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水炊き
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わざと遠回りをして翔の家に行く。そうでは無いと裕太がついてくると思ったから。その間一馬は二人に裕太のことを話をした。一馬も裕太の罠に落ちかけたことがある。それは一馬だけでは無くまだ当時一馬の恋人だった奥さんも手を掛けかけたのだ。
その話を聞いて純はため息を付いた。
「それ、本当なら危ないところだったな。」
金に困っている。そのためなら何でもするのだろう。そして自分の地位を固持したいと思っている。そのためには自己努力では無く、のし上がっている人達を陥れようとしているのが裕太という人なのだ。
「多分、俺らを落とすために「夜」を引き入れようとするか、それか……。」
遥人はそういってため息を付く。そういう人は何人も見てきた。そして例外なく、そういう人はこの世界から消える。自分が手を下さなくても、勝手に消えるのだ。
「いつか言われたことがある。」
一馬はぽつりと昔加藤啓介に言われたことを口にした。
「「二藍」は良いバンドだと思う。努力をして良いモノを生み出そうとしているのも、その結果ファンがどんどん増えているのも目を見張るモノがあると。しかしその分、汚いことをしていないので騙されることもあると。上り詰めると引き下ろそうとする輩が出てくるのだと。だから汚いことも出来るようにしないといけないと。」
汚いこととはどういうことだろう。自分たちより勢いのあるバンドが出てきたときに、それを下ろすような真似をすることだろうか。天草裕太がしたように、翔の演奏するコードに仕込みをして火を出したり、大事な人を危機に陥れるようなことだろうか。純はそう思ってその考えを払拭した。そんなことをしたくない。そんなことをしてまで上に上り詰めないといけないことも無いのだから。
「俺さ。アイドルグループにいたとき、すげぇ言われたよ。「あいつなんでデビュー出来るんだ」とか「社長に体を使ってるんじゃ無いか」とか「親のコネ」とか。そう言われても根も葉もないことじゃん。親は確かに面接の時に一緒に来たよ。母親がさ。でもそれ以来会ってないって言ってたし、俺、社長に体を使ってまでデビューをしたいとは思わなかったし。」
「……。」
「汚い真似ってのがなんなのかはわからない。でもその天草裕太みたいに、他人を落としてまでやることじゃないってのはわかってるだろう。」
「あぁ。」
一馬はそう言って頷いた。
「でもさ。思うよ。俺らもう三十代じゃん。もし俺らより若くて、実力があって、人気が出るようなバンドが同じようなジャンルで出てきたら……俺らおっさん扱いになって、人気が下火になるんじゃ無いか。勢いが無くなるんじゃ無いのか。」
それは誰もが思うことだろう。そして思い詰めると、そのバンドを下ろそうと思ってしまうのだろうか。
「海外のバンドはさ……。」
遥人は少し思いだしたように言う。
「四十年、五十年バンドをしているヤツもいるわけじゃん。」
「あぁ。」
「神格化されててさ。あのバンドっていったら誰でも曲のタイトルが口に出来るようなバンド。」
「あぁ。」
「人気が落ち目になっても固定のファンがずっと付いていて、ライブはいつも満員御礼でさ。」
「……。」
「俺らもそうなれば良いと思うよ。後々は、海外でライブしたいと思うし。」
「海外か……。」
海外のフェスで演奏する。それは一馬も思っていたことだった。遠い夢だと思っていたが、もしかしたらこの五人であれば……いや、沙夜も含めた六人であれば、それも夢では無いかもしれない。
そのためには、今は目の前の音に手を抜かないようにしたい。そしていつか、そういう世界へ行きたいと思う。それは自分たちだけの夢では無く、「二藍」としての夢となりそうだった。
だし昆布を土鍋に入れて水を張り、そのまま放置しておく。その間にポン酢を作っておこう。西川辰雄の所から貰ったゆずを手にして、それを半分にしていく。そしてそれを搾っていると、芹が台所にやってきた。
「もう作ってたのか。」
「あなたは今日は良いわよ。仕事があるんじゃ無い?済ませたあとに鍋を食べるって言ってたじゃ無い。」
「ううん。もう終わったから。」
資料を集めて、まとめるだけだ。本格的に書いていくのは明後日からでも良いだろう。明日はデートをするのだ。沙夜の好みに合わせていたが、自分の好みも聞いて欲しいとずっとプランを立てていたのを実行する。やっと二人になれるのだ。
「だったらこれを絞ってくれる?」
「あぁ。」
相変わらずポン酢すら手作りなのだ。確かにそっちの方が美味しいに決まっているが、手間になるだろう。
「届け物だって。」
そう言って翔がリビングに箱を持ってきた。それはおそらく缶ビールの箱なのだろう。
「夏目さんね。そんなにビールばかり飲まないだろうに。」
「余ったら持って帰らせよう。」
そう言って翔はふと台所を見る。そこには当然のように芹がエプロンを付けて手を洗っていた。
わかっている。それが自然なのだ。翔はそう思いながらビールの箱を開けると、冷蔵庫に一つ一つ入れていった。すると沙夜が声を上げる。
「五本くらいで良いわよ。」
「え?」
「飲まない人もいるんだから、出してまた入れる。そうした方が良いんじゃ無いのかしら。それに花岡さんは日本酒を持ってくると言っていたし。」
「そっか……そうするよ。」
「あ、ねぇ。翔。」
「ん?」
「この間のお土産で買ってきたビールも冷やしましょうよ。」
「あぁ、地ビールね。良いよ。」
芹に味見して欲しいとビールを買ったのだ。それをまだ芹は飲んでいない。
「ビールなんてあまり味が変わらないだろう。」
「それがそうでも無いんだ。」
翔がそう言うと、沙夜も少し頷いた。
「違う飲み物みたいに思えるわ。」
「ふーん。」
全国各地を回っていた時期があった。その時にそのビールを飲んだことはあるが、あまり味が変わらない感じがしていたのだ。まぁ、その時はあまり食事なんかにもこだわっていなかったし、味覚が鈍っていたのかもしれない。今は違う味に思えるのだろうか。
そう思っていたときだった。芹の後ろポケットに入れてあった携帯電話が鳴る。ゆずを置いて携帯電話を取り出すと、芹は台所を離れた。
「もしもし?あぁ……良いよ。どうしたんだ。うん……。」
いつもと口調が違う。何か違う相手なのだろうか。沙夜はそう思いながら野菜を切っていた。だがその一つ一つを聞くことは無いのだ。それでも少しもやっとしたモノがある。そうやって我慢をするのが恋人の形なのだろうか。そう思っていたのだ。
「悪い。沙夜。少し出てくるわ。」
「どうしたんだ。芹。」
「ちょっと近くに知り合いが来てるんだよ。話をしに行って来る。」
知り合いというのは誰なんだろう。沙夜は少し不安そうに芹を見る。だが芹は自分の部屋へ行ってしまった。ジャンパーを取りに行ったのだろう。
芹が玄関を出て行った音がする。ずいぶん慌てていたようだった。その様子に沙夜は不安そうな顔をする。それを見て翔が台所に入ってきた。
「俺が芹の代わりにするよ。」
「あぁ。だったらお願いね。これ、全部絞って良いから。その前にエプロンを付けて手を洗ってね。」
その時リビングに入ってきたのは、沙菜だった。不思議そうな顔をして二人を見ている。
「さっき芹が凄い勢いで出て行ったわよ。何かあったの?」
その言葉に翔は少し笑いながら、沙夜の方を見る。だが沙夜はいつも通りだった。
「沙菜は掃除が終わった?」
「うん。まぁ、恥ずかしくない程度に掃除はしていると思うけど。」
「あとで見るよ。あぁ、そうだ。そろそろコインランドリーが良い頃だ。持ってきてくれるかな。」
さすがに洗濯物が庭に干しているのを四人に見られたくないと思って、今日の分の洗濯物を近くのコインランドリーで乾かしていたのだ。
「OK。乾いたのはどこに置けば良いかしら。」
「とりあえず……。」
翔が沙菜と話している間、沙夜は不安を隠せなかった。知り合いとは何だろう。まだ知らない芹の顔があるような気がして、沙夜は不安を隠せなかった。
その話を聞いて純はため息を付いた。
「それ、本当なら危ないところだったな。」
金に困っている。そのためなら何でもするのだろう。そして自分の地位を固持したいと思っている。そのためには自己努力では無く、のし上がっている人達を陥れようとしているのが裕太という人なのだ。
「多分、俺らを落とすために「夜」を引き入れようとするか、それか……。」
遥人はそういってため息を付く。そういう人は何人も見てきた。そして例外なく、そういう人はこの世界から消える。自分が手を下さなくても、勝手に消えるのだ。
「いつか言われたことがある。」
一馬はぽつりと昔加藤啓介に言われたことを口にした。
「「二藍」は良いバンドだと思う。努力をして良いモノを生み出そうとしているのも、その結果ファンがどんどん増えているのも目を見張るモノがあると。しかしその分、汚いことをしていないので騙されることもあると。上り詰めると引き下ろそうとする輩が出てくるのだと。だから汚いことも出来るようにしないといけないと。」
汚いこととはどういうことだろう。自分たちより勢いのあるバンドが出てきたときに、それを下ろすような真似をすることだろうか。天草裕太がしたように、翔の演奏するコードに仕込みをして火を出したり、大事な人を危機に陥れるようなことだろうか。純はそう思ってその考えを払拭した。そんなことをしたくない。そんなことをしてまで上に上り詰めないといけないことも無いのだから。
「俺さ。アイドルグループにいたとき、すげぇ言われたよ。「あいつなんでデビュー出来るんだ」とか「社長に体を使ってるんじゃ無いか」とか「親のコネ」とか。そう言われても根も葉もないことじゃん。親は確かに面接の時に一緒に来たよ。母親がさ。でもそれ以来会ってないって言ってたし、俺、社長に体を使ってまでデビューをしたいとは思わなかったし。」
「……。」
「汚い真似ってのがなんなのかはわからない。でもその天草裕太みたいに、他人を落としてまでやることじゃないってのはわかってるだろう。」
「あぁ。」
一馬はそう言って頷いた。
「でもさ。思うよ。俺らもう三十代じゃん。もし俺らより若くて、実力があって、人気が出るようなバンドが同じようなジャンルで出てきたら……俺らおっさん扱いになって、人気が下火になるんじゃ無いか。勢いが無くなるんじゃ無いのか。」
それは誰もが思うことだろう。そして思い詰めると、そのバンドを下ろそうと思ってしまうのだろうか。
「海外のバンドはさ……。」
遥人は少し思いだしたように言う。
「四十年、五十年バンドをしているヤツもいるわけじゃん。」
「あぁ。」
「神格化されててさ。あのバンドっていったら誰でも曲のタイトルが口に出来るようなバンド。」
「あぁ。」
「人気が落ち目になっても固定のファンがずっと付いていて、ライブはいつも満員御礼でさ。」
「……。」
「俺らもそうなれば良いと思うよ。後々は、海外でライブしたいと思うし。」
「海外か……。」
海外のフェスで演奏する。それは一馬も思っていたことだった。遠い夢だと思っていたが、もしかしたらこの五人であれば……いや、沙夜も含めた六人であれば、それも夢では無いかもしれない。
そのためには、今は目の前の音に手を抜かないようにしたい。そしていつか、そういう世界へ行きたいと思う。それは自分たちだけの夢では無く、「二藍」としての夢となりそうだった。
だし昆布を土鍋に入れて水を張り、そのまま放置しておく。その間にポン酢を作っておこう。西川辰雄の所から貰ったゆずを手にして、それを半分にしていく。そしてそれを搾っていると、芹が台所にやってきた。
「もう作ってたのか。」
「あなたは今日は良いわよ。仕事があるんじゃ無い?済ませたあとに鍋を食べるって言ってたじゃ無い。」
「ううん。もう終わったから。」
資料を集めて、まとめるだけだ。本格的に書いていくのは明後日からでも良いだろう。明日はデートをするのだ。沙夜の好みに合わせていたが、自分の好みも聞いて欲しいとずっとプランを立てていたのを実行する。やっと二人になれるのだ。
「だったらこれを絞ってくれる?」
「あぁ。」
相変わらずポン酢すら手作りなのだ。確かにそっちの方が美味しいに決まっているが、手間になるだろう。
「届け物だって。」
そう言って翔がリビングに箱を持ってきた。それはおそらく缶ビールの箱なのだろう。
「夏目さんね。そんなにビールばかり飲まないだろうに。」
「余ったら持って帰らせよう。」
そう言って翔はふと台所を見る。そこには当然のように芹がエプロンを付けて手を洗っていた。
わかっている。それが自然なのだ。翔はそう思いながらビールの箱を開けると、冷蔵庫に一つ一つ入れていった。すると沙夜が声を上げる。
「五本くらいで良いわよ。」
「え?」
「飲まない人もいるんだから、出してまた入れる。そうした方が良いんじゃ無いのかしら。それに花岡さんは日本酒を持ってくると言っていたし。」
「そっか……そうするよ。」
「あ、ねぇ。翔。」
「ん?」
「この間のお土産で買ってきたビールも冷やしましょうよ。」
「あぁ、地ビールね。良いよ。」
芹に味見して欲しいとビールを買ったのだ。それをまだ芹は飲んでいない。
「ビールなんてあまり味が変わらないだろう。」
「それがそうでも無いんだ。」
翔がそう言うと、沙夜も少し頷いた。
「違う飲み物みたいに思えるわ。」
「ふーん。」
全国各地を回っていた時期があった。その時にそのビールを飲んだことはあるが、あまり味が変わらない感じがしていたのだ。まぁ、その時はあまり食事なんかにもこだわっていなかったし、味覚が鈍っていたのかもしれない。今は違う味に思えるのだろうか。
そう思っていたときだった。芹の後ろポケットに入れてあった携帯電話が鳴る。ゆずを置いて携帯電話を取り出すと、芹は台所を離れた。
「もしもし?あぁ……良いよ。どうしたんだ。うん……。」
いつもと口調が違う。何か違う相手なのだろうか。沙夜はそう思いながら野菜を切っていた。だがその一つ一つを聞くことは無いのだ。それでも少しもやっとしたモノがある。そうやって我慢をするのが恋人の形なのだろうか。そう思っていたのだ。
「悪い。沙夜。少し出てくるわ。」
「どうしたんだ。芹。」
「ちょっと近くに知り合いが来てるんだよ。話をしに行って来る。」
知り合いというのは誰なんだろう。沙夜は少し不安そうに芹を見る。だが芹は自分の部屋へ行ってしまった。ジャンパーを取りに行ったのだろう。
芹が玄関を出て行った音がする。ずいぶん慌てていたようだった。その様子に沙夜は不安そうな顔をする。それを見て翔が台所に入ってきた。
「俺が芹の代わりにするよ。」
「あぁ。だったらお願いね。これ、全部絞って良いから。その前にエプロンを付けて手を洗ってね。」
その時リビングに入ってきたのは、沙菜だった。不思議そうな顔をして二人を見ている。
「さっき芹が凄い勢いで出て行ったわよ。何かあったの?」
その言葉に翔は少し笑いながら、沙夜の方を見る。だが沙夜はいつも通りだった。
「沙菜は掃除が終わった?」
「うん。まぁ、恥ずかしくない程度に掃除はしていると思うけど。」
「あとで見るよ。あぁ、そうだ。そろそろコインランドリーが良い頃だ。持ってきてくれるかな。」
さすがに洗濯物が庭に干しているのを四人に見られたくないと思って、今日の分の洗濯物を近くのコインランドリーで乾かしていたのだ。
「OK。乾いたのはどこに置けば良いかしら。」
「とりあえず……。」
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