触れられない距離

神崎

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サンドイッチ

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 ホールの裏口から出て行く。舞台からはほど近くて助かった。だがそこは関係者用の駐車場になり、コンビニがあるのはそこから表通りへ行かないといけない。
「……。」
 密閉されたホールとは違い、外に出ると風がある。この辺は海からも近いらしく、潮の匂いがするようだ。それに空気が暖かい。
 昔、この土地では無くもっと離れたところの離島を舞台にした映画を観たことがある。その映画で人生とは走りっぱなしだと疲れるので、たまには立ち止まって休息をした方が良い。そう言っているように沙夜は感じていた。同じ映画を何度も観ることはあまり無いが、この映画だけは何度も繰り返し見ている。海の綺麗さ、波の音が、映画の内容よりも心に染み渡るようだったから。
 仕事では無く、プライベートでやってくるならきっと買い物や遊びなどはせずに、あの映画のようにのんびりと浜辺で座って海を見ているかもしれない。そしてその隣には芹が居ればなお良い。
 沙夜はそう思いながら、表通りに出た。
 表通りには正面入り口があり、その脇には駐車場がある。そして地下にも駐車場があるのは、この土地では電車の路線が無いからだ。移動手段はバスか車しか無い。空港から町へ来るのにはモノレールが通っているが、あくまで空港から町までのモノしか無いのだ。
 だから地元の人はみんな車を持っている。だから駐車場も大きいのだろう。
 そのホールの入り口にはイベント開催の告知がしてある掲示板がある。割とこの土地は演奏会やライブが多い。おそらく町の方にはライブハウスが点在しているはずだ。何かあれば駆け込めるようにしている会社と提携している楽器店もこの近くにあるし、それに頼らなくても楽器店は割と点在している。つまり、この土地は割と音楽が根付いている土地なのだろう。
 だから町中でも音楽が流れている。この土地特有の音階で、はやし立てるような声は特徴的だと思った。ただ、何を言っているかはわからないので本当に外国の言葉を聞いているようだ。
 ふと会場の入り口を見る。すると見覚えのあるシャツを着た女性が会場の中に入っていった。この会場の入り口にはお店が点在していて、中でお茶をしたり軽食を食べたりすることが出来る。おそらくあのシャツは「二藍」のツアーグッズだ。時間までに中で時間を潰そうと思っているのだろう。
 コンビニは通りを挟んで向こう側にある。沙夜は横断歩道で信号を待っていた。その間にも向こうから来た女性は、同じようなシャツを着ていたりタオルを持っていたりする。こうなってくると「二藍」のファンは女性が多いように見えるが、実は男性の姿も結構見るし、往年のハードロックファンの姿もある。ただやはり女性が多いのは否めない。それはやはり姿から入る人が多いからだろう。
 ある程度の姿というのは確かに必要だ。だが五人はアイドルでは無い。一番若い一馬と翔ですらもう三十代なのだから、アイドルと言うには籐が立っている。やはり音で勝負するしか無いのだ。そのためならパシリでも何でもしてやろうと思う。
 それが自分が存在する意義なのだから。
 信号が青に変わり、沙夜はその女性達を尻目にコンビニがある反対の通りへ向かう。そして駐車場を抜けて、店内に入った。
 全国各地にコンビニはあるが、南の離島だから特別というわけでは無い。入っている商品も、店内のレイアウトも、音楽だって都会と変わらない。そう思いながら、沙夜はお菓子コーナーでのど飴を手にする。これは遥人のお気に入りだった。蜂蜜が入っていてとても甘ったるいが、喉の調子が格段に良くなるらしい。その分、他の飴よりも少し高めだが、どこのコンビニでも手に入りやすいのだ。
 そして水を買おうとドリンクコーナーへ向かった。その時だった。
 反対側から来ている女性に気がつかなかった。沙夜はその女性と思わずぶつかり、飴が床に落ちた。
「すいません。」
 そう言って飴の袋を拾おうとしたとき、その女性がその飴の袋を拾った。そして沙夜に手渡す。
「いいえ。こちらもぼんやりしていたから。」
 その女性を見て息が詰まるかと思った。その女性は髪を短くしたが、志甫の姿だったのだ。
「志……。」
 思わず名前を呼びそうになった。だが志甫は不思議な顔をして、沙夜を見ている。
「眼鏡、ずれてますよ。」
 そう言って志甫は沙夜を促した。すると沙夜は眼鏡を直して、頭を下げる。
「ありがとうございました。」
 動揺していた。その手が震えていたから。その様子に、志甫は不思議そうな顔をしている。だが声をかけることは無い。そう思いながら、ドリンクコーナーのドアを開けて水を手にした。
「……常温……なんか無いか。」
 気を取り直して、沙夜はそう言って周りを見渡す。すると志甫がまた沙夜の方へやってきた。
「常温の水を探しているんですか。」
「えぇ……ちょっと頼まれたんですけど……。」
「ちょっと待って。」
 そう言って志甫はレジへ向かうと、素早く店員にその旨を伝えた。すると一人の店員がレジから出てきて沙夜に聞く。
「銘柄はどれですか。」
「あ……これです。」
「用意出来ます。ちょっと待ってください。」
 そう言って店員はバックヤードへ行き、しばらくすると水を手にしてきた。
「これでいいですか。」
「ありがとうございます。」
 そう言った後、レジ前のおにぎりを見ていた志甫にも声をかける。
「ありがとうございます。」
「良いの。そののど飴。凄く効くのよね。」
「……そうみたいですね。私が使うんじゃ無いんですけど。」
 そう言われて志甫の目が少し戸惑った。だが沙夜はそれ以上話をしないように、レジへ向かうと支払いを済ませて店外へ行ってしまった。
 そして少し息をつくと、また横断歩道の方へ足を進める。さっさと戻らないといけない。そう思っていたときだった。
「ちょっと……。」
 後ろから声をかけられる。思わず振り返ると、そこには志甫の姿があった。
「どうしました。」
「……これ、あなたのモノじゃ無いの。」
 そう言われて沙夜は驚いてそれを受け取った。それは電子マネーのパスだった。それをどうやらかざしたときに忘れていたらしい。
「あ、ありがとうございます。」
「地元の人じゃ無いんでしょう。旅行かしら。」
「いいえ。あの……。」
 翔のことを考えると「二藍」のことを口に出して良いのか戸惑ってしまう。だがどう誤魔化せば良いのかわからない。
「そこのホールの関係者?」
「はぁ……。そんなモノです。」
 すると志甫は少し笑って言う。
「昔、あたしもここで歌ってたのに。」
「歌を?」
 初めて知ったように沙夜はそう聞くと、志甫は笑って言う。
「昔のこと。今は歌っていないんだけどね。」
「……。」
「もう歌いたくないから。」
 その言葉に沙夜は驚いたように志甫を見た。「紅花」で歌っていたのは、志甫の意にそぐわなかったと言うことなのだろうか。
「……歌いたくない?」
「何でも無いわ。それじゃあ、用事があるから、また。」
 こちらの人は、何の縁で再会するかわからない。だから「さよなら」とはあまり言わないのだ。
 それにしてもフレンドリーな人だ。「紅花」で歌っていたときとはイメージが違いすぎる。今の様子はどちらかというと翔から聞いたようなイメージが強い。
 どちらが本当の志甫なのだろう。いや、それよりももっと大きな問題がある。沙夜はそう思いながら、パスを財布の中に入れていた。
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