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連弾
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桜が散り、沙夜の傷も目立たなくなってきた頃。沙夜のオフィスのパソコンに一本のメッセージが届いた。純が参加した海外のバンドのアルバムが、ランキングで一位になったという。そのお礼が届いていたのだ。
もちろん、沙夜はそんなに外国語に堪能では無いが拾い読みくらいで感謝をされているのはわかる。あとはこのメッセージをプリントアウトして、詳しい人に和訳をしてもらおうと思っていたときだった。
「外国からのメッセージ?」
隣に座っている植村朔太郎が声をかけてきた。
「えぇ。まぁ、わからないでもないのですが、そこまで私も堪能ではないので。」
「和訳したいところを反転させて、マウスの左クリックして、バーが出るだろう?そこに和訳って書いていないかな。」
朔太郎の言われたとおりにしてみると、確かにそんなバーが出てきた。
「あぁ……書いてます。」
「詳しい内容は和訳してもらった方が良いかもしれないけれど、簡単な和訳だったらそっちも使えるよ。」
「ありがとうございます。私もそこまでこういうことには詳しくなくて。」
「いえ、いえ。」
いつか、朔太郎は告白をしてきたはずだ。だが今は朔太郎は、婚約者がいる。隣のデスクの女性だ。そしてその女性には朔太郎との子供を宿しているらしい。
つわりがあるらしく、最近は担当しているバンドにかかりっきりになれない。早退したり遅刻したりが結構あるのだ。妊婦はそんなモノだろう。沙夜はそう思いながらまたパソコンに目を落とす。するとそのメッセージに気になることが書いてあった。
「ん?」
「どうしたの?」
「いいえ。」
そう言って沙夜はそのメッセージをプリントアウトする。詳しいことは西藤裕太が帰ってきてからの話になるだろう。
そう思っていたときだった。外の廊下からガタンという何かモノが落ちる音がした。その音に沙夜は思わす手を止める。
「何?」
他の人達もその音に驚いて、席を立った。するとそこにはクラシック部門の東山という男が立ち尽くし、廊下に倒れているのは西藤裕太だった。明らかにもみ合いか何かになって、裕太は倒されたように見える。
「部長。大丈夫ですか?」
他の男達が裕太を起こす。すると裕太は手を振って苦笑いをした。
「大丈夫だよ。歳を取ると何でも無いところでこけたりするモノだからね。」
「そんな歳じゃ無いでしょう。」
そういって裕太は笑い話にしようと思っていたようだ。だが東山は罪の意識から、その裕太から視線をはずそうとハードロック部門の入り口の方を見る。するとそこには、沙夜の姿があった。
「泉……さん。」
沙夜は何でも無かったのかと、その場をあとにしようとした。だが東山はぐっと拳を握り、沙夜の方へ詰め寄る。
「泉さん。あなたは「二藍」に何かしているんですか。」
「は?」
沙夜は驚いて東山を見る。するとその様子に裕太が駆け寄り東山を止める。
「止さないか。君が「二藍」から断られたのは君のせいだろう。」
話は聞いていた。沙夜が入院している間に、「二藍」のサブを決めてしまおうと思っていたようで、「二藍」のメンバーに男を一人紹介したという。だがメンバーは誰も首を縦に振らなかったらしい。当然、退院した沙夜には、そういう男がいたという話しか通っていなかったし、東山を見たことも無かった。
「何の話ですか。」
その態度にも東山はいらつきを押さえられない。せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、その表情が醜くなるようだ。
「俺が「二藍」のサブに付くって話があったのに、あいつらが断ったっていうじゃ無いですか。あなたが何か言ったんですか。」
その言葉に沙夜はため息を付く。沙夜の知らないところで進んでいた話だ。それが自分が声をかけたから断られたと思っているのも滑稽だと思う。
「知りません。入院してたときにしていた話だし。」
「本当ですか?」
「大体、その話というのは、私が意識が無かったときの話でしょう。それにどうやって口添えをするんですか。」
沙夜はそう聞くと、東山は少し笑って言う。
「自分以外の誰にも触れさせたくないとか思ってるのかと思って。」
「独占するつもりはありませんが。」
「どうですかね。だって……ただならぬ関係かもしれないって噂もありますし。」
その言葉に、裕太が焦ったように東山を止めようとした。確かにそう言う噂があるのは事実だが、それを沙夜はずっと気にしていたのだから。
自分が担当になれなかった憂さを晴らそうとしている。自分のせいなのに。だが沙夜は冷静だった。
「そういう事を言う人というのは、本当に噂好きなんですね。」
沙夜はため息交じりにそういうと、東山の方を見た。
「男が五人も居てその中に女性が入っていれば、思われるのは当然でしょう?せめて男性だったら……。」
「でしたら、バンドでもクラシックの世界でもあり得ますけど、男女混合のユニットはみんなそういう繋がりがあると思っていますか。偏見ですね。」
そういわれて、東山は黙ってしまった。東山が言っているのはそういう事なのだ。
「嫌……言葉のあやで……。」
「そういう失言があるような人をホイホイサブには付けられない。メンバーもそう思っていたのでしょうね。この世界では、どんな言葉尻を捕まえて記事にするのかわからないのに。あなたもこの世界が長いのだったらわかるんじゃないのですか。」
「そうですけど……でも……。」
「あまり弁解はしない方が良いですよ。クラシックの部門からも外されるかもしれませんし。」
沙夜の目はもうゴミを見るような目だったのだろう。そう思いながら、沙夜はまたオフィスに入っていく。
そのあとを裕太も入っていった。残された東山は、言い負かされたように周りから嘲笑を浴びているように感じたのだろう。すぐに自分の部署まで足を進めた。
デスクに帰ってきた沙夜は、いつも通りに見える。もう慣れてしまったのかもしれない。「二藍」の五人とただならぬ関係だという噂。だが実際は何も無い。五人にしてみたら、沙夜は「二藍」の六人目のメンバーであり、同志だという。男と女という枠は、六人にはほとんど関係ないのだろう。
そう思いながら裕太は自分のデスクに戻り、パソコンを立ち上げたときだった。一件のメッセージに目をとめる。すると沙夜が裕太に近づいてくる。
「部長。少し良いですか。」
「あぁ。俺も泉さんに話があってね。」
「部長からどうぞ。」
「いや、いや。ここはレディーファーストで。」
そういうレディーファーストはいらないのだが。そう思っていたが、いらないことを言っても仕方が無い。そう思って沙夜は、先に話を始める。
「夏目さんが今年初めに行った外国でのレコーディングなんですけど。」
「あぁ。ランキング一位になったそうだね。あっちの会社にお祝いを贈っておいたよ。」
「そうでしたか。だからお礼などという単語があったんですね。」
「君が休んでいるときだったから。ごめんね。事後報告になって。」
「いいえ。送らなければいけないと思っていました。それが早いか遅いかだけの話でしたし。で、そこのプロデューサーからメッセージが入り、もし良ければ夏頃にあるフェスに出てみないかと。」
「「二藍」として?」
「えぇ。」
その言葉に裕太は少し羨ましいと思っていた。自分たちのバンドも売れなかったわけでは無いが、そこまで声がかかることも無かった。確かにロックはこの国の音楽では無いので、向こうの人から聞く評判はどこかのバンドのパクリと言われることも多かった。だがもうそんな時代では無い。だからこんな時代にロックが出来る「二藍」が羨ましいと思う。
「良いね。上にも聞いてみるけれど、OKは出ると思う。あとは、「二藍」のメンバーにも聞いてみて。」
「はい。今度新曲の合わせがあるので、その時にでも。で……部長は何の話があったんですか。」
すると裕太は少し笑って、沙夜に一枚の紙をさしだした。
もちろん、沙夜はそんなに外国語に堪能では無いが拾い読みくらいで感謝をされているのはわかる。あとはこのメッセージをプリントアウトして、詳しい人に和訳をしてもらおうと思っていたときだった。
「外国からのメッセージ?」
隣に座っている植村朔太郎が声をかけてきた。
「えぇ。まぁ、わからないでもないのですが、そこまで私も堪能ではないので。」
「和訳したいところを反転させて、マウスの左クリックして、バーが出るだろう?そこに和訳って書いていないかな。」
朔太郎の言われたとおりにしてみると、確かにそんなバーが出てきた。
「あぁ……書いてます。」
「詳しい内容は和訳してもらった方が良いかもしれないけれど、簡単な和訳だったらそっちも使えるよ。」
「ありがとうございます。私もそこまでこういうことには詳しくなくて。」
「いえ、いえ。」
いつか、朔太郎は告白をしてきたはずだ。だが今は朔太郎は、婚約者がいる。隣のデスクの女性だ。そしてその女性には朔太郎との子供を宿しているらしい。
つわりがあるらしく、最近は担当しているバンドにかかりっきりになれない。早退したり遅刻したりが結構あるのだ。妊婦はそんなモノだろう。沙夜はそう思いながらまたパソコンに目を落とす。するとそのメッセージに気になることが書いてあった。
「ん?」
「どうしたの?」
「いいえ。」
そう言って沙夜はそのメッセージをプリントアウトする。詳しいことは西藤裕太が帰ってきてからの話になるだろう。
そう思っていたときだった。外の廊下からガタンという何かモノが落ちる音がした。その音に沙夜は思わす手を止める。
「何?」
他の人達もその音に驚いて、席を立った。するとそこにはクラシック部門の東山という男が立ち尽くし、廊下に倒れているのは西藤裕太だった。明らかにもみ合いか何かになって、裕太は倒されたように見える。
「部長。大丈夫ですか?」
他の男達が裕太を起こす。すると裕太は手を振って苦笑いをした。
「大丈夫だよ。歳を取ると何でも無いところでこけたりするモノだからね。」
「そんな歳じゃ無いでしょう。」
そういって裕太は笑い話にしようと思っていたようだ。だが東山は罪の意識から、その裕太から視線をはずそうとハードロック部門の入り口の方を見る。するとそこには、沙夜の姿があった。
「泉……さん。」
沙夜は何でも無かったのかと、その場をあとにしようとした。だが東山はぐっと拳を握り、沙夜の方へ詰め寄る。
「泉さん。あなたは「二藍」に何かしているんですか。」
「は?」
沙夜は驚いて東山を見る。するとその様子に裕太が駆け寄り東山を止める。
「止さないか。君が「二藍」から断られたのは君のせいだろう。」
話は聞いていた。沙夜が入院している間に、「二藍」のサブを決めてしまおうと思っていたようで、「二藍」のメンバーに男を一人紹介したという。だがメンバーは誰も首を縦に振らなかったらしい。当然、退院した沙夜には、そういう男がいたという話しか通っていなかったし、東山を見たことも無かった。
「何の話ですか。」
その態度にも東山はいらつきを押さえられない。せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、その表情が醜くなるようだ。
「俺が「二藍」のサブに付くって話があったのに、あいつらが断ったっていうじゃ無いですか。あなたが何か言ったんですか。」
その言葉に沙夜はため息を付く。沙夜の知らないところで進んでいた話だ。それが自分が声をかけたから断られたと思っているのも滑稽だと思う。
「知りません。入院してたときにしていた話だし。」
「本当ですか?」
「大体、その話というのは、私が意識が無かったときの話でしょう。それにどうやって口添えをするんですか。」
沙夜はそう聞くと、東山は少し笑って言う。
「自分以外の誰にも触れさせたくないとか思ってるのかと思って。」
「独占するつもりはありませんが。」
「どうですかね。だって……ただならぬ関係かもしれないって噂もありますし。」
その言葉に、裕太が焦ったように東山を止めようとした。確かにそう言う噂があるのは事実だが、それを沙夜はずっと気にしていたのだから。
自分が担当になれなかった憂さを晴らそうとしている。自分のせいなのに。だが沙夜は冷静だった。
「そういう事を言う人というのは、本当に噂好きなんですね。」
沙夜はため息交じりにそういうと、東山の方を見た。
「男が五人も居てその中に女性が入っていれば、思われるのは当然でしょう?せめて男性だったら……。」
「でしたら、バンドでもクラシックの世界でもあり得ますけど、男女混合のユニットはみんなそういう繋がりがあると思っていますか。偏見ですね。」
そういわれて、東山は黙ってしまった。東山が言っているのはそういう事なのだ。
「嫌……言葉のあやで……。」
「そういう失言があるような人をホイホイサブには付けられない。メンバーもそう思っていたのでしょうね。この世界では、どんな言葉尻を捕まえて記事にするのかわからないのに。あなたもこの世界が長いのだったらわかるんじゃないのですか。」
「そうですけど……でも……。」
「あまり弁解はしない方が良いですよ。クラシックの部門からも外されるかもしれませんし。」
沙夜の目はもうゴミを見るような目だったのだろう。そう思いながら、沙夜はまたオフィスに入っていく。
そのあとを裕太も入っていった。残された東山は、言い負かされたように周りから嘲笑を浴びているように感じたのだろう。すぐに自分の部署まで足を進めた。
デスクに帰ってきた沙夜は、いつも通りに見える。もう慣れてしまったのかもしれない。「二藍」の五人とただならぬ関係だという噂。だが実際は何も無い。五人にしてみたら、沙夜は「二藍」の六人目のメンバーであり、同志だという。男と女という枠は、六人にはほとんど関係ないのだろう。
そう思いながら裕太は自分のデスクに戻り、パソコンを立ち上げたときだった。一件のメッセージに目をとめる。すると沙夜が裕太に近づいてくる。
「部長。少し良いですか。」
「あぁ。俺も泉さんに話があってね。」
「部長からどうぞ。」
「いや、いや。ここはレディーファーストで。」
そういうレディーファーストはいらないのだが。そう思っていたが、いらないことを言っても仕方が無い。そう思って沙夜は、先に話を始める。
「夏目さんが今年初めに行った外国でのレコーディングなんですけど。」
「あぁ。ランキング一位になったそうだね。あっちの会社にお祝いを贈っておいたよ。」
「そうでしたか。だからお礼などという単語があったんですね。」
「君が休んでいるときだったから。ごめんね。事後報告になって。」
「いいえ。送らなければいけないと思っていました。それが早いか遅いかだけの話でしたし。で、そこのプロデューサーからメッセージが入り、もし良ければ夏頃にあるフェスに出てみないかと。」
「「二藍」として?」
「えぇ。」
その言葉に裕太は少し羨ましいと思っていた。自分たちのバンドも売れなかったわけでは無いが、そこまで声がかかることも無かった。確かにロックはこの国の音楽では無いので、向こうの人から聞く評判はどこかのバンドのパクリと言われることも多かった。だがもうそんな時代では無い。だからこんな時代にロックが出来る「二藍」が羨ましいと思う。
「良いね。上にも聞いてみるけれど、OKは出ると思う。あとは、「二藍」のメンバーにも聞いてみて。」
「はい。今度新曲の合わせがあるので、その時にでも。で……部長は何の話があったんですか。」
すると裕太は少し笑って、沙夜に一枚の紙をさしだした。
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