触れられない距離

神崎

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雑炊

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 ステージにコードを届けて、翔は音を確かめる。音はちゃんと鳴るようだ。沙夜はほっとしてその舞台の脇に五人と共にいた。
「客層って若いヤツが多いな。」
 ハードロックというのは一昔に流行ったというイメージしか無い。それもこの国のハードロックは今まであまり音楽業界で目立っていなかった。沙夜の上司である西藤裕太が若い頃に組んでいたバンドだって、昔は外国の有名ハードロックバンドのパクりだと言われていたこともあるのだから。
「若い人には新鮮に感じるんだろうな。昔の音源とかを聴いていない世代だ。」
 一馬も客席を見ていた。昔の映像のハードロックのイメージでは、派手なメイクをしたバンドマンになぞらえて客層もそうしていたように思えるが、「二藍」はあまり姿で売っていない。この仕事の前のテレビの出演であればある程度の身なりというモノは必要だし、テレビ番組の趣旨もあり多少派手な格好をして演奏をした。
 だがここでは「二藍」の名前の通り、藍色のTシャツを着ている。これはツアーグッズではお馴染みのモノだ。そしてツアーでは一番に売り切ってしまう。そのシャツを着ている人もチラチラと観客席の方で見えた。
 やがてブザーが鳴ると、観客は席に着く。演奏が始まれば座っていることも無いが、それでも最初は椅子に座っているのだろう。
「芹とか沙菜は来ているのか。」
 翔はそう言って沙夜に聴くと、沙夜は頷いた。
「えぇ。芹は仕事でここに来てるらしいわ。それに沙菜もついてきている。多分……紗理那さんの時くらいからいるんじゃ無いのかしら。」
「そっか。」
 もしかしたら芹はこのあとのことを考えているのでは無いかと思う。つまり二人でどこかへ行きたいと思っているかもしれない。どこかというのは一つしか無い。
 沙夜はここ最近少し変わった。いつもと変わらない感じがするが、色気みたいなモノが見えるようになった気がする。それは自分では無いとしたら、芹なのだろうか。自分が知らないだけで他の男がいるのかもしれないが、知っているのは芹くらいしかいない。
 だとしたら芹が沙夜に手を出したのだろうか。そう思うと腹が立ちそうになる。だがこれからライブなのだ。余計なことは考えたくない。そう思いながら、翔はぱっと明るくなったステージに足を踏み入れる。

 ステージに五人の姿が見えると観客は一気に立ち上がった。姿だけで騒がれるのだ。その様子に沙菜は少し驚いたように周りを見ながら立ち上がる。芹もまた冷静に立ち上がった。
「出てきただけで凄いね。」
「あぁ。」
 ステージにはそれぞれの楽器を持っている五人がいた。翔の位置は奥になる。隣にはドラムがいて、前列には一馬、遥人、そして純がいる。やはり一番目立つのは遥人だろう。
「なんだかんだ言っても芸能人ね。」
 夏頃にこのメンバーが家に集まって餃子を作って食べた。酒を飲みながら焼き餃子を食べていた姿を見て普通の人達だと思っていたのだが、やはりステージに立つと違う。キラキラしているように見えた。そして好きだと思っていた翔も、遠くに行ってしまっているような気がして沙菜はぎゅっと拳を握る。
 普段は側にいて、好きなことを言っているように思えた。なのに今はこんなに遠い。そして周りの客画商に声援を送る。それだけで別の人のように思えた。
「沙菜。」
 胸ポケットに入っているICレコーダーを切って芹は言う。
「どんな着飾って、どんな騒がれても、あいつはあいつだろ。俺には同じようにしか見えない。」
「え?」
「あの部屋に閉じこもってボッサボサの髪で無精ひげを伸ばして音楽を作っている翔と、今のキラッキラの翔は別人じゃ無いだろ。」
「……別の人に見えたわ。あたしには。」
「音楽を奏でているというのは変わらない。見た目だけだ。あんなにキラッキラしてんのは。」
 芹はそう言ってまたICレコーダーに手を伸ばす。ドラムのスティックの音がして四人が一斉に音を奏でる。すると観客のボルテージが一気に上がった。
「きゃああああ!」
「かっこいい!」
 純の細い指がギターの弦を器用に押さえて奏でていく。それを支えるように治のドラム、一馬のベースが冷静にそれを支え、翔のキーボードがその演奏に花を添える。
 そして遥人の歌が始まった。少しコブシが効いて、演歌風に歌う遥人の歌は聴いている人に心地良い。
 その演奏を湧き出沙夜は聴きながら、指でリズムを取る。治の悪い癖が出ていると思い、沙夜は治の方を見る。だが治は演奏に夢中でこちらに気がつかない。
 一曲目が終わり、沙夜は翔に視線を送った。だが一馬が気がついたらしく、すぐに治に駆け寄った。すると治は手だけで謝る。一馬ならわかってくれていたらしい。治は乗ってくるとリズムが速くなる癖があった。それに合わせている一馬が気がついてくれていたらしい。
 やはり一馬はこういうことに敏感だ。沙夜が言わなくても気がついてくれていたらしい。
「……気がついたな。」
 そう言われて沙夜はふと声のした方を見る。そこには西藤裕太の姿があったのだ。
「お疲れ様です。」
「あぁ。お疲れさん。「二藍」はどうだ。」
「割と順調だと思います。」
 お互いのミスをカバーしている。プロフェッショナルの集団なのだ。だからこそお互いが言い合っているように見える。
「治はいつもあんなに早くなるのか。」
「乗ってくるとですね。普段は安定しているんですけど。」
「まぁ仕方が無いな。俺も人のことは言えなかったし。」
 余計なアドリブを入れるといつもメンバーから言われていたのだ。やはり少し目立ちたいところがあるのだろう。
「さっきの曲もアレンジを変えたのか。」
「えぇ。六曲しますけど、全部アレンジを変えてます。」
「そのアレンジは「夜」が?」
「えぇ。口添えをしてくれました。」
 沙夜が「夜」であることは、「二藍」のメンツと裕太くらいしか知らないだろう。そして発売された音源も「夜」の名前がクレジットされることは無い。クレジットされればまた沙夜をあぶり出そうとしてくる輩が出てくるのだから。
「良いアレンジになっている。だがハードロックの枠からは少しずれている気がしないか。」
「そちらの方が良いのですかね。」
 沙夜はそう言うと裕太は少し首を横に振った。
「いいや。そういう枠は取っ払った方が良いと俺は思う。昔から思っていたことだ。ハードロックとは何だとね。」
「……。」
「遥人の歌が全ての答えだと思わないか。」
 演歌のような若干コブシの効いた歌。伸びのある声。それはおそらくハードロックの歌い方では無い。だがそれも音楽なのだ。
「えぇ。」
 芹はどう捉えるだろう。ライターとして、どう評価するのかわからない。
「それに聞いている人達はどう思うだろうな。ハードロックだ、ヘビメタだ、フォークだとみんなこだわっていて聴いていると思えない。要は客がどう満足するかだろう。」
 沙夜はその言葉に頷いた。
「君もその一人として堂々としていれば良い。どう評価をするかは観客席を見ればわかる。」
 アレンジをした部分にさしかかった。すると客はそのアレンジに満足しているように手を叩く。
「……嬉しそうだ。」
「西藤部長。それを言いたいためにここに?」
 すると裕太は肩をすくめて言う。
「少し気になってね。翔がソロのアルバムを出すのに、ライブなんかもするだろう。」
「そうですね。個人のライブは難しいかもしれませんが、こういったフェスであったりクラブのイベントなんかには出ることもあるかもしれません。」
「翔の様子はどうだった。」
「普段どおりだと思います。」
 翔はあまり他のバンドの人達とべらべら話をしたりしない。それはモデルをするときは尚更らしい。自分がイレギュラーの人間だからと言う考えがあるのだろう。
「やはりあまり人間嫌いは治らないようだな。」
「えぇ。」
「……あいつだけは心配だな。」
「どういうことですか?」
 ステージは盛り上がりを見せる。その様子に沙夜達は気がついていないように話を進めていた。
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