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イチゴジャム
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二泊三日の入院だというのに、お見舞いが結構あるようだ。中には花なんかもあるがいずれも切り花らしい。根があるモノは入院の見舞いとして持ってくるべきでは無いと誰もがわかっているのだ。
「でも割と食べきれないわね。芹。いくつか持って帰ってくれる?」
「わかったよ。日持ちするモノは持って帰る。その焼き菓子も持って帰るか。」
「沙菜に見せたら一人で食べそうだけどね。」
入院生活で太るのは、病院食だけでは無い。こういうお土産みたいなモノが一番太るのだ。入院生活が長いときには、一番嬉しいのは暇つぶしの本だったりするのだから。芹はそれをよく知っている。だからお気に入りの小説を持ってきていた。
「これ。」
さすがに生ものは口にしないといけないだろうと、沙夜はイチゴを口にしていた。とても甘くてそれに僅かに酸味があってとても美味しいと思う。だが全部は食べきれないのでこれも持って帰って、みんなに食べてもらおうと思っていた。
「本?」
「最近好きな作家のヤツ。ミステリーを書いてた女が居たじゃん。」
「あぁ。映画だったらサイコサスペンスみたいなジャンルになりそうな感じのモノね。」
普通の顔をしている人が一番怖い。そう言っていたその作家のミステリーは官能小説のように濡れ場がふんだんにあるのが特徴的で普通の文芸作品の割に、十八歳未満が手に入れようとするといぶかしげな顔になる。その小説家は官能小説にも手を出し、このままエロ小説家にでもなるのかと思っていた。
だがおそらく結婚をしてまた作風が変わった。性の匂いが一切しないような作品を書くこともある。最近は画家やグラフィックデザイナーなどと組んで、子供向けの絵本を出すこともあり作風が変わった分、万人受けするような感じになってきたようだ。
芹が持ってきた本は、遊郭に売られる女衒の話だった。その遊女の話というのは結構あるが、女衒に目を向けたのはその女性らしいと思う。
「面白そう。暇つぶしになりそうだわ。」
そう言って沙夜は本を閉じる。沙夜は本を読むのが速い。だからその一冊でそんなに時間が潰れるとは思わないが、無いよりはましだと思う。
「この間納品した歌詞はさ、自分でもちょっとこの小説の影響を受けてるかなぁって思ったんだ。」
「やはりそうなの。」
その話をしようと思って芹のところへ行こうとしたときに、沙夜は刺されたのだ。
「駄目かな。」
「ううん。良いと思う。だけど少し言い回しを変えた方が良いのかと思ってね。あと売られるという単語は良くない。人身売買なんだから。」
「あぁ。わかった。出来たら……。」
歌詞が出来たら沙夜の方へ送っていた。だが沙夜はここに居るのだ。締め切りには余裕があるが、沙夜は退院してすぐ仕事に復帰とはいかないだろう。だったら修正を終えた歌詞は誰に送れば良いのだろうか。そう思っていたときだった。
「歌詞の方は部長に送ってもらえれば良いから。」
「あぁ……そっか。そうするよ。」
正体を知っている人が居て良かった。こんな時のために沙夜は芹を紹介していたのだろうか。
「それにしてもイチゴは甘いわね。それに大粒で立派だし。高かったんじゃ無いの?」
「良いよ。これくらいさせてくれよ。」
「芹にもだけど、お見舞いをくれた人にはお返しをしないといけないわ。それから職場にも。」
「何か買っとくか?」
「退院したら付き合ってくれないかしら。デパートにでも行きたいわね。」
今日デートをする予定だった。桜を見て、そのあと一馬の奥さんが勤める洋菓子店でお茶をする。そんなどこにでも居るようなカップルのデートをするつもりだったが、それは潰された。だが退院したらまたそういうデートが待っている。そう思うと嬉しい。
「良いよ。都合は付けるから。あとそれからさ。俺、今日帰ったらジャムを作るわ。」
「ジャム?」
「このイチゴの隣で不揃いイチゴが一かご一千円で売っててさ、取り置きしてもらってんだよ。ジャムって難しくないんだろう?」
「えぇ。マーマレードを作るほど難しくは無いわね。」
「帰ってきたらちょっと良いパンにジャムを載せて食べよう。」
「そうね。」
帰る楽しみが増えた。沙夜はそう思いながら、芹を見る。だが芹は少し違和感があった。わざと明るいふりをしている気がしたから。
「何かあった?」
思わず沙夜はそう聞くと、芹は少し迷った。だが沙夜には言わないといけない。そう思ってぐっと拳を握って言う。
「昨日さ……帰るとき、兄さんに会ったんだ。」
どう思われていたのかわからない。ただ着の身着のままで来たトレーナー姿の芹は、いい生活をしていないと思われたかもしれないのだ。だが裕太はおそらく芹の性格を知っている。何度も金の無心をしても金を渡さなかった。一馬と同じだ。
だから金を持っていないわけは無い。もし芹が渡摩季という作詞家の顔を持っているなら尚更だ。だから紫乃のことを引き合いに出してまた脅し取ろうと思っていたらしい。
「けど……俺、きっぱり言えた。あんたに渡せる金は無いって。」
一度金を渡した。慰謝料みたいなモノだろう。それが甘かったのかもしれない。本当であれば、結婚をしていない婚約者みたいな立場だった紫乃と裕太にそれを渡す義理は無いと言えるだろう。
だが一度金を渡しているのだ。一度あれば、二度、三度ともらえると思っている。だから裕太は芹を探していたのだ。そしてやっと見つけて、芹を脅せると思った。だが芹は首を縦に振らない。
「もう渡す義理は無いわ。それでいいと思う。」
「住んでるところとか、同居人のことはわかってなかった。だけど……多分、お前との関係は知っている。お前がまた危ない目に遭うかもしれない。」
二度と沙夜にこんな思いをさせたくないと思っていたのに、やはり沙夜は危険な目に遭うかもしれない。それが怖かった。
「だとしたら真っ先に疑うのは、天草さんね。」
「え?」
「私がこんな目に二度合うとしたら、今度は天草さんを疑うわ。それ以前に、天草さんはもうそんな余裕は無いかもしれないわ。」
「余裕が無い?」
すると沙夜は携帯電話のウェブ機能を使い、ニュースを調べる。そしてその記事を芹に見せた。
「「Harem」のドラムとギターが脱退?」
「えぇ。」
元々ジャズよりな音楽をしていた。その中にシンセサイザーの音であったり、ミックスを入れたりして革新的な音楽を作っているのが「Harem」だった。だがそれは案外難解だと思う。それに時代に沿っていない。それに裕太も気がついたのか、今度はハードロックのような音を作っていた。それでもやはり受け入れられるのは一部なのだろう。
「悪い曲では無いのはわかるの。でも……聴くのはリスナーなのよ。そしてリスナーがどんな反応をするのか、それが見えていない気がするの。」
「媚びを売りすぎるのもどうかと思うけどさ、リスナーをあまり考えていないのも困るよな。置いてけぼりにされている感じがする。」
「一つ間違えれば「二藍」もそうなりかねなかった。みんな我が儘で作りたい音楽だけを奏でたいと思っているところがあるから。」
だが「二藍」のメンバーはその辺が柔軟だった。時にはスポンサーに合わせた曲を作ることもある。それはすなわちサビの部分でどれだけキャッチーなメロディーになれるかと言うことだった。
だから「二藍」の真骨頂はアルバムにあるのだ。好きなことを一定好きなように作っていたのだから。だからファンの中には、アルバムのこの曲が好きだという人も少なくない。それはかなりコアなファンだろう。
「それから「Harem」はちょっとなぁ。」
「何?」
「音が時代遅れに聞こえるんだよな。何十年前のアレンジだよって思うところもあるし。」
それが「Harem」が売れない主たる理由なのだろう。昔のクラブで流れていたような曲が多く、だが実際のクラブでは「Harem」の曲を流すことは無い。中途半端なのだ。
「だから勢いだけって言ったのね。」
「あぁ。良く一馬さんが付いて行ってたよ。同じバンドだったんだろ?」
「そうみたいなんだけどね……。」
本当に天草裕太だけが悪かったのだろうか。坂本鈴子の話を聞いているとそうは思えなかった。
「でも割と食べきれないわね。芹。いくつか持って帰ってくれる?」
「わかったよ。日持ちするモノは持って帰る。その焼き菓子も持って帰るか。」
「沙菜に見せたら一人で食べそうだけどね。」
入院生活で太るのは、病院食だけでは無い。こういうお土産みたいなモノが一番太るのだ。入院生活が長いときには、一番嬉しいのは暇つぶしの本だったりするのだから。芹はそれをよく知っている。だからお気に入りの小説を持ってきていた。
「これ。」
さすがに生ものは口にしないといけないだろうと、沙夜はイチゴを口にしていた。とても甘くてそれに僅かに酸味があってとても美味しいと思う。だが全部は食べきれないのでこれも持って帰って、みんなに食べてもらおうと思っていた。
「本?」
「最近好きな作家のヤツ。ミステリーを書いてた女が居たじゃん。」
「あぁ。映画だったらサイコサスペンスみたいなジャンルになりそうな感じのモノね。」
普通の顔をしている人が一番怖い。そう言っていたその作家のミステリーは官能小説のように濡れ場がふんだんにあるのが特徴的で普通の文芸作品の割に、十八歳未満が手に入れようとするといぶかしげな顔になる。その小説家は官能小説にも手を出し、このままエロ小説家にでもなるのかと思っていた。
だがおそらく結婚をしてまた作風が変わった。性の匂いが一切しないような作品を書くこともある。最近は画家やグラフィックデザイナーなどと組んで、子供向けの絵本を出すこともあり作風が変わった分、万人受けするような感じになってきたようだ。
芹が持ってきた本は、遊郭に売られる女衒の話だった。その遊女の話というのは結構あるが、女衒に目を向けたのはその女性らしいと思う。
「面白そう。暇つぶしになりそうだわ。」
そう言って沙夜は本を閉じる。沙夜は本を読むのが速い。だからその一冊でそんなに時間が潰れるとは思わないが、無いよりはましだと思う。
「この間納品した歌詞はさ、自分でもちょっとこの小説の影響を受けてるかなぁって思ったんだ。」
「やはりそうなの。」
その話をしようと思って芹のところへ行こうとしたときに、沙夜は刺されたのだ。
「駄目かな。」
「ううん。良いと思う。だけど少し言い回しを変えた方が良いのかと思ってね。あと売られるという単語は良くない。人身売買なんだから。」
「あぁ。わかった。出来たら……。」
歌詞が出来たら沙夜の方へ送っていた。だが沙夜はここに居るのだ。締め切りには余裕があるが、沙夜は退院してすぐ仕事に復帰とはいかないだろう。だったら修正を終えた歌詞は誰に送れば良いのだろうか。そう思っていたときだった。
「歌詞の方は部長に送ってもらえれば良いから。」
「あぁ……そっか。そうするよ。」
正体を知っている人が居て良かった。こんな時のために沙夜は芹を紹介していたのだろうか。
「それにしてもイチゴは甘いわね。それに大粒で立派だし。高かったんじゃ無いの?」
「良いよ。これくらいさせてくれよ。」
「芹にもだけど、お見舞いをくれた人にはお返しをしないといけないわ。それから職場にも。」
「何か買っとくか?」
「退院したら付き合ってくれないかしら。デパートにでも行きたいわね。」
今日デートをする予定だった。桜を見て、そのあと一馬の奥さんが勤める洋菓子店でお茶をする。そんなどこにでも居るようなカップルのデートをするつもりだったが、それは潰された。だが退院したらまたそういうデートが待っている。そう思うと嬉しい。
「良いよ。都合は付けるから。あとそれからさ。俺、今日帰ったらジャムを作るわ。」
「ジャム?」
「このイチゴの隣で不揃いイチゴが一かご一千円で売っててさ、取り置きしてもらってんだよ。ジャムって難しくないんだろう?」
「えぇ。マーマレードを作るほど難しくは無いわね。」
「帰ってきたらちょっと良いパンにジャムを載せて食べよう。」
「そうね。」
帰る楽しみが増えた。沙夜はそう思いながら、芹を見る。だが芹は少し違和感があった。わざと明るいふりをしている気がしたから。
「何かあった?」
思わず沙夜はそう聞くと、芹は少し迷った。だが沙夜には言わないといけない。そう思ってぐっと拳を握って言う。
「昨日さ……帰るとき、兄さんに会ったんだ。」
どう思われていたのかわからない。ただ着の身着のままで来たトレーナー姿の芹は、いい生活をしていないと思われたかもしれないのだ。だが裕太はおそらく芹の性格を知っている。何度も金の無心をしても金を渡さなかった。一馬と同じだ。
だから金を持っていないわけは無い。もし芹が渡摩季という作詞家の顔を持っているなら尚更だ。だから紫乃のことを引き合いに出してまた脅し取ろうと思っていたらしい。
「けど……俺、きっぱり言えた。あんたに渡せる金は無いって。」
一度金を渡した。慰謝料みたいなモノだろう。それが甘かったのかもしれない。本当であれば、結婚をしていない婚約者みたいな立場だった紫乃と裕太にそれを渡す義理は無いと言えるだろう。
だが一度金を渡しているのだ。一度あれば、二度、三度ともらえると思っている。だから裕太は芹を探していたのだ。そしてやっと見つけて、芹を脅せると思った。だが芹は首を縦に振らない。
「もう渡す義理は無いわ。それでいいと思う。」
「住んでるところとか、同居人のことはわかってなかった。だけど……多分、お前との関係は知っている。お前がまた危ない目に遭うかもしれない。」
二度と沙夜にこんな思いをさせたくないと思っていたのに、やはり沙夜は危険な目に遭うかもしれない。それが怖かった。
「だとしたら真っ先に疑うのは、天草さんね。」
「え?」
「私がこんな目に二度合うとしたら、今度は天草さんを疑うわ。それ以前に、天草さんはもうそんな余裕は無いかもしれないわ。」
「余裕が無い?」
すると沙夜は携帯電話のウェブ機能を使い、ニュースを調べる。そしてその記事を芹に見せた。
「「Harem」のドラムとギターが脱退?」
「えぇ。」
元々ジャズよりな音楽をしていた。その中にシンセサイザーの音であったり、ミックスを入れたりして革新的な音楽を作っているのが「Harem」だった。だがそれは案外難解だと思う。それに時代に沿っていない。それに裕太も気がついたのか、今度はハードロックのような音を作っていた。それでもやはり受け入れられるのは一部なのだろう。
「悪い曲では無いのはわかるの。でも……聴くのはリスナーなのよ。そしてリスナーがどんな反応をするのか、それが見えていない気がするの。」
「媚びを売りすぎるのもどうかと思うけどさ、リスナーをあまり考えていないのも困るよな。置いてけぼりにされている感じがする。」
「一つ間違えれば「二藍」もそうなりかねなかった。みんな我が儘で作りたい音楽だけを奏でたいと思っているところがあるから。」
だが「二藍」のメンバーはその辺が柔軟だった。時にはスポンサーに合わせた曲を作ることもある。それはすなわちサビの部分でどれだけキャッチーなメロディーになれるかと言うことだった。
だから「二藍」の真骨頂はアルバムにあるのだ。好きなことを一定好きなように作っていたのだから。だからファンの中には、アルバムのこの曲が好きだという人も少なくない。それはかなりコアなファンだろう。
「それから「Harem」はちょっとなぁ。」
「何?」
「音が時代遅れに聞こえるんだよな。何十年前のアレンジだよって思うところもあるし。」
それが「Harem」が売れない主たる理由なのだろう。昔のクラブで流れていたような曲が多く、だが実際のクラブでは「Harem」の曲を流すことは無い。中途半端なのだ。
「だから勢いだけって言ったのね。」
「あぁ。良く一馬さんが付いて行ってたよ。同じバンドだったんだろ?」
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