触れられない距離

神崎

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栗きんとん

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 四人で雑煮を食べたあと、沙夜と芹は畑仕事や鶏の世話をがっつりと手伝った。昭人も自分で出来ることをしている。普段なら一人で山へ行って遊んでいたりするのだろうが、二人が来たことで自分も手伝わなければいけないと思っているのだろう。
 すると時間を見て、忍は風呂釜に火を入れ始めた。風呂とトイレは家の中に無いわけではない。トイレは昭人が生まれたタイミングで家の中に作ったが、風呂は一度外に出ないと行けないようになっている。古い家で風呂が一家に一つという家では無かった名残だろう。取って付けられたような風呂で、薪で風呂を沸かすのだ。薪の他に新聞やいらなくなった資料などを一緒に燃やせばゴミの削減になる。そして燃え尽きた灰は、畑の肥料にもなるのだ。
 小さな椅子を用意して釜に火をくべる。紙くずから小さな小枝。そして薪に火がつき、煙突からは煙が出る。沙夜はその匂いが好きだった。
 手押し車に灰を積んで、畑に持って行く。そしてこれから植える新ジャガイモの肥料として巻くのだ。
 それにしても畑も広くて、田んぼもある。ここの家に辰雄は生まれたと言っていたが、ここの家の人はずいぶん土地をもっているようだ。
「辰雄さん。」
 蒔いた灰を馴染ませるのに鍬をもってきた辰雄に、沙夜は聞いた。
「どうした。」
「土地ってずいぶん広いのね。ずっとお祖母さんがもっていたの?」
「あぁ。うちの祖父さんがずっと管理をしていたんだ。代々の土地みたいな。山ももっているよ。」
「山も?」
「季節になればタケノコが採れるよ。その時は来るか?」
「タケノコご飯がしたいわ。沙菜が好きで……。」
 沙菜の名前を出すと少し辛い。意地でしたことかもしれないが、沙菜は芹に迫っていたのだ。望んでいないのにキスをしたりしたのは、おそらく沙夜から芹を取りたいから。お互いに想い合っているのをわかっていて、取りたいと思ったのだろう。沙菜はそういう女なのだ。
「やっぱり言わないといけないわね。」
「え?」
「妹にも翔にも。」
 同居をしているのだ。そして翔は沙夜が好きだと告白をしてきた。そんな状態でのんきに同居なんか出来るだろうか。
「同居人に言うのか?付き合っているって。」
「付き合っているって言うか……。正式に恋人になろうって言われたわけじゃ無いけれどね。」
「でも寝たんだろ。」
 そう言われて沙夜の顔が赤くなった。確かに一度だけ寝たのだ。あの海辺のラブホテルで何度も愛してくれた。それを忘れたことは無い。
「夕べは温泉街に行っていたんだろう。それから二人でここに来たって事は、二人で泊まったんだろう。」
「追いかけてきた。」
「追いかけて?」
 沙夜も鍬を手にすると、辰雄と共に畑に入っていく。芹は昭人と一緒に山の方へ行ったようだ。どうやら椎茸を採りに行って欲しいと忍から言われたらしい。
 二人はその灰を混ぜ合わせながら、話をしていた。
 妹である沙菜が芹に迫っていること。そして沙夜も翔から告白をされたこと。だが翔の気持ちに沙夜は応えることは出来ない。
 あの宿に一人でいた。何もかも精算しようと思っていたのに、芹は宿にまで追いかけてきたのだ。そして真実を知った。
「結構、情熱的なヤツだな。どこにいるかわからないお前を捜し当てて、着の身着のままで来たんだろう。あんな薄いジャンパーだけで来るんだから。」
「それだけ気持ちがあるのかもしれない。そして私にもあるんだと思う。だから……二人には言わないといけない。」
「二人ってその妹と翔ってヤツか。」
 辰雄は翔に会ったことは無い。ここに来ると言っていたときも何度かあったが、直前になって都合が悪くなったりして一度も会ったことは無かったのだ。だがテレビや雑誌で見る限り、芹とは真逆のように見える。高身長で爽やかで、女に人気があるのはおそらく王子のようなキャラだからだろう。ホストになれば良い線までいくような男だ。
「二人のことを考えるとあまり気は進まないけれど、芹に手を出されたり私に手を出してくるようなら困るわ。」
「気が進まないか?」
「特に翔はね。少し脆い所があるから。」
 その言葉に辰雄は見た目じゃ無いなと思っていた。テレビ画面で見る翔は堂々としていて、尚且つキラキラしているように思える。だからホストなんかに向いていると思ったのだが、案外ホストの世界というのはドロドロしていて並の男ではすぐに病院通いだ。内臓が悪くなったりするのは当たり前だし、陰湿ないじめみたいなモノもある。特に上に行けば下が足を引っ張るのは当たり前で、辰雄はそれは上手くあしらっていた。
 その辺も辰雄は抜かりが無い。だがその生活にも疲れたのだ。今はホスト仲間に連絡を取ることも無い。唯一、世話になっていたオーナーにはお歳暮やお中元代わりの野菜や卵を送ることはあるが、それだけだ。もう関わりたくない。
「脆いか……。お前に振られたからってうつ病になりそうなヤツなのか。」
「……会社勤めをしていたときに少しね。」
「普通の会社ってのは務めたことは無いけど、ホストの世界よりも陰湿っぽいな。」
「えぇ。だから大変な目に遭ったんでしょうね。」
 田舎に引きこもっていたのは、病気の治療と人間関係にうんざりしたからだろう。そんな翔に翔を振って芹と一緒になりたいというのは、翔にとって無慈悲なことかもしれない。担当としてもそれは口にしてはいけないと思う。ベストな状態で音楽を作って欲しいから。
「失恋したときは失恋したなりの音楽を作るだろうし、思いが叶えば幸せな音楽を作ると思うけど。」
「それを糧に出来ない人なのよ。」
 そうでは無いと女を一人殴ってしまったという後悔を未だに引きずっていないだろう。
「だとしたら、お前らのことはまだ隠しておいた方が良いんじゃ無いのか。」
「え?」
 その言葉に沙夜は思わず手を止めた。
「その二人にさ。」
「……でも……。」
「何よりお前自身がまだ迷っている気がするし。それに……もし俺が親なら、芹みたいなヤツを連れてきて結婚したいとか言い出したら反対するね。」
「どうして?」
「あいつうさんくさいんだよ。目が見えないのは、人間を見られたくないって思ってんのかもしれないけど、その分人間性も見えなければ信用もされない。それに裕太って言う兄がいるんなら尚更だな。」
「知っているの?」
「天草裕太の弟だって言ってた。裕太は俺も知っているヤツで、あまり関わりたくないヤツだと思う。金、金言っててさ。」
「そうみたい。だから芹をずっと探しているみたいで。」
「金の問題だけなのかな。」
「そうじゃないと?」
「その話もしてない。お前はただ芹の人間性だけを見て惚れたのかもしれないけど、俺くらいの歳になるとそこも含めて付き合ってどれくらいのリスクがあるかとか考えるんだよ。打算的だと思うけど、もう若くも無いし。」
「……。」
「まぁ付き合うだけなら、別に良いと思うし。まだ結婚なんて話は出てないんだろう。」
「こうなったのも結構最近だから。」
「だったら尚更。もう少し待ってから二人には言った方が良い。長く付き合えるとか確信が出来たら言えば良いんじゃ無いのか。さっき言ったのも、俺の気の回しすぎかもしれないし。」
 そう言うと辰雄はまた鍬を動かし始めた。その時空から白いモノが落ちてくる。それに沙夜は手を差し伸べた。
「雪?」
「あー。降ってきたなぁ。くそ。今日はここまでかな。沙夜。鶏舎のドアを閉めるぞ。それから昭人と芹にも戻ってくるように言ってくれ。」
「えぇ。」
 この辺で雪はあまり珍しくは無い。積もったりはしないが、朝になれば道が凍ることがある。だからこの時期は朝早くからは行動しない。車の運転なら尚更だ。道が凍って、谷に落ちる危険性だってあるのだから。
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