触れられない距離

神崎

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サンドイッチ

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 焦げ臭い匂いがして、芹は目を覚ました。そして慌てて布団から起き上がると部屋を出てすぐにリビングへ向かう。すると換気扇がぶんぶん回っているのにその辺が煙りだらけだった。火事にでもなったかと思ったが、その台所には沙菜がいて、トースターから黒焦げたトーストを取りだしている。
「けほけほ。なんでこうなったのかなぁ……。」
「沙菜。何してんだよ。」
「あ、おはよ。パン焼きたいと思ってたのに、何でこうなったの?」
「こっちが聞きたいよ。良いからお前こっちに居ろ。」
 沙菜を押しのけて台所に入ると、トースターからパンを取り出す。するともう炭になっている食パンが出てきた。
「お前なぁ……。」
 すると焦げ臭い匂いはそれだけでは無いことに気がつく。後ろを見ると、フライパンから煙が出ていた。
「危ねぇ。」
 そういってフライパンにかかっているガス火を止めた。蓋をされているそれを取ると、これは何だったんだという丸い物体と細長い物体が出てきた。おそらく卵とウィンナーか何かだったのだろう。だがそれも炭になっている。それもフライパンにこびりついて取れそうに無い。
「油を引いたのか。」
「油?これってほら、あれじゃ無いの?ほら油を引かなくてもつるんって落ちる……。」
「そんな加工は何回か使ったら取れるの。油ちゃんと引いてやれよ。それからパンは何分火を入れたんだよ。」
「えーっと十分くらい。」
「冷凍でもそんなに火を入れなくても良いんだから。」
 本当に何も出来ないんだな。芹はそう思いながら炭になったモノを洗い始めた。
「何でこんなことをしようと思ったんだよ。お前台所に立ったこと無いのに。」
 窓を開け放して煙を出している沙菜は、台所に立っている芹を見て言う。
「……だってさ、芹いつもの時間になっても起きなかったじゃん。お腹空いたし、あたしでも出来ることって思って。」
「だったら起こしに来いよ。お前が台所に立つと火事になる。ここは翔の家なんだから。」
 すると沙菜はぷっと頬を膨らませた。
「あたしが芹の部屋に入ったら、姉さんに悪いじゃん。」
「別に悪くねぇよ。あいつだって今翔と同じホテルに泊まってんだし。」
「あぁーっ!やきもちだ。」
 からかうように沙菜が言うと、芹は少し顔を赤らませて言う。
「悪いかよ。」
 芹の目が赤い。それはよく眠れなかった証拠だろう。自分たちが目に止まらないところで沙夜が何をされているか想像するだけで腹が立つのだろう。あれだけあからさまに沙夜が好きなのだ。同じホテルで、別の部屋だとは言っても沙夜の部屋に翔がやってきても誰も何も言わない環境なのだ。手を出さないわけが無い。
「夕べさ。姉さんから連絡があったの?」
「……あったよ。「二藍」のメンバーに気づかれちゃったな。」
「何?姉さんのこと?」
「違う。仕事のこと。」
 フライパンを洗い終わり、芹はいったん自分の部屋に戻り、雑誌を一冊持ってきた。それを沙菜に見せる。
「それ、俺が書いてる文章がある。」
「作詞家の他にライターもしているって言ってたわね。音楽ライターなの?」
「うん。その後ろの方に連載してるんだ。「草壁」って名前で。」
 すると沙菜は興味が無さそうにその雑誌を見る。そして最後の方のページを見て目を丸くした。「草壁」の名前で文章が載っているが、その題材に驚いたのだ。
「これって「JACK-O'-LANTERN」の記事じゃん。」
「そう。それ書いたの俺。」
 少し前の号だったか。芹はそう思いながら卵を取り出す。そしてウィンナーは無くなってしまったのでベーコンも一緒に焼こうと思っていた。
「凄い言いようね。紗理那が悔しがりそうな。」
「悔しがるくらいならもっと実力を付けたら良いのに。学芸会かよって思ったから。そのバンド。」
 文章を読み進めても、言葉は悪いが的確なことを書いていると思う。沙菜も紗理那が歌っているからと聴いたことがあるが、どことなくバラバラな感じがして嫌だったのだ。
「サンドイッチにするか。お前、あまり時間が無いんだろう。」
「うん。でも夕方には上がれる。今日、ご飯食べに行くんでしょう?」
「あぁ。沙夜のことだから疲れてても無理して料理しそうだと思ったけど、無理させたくないから。」
「優しいよね。芹って。ねぇ。この雑誌でまだ連載しているの?」
「あぁ。まだ切られる気配は無いな。それどころか新しい雑誌でまた書いてくれって依頼が来てさ。」
「そんなに稼いで本格的に、姉さんを貰いたいと思ってんの?」
「嫁に?うん。貰いたいな。」
 本気なのだ。そう思って沙菜は少し咳払いをする。
「その前にやることがあるじゃん。」
「何?」
「翔に言って、ここを出ないといけないんじゃ無い?姉さんが出るかって言われると微妙だけど。」
 ここでの生活が気に入っている。沙夜がそれを捨てて、沙菜も捨てて、ここを出る覚悟があるとは思えなかった。

 コーヒーやスープなど、熱いモノを飲む度に翔は顔をゆがめる。それを遥人は面白そうに見ていた。
「滲みるなぁ。くそ。」
「自業自得。」
 そう言って遥人はコーヒーを口にしていた。夕べ、翔は食事にみんなで行ったあと部屋に戻らずに、忘れ物があると言ってもう一度エレベーターに乗り込んでいったのだ。そして翔が帰ってきたとき、大きなため息と口元に血の跡があった。それは思いっきり舌を噛まれたらしい。
 相手は沙夜だった。無理矢理キスをしたのだ。それを放すために、沙夜は思わず翔の舌を噛み、ひるんだところで部屋を追い出したのだという。
 だからだろう。この朝食会場でバイキング形式の食事でも温かいモノは舌に滲みるらしい。それらを口にする度に翔は顔をゆがめていた。だがそれでもかまわないと思っていた。沙夜とキスが出来たと言うだけで嬉しかったから。
「沙夜さんは凄い抵抗してたんじゃ無いのか。」
「してた。」
「そのまま寝れば良かったのに。」
「これ以上傷が増えてもなぁ……。」
 朝食会場は大きな広間にある。だから別の客もいるのだが、翔と遥人が向かい合って食事をしているのを見て、ひそひそと何か話をしている。それは二人がゲイカップルだという噂のたまものだろう。まだその噂は続いているのだ。
「よう。二人とも早いな。」
 大きな声がして、振り向くとそこには食事をトレーに載せた治がいる。
「あれ?一人?」
 遥人がそう聞くと、治はトレーを遥人の隣に置いてその席に座る。
「一馬は走ってから来るって言ってたな。純は頭が痛いってよ。」
「調子に乗って焼酎に口を付けてたからなぁ。」
 焼酎を水で割り、この土地特有の柑橘を一絞りするとぐっと焼酎も飲みやすくなる。それを純は口に付けていたのだ。おかげで二日酔いらしい。
「朝飯食べないなら、スポーツドリンクとかだけでも飲んでおいた方が良いのにな。」
 すると治は持ってきた大盛りのご飯に箸を付けた。二人が洋食なのに、治はかたくなに和食なのだ。味噌汁と、ご飯。それに魚、卵焼き、漬物など。その割には夕べ沙夜が言っていたとろとろのオムレツは外せなかったらしく、卵焼きとオムレツで卵がかぶっている。
「沙夜さんは?」
「俺らが来たときにはもう出て言ってたよ。あの様子じゃあまり寝れてないな。」
「ゆっくり休んだ方が良いっていったのに。」
 治はそう言って味噌汁に口を付けた。すると翔は気まずそうにスープに口を付けてまた顔をゆがめた。
「ん?翔。口内炎か何かが出来たのか?ほら、野菜沢山取れよ。ビタミンCが良いらしいからさ。」
「そんな問題じゃ無いんだよな。」
 遥人の言葉に、治は不思議そうに翔を見ていた。
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