触れられない距離

神崎

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イチゴジャム

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 警察署から出てきたあと、「二藍」の五人はレコード会社に行く。そして西藤裕太と六人で会議室で話をしていた。
「逆恨みって事だよね。」
「そういう事です。」
 何度も何度も同じ話を繰り返ししていて、五人はさすがに疲れてきたのだろう。裕太もこの話を長引かせたくない。さっさと終わらせようと思っていた。
「文書を公表したのは良かったけど、やはりちょっとねぇ……。」
 インターネットの反応は、明らかに貴理子が悪者になっている。だがその中にも一馬の文書でこうなった。自分だけが良ければ良いのかという意見もある。
「一馬は悪くないよ。」
 遥人はそう言うと、裕太は少し怪訝そうな顔をした。
「どうして?」
「真実を言わないで隠していれば、ぼろが出るに決まっているだろう。俺の母親が死んで、俺だって相当追われたんだから。それは母親が隠していたからだろう。」
 遥人の母親が死んでしばらくして、愛人の噂が表に出た。遥人とあまり歳が変わらないような若い男だったと思う。
 最初から愛人がいると言えば世の中の批判はあるだろうが、それ以上にすっきりするに違いないと思う。
「ただ、やはり前から言われているように、サブは付けた方が良いと思っている。」
「担当の?」
「本来、二,三人のチームで動いているモノを一人に負担させていたというのも、こちらのミスだ。それにこんなことがあれば、泉さんだけが負担になる。もしこういうことがまたあったときに、一人よりも二人居た方が「二藍」を守ることが出来る。それに例えば一人がもし熱でも出たら、もう一人が動ける。会社的にはそっちの方がありがたいんだ。」
 それは確かにそうかも知れない。だが沙夜はそれを受け入れるだろうか。そして自分たちも受け入れるかどうかわからない。
 人間は表面上では良いことを言っているが、裏ではろくでもないことばかり言う人間ばかりなのだ。
「どんな人が来ますかね。」
 治はそう聞くと、裕太は少し頷いた。
「候補は何人かいるんだけど……俺個人的に泉さんと合うだろうなと思っているのは、今クラシックの部署にいる人でね。耳は確かな男だ。」
 クラシックと言われて、少し戸惑う。沙夜も「二藍」のメンバーも音楽の大学を出ている人が多い。その中でクラシックの専門だとしたら、更に耳が肥えている人だろう。それにハードロックなど聴いているのだろうか。少し不安が残る。
「失礼します。」
 会議室の外で声がした。そして中に入ってきたのは、紺色のスーツを着た男だった。細身で、ダブルのスーツに着られているような感じがする。
「西藤部長。警察の方からの資料が来ました。」
「わかった。あぁ。東山君。」
「はい?」
 その男は資料を置いて部屋を出て行こうとしていたが足を止める。その男を見れば見るほど男前だと五人は思っていた。遥人も翔も男前の部類に入るのかもしれないが、こちらは正統派の男前になるだろう。まるで少女漫画のように周りに花が見えている気がした。
「こちらが「二藍」だよ。」
「あぁ。どうも。」
 笑顔で会釈をする。だがふと治の着ている服を見て、一瞬顔が引きつった。血が付いていたからだ。
「東山君。今はクラシックの専門にいるんだ。」
「初めまして。」
「お世話になります。」
 そう口々に言うが、東山と言われた男は表情を崩すこと無く出て行ってしまった。そして裕太は五人に聞く。
「どう?彼がサブに付くとしたら。」
「嫌ですね。」
 治はそう言うと、四人も頷いた。
「え?」
 一馬はため息を付いて言う。
「俺はクラシックを前は専門にしていたし、ジャズはあとからだ。ロックは尚更趣味程度だったと思う。だがどちらの音楽も良いとは言えない。だがあの男は明らかにクラシックの方がロックよりも上だと思っているな。俺らを見て挨拶もしなかったのが良い証拠だ。」
「それに結構態度も横柄だった、無理。あんな人がサブに付いたら沙夜さんの負担が大きくなるだけだろ。」
 遥人はそういうと裕太は苦笑いをした。人を見る目はあるのだろう。それだけに「二藍は気難しい」と言われているのだ。

 次の日。芹は早く起きると、食事の用意をしていた。いつも沙夜が一番に起きて、なんだかんだと食事の用意から弁当の用意までしているのだが、それをずっと見ているので芹も出来るようになったのだ。
 夕べタレに付け込んで置いた鶏肉をフライパンで焼いていると、翔が起きてきた。
「おはよう。」
「あぁ。おはよう。」
「一人で食事の用意をしていたのか。」
「なんかしてないと落ち着かないから。」
 そう言って芹は味噌汁の味噌を溶かした。おそらくあまり寝れていないのだろう。
「手伝おうか。」
「良いよ。顔くらい洗ったら?今日も仕事なんだろう。」
 昨日の仕事を今日に回したのだ。今日は一日バタバタするかもしれない。それは他のメンバーも同じようなモノだ。
「あれ?おにぎりをしているのか。」
「あぁ。食いやすいだろう。」
 忙しいだろうからと気を利かせたのだ。こういう人が居ると沙夜は楽になるだろう。だがおそらくそれだけじゃ無い。今日も沙夜の所へ行こうと思っているのだ。
「芹。ここに置いておくわね。姉さんの荷物。」
「あぁ。あとで持って行くから。」
 下着やタオルは持って行ったが、帰りのことを考えていなかった。着ていたスーツは処置のために着られたりしたり、血が付いていたりして捨てられたという。だから帰りの着替えを沙菜に用意してもらっていて、それを今日持って行こうと思っていたのだ。
「悪いわねぇ。芹ばっかに使わせて。」
「良いよ。俺、今日休みにしてたから。」
「あぁ。姉さんも今日休みの予定だったもんね。どっかいくつもりじゃなかったの?」
「そうだけど別にいいや。来年行くことにするよ。」
「来年?」
「桜を見に行こうかと思ってたんだ。」
「あぁ。もうそんな季節なんだ。」
 そう言って沙菜はテレビを付ける。ちょうど貴理子が沙夜を刺したという話題をしていた。その画面を見て沙菜はいぶかしげな顔をする。
「この人もこれからどうするんだろうね。こんな派手なことをして。」
「さぁな。もう知ったことじゃないよ。」
「ねぇ翔。」
「ん?」
 洗面所へ行こうとした翔に沙菜が声をかける。
「明らかに姉さんに負担がかかってるよね。みんなで芸能事務所とかに入るとか、そんな言葉は出ていないの?そしたら姉さんの負担ってもっと軽くなるんじゃ無いのかな。」
「芸能事務所に入るのはみんな嫌がってる。どんな仕事を入れるかわからないしね。」
「え?」
 事務所によってはキャラクターを考えずに、ただ需要があるからと言ってむやみやたらに仕事を入れることがある。遥人が映画やドラマに出ているのは、遥人が望んでいたこともあるが、翔はモデルの仕事なんかはもうしたくないと思っていたのだ。それは一馬だって、治だって、純だって同じだろう。我が儘かもしれないが、自分のしたい仕事だけをしていたいと思っていたのだ。
「贅沢だよな。」
 芹は食べれるのさえギリギリの時期もあった。だから仕事となれば何でもしたことがある。日雇いの土建の仕事や、寒い海で魚を捕ることもあり、それでやっと食べていけたのだ。だからしたい仕事だけをしたいという翔達が贅沢だと思う。。
「せっかく音楽で食べていけているんだからね。聴いてもらうんだったらそういう事をしても良いと思う。だけど、それが的外れだったら一気にやる気が無くなるし、音楽のモチベーションも下がりそうだ。」
「芸術家はこだわるねぇ。」
 鶏肉を焼いているフライパンの蓋を開けて、その鶏肉をひっくり返す。そしてまた芹は蓋を閉めた。
「でもサブは入れるという話をしてきたよ。どちらにしても沙夜に負担がかかりすぎているんだ。」
「まぁ、それは俺も思っていることだよ。渡摩季の仕事が他に移っただけでも沙夜の負担が軽くなっているかもしれないけど、それだけじゃ無いんだろう?」
「そうだね。二人か三人担当が居れば、一人の都合が悪くなったときに残っている人が手を尽くしてくれる。部長は昨日そういう事を言っていたかな。」
 芹はそう言ってキャベツの千切りを始めた。何でもいい。仕事の都合とか、どうでも良い。沙夜がこんな目に遭って、痛い思いをするのを心配するのはもう最後にして欲しいと思っていた。
 テレビではもう貴理子のことは容疑者扱いをしている。おそらく保釈金なんかで出てくることは出来るだろうが、反省はしないだろう。そう思えば、またこんなことが起きるのは目に見えている。
 そしてまた芹の思いは届かず沙夜が傷つくのだろう。
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