触れられない距離

神崎

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イチゴジャム

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 買ってきた不揃いイチゴをボウルに移し、少し水で洗った。そのあとへたを包丁で取っていき、それをボウルに移す。すると浸透圧で少しずつ水分が出てくるのだ。
 その間に芹はお湯を沸かしていた。塩を少し入れて、乾燥したスパゲティーを入れる。そしてタイマーを入れると隣のコンロでフライパンをセットする。オリーブオイルと、ベーコン、刻んだビーマン、タマネギ、シメジを入れてさっと炒めて塩こしょうで少し味を付けた。
 しばらくしてタイマーが鳴ると、スパゲティーをザルに打ち上げる。そしてその茹で上がったスパゲティーを具材が入ったフライパンの中に入れて馴染ませた。ある程度馴染んだらケチャップを中に入れる。
 ナポリタンは夏休みの時に良く母親が作ってくれていた。ケチャップとかマヨネーズとかは子供が好きだからだろう。それにパスタソースなんかを用意しなくても良いので、とても手軽だったと思う。
「あー何か良い匂いだな。」
 リビングに入ってきたのは、翔の姿だった。翔は今日遅くなると思っていたのだが、案外早く帰ってきたと思う。
「お帰り。飯は食べてきたんだろう?」
「食べてきたよ。メーカーに呼ばれたときに、その場の人達とラーメン食べてさ。」
「ラーメンねぇ。」
 日雇いをしていたときには良く口にしたが、最近はご無沙汰だ。カップラーメンはもっと食べていない。少なくともここに来てからは格段にレトルトには縁が無くなったと思う。
「お前も食べてきたんだと思った。」
「帰ってきたの早かったし。せっかくだからここで食えば良いかと思って。」
 そう言いながらフライパンのナポリタンを皿に移す。そしてその上からタバスコをかけた。刺激物は好きなのだ。それから夕べ作っておいたポテトサラダを出す。明日の朝までなら食べられるだろう。
「手を洗わせて。」
 翔はそう言って台所を横切り、洗面所へ向かった。そして戻ってくると、ボウルにある赤い物体を目にする。
「何?これ。」
 芹はもうテーブルについてナポリタンを口に入れていた。特段美味しいというわけでもないが、不味くも無い。沙夜が作ったらもっと違うのだろうがと思っていた。
「イチゴ。あとでジャムにしようと思って。」
「凄いな。お前、ジャムとか作れるんだな。」
「八百屋の人に聞いてさ。案外簡単そうだったからやってみようと思って。」
「お前はここに来たときとは全然違ってきたな。」
 そう言って翔は来ていた薄手のコートを脱ぐ。
「沙夜のところに行った?」
 芹はそう聞くと、翔は少し笑って言う。
「あぁ。思ったより元気そうだった。」
「別に帰っても良かったんだってさ。けどマスコミがうるさいだろうからって入院させてくれたらしいけどさ。」
「何だよ。」
 翔はそのまま自分がいつも座っている椅子に座ると、横にいる芹を見る。
「このままだと沙夜は傷だらけになるだろうと思って。「二藍」のために、何でそんなことまでするんだろうって思ったんだ。」
「……お前さぁ。」
「何だよ。」
 ポテトサラダを口に入れて、芹は翔の方を見る。
「沙夜の気持ちはあまり考えてないよな。」
「は?」
 驚いて翔の方を見る。しかし翔の笑いは少し余裕があるように見えた。それがいらつく。
「沙夜はこうやって売り出すのが何よりも幸せなんだ。それをお前は止めようとするのか?」
「別に止めようとは思ってないよ。ただ……心配なんだよ。」
 すると翔はますます笑顔になって言う。
「好きなんだから必死だな。」
「……。」
「守りたいってのはわかるし、俺だって守りたかった。」
 夕べ足が踏み出せなかった。貴理子が向かってきているのはわかったのに、その一歩が踏み出せなかったのだ。臆病な自分が顔を覗かせた。
「過ぎたことを言っても仕方ねぇよ。」
 芹はそう言ってまたナポリタンにフォークを入れる。一人だとこんな感じの食生活になるのかもしれない。
「明日退院するときは付いてやるのか?」
「そうだな。どっちにしても荷物が多いし。」
「荷物?」
「供す腰持って帰ったよ。ほら、あっちにあるだろ?」
 ソファーの上には箱。そして花瓶には色とりどりの花が置いてある。
「結構あるな。」
「沙夜は割と顔が広いみたいだな。」
 翔は立ち上がるとその箱を一つ一つ見ていた。その中の一つに気になるモノがある。高級店の焼き菓子だ。ブランデーなんかを使ったモノで、おそらく沙菜が口にすれば顔を赤くするだろう。だがその差出人を見て不思議に思った。
「坂本鈴子?」
「あぁ。それな。」
「坂本って……もしかして……。」
「坂本組の若頭の奥さんだろ。」
 ヤクザにも繋がりがあったのかと翔は驚いていた。だが芹は首を横に振る。
「勘違いするなよ。それは花岡さんの元カノらしいよ。」
「一馬の?」
「高校から大学一杯まで付き合っていた彼女。その人のおかげで花岡さんは疑いが晴れたんだろうし。」
 おそらくこの人のおかげで、一馬は潔白を証明出来たのだ。「それも嘘なのでは無いか」など言えば、バックで黙っている人が居ないだろう。
「沙夜は気に入られているのか。」
「かもな。」
 しかしそんなことを聞いたことはない。芹だけが知っているのだろうか。
「芹は会ったことがあるのか。」
「無いよ。でも……その坂本組の下請けに日雇いで入ったことはあるな。ヤクザなんて言うけど、結構土建会社としてはしっかりしてるよ。」
 その辺は翔よりも芹の方が詳しいだろう。各地を転々としていたのだから。だがそれは裏を返せば、定住はしなかったと言うことだろう。ここよりも良いところは無かったのだ。
「芹さ。」
「ん?」
「もし芹が一緒の立場だったら沙夜の代わりに刺されるか?」
 すると芹は首を横に振る。
「いいや。痛いのは簡便だ。」
 その言葉に翔は呆れたように芹を見た。好きな人をかばってやろうとかそういう気にはならないのだろう。
「……お前さぁ……。」
 そういう気持ちで付き合っているのだったら辞めて欲しい。さっさと別れて自分の元へ来て欲しいと思う。
「でも俺なら、刺したヤツを殴ってるかもしれない。沙夜を刺したのを後悔するくらい。」
「お前が捕まるぞ。」
 一馬は力加減を知っていた。おそらくK町で角打ちなんかをする酒屋で育ったのだ。酔っ払った客を追い払うのに、そういう事をずっとしていたのだろう。
「俺が捕まっても良いよ。」
「芹。」
「刺したヤツを許せないから。」
 芹は芹なりに貴理子を許せないで居たのだろう。
「貴理子さんって人は、不起訴にはならないと思う。けど保釈金でまた表に出てくるとは思うよ。」
「……そのまま刑務所でも何でも入っていれば良いのに。過失じゃ無くて、殺人未遂になるだろ。でも保釈されたら、またあんたらにつきまとわれないか。」
「接近禁止命令が出る。」
「ふーん。そっか。だったらつきまとわれたりしないかな。」
「だと思うよ。特に一馬には近づけない。」
「だとしたら一番危険なのは奥さんかもな。」
 芹はそう言うと、翔は驚いたように芹を見る。
「え?」
「そうだろ。一馬さんには近づけない。けど一馬さんに恨みがある。としたら、一馬さん本人では無くて結婚した奥さんか、息子だっけ?子供に近づくに決まってる。」
「……。」
「誘拐されたり、レイプされたりするかもしれない。気をつけた方が良い。」
 すると翔は首を振って、携帯電話を取り出す。だが手が震えていた。
「どうしたんだよ。」
 その様子に翔は首を振っていった。
「一馬の奥さんがそんな目に遭ったら、一馬はどうなる……。」
「え?」
「一馬の奥さんは……昔事件に巻き込まれたんだ。中学生の時、車でさらわれて拉致監禁された。二週間……ずっと輪姦され続けていたんだ。」
 そんな目に二度合わないで欲しい。一馬の願いはそれだけだった。
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