれるかしら。」
 すると遥人はその時には差し入れを頼みたいと言ってきた。すると沙夜は少し笑って言う。
「えぇ。甘い物にするわ。お昼は過ぎている時間だものね。この間、面白そうなレシピを教えてもらってちょっと試したいと思っていたから。ふふっ……わかった。じゃあまた明後日ね。」
 そう言って沙夜は電話を切って、オフィスに戻ろうとした。その時、沙夜の方をじっと見ている望月奏太の姿がある。
「望月さん。」
「彼氏に連絡か?」
「いいえ。仕事の電話。」
「タメ口だったのに?」
「「二藍」のメンバーによ。」
 すると奏太はため息を付いて言う。
「彼氏に話すような口調だったな。そりゃ……誤解もされるわ。」
 そう言われて沙夜は言葉に詰まる。確かにタメ口で話して良いとは言われているが、外から聞いたらそんな風に思えるのだろうか。それが「二藍」と良い関係なのだと言われる原因であるなら、少し考えた方が良いだろう。
「だったら気をつけるわ。で、あなたはここに何か用なの?」
 すると奏太はポケットから携帯電話を取り出す。そして沙夜に近づくとその携帯電話をさしだした。
「連絡先を聞いてなかったと思って。」
「必要あるかしら。」
 「二藍」の担当になるとは決まっていない。だが沙夜は拒絶している。万が一「二藍」のメンバーが良いというのであれば、沙夜も了承するかもしれないがその可能性は低いだろう。特に遥人は気に入らない相手かもしれない。
 遥人はアイドルを辞めて、自分のしたいことをしたいとこの道に入ったのだ。それを「売れる音楽を作る」と言うスタンスの奏太とは永遠にわかり合えない気がする。
「あるよ。外国の会社と連携を取りたいんだろう?」
 それが一番のネックだ。だがやはり言語に強い人は他にも居るかもしれない。それを西藤裕太にも言ったばかりだ。
「他の人を当たってもらおうと思って。」
「何でだよ。」
「言語に強い人は他にも居るから。それに……「二藍」にはあなたは受け入れられないと思うし。」
「会っても無いのに。」
「あって無くてもわかるわ。「二藍」は売れる、売れないって事は考えていないの。ただ自分たちのしていることを多くの人に知ってもらおうとは思っているけれど、買わせようなんて事は考えていないのだから。」
「良い作品を発表したら、自然とファンが付いてくるって思ってるのか。」
「知ってもらうためにPRをする。必要とされればどこへでも足を運ぶ。それがたとえ病院だろうと幼稚園だろうとね。個々の活動でもそうしている。気の乗らないモデル業をすることもあるんだから。」
「……。」
「って事だから、こちらから話をしておくわ。連絡先を交換することも必要ないわね。さようなら。」
 沙夜はそう言ってオフィスに戻ろうとした。するとそれに奏太が声をかける。
「待てよ。」
「何?」
「それが「二藍」の考え方か?お前の言うことが「二藍」を代弁していると思っているのか。」
「そうよ。」
「実際に声を聞いたわけじゃ無い。だったら俺だって納得しないんだ。実際に「二藍」に会わせてくれよ。その上で嫌だって言うんだったら納得するから。」
「……。」
 どうしたら良いだろう。沙夜は少し迷っていた。その時だった。
「沙夜?」
 後ろの方から声をかけられて、沙夜は振り返った。そこにはダブルベースを背負った一馬と、荷物を抱えた翔の姿があった。
「千草さんと花岡さん。あぁ、今日はこっちに来ていたって聞いていたわ。」
「まぁ、二人とも用事は違ったんだけど、さっきそこで会ってね。」
 翔は沙夜の側にいる男を見て、少し笑う。
「どうも。」
「「二藍」のキーボードとベースか。こっちになんか用事があったのか。」
「えぇ。あなたは?」
 すると奏太は少し笑って言う。
「今度「二藍」の担当を、泉さんとするかもしれないんだ。」
「あなたが?」
 翔は少し笑って奏太を見る。すると奏太の方がその反応に意地になったように翔に言う。
「何がおかしいんだよ。」
「沙夜と一緒に何をするんだろうと思ったんですよ。元々一人ででも出来ていることを二人でするんですか。」
「それが今問題になってんだよ。泉さんが働き過ぎだって。」
「それはそうかも知れないけれどねぇ……。」
 翔はそう言って一馬を見上げる。
「……西藤部長が沙夜さんが休みの時には代わりをしてくれているが、西藤部長もそこまで暇では無いしな。サブが付くのは歓迎するところだろうが……ん?」
 すると一馬はその男を改めて見て、どこか見たことがある人だと首をかしげていた。
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