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豆ご飯
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治と共にレコード会社を出る。そして駅へ治と沙夜の二人で向かっていたときだった。治がぽつりと先程谷川芙美子との先程の話を話し始める。
「谷川さんはずっと一馬を気にしていたみたいだ。」
ジャズ畑のベーシストで、やはり歌いやすいと思っていたのだろう。だが初めの方は不満があった。コンサートのプロデューサーや演出家などの言いなりだったからだろう。
だが「二藍」というバンドを初めて、徐々にそれが変わっていったのが嬉しかった。自分の意思を持って、意見をする。それは「自分はこうした方が良いと思うが、どうだろうか」という他人の意見も聞き姿勢だったからだ。それが谷川にとってとても良い傾向だと思っていたらしい。
音楽というのは一人で作るモノもある。だがみんなで演奏をしていて、歌はその一つであるというスタンスは芙美子には変わらないことだった。映画にしても舞台にしてもそうだと思う。舞台に上がる人だけが主役では無く、その演出をしている人や場所を確保してくれているスタッフまでが全てそのステージや映画を作っていると思っている。だから一馬が変わってくれて嬉しいと思う。
だからこそ、一馬がマスコミから逃げ回っているのを見て心が痛かったのだ。こんなことで若い才能を潰されるのは、芙美子にとっても腹立たしいのだ。
「正式には会社を通さないといけないけれど、そのことで少し花岡さんの身辺を調べる必要がある。」
「え?」
「私たちも花岡さんの言葉だけを信じて、無責任に文書を公開したくないの。」
「公開する気になったのか。」
治は驚いて沙夜を見た。根も葉もないことはいずれ消える。それをじっと待つのかと思っていた。だが先程の柴田の態度といい、諸手を挙げて「二藍」を応援している人ばかりでは無いのだろう。
レコード会社とはどちらかというと反発する存在なのだ。加藤啓介のことが無ければ、手を組んだりしない。「Morris」は加藤啓介のことがあるから「二藍」に声をかけただけだし、「Music Factory」にしても加藤啓介のことがあるから「二藍」が参加をすると言っているだけだ。おそらく他のレコード会社も同じようなモノだろう。 だがその話を一馬の事だけで潰されたくは無い。第一、一馬自体もそんなことで発売を見送らせたくない。
「どこを調べるの?」
「花岡さんの同期で、同じジャズ研だった人がピアニストになっているのよ。スタジオミュージシャンだけどね。それから、外国のオーケストラの一員になっている人も居るわ。あと……一番重要な人が居る。」
その名前に、治は驚いた。まさか沙夜がそこまで調べていると思ってなかったからだ。
「それ、調べたの?」
「まさか。さっき花岡さんに連絡をしたの。気が済むまで調べて貰っても良いといっているわ。」
「自信あるよな。」
「だから、信用出来るのよ。」
治は少し納得した。そしてやはり一馬は信用出来る人間なのだと改めて思い知らされた。
数日して、沙夜はある町に降り立っていた。いつも乗る路線では無く、その駅にすら縁が無かった。そしてその駅に降りると、目に付いたのは高級そうなパン屋だったり、美容室なんかがある。道行く人達もスーツだが仕立てが良かったり、女性も頭から指先まで手入れをされていて、そういう人が連れている犬すら毛並みが良さそうに見えた。
こんな所に用事がある限り足を踏み入れないだろう。沙夜はそう思って帰りにはみんなにお土産のケーキでも買っていこうと思っていた。だがそのケーキすら桁が違う。だがそれでも一馬の妻が勤めている洋菓子店よりも、見劣りするような気がしていた。派手だがその中身は空虚に見える。それは「Harem」によく似ていた。
そう思いながら沙夜は手に持っている焼き菓子の入っている箱を見た。それは一馬の妻が勤めている店の焼き菓子だった。
一馬の妻に久しぶりに会ったが、やはり少し疲れているようだ。最近はこの女性にも取材の手が伸びているらしい。そしてぼそっとオーナーが沙夜に言ってきたのだ。
「このままだったら、絶対あいつの過去まで調べられるよ。泉さん。そんなことになったら……。」
「えぇ。花岡さんはきっと「二藍」から離れると言い出しかねない。会社としてもそれは不本意なんです。だから……きっとこの焼き菓子が良い働きをしてくれます。」
そう言われたひげのオーナーは少し安心したように笑っていた。
あの店に一馬の妻も、そして一馬も愛されていると思えた。だからこそ、言葉選びは慎重にしないといけないだろう。
そう思いながら住所の通りに足を進めた。そしてたどり着いたのは、高級住宅街の中でもひときわ大きな建物だった。おそらく三階建てか何かだろう。ガレージが見え、そこから見える車も大きな高級車が停まっている。その庭先にも綺麗な花が見えた。
「……なんか……○クザの家みたい。」
ヤク○の組長の家とか言えば、納得するような家だった。最近はヤクザの組長でも純和風という家に住んでいる人は珍しいのだ。
そう思いながら、沙夜は玄関に回り込んでそのチャイムを鳴らす。するとインターホンから女性の声がした。
「どちら様ですか。」
「私、三時にお約束をしていた「Music Factory」の泉と申します。坂本鈴子さんはご在宅でしょうか。」
「奥様ですか。あ、はい。お伺いしてます。玄関を今開けますね。」
そう言ってインターホンが切れた途端、門がガラガラッと開いた。そこも自動なのだ。金持ちの家なのだと尚更自覚させてくれる。
庭も広く、良く芝生が手入れされていたが、片隅には野球用のネットとバズケットゴールがある。子供の居る家なのだろうか。
玄関を開けると声をかけた。
「ごめんくださいませ。」
「はい。はい。」
やってきたのは割烹着を着た白髪の女性だった。目元にしわが深い女性だが、人は良さそうに見える。そしてその奥からは想像も付かないような女性がやってきた。
「「Music Factory」の泉さん?初めまして。坂本鈴子と言います。」
「泉沙夜です。初めまして。」
現れた女性はセミボブの髪型で僅かに茶色の髪だが、大きな目とはっきりした口調で沙夜は一気に好感触に思えた。
「すいません。こちらはお土産です。」
そう言って沙夜は袋から焼き菓子を取り出すと、鈴子にそれを手渡した。
「あぁ。この店知っているわ。ねぇ。美鈴さん。」
「えぇ。旦那様がたまに買ってくるものですね。鈴子さん。いくつか確保しないと、晴生さんや奏さんに取られますよ。」
「そうするわ。これでお茶にしましょ。良い紅茶があるんです。泉さん。上がってくださらないかしら。」
「はい。お邪魔します。」
「それから、堅苦しいのは抜きにしましょう。同じくらいの歳でしょう?」
「二十六です。」
「あら。年下だったの。ごめんなさいね。」
「いいえ。いつも老けてみられますから。」
「それでも堅苦しいのは抜きね。」
そう言ってスリッパを用意して貰って、沙夜はその家に上がる。すると外見は立派に見えた家だったが、何となく生活の匂いが各所にするように思えた。
花は飾っているがその横には花のための栄養剤があったり、片隅には野球用のバットがあったりする。それにこの時間なのにカレーの匂いがするようだ。
「今晩はカレーですか?」
沙夜がそう言うと、鈴子は少し笑って言う。
「そう。この時期の豆のカレーは絶品でしょう?キーマカレーにしたの。」
「豆と挽肉が美味しいでしょうね。」
「お料理はする?」
「人並みには。」
「一馬って凄く食べてたイメージがあるわ。二、三日用に作ってたカレーなのに、一気に無くなるのよ。信じられる?」
「今はあまり食べなくなったと言ってましたけどね。」
「信じられないわ。」
リビングに通されると、大きなグランドピアノが目に止まった。沙夜はそれを見て少し笑う。高校生くらいまで、グランドピアノというのはピアノ教室で弾くか、学校か、コンテストか、位しか縁が無かった。家にあったのはアップライトのピアノだけだったのだから。
「谷川さんはずっと一馬を気にしていたみたいだ。」
ジャズ畑のベーシストで、やはり歌いやすいと思っていたのだろう。だが初めの方は不満があった。コンサートのプロデューサーや演出家などの言いなりだったからだろう。
だが「二藍」というバンドを初めて、徐々にそれが変わっていったのが嬉しかった。自分の意思を持って、意見をする。それは「自分はこうした方が良いと思うが、どうだろうか」という他人の意見も聞き姿勢だったからだ。それが谷川にとってとても良い傾向だと思っていたらしい。
音楽というのは一人で作るモノもある。だがみんなで演奏をしていて、歌はその一つであるというスタンスは芙美子には変わらないことだった。映画にしても舞台にしてもそうだと思う。舞台に上がる人だけが主役では無く、その演出をしている人や場所を確保してくれているスタッフまでが全てそのステージや映画を作っていると思っている。だから一馬が変わってくれて嬉しいと思う。
だからこそ、一馬がマスコミから逃げ回っているのを見て心が痛かったのだ。こんなことで若い才能を潰されるのは、芙美子にとっても腹立たしいのだ。
「正式には会社を通さないといけないけれど、そのことで少し花岡さんの身辺を調べる必要がある。」
「え?」
「私たちも花岡さんの言葉だけを信じて、無責任に文書を公開したくないの。」
「公開する気になったのか。」
治は驚いて沙夜を見た。根も葉もないことはいずれ消える。それをじっと待つのかと思っていた。だが先程の柴田の態度といい、諸手を挙げて「二藍」を応援している人ばかりでは無いのだろう。
レコード会社とはどちらかというと反発する存在なのだ。加藤啓介のことが無ければ、手を組んだりしない。「Morris」は加藤啓介のことがあるから「二藍」に声をかけただけだし、「Music Factory」にしても加藤啓介のことがあるから「二藍」が参加をすると言っているだけだ。おそらく他のレコード会社も同じようなモノだろう。 だがその話を一馬の事だけで潰されたくは無い。第一、一馬自体もそんなことで発売を見送らせたくない。
「どこを調べるの?」
「花岡さんの同期で、同じジャズ研だった人がピアニストになっているのよ。スタジオミュージシャンだけどね。それから、外国のオーケストラの一員になっている人も居るわ。あと……一番重要な人が居る。」
その名前に、治は驚いた。まさか沙夜がそこまで調べていると思ってなかったからだ。
「それ、調べたの?」
「まさか。さっき花岡さんに連絡をしたの。気が済むまで調べて貰っても良いといっているわ。」
「自信あるよな。」
「だから、信用出来るのよ。」
治は少し納得した。そしてやはり一馬は信用出来る人間なのだと改めて思い知らされた。
数日して、沙夜はある町に降り立っていた。いつも乗る路線では無く、その駅にすら縁が無かった。そしてその駅に降りると、目に付いたのは高級そうなパン屋だったり、美容室なんかがある。道行く人達もスーツだが仕立てが良かったり、女性も頭から指先まで手入れをされていて、そういう人が連れている犬すら毛並みが良さそうに見えた。
こんな所に用事がある限り足を踏み入れないだろう。沙夜はそう思って帰りにはみんなにお土産のケーキでも買っていこうと思っていた。だがそのケーキすら桁が違う。だがそれでも一馬の妻が勤めている洋菓子店よりも、見劣りするような気がしていた。派手だがその中身は空虚に見える。それは「Harem」によく似ていた。
そう思いながら沙夜は手に持っている焼き菓子の入っている箱を見た。それは一馬の妻が勤めている店の焼き菓子だった。
一馬の妻に久しぶりに会ったが、やはり少し疲れているようだ。最近はこの女性にも取材の手が伸びているらしい。そしてぼそっとオーナーが沙夜に言ってきたのだ。
「このままだったら、絶対あいつの過去まで調べられるよ。泉さん。そんなことになったら……。」
「えぇ。花岡さんはきっと「二藍」から離れると言い出しかねない。会社としてもそれは不本意なんです。だから……きっとこの焼き菓子が良い働きをしてくれます。」
そう言われたひげのオーナーは少し安心したように笑っていた。
あの店に一馬の妻も、そして一馬も愛されていると思えた。だからこそ、言葉選びは慎重にしないといけないだろう。
そう思いながら住所の通りに足を進めた。そしてたどり着いたのは、高級住宅街の中でもひときわ大きな建物だった。おそらく三階建てか何かだろう。ガレージが見え、そこから見える車も大きな高級車が停まっている。その庭先にも綺麗な花が見えた。
「……なんか……○クザの家みたい。」
ヤク○の組長の家とか言えば、納得するような家だった。最近はヤクザの組長でも純和風という家に住んでいる人は珍しいのだ。
そう思いながら、沙夜は玄関に回り込んでそのチャイムを鳴らす。するとインターホンから女性の声がした。
「どちら様ですか。」
「私、三時にお約束をしていた「Music Factory」の泉と申します。坂本鈴子さんはご在宅でしょうか。」
「奥様ですか。あ、はい。お伺いしてます。玄関を今開けますね。」
そう言ってインターホンが切れた途端、門がガラガラッと開いた。そこも自動なのだ。金持ちの家なのだと尚更自覚させてくれる。
庭も広く、良く芝生が手入れされていたが、片隅には野球用のネットとバズケットゴールがある。子供の居る家なのだろうか。
玄関を開けると声をかけた。
「ごめんくださいませ。」
「はい。はい。」
やってきたのは割烹着を着た白髪の女性だった。目元にしわが深い女性だが、人は良さそうに見える。そしてその奥からは想像も付かないような女性がやってきた。
「「Music Factory」の泉さん?初めまして。坂本鈴子と言います。」
「泉沙夜です。初めまして。」
現れた女性はセミボブの髪型で僅かに茶色の髪だが、大きな目とはっきりした口調で沙夜は一気に好感触に思えた。
「すいません。こちらはお土産です。」
そう言って沙夜は袋から焼き菓子を取り出すと、鈴子にそれを手渡した。
「あぁ。この店知っているわ。ねぇ。美鈴さん。」
「えぇ。旦那様がたまに買ってくるものですね。鈴子さん。いくつか確保しないと、晴生さんや奏さんに取られますよ。」
「そうするわ。これでお茶にしましょ。良い紅茶があるんです。泉さん。上がってくださらないかしら。」
「はい。お邪魔します。」
「それから、堅苦しいのは抜きにしましょう。同じくらいの歳でしょう?」
「二十六です。」
「あら。年下だったの。ごめんなさいね。」
「いいえ。いつも老けてみられますから。」
「それでも堅苦しいのは抜きね。」
そう言ってスリッパを用意して貰って、沙夜はその家に上がる。すると外見は立派に見えた家だったが、何となく生活の匂いが各所にするように思えた。
花は飾っているがその横には花のための栄養剤があったり、片隅には野球用のバットがあったりする。それにこの時間なのにカレーの匂いがするようだ。
「今晩はカレーですか?」
沙夜がそう言うと、鈴子は少し笑って言う。
「そう。この時期の豆のカレーは絶品でしょう?キーマカレーにしたの。」
「豆と挽肉が美味しいでしょうね。」
「お料理はする?」
「人並みには。」
「一馬って凄く食べてたイメージがあるわ。二、三日用に作ってたカレーなのに、一気に無くなるのよ。信じられる?」
「今はあまり食べなくなったと言ってましたけどね。」
「信じられないわ。」
リビングに通されると、大きなグランドピアノが目に止まった。沙夜はそれを見て少し笑う。高校生くらいまで、グランドピアノというのはピアノ教室で弾くか、学校か、コンテストか、位しか縁が無かった。家にあったのはアップライトのピアノだけだったのだから。
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