触れられない距離

神崎

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雑炊

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 キラキラしたライトの下で歌っている。声援と拍手が惜しみなく送られて、紗理那はソロでもやっていけると自信を持った。あんなメンバーの言うことなんか気にしていられない。
「俺がしたい音楽はこんなんじゃ無いんだよ。ロックってこんな音じゃ無いし、姿だけで売りたくないんだ。音楽で勝負をしたい。」
 「JACK-O'-LANTERN」のドラムの男がそう呟いたのがまだ耳に残っている。紗理那にとって音楽は二の次なのだ。一番は容姿。紗理那が自ら選んだ衣装だって、今日歌う音楽に合わせて海外の古い映画に出てくるようなヒロインのワンピースに似たようなモノで、動く度にスカートがひらひらと舞ってとても可愛い。
 サリーと呼ばれる度に、自信が出る。自分がやってたことは間違いじゃ無いと思うから。
 三十分の中で四曲歌い、紗理那はステージを降りる。そしてそのまま控え室へ行こうと思った。まだ控え室には翔が居るはずだ。相手にしていなくてもしつこく迫っていれば、そのうち心が揺れるかもしれない。そう思っていたその時だった。
「凄い中途半端な歌ね。」
 驚いて振り向くと、そこにはターバンを巻いた女性がいた。それはもうこの世界では長くレゲエを歌っている人で、名前はリリーという。もう結構歳を取っているはずなのに相当若く見えるし、その歌声も全く落ちることは無かった。
「何ですか?」
「このあとであたしが出るんだけど、どれだけ人が集まるかしらね。」
「お客さんは沢山入ってましたよ。」
「暗い客席は明るいステージからは見えないだけよ。奥までぎっしりというわけでは無かったみたいね。」
 確かにそうだ。奥までは見えなかったが、空席もあったように思える。
「……。」
「あなたは来年も歌うつもり?」
「ソロで今度曲を出しますけど。」
「ロックなの?それともポップス?」
「え……。」
 わからない。歌えといわれた曲を今ずっと聴いているが、それがどんなジャンルなのかと言われるとわからない。
「そんなこともわからないなんてねぇ。」
 おかしそうにリリーは口を押さえて笑う。すると紗理那はムキになったようにリリーに言う。
「リリーさんだって元ヤク中なんでしょ?」
 その言葉にリリーはすっと真顔になった。そして紗理那の頬に平手打ちをする。
 パシッという音がして、周りにいたスタッフが固まった。
「言って良いことと悪いことのこともわからない女だと思わなかったわ。あなたとは二度と仕事を一緒にしたくない。」
「何よ!おばさんのくせに若ぶって。本当のことを言われたら逆ギレするなんてヒステリーだわ。」
「はぁ?あなたこそ歳を考えなさい。十代のアイドルのつもりなの?その格好。」
 その騒ぎを聞きつけたスタッフが慌てて駆け寄った。そしてその後ろを紗理那のマネージャーもやってきて、紗理那をその場から促す。
「紗理那。こっちに来るんだ。」
「何よ。あたし何も悪いことを……。」
「良いから。」
 リリーはその紗理那の後ろ姿を見て、首を横に振る。
「あんな子が売れるわけが無いわ。売れたとしたら、世の中が間違ってる。」
 するとトランペットを持ったメンバーが頷いた。
「俺もそう思いますよ。リリーさんが間違っているとは思えない。」
「そう思う?」
「えぇ。まず態度が良くない。ライブが終わってバンドのメンバーに声もかけないって言うのはちょっとね。俺ら、別にカラオケしているわけじゃ無いんだから。」
「そういうことも含めて、あたしもそう思ったの。でもまぁ……手を上げる気は無かったんだけどね。イラッとしたらすぐに行動に出る癖は直らないわ。特に本番前はいつもイラッとしてしまって。不安なのよね。あたしも。お客さんを満足させられるようなパフォーマンスが出来るのかって。」
 そう言ってリリーは壁にもたれた。
「いつも大盛況ですよ。リリーさんの歌は。」
「ふふっ。でも終わってその時の音を録音したモノを聴きながらいつも反省会。そして次はもっと言いものをって思うの。」
 その時向こうの方で、「二藍」のメンバーがどこかへ向かうのを見た。それを見て、リリーは少し俯く。
「……あの子は驚異だわ。同じジャンルじゃ無くて良かった。」
「え?」
 そう言って男も振り向いた。そこには後ろ姿だけでわかる長髪の背の高い男がトイレへ向かっていた。
「……「二藍」の花岡さんですかね。」
「えぇ。「二藍」はこれからどんどん伸びるでしょうね。」
「花岡さんは前から評判が良いですからね。俺も何度か一緒に演奏をしたことがあるんです。」
「どうだった?」
「素直ですよ。癖が無いベースを弾いてて。ドラムのヤツがとてもやりやすそうだった。ちゃんと合わせてくれるんですよ。」
 そういう人をリリーは知っている。ストイックなDJだった。今は好きなことをしながら、愛する人と一緒に居るのだろう。過去は振り返らない。自分だってやってはいけないことをしたのだ。
 自分の歌をまだ必要としてくれる人が一人でもいれば、リリーは歌を歌う。そう思いながらスタッフの声にリリーはその足をステージへと向けた。

 トイレから帰ってきた一馬は「二藍」の人達がいる所に戻ってきて、またコードなんかを手にした。もうそろそろステージへ行かないといけない時間なのだ。
「なぁ、なんか騒がしかったよな。表。」
 遥人はそう聞くと、一馬は首を横に振って言う。
「喧嘩をしていたみたいだ。」
「喧嘩?誰が?」
「リリーとあのさっきステージに上がっていた女。」
「紗理那か。」
 すると一馬は頷いた。
「わからないでも無いが、正直すぎるな。あのリリーという女性は。」
「必死なんだろうな。前科があるし。」
「……前科?」
「薬で一度捕まってるんだ。まぁ、利用されたって感じもあるけど。」
「利用?」
「兄弟の中で、薬の密売をしてたヤツがいるんだよ。それに加担させられたみたいな。」
「詳しいな。お前。」
 感心したように一馬は言うと、遥人は呆れたように言った。
「少しはそっちのことも知っておいた方が良いと思うけどな。特に一馬も翔も割と女からつけ込まれやすいんだろうし。」
「純だってそうだろう。」
「純は相手にもしてないから良いんだよ。」
「……。」
「一馬はこの世界はもう長くなったから良いかもしれないし、純も治も割と長くなった方で断り方なんかはわかっていると思う。でも俺は翔が一番心配なんだよ。」
 割とボンボンな感じがする。だから沙夜と付き合って、沙夜が守ってあげて欲しいと思っていたのだ。だが肝心の沙夜は全く翔を相手にしていない。それがネックだと思う。
 その時モニターの向こうでは先程よりもひときわ大きな声援が送られていた。リリーが出てきて、アドリブでシャウトをする。それだけで盛り上がったのだ。
「さすがだな。」
「あぁ。でも負けてられるか。」
 遥人はそう思いながらそのモニターを見ていた。女だろうとジャンルが違うだろうと、かまわない。ライバルは沢山いるのだから。
「ふふっ。」
 壁にもたれていた沙夜が携帯電話を見て少し笑った。その様子に思わず翔が声をかける。
「どうしたんだ。」
「芹からのメッセージが面白くてね。」
「芹が?」
「やっと聴ける歌手が出てきたって。」
 芹にとっては苦痛の三十分だったのだろう。それでも仕事だから我慢しているのだ。沙夜がそう出あるように。
「さて、そろそろ行きましょう。」
「うん。」
 沙夜はそう言って五人を促す。それぞれの楽器を持って控え室をあとにした。「二藍」のあとは、一組しかいない。昔から活躍をしているバンドだった。だからこそ、席を温めておきたいと思っていたと同時に、自分たちに振り向かせたいと思っていた。それがそれぞれバンドの意地だったのかもしれない。
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