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豆ご飯
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これだけのバンドや歌手が勢揃いするのは歌番組くらいだろう。中には一馬を気に入っている役者であり、シャンソンの歌手である女性もいた。
バンドのメンバーがみんな集まると、会議室はぎゅうぎゅうになってしまうので、バンドであればそのリーダーとマネージャー、または担当者。歌手、またはアーティストであれば本人がレコード会社である「Morris」の会議室へやってきたのだ。そのそれぞれが今度トリビュートアルバムを出すそのアーティストのメンツだった。
「二藍」からは治と沙夜がここへ来ている。治は作曲やアレンジなどは出来ないが、その辺のカバーは沙夜がするし、治だって素人では無いのだ。
ここに勢揃いしたのは、あらかじめ指定された曲に不満があるバンドがみんなで話し合って曲を決めたいというのが真意らしい。なので治と沙夜の手元には加藤啓介の曲のリストを手にしていた。
「「二藍」さんは「薊」なんでしょう。」
「はい。」
治がそう言うと、古参のバンドのリーダーである高峯誠は少し笑う。
「どうかしましたか。」
「いや。あのスローナンバーをハードドックのアレンジにするのかと思ってね。」
そう言われて沙夜は少しむっとしたように見ていた。だが治は笑顔で言う。
「俺らなりのアレンジにしますよ。それが駄目だというのであれば、オリジナルにそったアレンジにしようかと。」
「二種類も作るのか。」
「どちらが良いかは売る側の判断だと思いますので。」
治は言われたことを嫌みと捉えていない。その辺が、沙夜には出来ないことだった。担当者の割に、沙夜は頭に血が上りやすい。治はその辺が鈍感なのか、それとも大人なのかわからないがすっとこういうことを言えるのだ。
「私はジャズ風に仕上げたいと思ってましてね。」
女性歌手である谷川芙美子がそう言うと、そのバンドのリーダーが声を上げる。
「ロックをジャズ風なんて……。」
「おかしな話じゃ無いですよ。ジャズとロックの融合でスカというジャンルが出来たくらいですし。」
他の人達がそう言うと、その誠は不機嫌そうに黙り込んだ。おそらく自分が中心になってこの話を進めたいと思っているのだろう。なのに寄せ集めたアーティスト達はみんな我が儘だったのだ。自分の言うことが通らなくなり、しまいには黙り込む。それを見て沙夜は子供かと思っていた。
その時誠は良いことを思いついたと口を開く。
「だったら曲を俺は変えたいと思ってるんです。」
「何にしますか。」
「「薊」をしたいと思ってましてね。」
それは「二藍」に当てられた曲だった。その曲名に、沙夜は驚いたように誠を見る。すると誠は不適そうに笑った。その態度に沙夜はやっと気がついた。この男は、この企画をきっかけに「二藍」の名前を落としたいと思っているのだ。ぽっと出てきて売れているのが気に入らないのだろう。それに周りもちやほやしている。年末の歌番組も、フェスも、忙しく動いていてまだその勢いが止まらない。だからほとんどやっかみで嫌がらせのようにそう言っているのだ。別に「薊」を演奏したいとは思っていないのだろう。
「良いですよ。だったら俺らは何をするかなぁ。俺らの希望って通ります?」
いらついている沙夜を置いて、治はあっさりその話を飲んだ。その態度は気にしていないように思える。
「良いんですか?」
誠がそう言うと治は少し笑って言う。嫌がらせのような態度を取ったのに治は全くそれを嫌がらせと思っていない。
「別にこれだけじゃ無いし、加藤さんの曲は良い曲が多いですから。「Peace」とかも良いですねぇ。俺、この曲好き。」
その言葉にますます誠は不機嫌そうになる。だがそれに声を上げたのは柴田だった。冷静にそのやりとりを見ていたようだ。
「「二藍」さんは「薊」でお願いしたいんですよ。」
すると男がにらむように柴田を見た。その表情は怒っているように見える。誠のバンドは、もうキャリアも長く、人気も落ちるところは知らない。だから文句は言わないと思っていたのだが、柴田はそう思っていないようだった。
「何で……。」
「「二藍」さんの花岡さんが居るから、「二藍」さんに声をかけたんです。花岡さんは元々いたベーシストの木村さんの代わりのつもりで呼びました。」
「二藍」の名前がデビュー前から騒ぎになっていたのは、あるフェスがきっかけだった。遥人の名前だけで騒がれていると思われていたが、実際演奏を目の当たりにした人は、どうしてデビューをしないのだろうと思われたくらいだった。
一馬はデビューに後ろ向きだった。それでもそのフェスの動画が世に晒され、再生回数がうなぎ登りになり、それを聞いた柴田がその動画を加藤啓介に見せて「このベーシストを今度のコンサートで使いたい」と言ったのがきっかけだったと思う。
「それからの付き合いで「二藍」が人気が出ても、花岡さんは嫌な顔一つせずに時間が会えばレコーディングやライブで演奏をしてくれました。そして加藤は花岡さんが来るライブの度に「薊」を演奏したいと言ってましたしね。夏にあったテレビ番組でもそうでした。ワンフレーズで良いから「薊」を歌いたい。花岡さんのベースで歌いたいと言ってました。だから、これは加藤の声でもあるんですよ。」
去年の夏の時点でも、横になっていないとキツい状態だったと思う。それでも点滴を打ち、ステージに立った。「薊」はおそらく体力を消耗する歌だと思う。それでも一馬のベースに合わせて歌いたかったのだ。
「そんな想いがあったんですね。ねぇ。高峯さん。「薊」はやはり「二藍」さんに譲ったらどうかしら。橋倉さんが言うように加藤さんの曲は、他にも沢山良い曲があるわ。」
芙美子がそう言うと、誠はため息を付いた。頭ではわかっているが、やはり「二藍」が優遇されているように感じるから。それが面白くない。その様子に芙美子は面白そうに口を押さえた。
「あまり意地を張っていると老害と言われますよ。」
「そんな歳じゃ無いから。」
「あら。この間お孫さんが生まれたと言っていたわね。そう考えると「二藍」さんは息子くらいの年頃なのだろうに。そんな子供に意地を張っても仕方ないんじゃ無いのかしら。」
やはり一回りも二回りも人間的には上の芙美子だと思う。それは芙美子がずっと経験をしていたからだろう。
それでもその誠は納得しないように口を開く。
「そこまで加藤さんに気に入られているのはやはり、加藤さんでは無く加藤さんの奥さんからなのかなぁ。」
さすがにそれは無い。沙夜はそう思って誠に聞く。
「どういうことですか。」
「言葉の通りですよ。奥さんとも仲が良かったんですか。花岡さんは。大学の時の先輩だと言ってましたね。」
「何も無い。大学の先輩と後輩の仲だと言うことしか聞いていません。変なことを言わないでください。」
思わず沙夜は頭に血が上ったのだろう。口調が荒くなっている。
「だったら何で何も言わないんですか。マスコミから逃げるようにしていると聞きましたよ。」
すると柴田がそれに声を上げた。
「止めているのはこちらの意思でもありますから。」
「え……。」
「何を書かれるかわからないですし、こちらの都合で「二藍」さんに迷惑をかけるのは、レコード会社同士でもマイナスになりますから。」
するともう誠の隣に座っていた担当が、誠を止める。
「いい加減にしてくださいよ。高峯さん。この話に乗り気では無かったのだったら、今のうちに降りて貰っても良いです。」
「いや……そんなつもりは。」
誰もがそう思っていたことを、やっと担当者が言ってくれた。そう思ってみんな心の中で拍手をする。
「だったらこっちのバンドでやれることをやりましょう。言い互いをしたいために集まったわけでも無いし、ましてやスキャンダルのネタを拾いたいからこの場に来たわけじゃ無いんでしょう。」
その言葉に誠はまた黙り込んでしまった。まだ何か良い足りなそうだったが、これ以上は自分たちのイメージにもマイナスになる。そう思ったのだろう。
「先程もですね。少し話は出たんですけど、加藤の奥さん……正確には元奥さんですね。勝手なことをずっとマスコミに話をして居るみたいですけど、そのことは気にしないでください。」
「そんなことを言われても、加藤さんに親しかったと言うだけで事務所にも相当連絡が来ているんですよ。どうにかなりませんか。「Morris」さん。」
他のバンドの担当が声を上げた。そしてちらっと沙夜の方を見る。おそらく沙夜の所が、一番迷惑を被っているだろう。一馬は相変わらず何も語らず、マスコミから隠れるように仕事をしているというのだから。
その時だった。
バン!
会議室の扉が派手に叩かれた音がして、その場に居た人が一気にそちらを見る。そしてヒステリックな女の声がした。
バンドのメンバーがみんな集まると、会議室はぎゅうぎゅうになってしまうので、バンドであればそのリーダーとマネージャー、または担当者。歌手、またはアーティストであれば本人がレコード会社である「Morris」の会議室へやってきたのだ。そのそれぞれが今度トリビュートアルバムを出すそのアーティストのメンツだった。
「二藍」からは治と沙夜がここへ来ている。治は作曲やアレンジなどは出来ないが、その辺のカバーは沙夜がするし、治だって素人では無いのだ。
ここに勢揃いしたのは、あらかじめ指定された曲に不満があるバンドがみんなで話し合って曲を決めたいというのが真意らしい。なので治と沙夜の手元には加藤啓介の曲のリストを手にしていた。
「「二藍」さんは「薊」なんでしょう。」
「はい。」
治がそう言うと、古参のバンドのリーダーである高峯誠は少し笑う。
「どうかしましたか。」
「いや。あのスローナンバーをハードドックのアレンジにするのかと思ってね。」
そう言われて沙夜は少しむっとしたように見ていた。だが治は笑顔で言う。
「俺らなりのアレンジにしますよ。それが駄目だというのであれば、オリジナルにそったアレンジにしようかと。」
「二種類も作るのか。」
「どちらが良いかは売る側の判断だと思いますので。」
治は言われたことを嫌みと捉えていない。その辺が、沙夜には出来ないことだった。担当者の割に、沙夜は頭に血が上りやすい。治はその辺が鈍感なのか、それとも大人なのかわからないがすっとこういうことを言えるのだ。
「私はジャズ風に仕上げたいと思ってましてね。」
女性歌手である谷川芙美子がそう言うと、そのバンドのリーダーが声を上げる。
「ロックをジャズ風なんて……。」
「おかしな話じゃ無いですよ。ジャズとロックの融合でスカというジャンルが出来たくらいですし。」
他の人達がそう言うと、その誠は不機嫌そうに黙り込んだ。おそらく自分が中心になってこの話を進めたいと思っているのだろう。なのに寄せ集めたアーティスト達はみんな我が儘だったのだ。自分の言うことが通らなくなり、しまいには黙り込む。それを見て沙夜は子供かと思っていた。
その時誠は良いことを思いついたと口を開く。
「だったら曲を俺は変えたいと思ってるんです。」
「何にしますか。」
「「薊」をしたいと思ってましてね。」
それは「二藍」に当てられた曲だった。その曲名に、沙夜は驚いたように誠を見る。すると誠は不適そうに笑った。その態度に沙夜はやっと気がついた。この男は、この企画をきっかけに「二藍」の名前を落としたいと思っているのだ。ぽっと出てきて売れているのが気に入らないのだろう。それに周りもちやほやしている。年末の歌番組も、フェスも、忙しく動いていてまだその勢いが止まらない。だからほとんどやっかみで嫌がらせのようにそう言っているのだ。別に「薊」を演奏したいとは思っていないのだろう。
「良いですよ。だったら俺らは何をするかなぁ。俺らの希望って通ります?」
いらついている沙夜を置いて、治はあっさりその話を飲んだ。その態度は気にしていないように思える。
「良いんですか?」
誠がそう言うと治は少し笑って言う。嫌がらせのような態度を取ったのに治は全くそれを嫌がらせと思っていない。
「別にこれだけじゃ無いし、加藤さんの曲は良い曲が多いですから。「Peace」とかも良いですねぇ。俺、この曲好き。」
その言葉にますます誠は不機嫌そうになる。だがそれに声を上げたのは柴田だった。冷静にそのやりとりを見ていたようだ。
「「二藍」さんは「薊」でお願いしたいんですよ。」
すると男がにらむように柴田を見た。その表情は怒っているように見える。誠のバンドは、もうキャリアも長く、人気も落ちるところは知らない。だから文句は言わないと思っていたのだが、柴田はそう思っていないようだった。
「何で……。」
「「二藍」さんの花岡さんが居るから、「二藍」さんに声をかけたんです。花岡さんは元々いたベーシストの木村さんの代わりのつもりで呼びました。」
「二藍」の名前がデビュー前から騒ぎになっていたのは、あるフェスがきっかけだった。遥人の名前だけで騒がれていると思われていたが、実際演奏を目の当たりにした人は、どうしてデビューをしないのだろうと思われたくらいだった。
一馬はデビューに後ろ向きだった。それでもそのフェスの動画が世に晒され、再生回数がうなぎ登りになり、それを聞いた柴田がその動画を加藤啓介に見せて「このベーシストを今度のコンサートで使いたい」と言ったのがきっかけだったと思う。
「それからの付き合いで「二藍」が人気が出ても、花岡さんは嫌な顔一つせずに時間が会えばレコーディングやライブで演奏をしてくれました。そして加藤は花岡さんが来るライブの度に「薊」を演奏したいと言ってましたしね。夏にあったテレビ番組でもそうでした。ワンフレーズで良いから「薊」を歌いたい。花岡さんのベースで歌いたいと言ってました。だから、これは加藤の声でもあるんですよ。」
去年の夏の時点でも、横になっていないとキツい状態だったと思う。それでも点滴を打ち、ステージに立った。「薊」はおそらく体力を消耗する歌だと思う。それでも一馬のベースに合わせて歌いたかったのだ。
「そんな想いがあったんですね。ねぇ。高峯さん。「薊」はやはり「二藍」さんに譲ったらどうかしら。橋倉さんが言うように加藤さんの曲は、他にも沢山良い曲があるわ。」
芙美子がそう言うと、誠はため息を付いた。頭ではわかっているが、やはり「二藍」が優遇されているように感じるから。それが面白くない。その様子に芙美子は面白そうに口を押さえた。
「あまり意地を張っていると老害と言われますよ。」
「そんな歳じゃ無いから。」
「あら。この間お孫さんが生まれたと言っていたわね。そう考えると「二藍」さんは息子くらいの年頃なのだろうに。そんな子供に意地を張っても仕方ないんじゃ無いのかしら。」
やはり一回りも二回りも人間的には上の芙美子だと思う。それは芙美子がずっと経験をしていたからだろう。
それでもその誠は納得しないように口を開く。
「そこまで加藤さんに気に入られているのはやはり、加藤さんでは無く加藤さんの奥さんからなのかなぁ。」
さすがにそれは無い。沙夜はそう思って誠に聞く。
「どういうことですか。」
「言葉の通りですよ。奥さんとも仲が良かったんですか。花岡さんは。大学の時の先輩だと言ってましたね。」
「何も無い。大学の先輩と後輩の仲だと言うことしか聞いていません。変なことを言わないでください。」
思わず沙夜は頭に血が上ったのだろう。口調が荒くなっている。
「だったら何で何も言わないんですか。マスコミから逃げるようにしていると聞きましたよ。」
すると柴田がそれに声を上げた。
「止めているのはこちらの意思でもありますから。」
「え……。」
「何を書かれるかわからないですし、こちらの都合で「二藍」さんに迷惑をかけるのは、レコード会社同士でもマイナスになりますから。」
するともう誠の隣に座っていた担当が、誠を止める。
「いい加減にしてくださいよ。高峯さん。この話に乗り気では無かったのだったら、今のうちに降りて貰っても良いです。」
「いや……そんなつもりは。」
誰もがそう思っていたことを、やっと担当者が言ってくれた。そう思ってみんな心の中で拍手をする。
「だったらこっちのバンドでやれることをやりましょう。言い互いをしたいために集まったわけでも無いし、ましてやスキャンダルのネタを拾いたいからこの場に来たわけじゃ無いんでしょう。」
その言葉に誠はまた黙り込んでしまった。まだ何か良い足りなそうだったが、これ以上は自分たちのイメージにもマイナスになる。そう思ったのだろう。
「先程もですね。少し話は出たんですけど、加藤の奥さん……正確には元奥さんですね。勝手なことをずっとマスコミに話をして居るみたいですけど、そのことは気にしないでください。」
「そんなことを言われても、加藤さんに親しかったと言うだけで事務所にも相当連絡が来ているんですよ。どうにかなりませんか。「Morris」さん。」
他のバンドの担当が声を上げた。そしてちらっと沙夜の方を見る。おそらく沙夜の所が、一番迷惑を被っているだろう。一馬は相変わらず何も語らず、マスコミから隠れるように仕事をしているというのだから。
その時だった。
バン!
会議室の扉が派手に叩かれた音がして、その場に居た人が一気にそちらを見る。そしてヒステリックな女の声がした。
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