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居酒屋
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約束は昼頃。どうせなら食事をしたいという裕太の希望に添ったのだ。それに合わせて、沙夜は午後からの仕事を終わらせてまた夕方にまたここに来るようにした。
そして時間を見て裕太に声をかける。
「西藤部長。そろそろ行きましょう。」
ヘッドホンをしていた裕太は沙夜が来たことで、そのヘッドホンを取った。そしてパソコンの画面を閉じる。
「良いねぇ。翔君のアルバム。これ売れるよ。」
「インストばかりで売れますかね。」
「聞き覚えのある曲もあるし、何より歌が良い。良い歌い手を連れてきたね。」
大澤帯人のことだろう。確かに沙夜も帯人の歌は良いと思った。なぜプロデビューしなかったのだろうと思ったくらいだ。まぁ、実力があってもデビュー出来ない人はゴロゴロ居る。帯人は翔と知り合いだったのもあり運が良かった方なのかもしれない。
二人は並んで会社の廊下を進む。その風貌はとても異質だった。きっちりしたスーツと眼鏡をかけた沙夜と、古びたジーパンとセーター。それに厚手の紺色のジャンパーを着ている裕太は、どう見てもホストとその客のようにしか見えない。
それでも事情を知っている人は裕太に声をかける。裕太がまた出掛けるのかと思いながら。あまりオフィスでじっとしているタイプでは無いのだから仕方が無い。
「あのアルバムから大澤君はソロデビューするかもね。そのプロデュースを翔君がすれば良い。」
「どうですかね。話はしてみますけど。」
「二藍」のことで一杯一杯に見える。ソロアルバムは、翔が個人的に受けていたCMの曲などをロングバージョンにして曲に仕上げているだけだ。つまり「二藍」以外の活動をしたいのかというのは微妙だろう。それでもそれが軌道に乗れば、翔があまり気乗りをしないモデルなどの仕事をしなくて済むのだから。
会社を出ると駅の方へ向かおうと沙夜は足を進めようとした。だが裕太が声をかける。
「泉さん。車で行こう。」
「車?」
「俺の車。裏に停めてあるから。」
それもそうか。裕太は車通勤をしている。そしてしょっちゅう外に出ているので車は社用車では無く、自分の車を使っているのだ。
「Nの方だったね。」
「そっちの方で仕事があるのだとか。」
別名義で別の仕事をしているとしか言っていない。まさかライターとして辛口に音楽を批評しているとは思わないだろう。おそらく「草壁」の名前は、裕太でも知っているだろう。だがその名前を裕太は口にしたことは無い。
裕太は少し何を考えているのかわからない所がある。噂どおり、本当にヤクザと繋がっているのでは無いかと思うくらいだ。
車はRV車だった。黒い外観で、おそらくこれに機材や楽器を載せることもあるのだろう。だから車は大きめなのだ。
「ごめん。ごちゃごちゃしてるから、助手席に乗ってくれる?」
後ろの席を見ると確かに、バンドスコアや何に使うのかわからないコードや見たことも無い楽器がある。その一つ一つを沙夜は聞きたいと思うが、今は無理だろう。
エンジンをかけると音楽が流れてきた。それは今度売り込もうとしているバンドの曲だった。沙夜もそれを知っていて、ビジュアルだけは見たことがある。「二藍」のミニチュア版のような感じがしていた。
「このバンドはデビューさせるんですか?」
沙夜はそう聞くと、裕太は首を横に振る。
「スタイルだけだったな。肝心の音はそこまでって感じだった。」
そう言って裕太はカーステレオの音を変える。すると沙夜は裕太に言った。
「「Glow」の曲は無いんですか?」
すると裕太は少し驚いたように沙夜を見た。
「聴きたい?」
「渡先生が部長に会いたいと言っていたのは、部長が居たバンドである「Glow」のファンだったからだそうです。私も久しぶりに聴いてみたいから。」
「別に良いけどね。」
そう言って裕太は曲を変える。するとハードロックの音楽が流れた。それは外国のバンドのように思えた。派手なギタースタイルで、純はこれに憧れていたこともあるらしい。
「元のバンドのメンバーとはお付き合いがあるんですか?」
沙夜はそう聞くと、裕太は煙草を取り出して沙夜に言う。
「ベースのヤツとはたまに飲んだりするよ。」
ベースを担当していた男は、今はこの世界を引退してライブハウスを経営している。良いバンドが居たと言えば、裕太を呼んだりすることもあるのだ。
「他のメンバーとは?」
煙草に火を付けると裕太はサイドブレーキを外して、ギアを変えた。
「あまり友好ってわけじゃ無いよ。特にドラムのヤツは前科何犯あると思ってるんだ。」
「あぁ……。」
薬で捕まったのがきっかけだった。そのあとも薬で何度も捕まり、公正施設を出たら今度は女に暴力を振るったり、同じメンバーを脅したりしていたのだ。同じメンバーももうあいつとは縁を切ると言っていたし、裕太もそのつもりだった。
それでもあの男のドラムが一番心地良い。名だたるドラマーはいるし、もちろん「二藍」の治も悪くないドラマーだと思うが、あの男以上の人は居ないと未だに思うのだ。
「そうだ。一つ、泉さんに聞いておかないといけないことがあってね。」
「何ですか。」
「渡先生は、ヤク中だったりとかは無いの?」
「無いですね。普通の人だと思います。」
そうでは無ければ普通の雑誌などに載ることは無いだろう。そう思っていたのだ。
「しかし、まぁ……「Glow」は売れたって言っても、今の「二藍」ほどじゃない。良い時代だったけれど、ダウンロードやCDの売り上げを合わせても適わないと思うんだけどね。それでも渡先生がそれを聴いていたってのは、案外歳なのかな。」
「若いと思います。私と変わらない年頃ですよ。」
「ふーん。」
どんな人なのか想像するのは楽しいだろう。沙夜はそう思いながら流れる景色を見ていた。この車はスモークが張っている。外の様子はあまり見えないが、相変わらず外は寒いように思えた。
待ち合わせは中央にある広い公園。その中心にある噴水の側が待ち合わせ場所だった。沙夜はそこへ足を運び、そしてそのあとを裕太も追いかけるように向かう。
噴水の側にはサラリーマンやOLがいる。この辺はオフィス街でもあるので、ちょっとした憩いの場になっているのだ。
その中の誰かなのか。裕太はそう思っていたのだが、沙夜が声をかけたのは意外な人物だった。
「渡先生。」
女性に声をかけられて断っている男。どこかで見たことがある顔だと思った。沙夜の登場に女性達は気まずそうに去って行く。おそらくナンパをされていたのだろう。
「モテモテね。」
「髪を切った途端にこれだよ。俺がいくつだと思ってんだ。」
沙夜は少し笑うと、後ろに居る裕太を見る。
「部長。渡先生です。」
すると裕太は我に返ったように芹に近づく。
「女性かと思っていたんだけど、男性だったんだね。」
「よく言われる。摩季って名前だからだろ。別に男でも女でもいけるような名前を付けたつもりなんだけどな。」
「ハードロック部門の部長をしてる西藤裕太。」
「知ってる。俺「Glow」のファンなんだよ。」
「泉さんから聞いてるよ。光栄だね。」
そう言って裕太は名刺を取りだして、芹に手渡した。するとその手の先を見る。作詞をしていると言うことであまり外に出ていないのだろう。綺麗な手をしているように見えるが、案外ゴツゴツしているように見えた。ここまで来るのに苦労をしていた証拠だ。
「食事へ行くと言ってましたね。」
「俺の馴染みがあるんだ。個室がある所だから、気を遣わなくても良いし。」
「良いね。」
外に知られたくない。それがわかっているからあえて個室を取ったのだ。やはりこの辺は経験値の差だろう。
いつでもどんな相手にでもあまり遠慮をしない芹だが、裕太には適わないかもしれない。そう思いながら、沙夜はその様子を見ていた。
そして時間を見て裕太に声をかける。
「西藤部長。そろそろ行きましょう。」
ヘッドホンをしていた裕太は沙夜が来たことで、そのヘッドホンを取った。そしてパソコンの画面を閉じる。
「良いねぇ。翔君のアルバム。これ売れるよ。」
「インストばかりで売れますかね。」
「聞き覚えのある曲もあるし、何より歌が良い。良い歌い手を連れてきたね。」
大澤帯人のことだろう。確かに沙夜も帯人の歌は良いと思った。なぜプロデビューしなかったのだろうと思ったくらいだ。まぁ、実力があってもデビュー出来ない人はゴロゴロ居る。帯人は翔と知り合いだったのもあり運が良かった方なのかもしれない。
二人は並んで会社の廊下を進む。その風貌はとても異質だった。きっちりしたスーツと眼鏡をかけた沙夜と、古びたジーパンとセーター。それに厚手の紺色のジャンパーを着ている裕太は、どう見てもホストとその客のようにしか見えない。
それでも事情を知っている人は裕太に声をかける。裕太がまた出掛けるのかと思いながら。あまりオフィスでじっとしているタイプでは無いのだから仕方が無い。
「あのアルバムから大澤君はソロデビューするかもね。そのプロデュースを翔君がすれば良い。」
「どうですかね。話はしてみますけど。」
「二藍」のことで一杯一杯に見える。ソロアルバムは、翔が個人的に受けていたCMの曲などをロングバージョンにして曲に仕上げているだけだ。つまり「二藍」以外の活動をしたいのかというのは微妙だろう。それでもそれが軌道に乗れば、翔があまり気乗りをしないモデルなどの仕事をしなくて済むのだから。
会社を出ると駅の方へ向かおうと沙夜は足を進めようとした。だが裕太が声をかける。
「泉さん。車で行こう。」
「車?」
「俺の車。裏に停めてあるから。」
それもそうか。裕太は車通勤をしている。そしてしょっちゅう外に出ているので車は社用車では無く、自分の車を使っているのだ。
「Nの方だったね。」
「そっちの方で仕事があるのだとか。」
別名義で別の仕事をしているとしか言っていない。まさかライターとして辛口に音楽を批評しているとは思わないだろう。おそらく「草壁」の名前は、裕太でも知っているだろう。だがその名前を裕太は口にしたことは無い。
裕太は少し何を考えているのかわからない所がある。噂どおり、本当にヤクザと繋がっているのでは無いかと思うくらいだ。
車はRV車だった。黒い外観で、おそらくこれに機材や楽器を載せることもあるのだろう。だから車は大きめなのだ。
「ごめん。ごちゃごちゃしてるから、助手席に乗ってくれる?」
後ろの席を見ると確かに、バンドスコアや何に使うのかわからないコードや見たことも無い楽器がある。その一つ一つを沙夜は聞きたいと思うが、今は無理だろう。
エンジンをかけると音楽が流れてきた。それは今度売り込もうとしているバンドの曲だった。沙夜もそれを知っていて、ビジュアルだけは見たことがある。「二藍」のミニチュア版のような感じがしていた。
「このバンドはデビューさせるんですか?」
沙夜はそう聞くと、裕太は首を横に振る。
「スタイルだけだったな。肝心の音はそこまでって感じだった。」
そう言って裕太はカーステレオの音を変える。すると沙夜は裕太に言った。
「「Glow」の曲は無いんですか?」
すると裕太は少し驚いたように沙夜を見た。
「聴きたい?」
「渡先生が部長に会いたいと言っていたのは、部長が居たバンドである「Glow」のファンだったからだそうです。私も久しぶりに聴いてみたいから。」
「別に良いけどね。」
そう言って裕太は曲を変える。するとハードロックの音楽が流れた。それは外国のバンドのように思えた。派手なギタースタイルで、純はこれに憧れていたこともあるらしい。
「元のバンドのメンバーとはお付き合いがあるんですか?」
沙夜はそう聞くと、裕太は煙草を取り出して沙夜に言う。
「ベースのヤツとはたまに飲んだりするよ。」
ベースを担当していた男は、今はこの世界を引退してライブハウスを経営している。良いバンドが居たと言えば、裕太を呼んだりすることもあるのだ。
「他のメンバーとは?」
煙草に火を付けると裕太はサイドブレーキを外して、ギアを変えた。
「あまり友好ってわけじゃ無いよ。特にドラムのヤツは前科何犯あると思ってるんだ。」
「あぁ……。」
薬で捕まったのがきっかけだった。そのあとも薬で何度も捕まり、公正施設を出たら今度は女に暴力を振るったり、同じメンバーを脅したりしていたのだ。同じメンバーももうあいつとは縁を切ると言っていたし、裕太もそのつもりだった。
それでもあの男のドラムが一番心地良い。名だたるドラマーはいるし、もちろん「二藍」の治も悪くないドラマーだと思うが、あの男以上の人は居ないと未だに思うのだ。
「そうだ。一つ、泉さんに聞いておかないといけないことがあってね。」
「何ですか。」
「渡先生は、ヤク中だったりとかは無いの?」
「無いですね。普通の人だと思います。」
そうでは無ければ普通の雑誌などに載ることは無いだろう。そう思っていたのだ。
「しかし、まぁ……「Glow」は売れたって言っても、今の「二藍」ほどじゃない。良い時代だったけれど、ダウンロードやCDの売り上げを合わせても適わないと思うんだけどね。それでも渡先生がそれを聴いていたってのは、案外歳なのかな。」
「若いと思います。私と変わらない年頃ですよ。」
「ふーん。」
どんな人なのか想像するのは楽しいだろう。沙夜はそう思いながら流れる景色を見ていた。この車はスモークが張っている。外の様子はあまり見えないが、相変わらず外は寒いように思えた。
待ち合わせは中央にある広い公園。その中心にある噴水の側が待ち合わせ場所だった。沙夜はそこへ足を運び、そしてそのあとを裕太も追いかけるように向かう。
噴水の側にはサラリーマンやOLがいる。この辺はオフィス街でもあるので、ちょっとした憩いの場になっているのだ。
その中の誰かなのか。裕太はそう思っていたのだが、沙夜が声をかけたのは意外な人物だった。
「渡先生。」
女性に声をかけられて断っている男。どこかで見たことがある顔だと思った。沙夜の登場に女性達は気まずそうに去って行く。おそらくナンパをされていたのだろう。
「モテモテね。」
「髪を切った途端にこれだよ。俺がいくつだと思ってんだ。」
沙夜は少し笑うと、後ろに居る裕太を見る。
「部長。渡先生です。」
すると裕太は我に返ったように芹に近づく。
「女性かと思っていたんだけど、男性だったんだね。」
「よく言われる。摩季って名前だからだろ。別に男でも女でもいけるような名前を付けたつもりなんだけどな。」
「ハードロック部門の部長をしてる西藤裕太。」
「知ってる。俺「Glow」のファンなんだよ。」
「泉さんから聞いてるよ。光栄だね。」
そう言って裕太は名刺を取りだして、芹に手渡した。するとその手の先を見る。作詞をしていると言うことであまり外に出ていないのだろう。綺麗な手をしているように見えるが、案外ゴツゴツしているように見えた。ここまで来るのに苦労をしていた証拠だ。
「食事へ行くと言ってましたね。」
「俺の馴染みがあるんだ。個室がある所だから、気を遣わなくても良いし。」
「良いね。」
外に知られたくない。それがわかっているからあえて個室を取ったのだ。やはりこの辺は経験値の差だろう。
いつでもどんな相手にでもあまり遠慮をしない芹だが、裕太には適わないかもしれない。そう思いながら、沙夜はその様子を見ていた。
応援ありがとうございます!
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