触れられない距離

神崎

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イチゴジャム

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 慌てたように受付で話を聞き、芹は救急の病室の方へ走っていく。そしてその部屋の前には「二藍」の五人が揃っていた。芹の姿を見て、五人はほっとしたように芹を見る。
「芹さん。良かった。家の人が来てくれた方が良いって言われて。」
 治の着ているシャツに血の跡のようなモノが付いている。それを見て、芹は焦ったように聞いた。
「沙夜は無事なのか。」
 すると一馬が頷いた。
「大丈夫だ。命に別状は無いらしい。」
 その言葉にほっと胸をなで下ろす。だがすぐに五人に聞いた。
「何でこんなことになったんだよ。沙夜が危ない目に遭って……。」
 言葉が詰まる。それだけ沙夜を想っていたのだろう。慌てて出てきたのはわかる。サンダルにトレーナーの姿。部屋を慌てて出てきたのだろう。沙夜を心配する一心だったのだ。
「逆恨みみたいなモノだ。」
 翔がぽつりと言うと芹は驚いたように翔に聞く。
「逆恨み?」
 一馬は申し訳なさそうに芹に言う。
「俺が文書を公表して……貴理子さんが嘘をついていることが明らかになった。貴理子さんは「嘘つき」呼ばわれされて、表に出れない状況だったんだろう。」
 そんな状況になったのも一馬がいらないことを言ったから。自分の身の潔白を証明するのに、他人をこき下ろした。そう思われたのだ。
「あの女は、一馬を狙っていた。」
 遥人がそう言うと、芹は一馬に詰め寄る。
「あんた、何で気がつかなかったんだよ!前にも派手に傷を負ったり、火傷を負ったりしてたんだろう。沙夜は「二藍」の担当者だから……「二藍」のように表に出ていないから何があっても良いと思ってんのか?」
 一馬はその言葉に首を横に振った。そして他の四人も首を横に振る。
「そんなこと思っているわけが無いだろう。」
「だったら……何で守れなかったんだよ。お前達を守って、沙夜を守る。それで成り立ってるんじゃ無いのか。こういう関係は!」
 その時処置室から看護師が顔を覗かせた。
「病院ではお静かに。」
「……すいません。」
 純がそう言って頭を下げる。すると治がその看護師に声をかけた。
「すいません。泉沙夜の身内のモノが来たんですけど……書かないといけない資料とかあるんですよね。」
「あ、はい。ちょっと待ってください。」
 そう言って看護師はまた処置室に入っていく。すると翔は、芹に言った。
「とりあえず今は……沙夜の処置が終わるのを待つしか無い。で……芹。」
「何だよ。」
 芹はまだ不機嫌そうだった。だが翔は冷静に言う。
「二,三日入院するんだ。沙夜は。」
「そんなに重傷なのか?」
 すると翔は首を横に振る。
「多分、帰ろうと思ったら今日帰れるらしい。内臓まではナイフが刺さっていなかったから、皮と肉を少し裂いているだけみたいだ。だけど……多分マスコミが沙夜を取り囲むようになると思う。だから少し落ち着いてから、ここを出た方が良いって事で。」
「……それもそうか……。」
 頭に血が上っていたせいか、そこまで気が回らなかった。
「だからその入院の手続きをして欲しい。同居人として。」
 本当だったら翔がすることだろう。だが翔は沙夜と住んでいることは公表していない。かといって上司である西藤裕太は沙夜の上司ではあるが、入院手続きなどをするほど近い存在では無い。本当なら、沙菜に頼むのだろうが沙菜は今地方へ行っていてすぐに帰ってくることは出来ないのだ。だから芹に連絡を付けてきて貰ったらしい。
「わかった。関係は……同居人で良いか。」
「そうしてくれ。」
 「同居人」というのは同棲しているカップルとも取れるし、シェアハウスをしている人達という風にも取れる。便利な言葉だと思った。
「じゃあ、悪いな。おれら行かないといけなくて。」
「仕事に行くのか?」
「いいや。みんなずらして貰ったり、キャンセルして貰ったりだな。今から警察署。」
 五人はその場にいた。なので事情を説明しないといけないのだ。だが沙夜に付いていないといけなかったので、直接警察署へは行けなかったのだ。
「パトカーって凄いぶりだな。」
「治は乗ったことがあるのか?」
 純がそう聞くと、治は少し笑って言う。
「原チャリを取られてさ。窃盗で届けを出したんだよ。その時に、見つけたって連絡が来てその現場までパトカーに乗ったのが最初で最後。」
「何だよ。変なこと考えたじゃ無いか。」
「ヤクでもしてると思ったか?」
 そう言い合いながら行こうとしたときだった。翔が芹に声をかける。
「……終わったら連絡をくれないか。」
「あぁ。わかった。」
 一馬が一番ショックを受けているはずだった。だが翔もまたショックを受けている。沙夜が何か気がついて、一馬の前に立っているのはわかっていた。
 なのに翔は足を踏み出せなかったのだ。沙夜の代わりに自分が刺されても良いと思っていたのに、結局沙夜を犠牲にしてしまった。
 好きだというのに、側に居るのに、結局翔は何も出来なかったのだ。

 入院のための書類や処置のための書類などにサインをして、芹はその処置が終わるのをソファーに座って待っていた。だがまだ沙夜が出てくる様子は無い。
「時間かかりすぎだろ。」
 携帯電話のメッセージが届き、芹はそのメッセージを確認する。すると沙菜からの連絡だった。沙菜はどうして今日、地方にいるのだろうと悔しがっていた。そして帰ってきたら真っ先に病院へ行くとメッセージが送られてきている。
 どんなに身内が大変な目に遭っていても、沙菜は笑顔で客に愛想を振りまかないといけない。それが自分の仕事だから。
 そして自分だってそうだ。どんなに苦しい状況でも文章を書かないといけない。書かない自分は意味が無いのだ。それも捨てられたのに未練があるような女の歌詞。
 もうそんな気持ちはどこにも無いのに、沙夜しか見ていないのに。そして沙夜が無事に戻ってくることを願っていた。
 その時処置室のドアが開いた。そしてそこにはベッドを引く看護師の姿。そしてそのベッドの上には沙夜の姿がある。まだ意識は無いようだ。
「沙夜……。」
 すると看護師は資料を手にして芹に言う。
「ICUに入ることはないので一般病棟です。三階の一人部屋ですよ。」
 おそらく入院期間が短いことや、会社にも非があると思われたのだろう。この入院や処置は全て会社が持つことにしたらしい。
「何か持ってくるモノがありますかね。」
「下着とか、歯ブラシとかですね。あとはタオルとか……。」
 短い期間なのに割と必要なんだな。芹はそう思いながら沙夜の意識が戻ったら一度家に帰ろうと思っていた。
「でもまぁ……意識が戻ればすぐに動けますよ。」
 看護師とそう言いながら、エレベーターまで歩いて行く。ここのエレベーターはベッドがそのまま入れるように大きなモノになっていた。そしてベッドがエレベーターの中に入り、医師や看護師もまた中に入り、その中に芹も入ろうとしたときだった。芹の腕がぐっと捕まれる。
「え?」
 そこには天草裕太の姿があった。その顔に芹は一瞬たじろぐ。だがその手を振り切ると、すぐにエレベーターに乗り込んでいった。
「大丈夫ですか?」
 看護師に心配されるほど息が切れている。それくらい芹にとって裕太は脅威だったのだ。
「大丈夫です。ちょっと動揺して……。」
 同居人と言っていた。だから一緒に住んでいるのだ。男と女が一緒の屋根の下で暮らしている。それは恋人同士なのだと、看護師は自分で納得していた。
 大事な人が刺されたと言って冷静な人などいない。そんな人を看護師は何人も見てきたのだ。
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