185 / 580
サンドイッチ
184
しおりを挟む
飛行機の席で沙夜の隣は翔が座った。そしてその隣には純が乗っている。その後ろの席に治、遥人、一馬が乗っていた。やがて離陸して、少し落ち着くと飲み物なんかを配られる。インスタントよりはましだというようなコーヒーを貰い、沙夜はその窓の外を見ている。純はライブの疲れと夕べが遅かったせいか、少し目を閉じて眠っているようだった。
「沙夜。」
おそらくほとんど眠れていない。なのに沙夜は眠ろうともしない。その様子に翔はイヤホンを取って、沙夜に声をかける。
「沙夜。」
「え?」
「気にした?」
「何が?」
「志甫のこと。」
「別に。」
コーヒーを口に入れて、その窓の外を見る。雲の上は天気が関係ないように真っ青な青い空だった。
「ただ、どうして何も話さないんだろうとは思ってた。目を合わせることも無かったわね。」
「叩いたんだ。DVだと言われても仕方が無いよ。」
「普段から叩いているならDVになるかもしれない。だけど一発だけでしょう。それにあの人の性格が今日会ったときと、そこまで変わらないのだったら翔がいらついて叩いたのもわかる気がする。」
「そっかな。」
他人の意見を聞かない人だ。おそらく歌っていたときもそうなのだろう。だからオーナーである英二も、他のスタッフも何も言わなかった。周りに意見を言う人間がいなくなると、自分の間違いが何だったのかと気がつくのが遅くなる。だから聞く耳というのは必要なのだ。音楽だけでは無く、他人の意見を聞く耳だ。
「……私もそう言うところがあるから。」
「そうかな。沙夜は人の意見に左右されまくっている気がするよ。」
「そう見える?」
「八方美人なところがある。だから……もっと自分の意見を持った方が良い。でも音楽に関しては違うんだね。」
すると沙夜はため息を付いて言った。
「小学生の頃からピアノ教室へ行ったわ。高校までその先生に習って、その先生にずっと言われていたのは、「コンチェルトには向いていない」って言うこと。」
オーケストラと一緒に合わせないといけないピアノ曲だ。みんなと一緒に演奏するというのが出来ないのが沙夜で、だから大学の時にコンチェルトの予選にも残らなかったのだろう。
「オーケストラだとそうかも知れないね。特に演奏する側と言うよりは、指揮者が指示を出してその通りに演奏をしないといけない。」
「だからピアニストには向いていなかったのよ。」
だから裏方に付こうとした。だが今日は違った。自分の気持ちも高揚していたからかもしれない。
「それでも……沙夜は少しずつ変わっていると思うよ。」
すると沙夜は翔の方を見た。
「どうして?」
「あの音楽に合わせて演奏をしていたんだ。既存の音に合わせてね。」
「……そうね。新しい音だったから。」
三線の音。はやす声。太鼓や小物の楽器の音。音程が合っているのか合っていないのかわからない笛の音。それが沙夜に新鮮だったのだ。だからそれに合わせて音を奏でてしまったのだ。それが高揚していたと言うことだろう。
「俺、もっと沙夜の演奏を聴きたいと思った。」
「……。」
「一緒に演奏が出来ればと思う。」
「駄目だと思う。」
沙夜はそう言ってまた外を見ていた。
「沙夜。」
「我が儘なのよ。それに合わせてくれる人なんか……。」
「「二藍」のメンバーはそれぞれが我が儘だよ。だけど、一つの音楽を作ろうと思っている。それだけは、変わらないんだ。だから解散もせずにこうやってツアーを出来ている。それと何が違うの?」
その言葉に沙夜の言葉が詰まった。翔の言うとおりだと思うから。
「あっちに帰ったら時間はある?」
「会社に行かないと。」
「だったらそのあとに。」
「……芹が食事に連れて行ってくれるらしいわ。」
「芹が?」
「今日は疲れているから、食事を外でしようと……。」
その言葉に芹らしいと思った。そしてそれに他意が無いことにほっとする。
「芹はそんなことを言っていたのか。沙菜も来るの?」
「だと思う……。」
そして沙夜ぐっと拳に力を入れて翔に言う。
「でも私は二人で居たいわ。」
「え?」
「芹と二人で居たい。」
その声が聞こえて、一馬は少しため息を付いた。ついに言ってしまったかと思ったのだ。
空港に着いて、六人はそのまままた預けている車に乗り込む。そして会社で五人を下ろすと、沙夜はそのまま会社に戻って行ってしまった。そのあとはみんな仕事であったり、もう家に帰る人もいる。
翔は飛行機を降りたときからぼんやりしたまま、ただキャリーケースを引いているだけに見えた。その様子に一馬が声をかける。
「翔。」
すると翔はふぬけたように一馬を見る。すると他の三人も翔の方を振り返った。
「どうしたんだ。翔。顔が真っ青だな。」
「疲れてるのか。」
隣でとんでもない話をされていたのに、純は本当に眠っていたのだろう。話を全く聞いていなかったようだ。
「俺……どうすれば良いんだろう。あの家から二人を追い出せば良いのかな。見たくない、出て行けって言えば良いのかな。それでも沙夜とはずっと顔を合わせるのに。」
その言葉に三人は顔を見合わせる。そしてやっと何があったのかと理解したようだった。翔が振られたのだと。
沙夜に翔が気があることは誰でもわかることだ。
「なぁ、仕事があるヤツって何時から?」
治がそう聞くと、遥人は携帯電話を見て言う。
「俺、夜から。」
「一馬は?」
「もう少し時間はあるな。練習だから、まぁ……慌てて行くことは無いが。」
「少しお茶でもしていかないか。そうじゃないと……。」
翔が死にそうな顔をしている。治はそれを心配したのだ。
「ったく、失恋くらいで死んでたら命がいくつあっても足りないだろうに。」
遥人はそう言うと、翔は少し笑って言う。
「本気だったから。」
「本気じゃ無い恋愛なんか無いだろう。」
遥人はそう言うと、一馬の方を見た。
「……翔はずっと本気だったのは、こっちからでもわかる。翔。悪かったな。」
すると翔は驚いたように一馬の方を見た。
「沙夜さんが悩んでいたのを偉そうに口を出したのは俺だ。このまま沙夜さんが何もかもを隠して、お前に隠しながら本当の気持ちを押し込んでいるのが辛そうだったから。」
「……一馬は、一馬で気を遣ってくれていたんだよな。」
治がそう言うと、一馬も少し頷いた。
「けれど、沙夜さんがお前に気を遣って「二藍」の担当を辞めると言い出したら、お前のせいだってなるけどな。」
遥人が意地悪そうにそう言うと、翔は首を横に振る。
「そんなことはさせない。俺……一度で良いんだ。沙夜と一緒に演奏をしたいと思うから。」
「え?」
「あの楽器屋での演奏を聴いただろ。俺、あの演奏と一緒に演奏をしたいと思う。」
無理をしているように見えた。だが翔は翔でこうやって乗り越えようとしているのだ。
「俺もしたい。沙夜さんのピアノで歌ってみたいと思う。」
「じゃあ、俺はダブルベースかな。」
「アコギを持ってくるよ。」
「カホンをこの前買ってさぁ……どっかスタジオを借りれないかなぁ。」
治がそう言うと、遥人は少し笑って言う。
「その前にみんなの時間が合うときじゃないと出来ないよな。そういう事。」
音楽で忘れさせようとしている。そのみんなの気遣いが嬉しかった。
それでも今日はきっと眠れない。長距離の移動、ライブ、打ち上げなどがあって体は疲れているのに、きっと今日は眠れないだろう。
「沙夜。」
おそらくほとんど眠れていない。なのに沙夜は眠ろうともしない。その様子に翔はイヤホンを取って、沙夜に声をかける。
「沙夜。」
「え?」
「気にした?」
「何が?」
「志甫のこと。」
「別に。」
コーヒーを口に入れて、その窓の外を見る。雲の上は天気が関係ないように真っ青な青い空だった。
「ただ、どうして何も話さないんだろうとは思ってた。目を合わせることも無かったわね。」
「叩いたんだ。DVだと言われても仕方が無いよ。」
「普段から叩いているならDVになるかもしれない。だけど一発だけでしょう。それにあの人の性格が今日会ったときと、そこまで変わらないのだったら翔がいらついて叩いたのもわかる気がする。」
「そっかな。」
他人の意見を聞かない人だ。おそらく歌っていたときもそうなのだろう。だからオーナーである英二も、他のスタッフも何も言わなかった。周りに意見を言う人間がいなくなると、自分の間違いが何だったのかと気がつくのが遅くなる。だから聞く耳というのは必要なのだ。音楽だけでは無く、他人の意見を聞く耳だ。
「……私もそう言うところがあるから。」
「そうかな。沙夜は人の意見に左右されまくっている気がするよ。」
「そう見える?」
「八方美人なところがある。だから……もっと自分の意見を持った方が良い。でも音楽に関しては違うんだね。」
すると沙夜はため息を付いて言った。
「小学生の頃からピアノ教室へ行ったわ。高校までその先生に習って、その先生にずっと言われていたのは、「コンチェルトには向いていない」って言うこと。」
オーケストラと一緒に合わせないといけないピアノ曲だ。みんなと一緒に演奏するというのが出来ないのが沙夜で、だから大学の時にコンチェルトの予選にも残らなかったのだろう。
「オーケストラだとそうかも知れないね。特に演奏する側と言うよりは、指揮者が指示を出してその通りに演奏をしないといけない。」
「だからピアニストには向いていなかったのよ。」
だから裏方に付こうとした。だが今日は違った。自分の気持ちも高揚していたからかもしれない。
「それでも……沙夜は少しずつ変わっていると思うよ。」
すると沙夜は翔の方を見た。
「どうして?」
「あの音楽に合わせて演奏をしていたんだ。既存の音に合わせてね。」
「……そうね。新しい音だったから。」
三線の音。はやす声。太鼓や小物の楽器の音。音程が合っているのか合っていないのかわからない笛の音。それが沙夜に新鮮だったのだ。だからそれに合わせて音を奏でてしまったのだ。それが高揚していたと言うことだろう。
「俺、もっと沙夜の演奏を聴きたいと思った。」
「……。」
「一緒に演奏が出来ればと思う。」
「駄目だと思う。」
沙夜はそう言ってまた外を見ていた。
「沙夜。」
「我が儘なのよ。それに合わせてくれる人なんか……。」
「「二藍」のメンバーはそれぞれが我が儘だよ。だけど、一つの音楽を作ろうと思っている。それだけは、変わらないんだ。だから解散もせずにこうやってツアーを出来ている。それと何が違うの?」
その言葉に沙夜の言葉が詰まった。翔の言うとおりだと思うから。
「あっちに帰ったら時間はある?」
「会社に行かないと。」
「だったらそのあとに。」
「……芹が食事に連れて行ってくれるらしいわ。」
「芹が?」
「今日は疲れているから、食事を外でしようと……。」
その言葉に芹らしいと思った。そしてそれに他意が無いことにほっとする。
「芹はそんなことを言っていたのか。沙菜も来るの?」
「だと思う……。」
そして沙夜ぐっと拳に力を入れて翔に言う。
「でも私は二人で居たいわ。」
「え?」
「芹と二人で居たい。」
その声が聞こえて、一馬は少しため息を付いた。ついに言ってしまったかと思ったのだ。
空港に着いて、六人はそのまままた預けている車に乗り込む。そして会社で五人を下ろすと、沙夜はそのまま会社に戻って行ってしまった。そのあとはみんな仕事であったり、もう家に帰る人もいる。
翔は飛行機を降りたときからぼんやりしたまま、ただキャリーケースを引いているだけに見えた。その様子に一馬が声をかける。
「翔。」
すると翔はふぬけたように一馬を見る。すると他の三人も翔の方を振り返った。
「どうしたんだ。翔。顔が真っ青だな。」
「疲れてるのか。」
隣でとんでもない話をされていたのに、純は本当に眠っていたのだろう。話を全く聞いていなかったようだ。
「俺……どうすれば良いんだろう。あの家から二人を追い出せば良いのかな。見たくない、出て行けって言えば良いのかな。それでも沙夜とはずっと顔を合わせるのに。」
その言葉に三人は顔を見合わせる。そしてやっと何があったのかと理解したようだった。翔が振られたのだと。
沙夜に翔が気があることは誰でもわかることだ。
「なぁ、仕事があるヤツって何時から?」
治がそう聞くと、遥人は携帯電話を見て言う。
「俺、夜から。」
「一馬は?」
「もう少し時間はあるな。練習だから、まぁ……慌てて行くことは無いが。」
「少しお茶でもしていかないか。そうじゃないと……。」
翔が死にそうな顔をしている。治はそれを心配したのだ。
「ったく、失恋くらいで死んでたら命がいくつあっても足りないだろうに。」
遥人はそう言うと、翔は少し笑って言う。
「本気だったから。」
「本気じゃ無い恋愛なんか無いだろう。」
遥人はそう言うと、一馬の方を見た。
「……翔はずっと本気だったのは、こっちからでもわかる。翔。悪かったな。」
すると翔は驚いたように一馬の方を見た。
「沙夜さんが悩んでいたのを偉そうに口を出したのは俺だ。このまま沙夜さんが何もかもを隠して、お前に隠しながら本当の気持ちを押し込んでいるのが辛そうだったから。」
「……一馬は、一馬で気を遣ってくれていたんだよな。」
治がそう言うと、一馬も少し頷いた。
「けれど、沙夜さんがお前に気を遣って「二藍」の担当を辞めると言い出したら、お前のせいだってなるけどな。」
遥人が意地悪そうにそう言うと、翔は首を横に振る。
「そんなことはさせない。俺……一度で良いんだ。沙夜と一緒に演奏をしたいと思うから。」
「え?」
「あの楽器屋での演奏を聴いただろ。俺、あの演奏と一緒に演奏をしたいと思う。」
無理をしているように見えた。だが翔は翔でこうやって乗り越えようとしているのだ。
「俺もしたい。沙夜さんのピアノで歌ってみたいと思う。」
「じゃあ、俺はダブルベースかな。」
「アコギを持ってくるよ。」
「カホンをこの前買ってさぁ……どっかスタジオを借りれないかなぁ。」
治がそう言うと、遥人は少し笑って言う。
「その前にみんなの時間が合うときじゃないと出来ないよな。そういう事。」
音楽で忘れさせようとしている。そのみんなの気遣いが嬉しかった。
それでも今日はきっと眠れない。長距離の移動、ライブ、打ち上げなどがあって体は疲れているのに、きっと今日は眠れないだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる