触れられない距離

神崎

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 空港から降りると、冬とは思えない暖かい風が六人を包んだ。さすがに南の島だけあると思う。飛行機から見える海もある程度近くに来るとぱっと海の色が変わったのは、この辺の海が綺麗だからだろう。
「海が見たいなぁ。」
「あぁ、泳ぎたい。」
 純と一馬はそれぞれの楽器を持って口々にそう言っていた。だがそんな暇は無いだろう。このままホールへ行って、楽器のセッティングやリハーサルをするのだから。
「ホテルは海の近くよ。夜の海と朝焼けくらいは見えるかもしれないわね。」
 特にホテルにこだわることは無いと思っていたが、会社と提携しているホテルがあるのだ。そこに予約を入れている。それもビジネスホテルなどでは無く、観光ホテルなのだ。写真を見る限り立派なホテルに見える。本来新婚旅行などで使われるような所なのだろう。
「一馬は新婚旅行って行ったって言ってたっけ。」
 治が聞くと、一馬は頷いた。
「記念だからな。普段はどちらも旅行なんかに行けるような時間は無いし、近場だが温泉へ行った。」
 一泊しかしない新婚旅行だったが、一馬も奥さんも満足していたように思える。普段はコーヒーを初めとした飲み物のことしか考えていない奥さんと、音楽のことしか考えていない一馬が純粋にお互いだけを見れる時間は貴重だったのだ。
「車を借りれたわ。行きましょう。」
 レンタカー会社から借りた車は少し大きめのバンで、いつも沙夜が会社から借りているバンとは違うがこれもまた楽器や他の荷物を載せて、尚且つ六人が乗っても余裕はある。
「ナビはどうするのかしら。」
 沙夜は運転席に乗ると、そのナビを動かし始めた。どんな車でも大体の位置は決まっているが、ナビはその車によって違う。それに試行錯誤していたのだ。
「ここだよ。」
 助手席に載った翔が器用にそれを動かし始めた。
「あぁ。そうね。ここから三十分で行けるわ。」
「今は地元のスタッフが設営しているんだっけ。」
「えぇ。」
 車が動き始めると、やはりいつもの土地とは全く様相が違う。観光地らしく、南国の花が咲き乱れ、行き交う人達も日に焼けて黒い肌をしているし、顔立ちも若干違う。沙夜や翔のように肌の色が白い人は一目で地元の人とは違うとわかるだろう。
「一馬ならこの土地にいても馴染むな。地元はこっちの方か?」
 若干顔の掘りが深く、肌も浅黒い一馬は確かにこちらの人と馴染むだろう。
「いや。わからないんだ。」
「え?」
「俺、あまり産みの両親のことはわからないから。」
 母親のことは若干覚えている。雨が降る夜に、一馬を今の育ての親がしている酒屋の前に置き去りにしたのだ。そのあと、死体で母親は見つかったらしい。父親に至っては誰なのかわからないが、おそらく○クザか何かの類いだろう。それでも一馬の所にその追っ手が来ることは無い。もう縁は切れているのだから。
「そっか。悪かったな。変なことを聞いて。」
 治はそう言うと一馬は首を横に振った。
「いいや。産みの両親には、生んでくれて感謝こそするがどんな顔だったかも覚えていないからな。それよりも正月に帰って行った両親が、内戦なんかやテロに巻き込まれない方が重要だと思う。」
「離れてるとわからないからな。俺も正月に帰って良かったよ。思ったよりも親が老けててさ。それでも子供の顔を見て凄い喜んでたわ。」
 そう言われて一馬の心が痛い。妻は意地になって妻の両親のところには行かないと言っていたが、親だって孫の顔くらいは見たいはずなのに。
「一馬さ。」
 遥人が後ろから声をかける。
「何だ。」
「また奥さんの両親のことで喧嘩したんだろ?」
 その言葉に一馬はため息を付いた。何もかもお見通しだったからだ。
「あいつ親のこととなると意地になるからな。」
「放っておけよ。」
「……。」
「所詮、他人の家族なんだから。」
 夫婦になっても結局他人なのだ。遥人はそう言っているように聞こえた。遥人は遥人で正月に何かあったのだろう。
「それよりも土産くらいは買える時間があるのかなぁ。」
 治がそういうとそとの景色を見る。観光客向けの通りがあり、そこではお土産屋さんなどが連なっていた。土地の菓子や酒、服などが飾られている。
「この辺は名残かなぁ。英語の看板も結構あるな。」
「占領地だったからな。その名残で、ほら。向こうの流れてきたモノかな。アロハシャツなんかもある。」
「ビンテージなんかもあるかなぁ。見てみたいわ。」
 遥人はそう言って信号で停まったその店先にあるアロハシャツを見ていた。翔はその辺がわからない。そんな派手なのを着ていても、自分にはピンとこなかったからだ。相変わらずファッション関係には疎いのだろう。
「明日のお昼の便で帰るから、その前ならぶらつけるだろ。」
 治はそういうと沙夜は少し笑って言う。
「夜も少しぶらつけるわ。でもそんな余裕があれば良いけど。」
「夜?」
「この辺は夜がとても遅いのよ。普通の店でも二十二時閉店とかはざらで、居酒屋に至っては朝までするのが平均なの。」
「マジか。それはすげぇな。K町みたいだ。でもK町よりは安全そうかな。」
 そうでも無いのだが。翔はそう思いながら、もし夜に町に出るようなことがあれば、沙夜を守りたいと思っていた。こんな時では無いと沙夜に男としてみてもらえないと思うから。
「だからライブで余力があれば、ホテルでの夕食をキャンセルしても良いと思っているんだけど、そうする?」
「そっちが良いなぁ。」
「だよな。俺、こっちの料理が気になるよ。」
 治はそう言うと、沙夜は頷いた。
「わかったわ。じゃあキャンセルしておくわね。でも本当に余力があれば良いわね。」
 まだツアー中盤なのだ。各地でライブをして、その日のうちに帰っている。いつもだったらその道すがらで食事を済ませたりしていて、食べれば新幹線の中や車の中で五人は爆睡していることが多い。疲れ果てているのだ。それだけライブに全力を尽くしているのかもしれない。
「だからってライブで手を抜くなよ。」
 治はそういうと沙夜は少し笑った。自分が言いたかったことを代弁してくれたからだ。

 ホールはこの辺でも大きいモノだろう。他のアーティストがライブに来ていたりするだけでは無く、地元の中学校や高校の演奏会、合唱コンクール、吹奏楽のコンクールなども開催される。
 建物の中は大ホール、中ホールの他にもリハーサル室、練習室など小分けにされていて、そのほとんどが音響が良い。
 その大ホールの中で五人は楽器の設置をしていた。すぐにリハーサルが始まるのだ。その様子を見ていた地元のイベンターが感心したように五人を見ていた。
「「二藍」って凄いですね。」
 ステージの設営をチェックしていた沙夜に、そのイベンターが近寄って沙夜に言う。やはり地元の人なのだろうか、肌が黒くて掘りが深い。昔一世を風靡した女性歌手にどことなく似ている感じのする若い女性だった。
「どうしてですか?」
「ほら、年末の歌番組に出るような歌手とかバンドって、全部がイベンター任せなんですよ。楽屋に引きこもっていたり、遊びに行ったりする人が多くて。でも自分たちで機材の設営もするなんて。」
「それが普通だと思ってました。」
 沙夜の下で楽屋でふんぞり返って、イベンターなんかに指示をするようなアーティストだったら尻を蹴り上げているところだ。天狗になるなと言うように。
 スピーカーにマイクを繋げて遥人がマイクを持つ。だが、少し首をかしげた。そして沙夜を呼ぶ。
「沙夜。あのさ。悪いけど、水を買ってきてくれないか。」
「水?あぁ。喉が渇いてる?」
「うん。あと、あれば良いけど、のど飴があれば良いんだけど。」
 まだステージはゴタゴタしている。翔のセッティングももう少しかかりそうだ。
「わかったわ。近くにコンビニがあったはずだから、そこで買うわ。のど飴もいつもので良いかしら。」
「悪いね。」
 他の四人はあまり飲むモノ、食べるモノなんかにはこだわらないが、遥人だけは何かこだわりがあるらしい。普段はそんな事は無いが、缶コーヒーなんかには決して口を付けず、水すらも銘柄はこだわっている。喉に関するモノなら尚更なのだ。
 それは父親がしていたことで、その背中を遥人は見ていたからかもしれない。
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