触れられない距離

神崎

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水炊き

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 実家にしょっちゅう裕太と紫乃の姿があるのは知っていた。帰ってくると玄関に裕太や紫乃の靴、それにベビーカーがあるのを見ると咲良はいつも居間へ行かずに自分の部屋に籠もってしまう。何を話しているのかは知らないが、いつも裕太は金の話をしていたように思えた。この家から金を借りるのは、いつものことだろう。それに孫を連れてくるのは、子供の顔を見せると両親の財布のヒモが緩くなることを知っているから。
 卑怯だと思うから咲良は二人に顔を合わせることは無かった。
 だがその日は違った。部屋に戻り、いつものようにお気に入りの音楽を付けようと思ったその時だった。
 紫乃が部屋にやってきたのだ。相変わらず蛇みたいな女だと思いながら、咲良は紫乃の話を聞いていた。
「ねぇ。芹君の居場所って本当にわからないの?」
 口を開けばこの調子だ。咲良が知っていると決めつけているのだから手に負えない。実際は確かに知っているし、連絡を付けようと思えば付けれる。それに住んでいる家も知っていた。同じくらいの年頃の男女と一緒に暮らしているという。それが少し羨ましかった。
「知らないです。」
 それでも咲良はしらばっくれる。本当だったら携帯電話でも何でも奪って中身を調べたいところだが、そこまでするとさすがに両親にばれてしまう。
「芹君からの振り込みが定期的にあるから大丈夫だってお母さん達は言うけど、やっぱり実際姿を見ないとね。それに何をしているのかくらいは知っておいた方が良いんじゃ無いかって思うんだけど。」
「両親が良いというのだから良いんです。すいません。あたし、ちょっとやりたいこともあるから、出て行ってもらえませんか。」
 冷たくそう言ったはずだった。だが紫乃は諦めない。バッグから携帯電話を取りだして、咲良にそれを見せる。
「咲良ちゃん。これ見てもらえるかしら。」
 携帯電話の画面に芹の姿でも写っているのだろうか。そう思っていたのだが、実際のその画面に、咲良は驚いて紫乃を見た。そこには数日前に、女子高生が車で連れ去られてその数日後にそこから離れたショッピングモールの駐車場で保護されたというニュース記事だった。
 女子高生は薬を嗅がされて、意識がもうろうとしていた。そして体を調べると、何人もの男が入れ込んだ跡があったらしい。つまり誘拐され、拉致され、騒がれると面倒だからと薬を使われ、そのあと輪姦し、ある程度の映像や画像が撮れたので女子高生を放置した。
 後々にその画像や映像は、外国経由でばらまかれる。
「……これが何か?」
「知っていて黙っているような子だから、こんな目に遭うの。あなたも知っていることは全て言った方が良いんじゃ無いの?」
「知らないモノは知らないんです。出て行ってください。」
 おかしそうに口元を押さえて紫乃は出て行く。だが一人になった咲良は急激に不安に襲われる。
 もし自分が襲われたら。拉致されて、ボロボロになったら。紫乃がそんな人達と繋がりがあるとしたら。
 階下で裕太と紫乃達が帰っていく音がした。それを聞いて、咲良は部屋を出る。そして両親にそれを相談したのだ。

 天草裕太がきな臭いのはわかっていた。そしてそれは一馬もよく知っている。以前組んでいたバンドで、一馬だけが他のメンバーの借金の保証人にならなかった。だから一馬の噂を立ててバンドメンバーの不仲を表沙汰にし、一馬の人間不信にしたのだ。だがやっと一馬は「二藍」に出会い、心から信頼出来る相手を見つけた。
 裕太という人間をよく知っている。だからそれくらいはしそうだと思った。
 だが初めて知る他のメンバーを含め、沙菜も驚いたようにその話を聞いていた。
「それって本当に?」
 治はそう言って咲良に聞いた。すると咲良は頷いて言う。
「こんなことを嘘を言っても仕方ないですから。」
「芹さんのことを言わなければ、どんな目に遭っても仕方が無いってことか。しかし……。」
 治は少し首をひねった。
「どうした。」
 遥人はそう聞くと治は少し口を挟む。
「いや……もしそうして、仮に咲良ちゃんを誘拐したとする。すると痛い目に遭うのは天草さんの奥さんじゃ無いのかなと思って。」
 その記事は治も知っている。だから最近は奥さんにもあまり遅くならないようにと言っていたのだ。
「俺もそう思うね。」
 遥人はそう言うと、またビールを口に付けた。
「あいつらってのは、自分の身が危なくなるとすぐに口を割る。誰に依頼されたのか、誰に指示されたのかって。そうした方が自分の刑期が短縮されるんだ。その時、その紫乃って女の名前を出したら、その女も事情を聞かれるだろ。」
 その言葉に一馬は首を横に振った。
「それは考えにくい。」
「一馬。」
「俺の奥さんを拉致した男達はまだ捕まっていないんだ。」
 時効になっている。だから今捕まっているのは、過去の事件の罪状では無く最近のモノだけなのだ。
「そこまで警察は万能じゃ無い。」
 一馬もそこまでこの国の警察に信頼を置いているわけでは無いのだろう。信頼を置いているとすれば、さっさと首謀者が捕まるのだから。だが首謀者はまだのんきにこの世の中に生きている。泣いている女がいくらもいるのに。
「だからあたし二年間は美容師の学校へ行くんです。ここじゃ無くて少し離れたところの美容学校。寮に入ったりしたら、そこまで不安じゃ無いと思うし。そこで免許を取ったら、海外に行きます。そしたら紫乃さんだって……。」
 海外志向が強いと思っていたが、紫乃のことがあり更に咲良はここから逃げたいと思っているのだろう。それは芹も同じだった。裕太から逃げ、紫乃から逃げ、やっと落ち着ける場所が見つかったのだ。
 だが守るモノが見つかった。それは沙夜の存在。沙夜に危ない目に遭わせたくなかった。
「芹さ。」
 ずっと黙っていた翔が芹に言う。
「お前が逃げているからこんな目に遭ってるんじゃ無いのか。」
「翔。」
 思わず沙夜が翔を止める。翔の顔色はすでに赤い。顔色だけで酔っているわけでは無さそうだが、それでも酔っていたと思わせて言いたいこともあるのだろう。
「……逃げ?」
「家から逃げて、転々として、やっとここに落ち着いて、でも実家には帰れなくてこそこそ妹に会っているから、妹がこんな目に遭っているんじゃ無いのか。」
「そんなこと無いです。あの……あたしがはっきり知りませんって言わなかったのが……。」
「咲良ちゃんははっきり知らないといっているのに、これだけしつこくして尚且つ脅すような真似をする。それをさせたのは芹だろう。」
 その言葉に芹はむっとしたように翔に言う。
「俺だって事情があったんだよ。」
「金だろう。少しまとまった金でも持たせて、近寄らないでくれと言えば済むことじゃないのか。」
 そんな問題では無い。沙夜は首を横に振った。
「翔。そんな問題じゃ無いのよ。」
「どうして……。」
「それが出来ていればとっくにしているでしょう。でもしなかったというのは、紫乃さん達に問題があったからじゃ無いの?翔は気がついているでしょう。あのテレビ番組で火を出された。人に火傷をさせるだけでは無く、番組すら中止になるかもしれなかったその原因を作った人なのよ。」
「その証拠は……。」
「証拠はテレビ局が掴んでいるでしょうね。年末に「Harem」に会わなかったのが、良い証拠じゃ無いかしら。」
 まだ勢いがあるのに起用しなかった。それはどんな事情があるのか、言わなくてもわかるようだった。ニュースにならないだけだ。真実は露呈して、「Harem」は事実上干されている状態なのだろう。
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