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水炊き
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近所へ行くときも、沙菜はあまり気を抜いた格好をしない。今日もスキニーのジーンズとピンクのセーター。それに白いジャンパーを羽織っている。ジムへ行くときほどでは無いが、メイクは最低限。
沙菜がAV女優の中では人気があると知っているのは限られるだろう。知っていても「日和ちゃん」と言って声をかけてくるのは、酔った若い男とかそんなところしかいない。普通の女優であれば、何のためらいも無く誰でも声をかけているのだろうが。
週刊誌では相変わらず女優が不倫をしていただの、体を使って仕事を取っていただの騒がしい。沙菜が不倫をしようと、何をしようと記事になることは無いが、ただ芸能人だけは気をつけている。
芸能人が声をかけてくることは少なくない。だがそれがゴシップ誌の記事なんかになったら、その芸能人の名前が落ちることになるだけでは無く、女優も仕事が減るのだ。それが更に不倫であれば尚更だろう。だから気づかれないようにみんなうまくやっているのだ。
若い頃は沙菜もそうしたことはある。ズブズブにのめり込んで、泣きわめき、奥さんと別れて欲しいなんて言ったこともあるが、不倫をしているような男は奥さんとは別れない。結局奥さんにばれる前に男の方から別れを切り出された。その時ずいぶんひどいことを言われたのをまだ忘れられない。
「……。」
もう昔のことだ。沙菜はそう思いながら、コインランドリーへ入ろうとした。その時だった。そのコインランドリーの隣のコンビニの前に見覚えがある人が居た。それは芹だった。そして芹の前には女がいる。さらさらのショートボブの髪型で、紺色のハーフコートを着ている。体は小さく、女の子らしい女の子だと思った。何より親密そうで、芹の顔にも少し笑顔がある。
沙夜の前でもあんな顔をしているのだろうか。あれだけ沙夜が好きだと言っていたのに、まさか二股でもしていたのだろうか。芹はそんな器用な人では無いかもしれないが、それでも沙夜を裏切っているかもしれないと思うと腹が立つ。
「ちょっと。」
沙菜はそう言って二人の前に立つと、驚いたような芹の顔に平手打ちをした。
ぱんっ!
その様子を呆然としてみていた女の子。そしてたまたま通りかかった一馬と純、それに遥人は更に唖然としていた。
沙菜達とはすれ違いくらいに来た治は、その話を聞いて笑い転げていた。そして不服そうに頬を冷やしている芹に、沙菜はひたすら平謝りをしている。
「だからごめんって。」
「良いよ。もう……。」
結局その女の子はこの家にまで着いてきた。自分のせいで芹が殴られてしまったのだから、お詫びがしたいと思ったらしい。
「で、妹だって言ってたか。」
遥人はそう聞くと、女の子は頷いた。
「咲良です。高校三年生です。」
「三年?もう卒業か。」
「はい。今、仮卒中です。」
「そんな時期か。懐かしいな。」
治はそう言ってテレビの前のカレンダーを見ていた。高校三年の三学期と言えば、確かに一ヶ月も学校へ行かないのだ。治もそうしていた。
「でも若いのに俺らのこととか知らないんだ。」
「二藍」のファン層は五人よりも少し上か、それより少し下くらいが多い。高校生のファンというのは確かに珍しいかもしれないが、五人を知らなくても遥人は別のトーク番組なんかに出たり、映画やドラマ、モデルの活動もしている。そういう媒体で知っていると思っていたのだが、咲良はそれすら知らないようだ。五人に対して、芸能人だからと言って、あわあわしているようにも見えない。あくまで自然なのだ。
「こいつ、昔からテレビはあまり見ない方なんだよ。」
芹はそう言うと、咲良は首を横に振る。
「そんなこと無いよ。最近は……。」
「どうせテレビって言っても海外ドラマばっかり見てるんだろ。」
その言葉に咲良は少し言葉を詰まらせた。その通りだったからだ。
「海外ドラマ?」
遥人がそう聞くと、咲良は少し頷いた。
「最近、「Loft」ってドラマを見たんです。」
「トムが出てるヤツ?」
「知ってますか?映画はあまり出てないけれど、ドラマは結構出てて。このドラマでやっと主役をしてたから絶対見たくて。」
「見ては無いけど気になってた。前の「Child」は見たよ。」
「あぁあの犯人……。」
完全に遥人と咲良で盛り上がっていて、他の人達は置いてけぼりにされている。
「変わった妹だな。」
治がそう言うと、一馬が首を横に振る。
「別に変わってないだろう。俺も高校の時はジャンルは違うが似たようなモノだった。」
「え?」
グラビアアイドルやどこかの女優が良いと言っていた周りだったが、一馬は話しに合わせつつ、一人になると自分の好きなベーシストのプレイなんかをランニングをしながら聴いていたのだから。
台所では沙夜と翔がまだ鍋の用意をしている。そして沙菜が布巾を受け取ってテーブルを拭き始めた。
「で咲良ちゃんもご飯は食べる?」
沙菜はそう聞くと、咲良は目を輝かせて沙菜に言う。
「良いんですか?」
「この大人数だもの。別に一人増えても大丈夫じゃ無いかな。ねぇ。姉さん。」
台所にいる沙夜にそう聞くと、沙夜も頷いた。
「良いよ。咲良ちゃん。食べれないものは無いかしら。」
「特にないです。」
「そう。良かったわ。」
あらかじめ食べれないものなんかは、気をつけておかないといけない。沙夜はそう思いながら、煮立っている鶏ガラを鍋から取りだした。僅かに白濁している汁に、今度は切った鶏肉を入れる。
「あぁ、沙夜。鶏団子も作ったの?」
「えぇ。欲しいかなと思って。」
「ネギも入っているの?」
「ネギは入れておいたわ。あなた、ネギが好きよね。」
「あぁ。凄く美味しいだろ。」
咲良はその様子を見ていて、少し笑った。
「何か夫婦みたいですね。」
その言葉に芹が焦ったように咲良に言う。
「夫婦って……咲良。違うからな。」
「何焦ってんの。芹兄さん。何か理想的な夫婦だよね。芹兄さんが邪魔してるんじゃ無いの?」
完全に咲良の中で、翔と沙夜が恋人同士になっている。その誤解を解きたかった。
「あのな。咲良。違うから。」
「あぁ。まだ恋人でも無いってこと?やだ。やっぱ芹兄さんが邪魔してんじゃ無い。」
その会話に純も苦笑いをしていた。女というのは自分で解釈して自分で納得する生き物なのだ。咲良はその典型的なタイプに見える。
「あのな。咲良。」
「……紫乃さんとは真逆っぽい。」
その名前に芹の手が止まる。そしてその名前が沙夜にも聞こえたのだろう。沙夜も手が止まった。
「沙夜。肉団子はスプーンで一杯ずつくらいで良い?」
翔がそう聞くと、沙夜は我に返って頷いた。
「え……えぇ。」
野菜を切っていく。だがその名前に、沙夜は少し動揺しているようだ。
「いっ……。」
その様子に、翔が驚いて沙夜の方を見る。すると沙夜の左手指先が赤くなっていた。どうやら切ってしまったのだろう。
「大丈夫?テープ持ってくるよ。ちょっと水で流してて。」
「うん。ありがとう。」
水道で傷口を流す。するとその傷口がヒリヒリと痛むようだった。
「紫乃さんって誰?」
遥人はのんきにその名前を咲良に聞く。すると咲良は口を尖らせていった。
「裕太兄さんの奥さんです。」
「二人兄弟じゃ無かったのか。」
治がそう言うと、咲良は少し首を横に振った。
「裕太兄さんは一番上の兄さんで、奥さんもいて、子供もいるんです。でもあたしあまり好きじゃ無くて、裕太兄さんも紫乃さんも。芹兄さんの方が話がわかるよ。」
「そりゃどーも。」
芹はそう言って誤魔化そうとした。だが治がその話題に食いついてくる。
「一緒に住んでて、子供の面倒とか見させられるのか。」
すると沙菜は首を横に振る。
「一緒には住んでないんです。でも小さい頃から裕太兄さんが、いつもお父さんと言い争いをしてて。紫乃さんと結婚したあたりから。この前のお正月は、帰ってくるなって言ってたし。」
「……。」
おそらく初孫なのだろう。それなのに帰ってくるなと親から言われる状況とはどういうモノなのだろう。
治は実家に帰っても、妻の実家に帰ってもそんなことを言われたことは無い。他の兄弟の子供なんかと、いつも遊んでいる子供達を見ながら父親に酒を注いだり、母親の料理を口にするのが楽しみだったから。
「金かな。」
遥人はそう言うと、一馬がそちらを見る。こんな時にだけ感がいい男だと思ったからだ。
沙菜がAV女優の中では人気があると知っているのは限られるだろう。知っていても「日和ちゃん」と言って声をかけてくるのは、酔った若い男とかそんなところしかいない。普通の女優であれば、何のためらいも無く誰でも声をかけているのだろうが。
週刊誌では相変わらず女優が不倫をしていただの、体を使って仕事を取っていただの騒がしい。沙菜が不倫をしようと、何をしようと記事になることは無いが、ただ芸能人だけは気をつけている。
芸能人が声をかけてくることは少なくない。だがそれがゴシップ誌の記事なんかになったら、その芸能人の名前が落ちることになるだけでは無く、女優も仕事が減るのだ。それが更に不倫であれば尚更だろう。だから気づかれないようにみんなうまくやっているのだ。
若い頃は沙菜もそうしたことはある。ズブズブにのめり込んで、泣きわめき、奥さんと別れて欲しいなんて言ったこともあるが、不倫をしているような男は奥さんとは別れない。結局奥さんにばれる前に男の方から別れを切り出された。その時ずいぶんひどいことを言われたのをまだ忘れられない。
「……。」
もう昔のことだ。沙菜はそう思いながら、コインランドリーへ入ろうとした。その時だった。そのコインランドリーの隣のコンビニの前に見覚えがある人が居た。それは芹だった。そして芹の前には女がいる。さらさらのショートボブの髪型で、紺色のハーフコートを着ている。体は小さく、女の子らしい女の子だと思った。何より親密そうで、芹の顔にも少し笑顔がある。
沙夜の前でもあんな顔をしているのだろうか。あれだけ沙夜が好きだと言っていたのに、まさか二股でもしていたのだろうか。芹はそんな器用な人では無いかもしれないが、それでも沙夜を裏切っているかもしれないと思うと腹が立つ。
「ちょっと。」
沙菜はそう言って二人の前に立つと、驚いたような芹の顔に平手打ちをした。
ぱんっ!
その様子を呆然としてみていた女の子。そしてたまたま通りかかった一馬と純、それに遥人は更に唖然としていた。
沙菜達とはすれ違いくらいに来た治は、その話を聞いて笑い転げていた。そして不服そうに頬を冷やしている芹に、沙菜はひたすら平謝りをしている。
「だからごめんって。」
「良いよ。もう……。」
結局その女の子はこの家にまで着いてきた。自分のせいで芹が殴られてしまったのだから、お詫びがしたいと思ったらしい。
「で、妹だって言ってたか。」
遥人はそう聞くと、女の子は頷いた。
「咲良です。高校三年生です。」
「三年?もう卒業か。」
「はい。今、仮卒中です。」
「そんな時期か。懐かしいな。」
治はそう言ってテレビの前のカレンダーを見ていた。高校三年の三学期と言えば、確かに一ヶ月も学校へ行かないのだ。治もそうしていた。
「でも若いのに俺らのこととか知らないんだ。」
「二藍」のファン層は五人よりも少し上か、それより少し下くらいが多い。高校生のファンというのは確かに珍しいかもしれないが、五人を知らなくても遥人は別のトーク番組なんかに出たり、映画やドラマ、モデルの活動もしている。そういう媒体で知っていると思っていたのだが、咲良はそれすら知らないようだ。五人に対して、芸能人だからと言って、あわあわしているようにも見えない。あくまで自然なのだ。
「こいつ、昔からテレビはあまり見ない方なんだよ。」
芹はそう言うと、咲良は首を横に振る。
「そんなこと無いよ。最近は……。」
「どうせテレビって言っても海外ドラマばっかり見てるんだろ。」
その言葉に咲良は少し言葉を詰まらせた。その通りだったからだ。
「海外ドラマ?」
遥人がそう聞くと、咲良は少し頷いた。
「最近、「Loft」ってドラマを見たんです。」
「トムが出てるヤツ?」
「知ってますか?映画はあまり出てないけれど、ドラマは結構出てて。このドラマでやっと主役をしてたから絶対見たくて。」
「見ては無いけど気になってた。前の「Child」は見たよ。」
「あぁあの犯人……。」
完全に遥人と咲良で盛り上がっていて、他の人達は置いてけぼりにされている。
「変わった妹だな。」
治がそう言うと、一馬が首を横に振る。
「別に変わってないだろう。俺も高校の時はジャンルは違うが似たようなモノだった。」
「え?」
グラビアアイドルやどこかの女優が良いと言っていた周りだったが、一馬は話しに合わせつつ、一人になると自分の好きなベーシストのプレイなんかをランニングをしながら聴いていたのだから。
台所では沙夜と翔がまだ鍋の用意をしている。そして沙菜が布巾を受け取ってテーブルを拭き始めた。
「で咲良ちゃんもご飯は食べる?」
沙菜はそう聞くと、咲良は目を輝かせて沙菜に言う。
「良いんですか?」
「この大人数だもの。別に一人増えても大丈夫じゃ無いかな。ねぇ。姉さん。」
台所にいる沙夜にそう聞くと、沙夜も頷いた。
「良いよ。咲良ちゃん。食べれないものは無いかしら。」
「特にないです。」
「そう。良かったわ。」
あらかじめ食べれないものなんかは、気をつけておかないといけない。沙夜はそう思いながら、煮立っている鶏ガラを鍋から取りだした。僅かに白濁している汁に、今度は切った鶏肉を入れる。
「あぁ、沙夜。鶏団子も作ったの?」
「えぇ。欲しいかなと思って。」
「ネギも入っているの?」
「ネギは入れておいたわ。あなた、ネギが好きよね。」
「あぁ。凄く美味しいだろ。」
咲良はその様子を見ていて、少し笑った。
「何か夫婦みたいですね。」
その言葉に芹が焦ったように咲良に言う。
「夫婦って……咲良。違うからな。」
「何焦ってんの。芹兄さん。何か理想的な夫婦だよね。芹兄さんが邪魔してるんじゃ無いの?」
完全に咲良の中で、翔と沙夜が恋人同士になっている。その誤解を解きたかった。
「あのな。咲良。違うから。」
「あぁ。まだ恋人でも無いってこと?やだ。やっぱ芹兄さんが邪魔してんじゃ無い。」
その会話に純も苦笑いをしていた。女というのは自分で解釈して自分で納得する生き物なのだ。咲良はその典型的なタイプに見える。
「あのな。咲良。」
「……紫乃さんとは真逆っぽい。」
その名前に芹の手が止まる。そしてその名前が沙夜にも聞こえたのだろう。沙夜も手が止まった。
「沙夜。肉団子はスプーンで一杯ずつくらいで良い?」
翔がそう聞くと、沙夜は我に返って頷いた。
「え……えぇ。」
野菜を切っていく。だがその名前に、沙夜は少し動揺しているようだ。
「いっ……。」
その様子に、翔が驚いて沙夜の方を見る。すると沙夜の左手指先が赤くなっていた。どうやら切ってしまったのだろう。
「大丈夫?テープ持ってくるよ。ちょっと水で流してて。」
「うん。ありがとう。」
水道で傷口を流す。するとその傷口がヒリヒリと痛むようだった。
「紫乃さんって誰?」
遥人はのんきにその名前を咲良に聞く。すると咲良は口を尖らせていった。
「裕太兄さんの奥さんです。」
「二人兄弟じゃ無かったのか。」
治がそう言うと、咲良は少し首を横に振った。
「裕太兄さんは一番上の兄さんで、奥さんもいて、子供もいるんです。でもあたしあまり好きじゃ無くて、裕太兄さんも紫乃さんも。芹兄さんの方が話がわかるよ。」
「そりゃどーも。」
芹はそう言って誤魔化そうとした。だが治がその話題に食いついてくる。
「一緒に住んでて、子供の面倒とか見させられるのか。」
すると沙菜は首を横に振る。
「一緒には住んでないんです。でも小さい頃から裕太兄さんが、いつもお父さんと言い争いをしてて。紫乃さんと結婚したあたりから。この前のお正月は、帰ってくるなって言ってたし。」
「……。」
おそらく初孫なのだろう。それなのに帰ってくるなと親から言われる状況とはどういうモノなのだろう。
治は実家に帰っても、妻の実家に帰ってもそんなことを言われたことは無い。他の兄弟の子供なんかと、いつも遊んでいる子供達を見ながら父親に酒を注いだり、母親の料理を口にするのが楽しみだったから。
「金かな。」
遥人はそう言うと、一馬がそちらを見る。こんな時にだけ感がいい男だと思ったからだ。
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