触れられない距離

神崎

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水炊き

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 いったん鶏肉を取りだして、あとは煮えにくい野菜から入れていく。白菜の白いところ、椎茸、えのき、ネギの白いところなどそういったモノを入れたあとに一度蓋をする。その間翔は治が持ってきたおかずを皿に並べていた。治の奥さんはどうやら南の方の出身らしく、ここに来るときに持ってきているおかずは少し甘いものが多い。ほうれん草の白和えも、レンコンのきんぴらも少し甘めなのだ。だがそれが美味しいと思う。
「あれ?ご飯は炊いていないの?」
 翔はそう聞くと、沙夜は冷蔵庫の中にあるご飯を取りだした。
「あとで雑炊にしようかと思って。」
「良いね。卵も西川さんのところの?」
「えぇ。この間の焼酎とお菓子のお礼ね。」
「今度こそ俺もそこへ行ってみたいよ。」
 翔を連れていくのはかまわない。だがあの場だけは、芹と恋人でいられる唯一の場所なのだ。それを思うから少し複雑な感情になる。
「そうね……。そういう人も多いみたいだから、話はしてみるわ。」
 気が進まない。だったら別の所の農家に話をしてみようか。西川辰雄の所だけでは無く別の農家にも沙夜は顔を出していたからだ。
 煮えやすい水菜や白菜の緑の所を避けているうちに、翔はテーブルに持ってきたおかずを持って行く。
「美味しそう。」
 咲良はそう言ってそのおかずを見ていた。
「そう?うちのヤツの作ったのって何か茶色くないか?」
 治がそう言うと、咲良は少し笑って言う。
「茶色いモノって大体美味しいじゃないですか。このレンコン、美味しそう。」
 するとそのレンコンのきんぴらを見て、沙菜が少しいぶかしげな顔をする。
「あぁ。唐辛子が入ってる。」
「食えないんだっけ。」
 芹がそう言うと、沙菜は少し頷いた。
「苦手なんですか?」
 咲良がそう言うと、沙菜は頷いた。
「少しなら良いと思うんだけど、あたし、刺激物が全く駄目で。顔が真っ赤になるの。それから汗が滝のように流れてさ。」
「白和えなら食べれるんじゃ無いんですか。ほら、美味しそう。」
「えぇ。これを食べようかな。」
 誤解をして芹を殴った。なのにそれをもう沙菜は責めたりしない。だから普通の咲良も沙菜も打ち解けているようだった。
「子供かよ。あっちの方は大人なのに……って……。」
 余計なことを言ったと、沙菜は芹の頭を叩く。
「余計なことを言わない。未成年の前よ。」
「咲良は十八だよ。色々知らないわけが無いだろう。」
「それでも。」
 台所では翔と沙夜が料理をしている。そしてリビングでは芹と沙菜がなんだかんだと言い合っている。その様子を見て咲良が誤解をしないわけは無い。そう思いながら一馬は席を立つと、台所の方へ向かう。
「花岡さん。どうしたの?」
 沙夜はそう言うと、一馬は少し笑って言う。
「お茶が欲しいと思ってな。」
「あぁ、持って行くよ。」
 翔がそう言って一馬に有無を言わせない。おそらく翔もそれを感じているのかもしれないが、誤解をさせたままの方が良いと思っているのだろう。翔は翔で、今だけでも沙夜と恋人気分で居たいと思っているのかもしれない。
「あっちって何?」
 咲良がそう言うと、芹は手を振る。
「お前には関係ないよ。」
「出た。いつもの芹兄さんの口癖。お前には関係ないって言ってさ。関係なかったことなんか無いのに。」
「お前は美容師になりたいんだろ。それだけ考えてろよ。」
 翔がお茶の入ったペットボトルを持ってきて、咲良の方を見る。
 裕太と芹は確かに似ている気がするが、咲良はあまり二人には似ていない気がする。薄い顔で、シュッとした顔の裕太と芹に対し、咲良はくりっとした目でぱっちりとした二重なのだ。妹だと言われなければ確かに誤解をするかもしれない。
「美容師になりたいんだ。」
 翔がそう聞くと、咲良は少し笑って言う。
「美容師というか、ヘアメイクがしたくてですね。」
「ヘアメイク?」
 沙菜はそう言われていつもヘアメイクをしている女性を思い出した。あの女性は元々AVに出ていた女性だった。引退して、美容師の資格を取っても他の店で働けなかったので、この世界でヘアメイクをしているのだ。その女性は本当だったら普通の美容室などで働きたかったのに、AVに出ていたと言う過去がそれを邪魔したのだと思う。だから、いきなりそういう世界に入りたいという咲良に少し違和感を覚えた。
「海外へ行きたいんです。海外のドラマとか映画のヘアメイクをしたいから。」
「あぁ……そう言う……。」
 ヘアメイクと言ってもピンからキリだろう。AVのヘアメイクとは違うのだ。やはり沙菜がAVに出ているなんていう話はしない方が良い。女であれば知らないで済むことなのだから。
「翔。鍋敷きを置いてくれないかしら。」
 台所から沙夜がそう言うと、翔は台所に戻り鍋敷きを手にする。そしてテーブルにそれを置いた。そして沙夜は鍋を持つと、その鍋敷きの上に鍋を置いた。
「ポン酢はあるかしら。あとごまだれも用意してみたんだけど。」
「ごまだれ?」
 治が少し聞くと、沙夜は翔の方を見て言う。
「翔がこういうのもあって美味しいって言うから、作って貰ったのよ。」
 芹ではこうはいかないだろう。芹が一緒に作るのであれば、芹はこういうことは何も知らないので沙夜の言うとおりにしているところがある。だが翔はそういう事が提案出来る。料理は出来ないわけでは無いのだから。
「咲良ちゃんのところは鍋とかする?」
「しますね。冬は結構多いです。うちほら、商売してますし、お母さんも働きに出てるから鍋は結構しますね。うどんが入ってたり、中華蕎麦が入ってたり。」
「うどんも良いわね。」
 沙菜がそう言うと、咲良は少し笑って言う。
「でもこんな大きな鍋は無いですね。五人家族だったし。今は三人ですけど。」
 沙夜はそう言って蓋を開ける。この土鍋が大きいのは、おそらく翔の家にいつもお客様がいたからだろう。お客様が多い家だと言っていた。
「おー。美味しそうだなぁ。」
「あぁ。野菜がたっぷりで。遥人は鍋とかするの?」
 すると遥人は首を横に振った。
「一人でしないだろ。」
「最近は一人用の鍋とかあるんだよ。」
「それ買ったら何か一生独身でいろって言われてるみたいでやだな。」
「お、結婚願望ってあったのか。」
 治が聞くと遥人は少し頷いた。
「出来ればしたいよ。俺、もう三十二だし。」
 年下の一馬だって結婚しているのだ。一馬や治を見ていると、結婚も悪くないと思う。
「どんな奴が良いんだ。」
 治がそう聞きながらポン酢とごまだれを配る。それに遥人は首をひねりながら言った。
「そうだな。やっぱり料理が上手に越したことは無いよな。」
 その言葉に咲良が口を尖らせる。
「なんか嫌ですね。その言葉。」
 はっきり咲良がそう言ったのに、遥人は驚いたように咲良を見る。
「どうして?」
「料理とか、掃除とか、そういうの女の仕事って言われているみたいで。あたし、そういうのやだな。」
「咲良。」
 芹はそう言って咲良を止める。咲良はこういうところがあった。おそらく父親と母親の姿を見ていたからだろう。
 父親は根っからの職人で、母親はそれを内助の功で支えていた。家事、育児と完璧にこなしていたように思えていたのに、裕太からいつも金を貸して欲しいと言われて、生活が苦しくなりそうだったのを、母親がパートをして何とか乗り切っていたのだ。
 だが父親はそんな母親にもやれ、食事だの、掃除だの、洗濯だのと口やかましかった。ある程度になると咲良も手伝っていたが、父親は自分の箸一つ持ってきたことが無かったのだ。
「お互い働いているなら、家事は分担にするべきだと思うんです。あたしならそうする。」
 そう言われて遥人は気まずそうに頭を掻いた。そんなつもりで言ったのでは無いのだから。
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