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連弾
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会議室というのは大体どこでも同じようなモノだろう。ホワイトボードと、カタカナのコの字に並べられている机。そしてパイプ椅子。
望月奏太と沙夜は向かい合って座ると、奏太は少し笑って言う。
「あんたがここに入っているのは知ってたよ。「二藍」の担当をしているのも。」
「それは光栄ね。あなたのようなピアニストが裏方に出るのも私には意外だったわ。」
すると奏太は、表情を変えずに言う。
「お前の方がピアニストになると思ってた。」
「コンクールでも入選止まりだったのに、ピアニストなんて出来るわけが無いわ。」
「いいや。ピアニストと言うよりは作曲家とかアレンジャーになると思ってた。」
いつか出場したコンクールの事を奏太はよく覚えている。予選を勝ち上がり、これでグランプリを取れば、留学の道も夢では無くなると思っていた。
それで少し緊張していたのだろう。舞台脇で待機していても手の震えが止まらなかった。
なのにその前の枠でいた沙夜は、なぜか落ち着いていたような気がする。舞台慣れているのかと思っていた。
だがそれは違うとステージを見てやっとわかった。
他の人の音なんかは聞こえなかったのに、沙夜の音だけは違和感があったのだ。その音に周りのスタッフもざわめいた。
「譜面と違うだろ。」
「譜面どおりに弾かないと失格になるぞ。」
有名なピアノ曲だった。誰もが知っている曲だったのに、沙夜がそのステージで奏でていたのはその曲をベースにした全く別の曲に聞こえた。
観客もざわめいていたと思う。だが沙夜の顔には笑みすらあった。そして沸き起こる手拍子と、喝采。曲が終わり、沙夜が席を立って礼をすると会場からはわれんばかりの拍手が巻き起こった。
その沙夜の姿を奏太は忘れた事は無い。堂々としているように見えた。
「そんな事もあったわね。」
沙夜は昔から与えられた譜面というのが苦手だった。だから幼い頃から通っていたピアノの先生からも、音楽の大学へ行きたいのだったらしばらくぐっと我慢をして譜面どおりに弾く練習を勧めてくれたのだ。そうでは無いと音楽大学へは行けないと口酸っぱく言われていて沙夜はそれをずっと我慢していたが、そのかいがあって大学へ行くことが出来た。。
「俺は譜面通りにしか弾けなくてさ。お前とはちょっと違ってたかな。」
「でも譜面どおりに弾いていたから、あなたはいつもグランプリを取っていたわ。だから留学をしたんじゃ無いのかしら。」
「したよ。でも途中で辞めてさ。」
「辞めた?」
「少し色んなところを転々としてた。」
手を叩くだけで音楽になる。空き缶を叩いただけでも音楽になるという国もあった。その一つ一つを見たいと思って、大学を辞めたあと世界中を駆け巡ったのだ。
「そう……。」
「お前、海外へは行かなかったんだろう。」
「この会社の繋がりで行く事もあるけれどね。観光では無いわ。」
「綺麗な建物の中で演奏しているだけが音楽じゃ無いだろ。」
海外へ行ってそれがわかった。子供達が音程が取れていない音楽を口ずさんでもそれもまた音楽なのだと思え、自分がしてきた事がどれだけ枠にはめられていたかを実感出来たのだ。
「それがどうしてこの会社に?」
当然だろう。これだけ世界、世界と騒いでいる男があっさり母国へ帰ってきたのだ。金が無くなったのか、それとも強制送還でもされたのかわからない。だが犯罪とは考えにくいだろう。外資系の会社なのだ。そんな前科があるような人を易々と入れたりしないだろうから。
「先進国とかは興味が無かったんだけど、どうしても行きたい国があってさ。そこに行くのに金がちょっと足りなくて、バーで知り合った男にピアノが弾けるんだったらヘルプで引いてくれないかって言われたのが、始まりかなぁ。」
ピアノを久しぶりに弾いた。するとその演奏を聴いていた別の男が、この会社にスカウトをしてきたのだ。
「それはスタジオミュージシャンって事?」
「そのつもりだったみたいなんだよ。でもその当てが外れたっていうか。」
奏太はピアノの腕は悪くなかった。だがどうしても外国人であるという事をはじめとして、陰湿な事を言われるようになってきたのだ。
「あなたくらい弾ける人は大学では居ないといわれていたのに。」
「結局その程度だったんだよ。」
代わりは居る。嘲笑される事も、無視をされる事もあり、結局あちらの会社ではスタジオミュージシャンとして芽は出なかったのだ。だがそれに気を悪くした紹介した男が、良かったら社員として働かないかと言い出してきた。
「それからこっちの国での中継役をしてくれって言われて、こっちに来たのは年末くらい。」
「あまり時間は経っていないわね。この世界は狭くないの?」
「んー……。確かに窮屈だな。でも悪い事ばっかりでも無いけど。」
「そう?」
「こちらの国に居ない時間にいいバンドもアーティストも出てきたなって思うよ。手軽に音楽が作れるようになったからかな。昔は、バンドを組んだり、ギターを弾き語りをしてもある程度の練習って必要だったし。今はパソコンの前で出来るんだろう。」
「そうね。」
「俺、その系統は全く出来ないからさ。」
デジタルに疎い男なのだ。世界を回っていたと言っても、生活するだけでギリギリだったのだろう。
「あんたは詳しかったんだろう。」
「そこまででも無いわ。今でも職場のパソコンがフリーズしたら、こちらまでフリーズするわ。」
そんなときにはいつも植村朔太郎が、声をかけてくれる。急な事には対処出来ないのだ。それはパソコン上の事だけでは無く、「二藍」と行動しているときもそうだろう。だが冷静になれば対処は出来るのだ。出来ないわけでは無い。
「パソコン上で音楽を作ってたのに?」
沙夜の目の端が少し動いた。動揺しているのだろう。
「何のことかしら。」
すると奏太は携帯電話を取り出す。そして動画を再生し始めた。それは去年の夏に望月旭がDJプレイをしたときの映像で、最初の映像は沙夜が「夜」として作曲した曲が流れている。
「これ「夜」の音だろう?」
その言葉に沙夜は首を横に振った。
「私には何のことだかわからないわ。」
「大学の時にあの教授がこれを流しながら言っていたな。「素人が気軽に音楽を作る世界になってきた。だがそんなモノは音楽ではない。理論があっての音楽だ。」ってな。俺はくそ食らえと思ったけど。」
世界を回って改めて思った。理論なんかは本当にくそ食らえなのだ。手を叩いたり、空き缶を叩くだけでも音楽なのだから、それを否定するのは馬鹿だと思う。
「「夜」ってヤツの音だ。それはあんたじゃ無いかって周りも噂をしていた。というか……そうだったんだろう。」
こんな男に認めたくない。沙夜はぐっと拳を握ると、奏太に言う。
「違うわ。そういう噂があって、一時期声をかけられた事がある。迷惑だったわ。」
こんな男にばれてたまるか。そう思っていたが、奏太は首を横に振る。
「お前じゃ無くても別に良いんだよ。別に今となってはそれが誰でも良いと思ってる。」
「じゃあ聞かないで。」
「でもこの「夜」の音を否定した教授も、あの場にいた学生も、作曲のコースにいた奴らも、みんなこの音に嫉妬してたんだよな。それは俺だってそうだ。」
自由に音を鳴らしている。音が遊んでいる。その曲に付けられたタイトルのように月の光が自分を照らしてくれているように思えた。
「その「夜」を探したいの?」
「あぁ。探したいね。あんたに聞けばわかると思ってた。」
「私に?」
「「二藍」の新しいアルバムのクレジットと千草翔のソロアルバムに「夜」の名前があるだろう。それがあの「夜」なのか?お前じゃ無くてもお前と繋がりがあるのか?」
すると沙夜はすっと真顔になって言う。
「言えないわ。」
「何で?」
「あなたはまだ関係者では無いから。「二藍」に関わりたいと思っているのかどうかもわからないじゃ無い。」
それはつまり、奏太の意思の問題だろう。「二藍」に関わりたいのかどうかと言う事だ。
望月奏太と沙夜は向かい合って座ると、奏太は少し笑って言う。
「あんたがここに入っているのは知ってたよ。「二藍」の担当をしているのも。」
「それは光栄ね。あなたのようなピアニストが裏方に出るのも私には意外だったわ。」
すると奏太は、表情を変えずに言う。
「お前の方がピアニストになると思ってた。」
「コンクールでも入選止まりだったのに、ピアニストなんて出来るわけが無いわ。」
「いいや。ピアニストと言うよりは作曲家とかアレンジャーになると思ってた。」
いつか出場したコンクールの事を奏太はよく覚えている。予選を勝ち上がり、これでグランプリを取れば、留学の道も夢では無くなると思っていた。
それで少し緊張していたのだろう。舞台脇で待機していても手の震えが止まらなかった。
なのにその前の枠でいた沙夜は、なぜか落ち着いていたような気がする。舞台慣れているのかと思っていた。
だがそれは違うとステージを見てやっとわかった。
他の人の音なんかは聞こえなかったのに、沙夜の音だけは違和感があったのだ。その音に周りのスタッフもざわめいた。
「譜面と違うだろ。」
「譜面どおりに弾かないと失格になるぞ。」
有名なピアノ曲だった。誰もが知っている曲だったのに、沙夜がそのステージで奏でていたのはその曲をベースにした全く別の曲に聞こえた。
観客もざわめいていたと思う。だが沙夜の顔には笑みすらあった。そして沸き起こる手拍子と、喝采。曲が終わり、沙夜が席を立って礼をすると会場からはわれんばかりの拍手が巻き起こった。
その沙夜の姿を奏太は忘れた事は無い。堂々としているように見えた。
「そんな事もあったわね。」
沙夜は昔から与えられた譜面というのが苦手だった。だから幼い頃から通っていたピアノの先生からも、音楽の大学へ行きたいのだったらしばらくぐっと我慢をして譜面どおりに弾く練習を勧めてくれたのだ。そうでは無いと音楽大学へは行けないと口酸っぱく言われていて沙夜はそれをずっと我慢していたが、そのかいがあって大学へ行くことが出来た。。
「俺は譜面通りにしか弾けなくてさ。お前とはちょっと違ってたかな。」
「でも譜面どおりに弾いていたから、あなたはいつもグランプリを取っていたわ。だから留学をしたんじゃ無いのかしら。」
「したよ。でも途中で辞めてさ。」
「辞めた?」
「少し色んなところを転々としてた。」
手を叩くだけで音楽になる。空き缶を叩いただけでも音楽になるという国もあった。その一つ一つを見たいと思って、大学を辞めたあと世界中を駆け巡ったのだ。
「そう……。」
「お前、海外へは行かなかったんだろう。」
「この会社の繋がりで行く事もあるけれどね。観光では無いわ。」
「綺麗な建物の中で演奏しているだけが音楽じゃ無いだろ。」
海外へ行ってそれがわかった。子供達が音程が取れていない音楽を口ずさんでもそれもまた音楽なのだと思え、自分がしてきた事がどれだけ枠にはめられていたかを実感出来たのだ。
「それがどうしてこの会社に?」
当然だろう。これだけ世界、世界と騒いでいる男があっさり母国へ帰ってきたのだ。金が無くなったのか、それとも強制送還でもされたのかわからない。だが犯罪とは考えにくいだろう。外資系の会社なのだ。そんな前科があるような人を易々と入れたりしないだろうから。
「先進国とかは興味が無かったんだけど、どうしても行きたい国があってさ。そこに行くのに金がちょっと足りなくて、バーで知り合った男にピアノが弾けるんだったらヘルプで引いてくれないかって言われたのが、始まりかなぁ。」
ピアノを久しぶりに弾いた。するとその演奏を聴いていた別の男が、この会社にスカウトをしてきたのだ。
「それはスタジオミュージシャンって事?」
「そのつもりだったみたいなんだよ。でもその当てが外れたっていうか。」
奏太はピアノの腕は悪くなかった。だがどうしても外国人であるという事をはじめとして、陰湿な事を言われるようになってきたのだ。
「あなたくらい弾ける人は大学では居ないといわれていたのに。」
「結局その程度だったんだよ。」
代わりは居る。嘲笑される事も、無視をされる事もあり、結局あちらの会社ではスタジオミュージシャンとして芽は出なかったのだ。だがそれに気を悪くした紹介した男が、良かったら社員として働かないかと言い出してきた。
「それからこっちの国での中継役をしてくれって言われて、こっちに来たのは年末くらい。」
「あまり時間は経っていないわね。この世界は狭くないの?」
「んー……。確かに窮屈だな。でも悪い事ばっかりでも無いけど。」
「そう?」
「こちらの国に居ない時間にいいバンドもアーティストも出てきたなって思うよ。手軽に音楽が作れるようになったからかな。昔は、バンドを組んだり、ギターを弾き語りをしてもある程度の練習って必要だったし。今はパソコンの前で出来るんだろう。」
「そうね。」
「俺、その系統は全く出来ないからさ。」
デジタルに疎い男なのだ。世界を回っていたと言っても、生活するだけでギリギリだったのだろう。
「あんたは詳しかったんだろう。」
「そこまででも無いわ。今でも職場のパソコンがフリーズしたら、こちらまでフリーズするわ。」
そんなときにはいつも植村朔太郎が、声をかけてくれる。急な事には対処出来ないのだ。それはパソコン上の事だけでは無く、「二藍」と行動しているときもそうだろう。だが冷静になれば対処は出来るのだ。出来ないわけでは無い。
「パソコン上で音楽を作ってたのに?」
沙夜の目の端が少し動いた。動揺しているのだろう。
「何のことかしら。」
すると奏太は携帯電話を取り出す。そして動画を再生し始めた。それは去年の夏に望月旭がDJプレイをしたときの映像で、最初の映像は沙夜が「夜」として作曲した曲が流れている。
「これ「夜」の音だろう?」
その言葉に沙夜は首を横に振った。
「私には何のことだかわからないわ。」
「大学の時にあの教授がこれを流しながら言っていたな。「素人が気軽に音楽を作る世界になってきた。だがそんなモノは音楽ではない。理論があっての音楽だ。」ってな。俺はくそ食らえと思ったけど。」
世界を回って改めて思った。理論なんかは本当にくそ食らえなのだ。手を叩いたり、空き缶を叩くだけでも音楽なのだから、それを否定するのは馬鹿だと思う。
「「夜」ってヤツの音だ。それはあんたじゃ無いかって周りも噂をしていた。というか……そうだったんだろう。」
こんな男に認めたくない。沙夜はぐっと拳を握ると、奏太に言う。
「違うわ。そういう噂があって、一時期声をかけられた事がある。迷惑だったわ。」
こんな男にばれてたまるか。そう思っていたが、奏太は首を横に振る。
「お前じゃ無くても別に良いんだよ。別に今となってはそれが誰でも良いと思ってる。」
「じゃあ聞かないで。」
「でもこの「夜」の音を否定した教授も、あの場にいた学生も、作曲のコースにいた奴らも、みんなこの音に嫉妬してたんだよな。それは俺だってそうだ。」
自由に音を鳴らしている。音が遊んでいる。その曲に付けられたタイトルのように月の光が自分を照らしてくれているように思えた。
「その「夜」を探したいの?」
「あぁ。探したいね。あんたに聞けばわかると思ってた。」
「私に?」
「「二藍」の新しいアルバムのクレジットと千草翔のソロアルバムに「夜」の名前があるだろう。それがあの「夜」なのか?お前じゃ無くてもお前と繋がりがあるのか?」
すると沙夜はすっと真顔になって言う。
「言えないわ。」
「何で?」
「あなたはまだ関係者では無いから。「二藍」に関わりたいと思っているのかどうかもわからないじゃ無い。」
それはつまり、奏太の意思の問題だろう。「二藍」に関わりたいのかどうかと言う事だ。
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