触れられない距離

神崎

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栗きんとん

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 辰雄が高校生の時に会った裕太と、今の裕太は別人のようだ。ただ音楽が作りたい。そのために楽器が欲しい、パソコンが欲しいと言っていた裕太が、今は弟を騙し、翔を小火に巻き込んで、尚且つ一馬を陥れたという事実。
「そりゃ……あれだ。」
 ポッポコーンはそのままだとそこまで味が付いているわけでは無い。なので海水の塩を振ったのだ。これも辰雄の親族が作っているモノらしい。
「何?」
「○クザが絡んでるな。」
 想像をしたくなかった。だがそれが事実なのだろう。芹はビールを口に入れると苦々しい表情になった。
「やっぱりそう思う?」
「その前のバンドの奴らはほとんど保証人になってたんだろう。その……花岡ってヤツ以外は。」
「えぇ。だから花岡さんを陥れた。サックスの人の奥さんになった人と寝るように仕向けたと。」
「ホストの世界でも借金にまみれたヤツってのは多い。そういうヤツが、ヤク○と手を組んで女に貢がせるんだ。ノルマみたいなモノがあってな。それが達成されなかったらまた借金を重ねられる。全然減らないんだよ。」
 最初はギャンブルで作った借金だったかもしれない。だがその借金はどんどん膨らむ。そして本人だけでは無く、その保証人になったりしたらその保証人にも返済の義務があるのだ。
「兄は借金していないとは言ってたけど。」
「嘘だろ。だって借金の主はまだテレビとかに出れてるじゃん。」
 サックスの男だろう。前ほどでは無いが、今でもテレビなどで見ることはあるのだ。この間は芸人のように、テレビのドッキリにひっかかっていたように思える。
「だとしたら兄の借金があるって事か。」
 もうすでにどれが嘘でどれが本当なのかわからない。そう思ってポップコーンに手を伸ばそうとした。すると辰雄もまたそのポップコーンに手を伸ばす。
「ワインを開けて良いかしら。」
 沙夜がそう言うと、辰雄はそのワインを手にする。そして慣れた手つきでそのコルク栓を抜いた。こういうこともしていたのだろう。
「上手いわね。」
「こういうことばかりしてたからな。」
 そう言ってコップにワインを注ぐ。その姿もとても様になっているように感じた。
「こういう世界でもさ。嫉妬ばっかしてて、俺の客を取ろうと思って必死だったやつっているんだよ。」
 寝て取ったりするホストもいた。だが本当に辰雄のファンだというどこかの企業の社長や、歌手、デザイナーなど、ある程度の地位にあって一晩で相当な金を落とすいわゆる上客は、そんな誘いに絶対乗らなかったのだ。逆にその誘ってきたようなホストをテーブルに着かせるのを嫌がっていた。そうなれば、そのホストはもうこの店での見込みは無くなり、辞めたり、他のホストクラブへ行ったりしていたようだった。だがまたその店でも同じ事をする。結局質の悪いホストクラブにしか行けなくなったのだ。
「足の引っ張り合いね。」
「そうだな。でも引っ張るヤツってのは自滅する。裕太もそろそろ化けの皮が剥がれてきたときじゃないのか。」
 そう言えば年末の歌番組で、裕太の姿を見ることは無かった。表向きにはイベントがあるからとは言っていたようだが、それにしては望月旭のイベントへは来ていなかったようだ。おそらく旭が呼ばなかったのだろう。
「そうなってくると次は何の手を使ってくるか。もっともこれ以上したら、あいつが前科者になるわ。それか海に浮かぶことになるかな。」
「ヤク○と繋がりがあるから?」
「かもしれない。」
 本人も借金があるから、裕太は必死に金、金と言っているのだ。自分の妻である紫乃を使ってまで、弟からも金を取ろうとした。だがそれが芹を更に意固地にさせるのだとはわからないのだろう。
「芹……。」
 沙夜が声をかけると、芹は首を横に振った。
「あ、ごめん。ぼんやりしてて。」
「でも芹よ。お前、裕太とはもう繋がりが無いんだろう。」
「あぁ。連絡もしてないし、兄が行きそうな……実家にも立ち寄ってない。唯一妹だけは繋がりがあるけど。」
「妹?」
「今年高校を卒業する妹。」
「だったら二十になったらローンを組まされるぞ。その妹。」
「妹は兄を相当嫌がっているんだ。家に帰ってきたら家を出るくらい。」
「ふーん。そこまで兄をねぇ。」
「まぁ……正確には、兄ってよりも兄嫁かな。」
 紫乃を嫌っていた。紫乃が「仲良くしましょう」と最初は言っていたようだが、徐々に距離を取るようになったようだ。
「兄嫁ってのもくせ者だな。どんな女なんだ。」
 その言葉に沙夜の表情が硬くなる。その人は芹の心をもてあそんだのだから。
「色気が歩いてるような女だよ。出版社にいて文芸を担当してた。」
「文芸ねぇ。」
 その辺は全くわからない。辰雄が読むのは農業の本や、経営の本だったりするからだ。
「俺にゴーストライターをしてくれって言ってきたんだ。」
「芹。」
 沙夜が止めた。そんなことを辰雄に言って良いのかと思ったからだ。
「実入りは良いみたいだな。ゴーストライターってのは。」
「お客様の中にも居るの?」
「あぁ。そうだった。えっとなぁ。麓にあるほら……出版社のオフィス兼社宅みたいな建物があるんだよ。その中の社員の一人がゴーストをしていたらしいわ。」
 金は良かった。だがそれはいざというときだけで、普段することでは無い。あまりすると表に出てしまい、もう二度と文章の仕事は出来ないからだ。
「珍しい話じゃ無いのね。」
「あぁ。でもそんなことを勧めてくるような女か。あまり上等じゃ無いな。」
「でも俺は本当は書かないといけなかったんだ。それを逃げたから。」
 ワインを注ぎ、芹はそれを一気に口に入れる。辛いことだったからだ。
「俺が軽く人を信じて、その結果脅された。それが嫌で逃げ出したんだ。俺……本当は沙夜に好かれるような人間じゃ無いのに。」
 自己否定が過ぎる。沙夜はそう思いながら辰雄を見る。すると辰雄は少し笑って芹のグラスにワインを注いだ。
「どっちも悪いんだろ。お前のせいだけじゃ無いから。」
「……。」
「たまには逃げることも必要だけど、逃げっぱなしってのは良くないな。特に沙夜を嫁にもらおうと思ってんだろ。」
「まだわかんねぇよ。」
「どっちにしてもお互いの両親の承諾も無いまま結婚するわけが無いじゃん。その時に裕太にお前、挨拶をしないといけないだろう。」
「……そうだったな。」
「沙夜。お前もな。」
「え?私?」
「お前の両親にも挨拶をしないといけないだろう。お前も母親を嫌がってばかりじゃ無くて、さっさと和解してこい。」
 おそらく辰雄はそれをずっと言いたかったのだろう。だが沙夜はどうしても母親に会って話をしたくは無かった。人を卑下することしか知らない母親なのだから。
「お見合いを勧めてくるような親よ。私が芹を連れて行っても反対するかもしれないわね。どう見てもうさんくさいから。」
「……髪を切るよ。」
 その言葉に沙夜は驚いて芹を見た。
「え?」
「堂々としたいから。」
 芹はそう言って少し笑った。外は雪がやみ、冷たい風が吹き抜けている。
 だが二人の心の中には少しだけ晴れ間が見えた気がした。
 夜遅くに会はお開きになり、芹は沙夜を布団の中に呼ぶと、沙夜は素直にその布団の中に入った。その温かさだけが唯一の味方のような気がする。
「芹……。」
 沙夜は声をかけると、芹は額にキスをする。
「明日さ。」
「ん?」
「翔の両親はいつ帰るって言ってた?」
「夕方くらいになるって言っていたわ。」
「だったら、少し時間があるよな。その時にさ……。」
 すると沙夜はぎゅっと芹の体を抱きしめた。
「うん。」
 明日になれば町の方はもう店も開いている所はあるだろう。それを期待したのだ。
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