触れられない距離

神崎

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 昨年の夏、テレビの長丁場の音楽番組で、翔は望月旭とコラボレーションをした。その時望月旭は、「夜」をあぶり出そうとDJプレイの最初に「夜」の音を流した。それは反響を呼び、未だに「夜」というのは誰なのだろうと検索がかかるほどだった。動画でまだ流れているから仕方が無いのだろうが。
 それがきっかけで「Music Factory」だけでは無く加藤啓介が所属していた「Morris」も「夜」の姿を追っているはずだった。
 その「夜」が言葉を発信し、「二藍」に関する音楽に関わりたいと言い出した時、「Music Factory」の上層部は「二藍」だけでは無く、他のアーティストやバンドのプロデュースをして欲しい。そして「夜」を「Music Factory」からデビューさせたいと申し出たはずだ。
 だが「夜」はソロなどは全く考えていない。関わるのは「二藍」だけであり、もし「二藍」が解散などをしたら自分も手を引くと言ってきた。その上、その上層部には姿を現したくは無いと、会社へ行くことも拒絶したのだ。
 その態度に上層部は怒り心頭だった。姿も現さない、声も聞けない、もしかしたら関わると会社自体も危なくなるのでは無いかという不安すら覚えた。
 そしてこの時点で会っているのは、西藤裕太、沙夜、そして「二藍」の五人だけ。そしてこの七人は、「夜」はそんな人物では無いと言い切っていた。だがそんなことを信用出来るはずは無い。上層部は「夜」の話を諦めようとした時だった。
 沙夜が裕太に手渡したのは一本の音楽ファイルだった。これを流して欲しいと沙夜が裕太に託したのだ。
 それを流し、「夜」は「二藍」に関わることを許され、そして堂々と「夜」のクレジットを流すことが出来たのだ。
 「夜」のことは会社でも隠している。限られた人にしか伝えられていない。だからこそ、奏太のように「夜」に憧れを持っている人、ファンだと公言している人は警戒をしないといけないだろう。
「望月君は気がつきそうかな。」
「どうでしょうね。」
 沙夜はご飯を口にして、首をかしげる。
「大学の時にばれそうになったと聞いているけれど。」
「その通りです。個人情報を漏らされかけました。」
 あの時は最寄り駅や大学生であること。本名もちらっと流されかけったが、さすがにサイトの運営が気がついてくれて、ユーザーを削除したのだ。おかげで沙夜が「夜」であることは誰も知らないだろう。
「純粋にファンであるというのだったら、批判はしないだろう。君もそれの方がやりやすくは無いかな。」
「いいえ。信用出来ない。」
 同じユーザーからのメッセージには賞賛の声があった。だが違うサイトでは批判の嵐だった。だから人間は裏表があると思っていて信用出来ない。信用出来るのは「二藍」のメンバーと同居している沙夜と芹。それに上司である裕太。それくらいだ。
「ファンであると言っても、その周りを傷つけたりする人だっています。私がそうでしたから。」
 何度も「二藍」のために傷ついたのだ。ファンであると口で言ってもやはり信用は出来ない。
「望月君はそんな人間に見えないよ。俺には。」
 裕太はあまり人を見る目が無い。だから沙夜は信用出来ないと思っているのだろう。いぶかしげな目で裕太を見る。
「……。」
「海外へ行った時にも「夜」の音をずっと聴いていたんだろう。」
「そう聞いています。」
「色んな音があると思う。だけどその中で「夜」の音を聞いていたというのは、どんな音楽を聴いても「夜」に勝つモノは無かったんだ。そしてそれが自分が紡ぎ出せないと思っていたんだと思う。」
「……。」
「とりあえず「夜」のことは置いておいても良い。君に任せるよ。それよりも重要なのは「二藍」に関わらせることか。それだけだと思う。」
「隠しながら付き合えないですかね。」
「それが出来るならそれでもいい。あとは「二藍」のメンツに気に入られるかどうかだろう。」
 弁当箱をしまって、裕太は沙夜の方を見る。
「私が休みとかの時には望月さんにさせることになりますかね。」
「あぁ。そうなると思う。」
「……。」
 もしそうなれば、「二藍」との連携も必要になる。やはり「二藍」に気に入られるかがポイントだろう。
「近いうちに引き合わせて欲しい。いつか集まれる時はあるのかな。」
「そうですね。」
 沙夜も弁当箱をしまうと、スケジュール帳を取り出す。
「……明後日に……いや。これはちょっと……。」
「何かあった?」
「花岡さんから頼まれていたんですけど、花岡さんの息子さんが通う幼稚園の歓迎会で演奏をしてくれないかと。」
「ハードロックを?」
「いいえ。クリスマスの時にラジオでしたような感じですね。カホンとダブルベースとアコギを。」
「カントリーっぽいジャンルだね。その練習をするの?」
「えぇ。今までハードロックですし、まぁ……それぞれ演奏技術は高いと思うんですけど、クリスマスのようにぶっつけのような事はしたくないそうですから。練習を少ししたいと。」
「どこで?」
「A町の方です。」
「ここのスタジオは借りれなかったの?」
「えぇ。別のバンドや撮影が入っていると言われて。」
 「二藍」ほど大きなバンドになれば、本来だったら個人のスタジオを持っていても良いと思う。なのにまだ「二藍」はそういったモノを持っていない。それにそんなイベントに顔を出すようなことはしないだろう。金がかかっているとは言っても、ジャンルが違いすぎるのだ。
 本当だったら趣味でしているバンドのサークルだったりする人達がするようなことを「二藍」はするのだから。
「そのアレンジに「夜」は関わるのかな。」
「えぇ。アニメの曲ですね。童謡のアレンジは橋倉さんがしてくれましたけど、アニメの曲は金銭が絡むので許可を得ないといけないし、アレンジを待っていたら時間がかかるのでこちらで。」
「と言うことは「夜」の曲もあるわけだ。」
「そうです。」
「望月君にとっては願ったり叶ったり事だろう。連れて行ってみたら良いのに。」
「ハードロックではないのですが。」
「それでグチグチ言うようだったら、それこそ要らないと言えば良い。」
 そんなに寛容な人に見えなかったが、そんなモノなのだろうか。
「それにしても楽しみだねぇ。」
 こっちは楽しみでも何でも無い。沙夜はそう思いながら、裕太の方を見ていた。
「しかし何で大学を辞めて世界中を放浪したりしたんですかね。」
 沙夜はそれが一番気になっていた。おそらく奏太は、ピアニストになりたかったはずだ。大学に要るのが一番、手っ取り早くピアニストになれるはずだと思ったから。だが奏太はそれを辞めて、世界中を放浪していたのだ。
「俺が聞いたのはね……。「夜」に追いつきたかったからだと言っていた。」
「「夜」に?」
「どこでも「夜」の曲を聴いていた。それこそ耳コピして弾けるくらいまで聴いて、自分でも演奏をしてみたらしい。だけどそうすればするほど「夜」の模倣にしか思えなかったらしい。」
「でも「夜」は姿を消してしまった。」
 すると裕太は少し頷いて言う。
「だから、「夜」に変わるような音を探していたんだ。世界を回れば、「夜」を超えるような音があるはずだとね。でも結局耳に付いたのは「夜」が関わっている「二藍」の曲だった。」
 そう言われ、沙夜は少し俯いてしまった。自分がしていたことがこんなことで返ってくると思っていなかったから。
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