触れられない距離

神崎

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連弾

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 その資料を見て、沙夜は少し違和感を持った。「二藍」のサブに付いてくれる男の名前が載っているが、その名前に見覚えがあったのだ。
「望月奏太ねぇ。」
 望月奏太という名前は、沙夜が大学の時の同期に同じ名前の男がいた。沙夜は大学の時コンクールに出るような事はしなかったが、それでも仕方なく学校の必修科目で何種類か出た事がある。そしていつも沙夜は入賞止まりだった。そんな中でいつもグランプリを取っていたのが望月奏太という男だったと思う。
 大学を卒業して、望月奏太はコンクールのかいがあってそのままどこか外国の大学へ留学したと聞いていたし、そのままプロのピアニストにでもなっているだろう。
 と言う事はこの望月奏太というのは、おそらく別人だ。望月という名字も結構ある名字だし、奏太というのも結構多いのだから。
 そう思って資料を置いておいた。今は望月奏太は外に出ているので、帰ってきたら連絡をするらしい。それを待つまで自分の仕事を終わらせようと沙夜は思っていたのだ。その時、トイレから植村朔太郎が帰ってきて、その沙夜のデスクにある資料に目をとめた。
「あれ?その人って。」
「知ってますか?」
 沙夜はそう言ってその資料を朔太郎に手渡した。
「あぁ、やっぱり。洋ロックの部門にいる人だよね。」
 この会社は本元は外国にある。この国にあるのは支店のようなモノだ。だからあちらのレーベルで音源を出したとき、こちらの国に合わせてまた再発売をするのだ。そのための部門なのだろう。
 直輸入でそのソフトを売っても良いのだが、その場合、歌詞カードなどは全部あちらの言語になるし、音質もあまり良くない事が多い。
 対してこの国に合わせたソフトで売り出すと、音質もこちらに合わせたモノで歌詞カードも和訳が付いている。その上この国限定のボーナストラックが付いていたりするので、値段が高くてもお得感がある。
「噂か何かがありますか?」
 沙夜はそう聞くと、朔太郎は少し考えて言った。
「そうだね……。あまり良い噂じゃ無いよ。」
 外国への中継役になる。だからあちらの人ともある程度のコミュニケーションが取れないと意味が無い。だがその男は本音を隠す事は無く、ズバッと言ってしまうのだ。それは他人の事が考えられない言葉だという。
「はぁ……それは凄いですね。」
 そういう人を沙夜は知っている。それは芹だった。芹も割と人の事を考えないで言う事があるが、それは正直に芹が言葉にしているだけなのだろう。それに芹の場合は個人で動いている。問題が起きても芹が解決すれば良いだけの話なのだ。
「けどまぁ……人によっては好かれている。外国の人はオブラートに包むのを嫌うところもあるからね。でも……人によってはあいつを付けないでくれって言う人も少なくないそうだ。ほら、マックスって居るでしょ?」
「あぁ、「Limited」と言う曲が売れましたね。」
「あいつなんか凄い嫌っているって聞くけどね。」
 だがそのアーティストはその曲以降の売れ行きが良くないらしい。いわゆる一発屋だと言うところがあるのだろう。
「やはりそうなのかなぁ……。」
 沙夜はぽつりと言うと朔太郎は首をかしげて言う。
「どうかしたの?」
「この人が「二藍」のサブに付かないかという話があるそうなんですが、どうも見た事がある名前だと思ってですね。」
「え?こっちに来るの?この人。」
「まだわからないですけどね。」
 朔太郎のその言葉には「嫌だ」という言葉が含まれている気がする。どうやらこの男は大分洋ロックの部門ではお荷物になっているのだ。だからその面倒も見ないといけないのは面倒なのだろう。
「そうか……うーん……。まぁ変わっているという話も聞くし、泉さんや「二藍」には良いんじゃ無いのかな。」
「それどういうことですか?」
 すると朔太郎は口を塞ぐ。言いすぎたと思ったのだ。
 その時沙夜のデスクの電話が鳴る。その電話に出ると、若干低めの声の男の声がした。
「はい……。わかりました。しかし今部長は外出中ですが……私一人でも良いですか?わかりました。では今から伺います。」
 そう言って沙夜は席を立つ。そして携帯電話だけを持って朔太郎を見た。
「今から洋ロックの部門へ行って来ます。」
「あぁ。部長には言っておくよ。」
「お願いします。」
 そう言って沙夜はオフィスを出て行く。その様子に朔太郎は少し笑った。やはり沙夜は仕事をしているときが一番生き生きとしている気がしたからだ。

 洋ロックの部門は階が違う。エレベーターでその階へ向かい、その階に到着する。そしてT字になっている廊下の左側を行こうとしたときだった。後ろから声をかけられる。
「泉さん。」
 振り向くとそこには先程西藤裕太と一悶着があった東山という男がいた。
「どうしました。」
「……こっちがクラシック部門で、泉さんの姿が見えたモノだから。」
「何かありましたか。」
 もう沙夜は平常モードになっている。気にしているのはこちらだけかと思っていたときだった。
「用事が無いなら忙しいので失礼します。」
 その言い方に東山を声をかけた。
「あぁ、そういうあれじゃ無くて。」
「あれ?」
「お詫びがしたくて。嫌な思いをさせたと……。」
「いつも言われている事です。気にしません。」
 「二藍」の五人とただならぬ関係では無いかとずっと言われている事だ。だがそんな言葉にいちいち反論していられない。そんな暇は無いのだから。
「こっちが気にするんです。あの……今度食事をおごるんで、どこかへ行きませんか。」
「行きません。」
 意を決して東山は言ったのだろう。だがすぐに沙夜は表情を変える事も無く、バッサリと言い捨てたのだ。
「え?」
「すいません。ちょっと時間が無いので、失礼します。」
 すると再び東山の怒りがこみ上げてきた。そんなに偉いのか。売れているからそんなの横柄なのかと、東山は足を沙夜の方に向ける。そしてその手を掴んだ。
「何?」
「ちょっとこっちへ来てくださいよ。」
「嫌です。急いでいるんです。離して。」
 行き交う人達が何事かと二人を見ている。それが恥ずかしくて、沙夜は手を振り放そうとした。だがますます東山の手の力が強くなる。
「良いから。」
 その時だった。向こうから来た男がその手を離す。
「嫌がっているだろ。○イプでもする気か。東山。」
 その顔にやはり見覚えがあった。背の高い男。そしてその大きな手に見覚えがある。それはやはり沙夜の大学時代に同期だった望月奏太だったのだ。
「望月……。」
「下手な噂なんか流さない方が良い。お前が会社のガンになるって言われるぞ。」
「くそ……。ロックなんか……ヤク中とアル中の集まりじゃねぇか。」
 捨て台詞を言って、東山は行ってしまった。最初に会ったときには王子様のようなイメージだったのに、もうすっかりヒール役になってしまったと沙夜は思う。
 だが問題はそこでは無い。沙夜は男を見上げた。
「ありがとう。望月さん。」
「え……。」
 驚いたように男は沙夜を見る。すると男ははにかんだように笑い始めた。
「泉さん?」
「覚えてくれていたの?」
「あぁ。覚えている。大学の同期だよな。」
「私のようなコンクールで入賞止まりの人を良く覚えていたわね。」
「あんたのピアノは特徴的だったから良く覚えている。あぁ、そうだった。「二藍」の担当をしているだって言ってたっけ。」
「えぇ。詳しい話をしたいから、ここまで来たんだけど。」
「わかった。会議室借りるよ。それまでオフィスで待っていてくれるか。」
「わかった。で、部長はいらっしゃらないの?」
「二人で話せば良いと言ってくれてる。頼りにされているよな。」
 それは頼りにされているのでは無く、もう見放されているのだろう。沙夜はそう思っていたが、奏太は上機嫌そのものだった。
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