触れられない距離

神崎

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居酒屋

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 写真スタジオにてすでに翔のアルバムジャケットの仮撮影が終わり、パソコンの中にその画像が写されていた。それを見て沙夜は少し違和感を持つ。
「モノクロのジャケットにしますか。」
 沙夜はそうデザイナーに聞くと、女性デザイナーは首を横に振る。
「千草さんはそうなさりたいと言ってたんですけど、さすがにそれだとマネキンのようで。それに全く目立たなくなるから。」
「何かインディーズのCDのようになってしまいそうですね。」
「インディーズの方が、まだカラフルだと思いますよ。」
 その言葉に沙夜は少し笑う。だがこのままだと本当に地味だ。翔はステージでは本当に堂々としていて、ミスをしてもミスに感じないほどでそこの腕も良いのだろう。なのに、このジャケットでは目に付かない。「二藍」のファンで、尚且つ翔のファンなら手にするかもしれないが、初めてCDを見る人は手に取るかどうか微妙だ。
「悪くは無いんですけどね。」
 芹が詩集を出したとき、そのデザインなんかは全て出版社に任せたのだ。詩集の内容では文句を言っていたようだが、その外観にはノータッチだった。だからデザイナーが思うようにデザインをしたおかげで、渡摩季のイメージの通り地味な本になった。そのおかげで渡摩季の名前を知っていても、書店ではあまり手に取られなかったのだ。それが徐々に知られるようになり、異例のロングセラーになったのだと思う。
 もしもっと目立つモノだったら、もっと派手だったら、最初から手に取る人が多かったかもしれないと沙夜は思っていた。
「既存のファンだけを対象にしたようなそんな作品にしたいわけではないのでしょうが。」
「えぇ。確かにそうですね。」
 その時スタジオに翔がやってきた。黒いジャケットを脱いで、沙夜達があぁだこうだと言っている所に近づいてくる。
「仮撮影だけど、どうかな。」
「地味すぎるわ。千草さん。ジャケットは黒が良いの?喪服みたいよ。」
「それでいいと思う。あまり派手でもね。それに……限られた人が手に取ってくれるだけで良いと思う。音楽的にも、多分凄くマニアックな感じになっているしね。」
 それでは会社的にはまずい。リリースするからには売り上げてもらわないと困るのだ。
「んー……。」
 その時沙夜は翔の姿を見て、ふと思いついた。そして携帯電話を取りだして、ウェブ機能を呼び出す。
「どうしたの?」
「……バラの花束を持たせたいわ。確か本数に意味があると聞いたこともあるし。あまりマイナスなイメージの本数は良くないし。何本だったら無難なのかしら。」
「え……バラ?」
「それも赤ね。」
「赤いバラ?ちょっと待ってよ。ちょっとキザなイメージに……。」
 反対をしようと翔が声を上げようとした。だがデザイナーが声を上げる。
「良いですね。バラの花束。パンチがありますよ。」
「ですよね。あぁ。五本のバラって良いですね。ちょうど「二藍」も五人だし。」
「赤いバラと言ってもほら、色んな色があるんですよ。深紅っぽいモノもあればボルドーみたいなモノもあるし。」
「実際見てみないとわかりませんね。私、ちょっとこの辺の花屋さんへ行ってみます。私のセンスで良いですかね。」
 女性二人が盛り上がっていて、翔が口を挟む隙は無かった。深くため息を付くと、翔は自分が映っている画面を見た。
 限られた人で良い。自分を受け入れてくれる人が居れば良い。全ての人に認めてもらうのは傲慢だと思うから。
 それでも会社的にはせっかくアルバムを出すのだから、売れてくれないと困るのだろう。それはわかる。だが自分のこだわりも捨てたくなかったのだ。
 話を終えて沙夜はスタジオを出て行く。もう決まってしまったようだ。
「納得されてないみたいですね。」
 デザイナーがそう言うと、翔はため息を付いた。
「そうですね。」
「でもあの担当の方が言うのも納得はしますよ。自分のこだわりだけでCDを出したいのであれば、インディーズでしてくださいと言うことです。」
「……。」
「でも、千草さんは割と意見を聞いている方だと思いますよ。普通のアーティストだったら、ぶち切れてもう出さないっていうこともあるんですから。」
 そう言ってデザイナーは少し笑った。そういう場にいつも居たのだろう。その場に立ち会い、デザイナーはいつもアーティストと担当者の板挟みになっていたのだ。それが辛かった。

 携帯電話の地図アプリを使って、何軒かの花屋を巡った。そしてイメージどおりのバラの花を五本買う。深い赤はボルドーと言われる色で、深紅よりもこちらの方が翔のイメージかもしれない。
 そう思いながらまたスタジオに戻ろうとした。その時、そのスタジオの隣にある店に目をとめる。それはサンドイッチの店だった。
 主たるメニューはあるようだが、パンの種類を選べたり、ソースを選べたり、トッピングも選ぶことが出来る。
 今はお腹いっぱいだが、こういう店のサンドイッチも悪くない。と言うか、最近パンすら食べていないな。沙夜はそう思い、たまにはサンドイッチを作ってみようかと思っていたときだった。
「マネージャーさん。」
 声をかけられて振り返った。そこには天草裕太の姿がある。
「どうも。お疲れ様です。」
「どうしたの花なんか抱えて。誰かにもらったの?」
「いいえ。ちょっと必要で買ってきたんです。天草さんはこちらに用事ですか。」
「あぁ。イベントがあるからって打ち合わせで呼ばれたんだ。」
 「Harem」としての活動よりも、最近は個人的にこうやって呼ばれることが多くなってきたらしい。それも悪くないが、肝心のバンドのメンバーとはどうなんだろう。沙夜はそう思っていた。
「忙しそうですね。それでは……。」
「ここは写真スタジオ?」
「えぇ。」
 その中に何も言わずに入ろうとした。ここに翔が居て、もうアルバムのジャケットを取っていることなど、裕太に知られたくなかった。
 結局アルバムには望月旭を初めとした同業者が関わってくれたが、その中に裕太の名前は無い。裕太に声をかけることは無かったのだ。翔につきまとってアルバムに参加させて欲しいと言っていたのが、裏目に出た結果になる。
「誰がいるの?」
「「二藍」のメンバーです。」
「多分千草君だろうね。」
 そこまで知っていてわざと声をかけたのだ。嫌な男だと思う。
「ところで……。」
「すいません。ちょっと今は時間が無くて、急いでいるんです。」
 別に急ぐ必要は無かったが、これ以上裕太と話をしたくなかった。そう思いながら、沙夜は写真スタジオへ入っていく。
 その時、裕太の携帯電話にメッセージが届いた。そこには妻である紫乃からのメッセージがある。そのメッセージには画像が貼り付けられていた。
 その画像は見覚えのあるダブルベースを背中に背負い、手にはエレキベースを持っている一馬の姿と、隣には先程の沙夜の格好と同じ格好の女性が仲良く歩いているところが見えた。
「一馬さんは不倫でもしているの。」
 紫乃がそう聞いてきた。だがこれは明らかに違う。マネージャーとアーティストの関係だ。「Harem」の担当は男で、もし女であれば裕太だってこれくらいの距離で歩いたりするだろう。だが女ではまずい。紫乃が更に嫉妬をするからだ。
「違うよ。担当マネージャーだ。」
 メッセージを送ると、紫乃は鼻先で笑うようなメッセージを送ってきた。
「そんなわけ無いわ。あの二人は正月に二人で山に登るようなことをするのよ。」
 そういって違う画像を送ってきた。そこには二人が仲良く甘酒を飲んでいる姿がある。さすがにここまでなると、少し違うような気がしてきた。
「一馬は昔で懲りていると思ったのにな。」
「そうでしょう。この担当マネージャーだって、五人と仲良くしているんじゃ無いのかしら。そういう噂もあるのよ。確かめたいわ。」
「止した方が良い。」
 すると次のメッセージには紫乃の怒りが込められていた。
「あのレコード会社の部長は昔から知っているのよ。真意を確かめるわ。それで黒なら、週刊誌の方へ流してやる。」
 何かあったのだろう。おそらく紫乃の意にそぐわないことが。
 こんな女では無かったのに。そう思いながら裕太は携帯電話の画面を閉じる。
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