触れられない距離

神崎

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雑炊

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 芹と沙菜が歩いているだけで、人からはぎょっとした目で見られるようだ。風俗嬢の女とチンピラ崩れのような男。何も知らなければ美人局だろう。だが沙菜は全くそんなことを気にしていない。それよりもライブの方が気になるようだ。
「ほら見て。芹。」
 もらったパンフレットを見て、芹に沙菜は無邪気に話しかける。
「「二藍」の出番は結構あとだな。お前どうするんだ。それが始まるまでどっかに行っておくか?」
「えー?面倒だわ。聴いていくわよ。他のバンドだって。」
「んー。でも次ってこれだぞ。」
 そう言って芹はその名前に指を指す。それはサリーと書いていた。
「サリーって何?聞いたことないよ。」
「元「JACK-O'-LANTERN」」の紗理那だろ。解散してすぐこんなフェスに出れるんだな。」
 その名前に沙菜はため息を付いた。紗理那がこんな所に出てくると思っていなかったからだろう。
「歌ってそんなに上手くなかったんだけどなぁ。」
「今でもそこまでって感じだよ。あれくらいなら掃いて捨てるほどいるだろう。」
 ノリが良いからと言うことや、姿くらいでここの場にいるのだろう。あとは事務所との兼ね合いとかもあるのかもしれないが、どちらにしても本人の努力というのには少し違う気がする。
「でもまぁ、どれだけ歌えるのかは気になるところよね。」
「期待するなよ。」
 一度「JACK-O'-LANTERN」のライブを見に行った。あまり印象に残らなかったし、後ろの音楽はまとまっているように感じたが、歌だけが浮いていた。おそらく歌っている紗理那だけは後付けのように感じたところもあるし、翔の話では紗理那は音楽に関しては素人だという。カラオケで少し上手いと言ったところだろう。それでも売れたのは紗理那の姿と、キャッチーなメロディからなのだ。
「会場の中に入ろうよ。どれくらいバンドとバンドの間だって開いているの?」
「えっと二十分。」
「あと十分くらいか。場所を取っていようよ。」
 ライブの場所は自由席で、会場で自由に席を取るらしい。プロが出るようなフェスでは珍しいと思う。
「沙菜は先に取っておいてくれないか。俺、連絡をしないといけないところがあってさ。」
 沙菜のチケットは沙夜が融通した。だが芹のチケットは石森愛が都合したモノだった。これでまた記事を書いて欲しいと思っているらしい。
 フェスは長丁場で、初めから最後までいるのは辛いモノがある。なので前半と後半に別れて聴くことになっている。もちろん芹の言葉は辛口なので、前半の人と全く意見も違うというのも悪いので、録音したり録画している画像を見ながらの文章になるのだが。
 沙菜を会場にやると芹は携帯を取りだして、そのライターとメッセージのやりとりをする。どうやら前半にいたライターは女性らしい。桃という名前を使っている。この女性もまたかなり毒舌だと思った。
 ヒップホップのバンドのパフォーマンスは勢いだけだし、ジャズはジャズっぽく無い。アコースティックギター一本で歌っている歌手に至っては、何を言っているのかわからないので書きようが無いと言うらしい。
 石森愛からは桃はとても芹とは話が合うかもしれないと聞いていたが、やはりそうだと思う。そして沙夜にも少し似ている気がする。
 沙夜とはあの時以来、手を繋ぐことも無いしキスもすることは無い。当然セックスなど出来るはずも無い。だからもしかしたらあの時のことは夢だったのでは無いかと思い始めていた。
 だが夕べ、沙夜が芹の部屋にやってきて頬を染めながら手渡してきたモノがある。それはクリスマスに渡そうと思っていた沙夜からのプレゼントだった。嬉しくて思わず二人がいるのに抱きしめてしまった。部屋の中で良かったと思う。そして芹からのプレゼントも沙夜に手渡した。喜んでもらえているかわからない。
 そしてそれを芹は今日身につけてきた。久しぶりにあけたピアスだったが、穴が塞がっていなくて良かったと思う。そしてきっと沙夜の足下にはアンクレットがあるはずだ。見えない位置に付けるのはまだ堂々と出来ないからだ。
 いつか手を繋いで歩きたい。そのためにはまだ自分の中のゴタゴタを終わらせないといけないのだ。
 そう思いながら携帯電話の画面を閉じると、芹もまた会場の中に入っていく。観客席はまだ隙間があり、席も割と空いている。ステージではまだスタッフがセッティングをしていた。
 その中に気になる人がいた。ドラムの男。どこかで見たことがあると思っていたのだ。広い会場の中で沙菜を見つけると、芹はその隣に座る。パイプ椅子はあまり座り心地が良くないが中は暖かい。さっきまでのライブの熱気が籠もっているのだろう。
「よう。」
「ねぇ。ねぇ。あのドラムの子。可愛くない?」
「あー。あんなの好みなのか?」
「ううん。あたしどっちかってとがっちり系が好きだけどさ。ほら、顔が超可愛いのに、腕とかめっちゃ太い。」
「まぁな。ドラムだとそんな感じになるのかね。」
 あまり細いドラムというのは聞いたことがないな。芹はそう思いながらそのセッティングの様子を見ていた。
「ところでさ。芹ってピアスしてたっけ。」
「え?」
 そう言われて、芹は思わず耳に手を伸ばした。ニット帽で隠れるかと思ったのに、しっかり見えていたらしい。
「誰かからの贈り物?ね?誰?」
 すると芹の頬が赤くなる。
「誰でも良いだろ。」
「普段付けてなかったのにいきなり付けていると気になるじゃん。」
「気にするなって。」
「姉さん?」
 そう言われて更に芹の顔が赤くなる。これでは本当に沙夜と何かあったのがわかるようだ。
「別に良いだろ。」
「姉さんらしいと思ってさ。あまり着飾るの好きじゃ無いし。だってさ、実家にいたときのクリスマスプレゼントは何が良いって母親に聞かれて言った言葉なんだと思う?」
「さぁ。何だよ。」
「ずっと姉さんが好きなピアニストがいてさ。その人のCDだって。色気なさ過ぎ。」
 沙夜らしいと思った。だが好きなピアニストがいるのは初めて知った。あの部屋にはピアノのCDは無かったから。おそらくあのクローゼットの中にあるのだろう。
「沙夜らしいよ。お前は何を頼んだんだ。」
「あたし?あたし香水って言ったのよ。」
「香水ねぇ。ガキが付けるようなモノじゃ無いだろ?」
「子供用の香水ってのもあるのよ。それ。」
 双子でもこんなに違うのかと、母親が呆れていたのを覚えている。二人を足して二で割ればちょうど良いのにと言っていた。
「お母さんが言ってたの。一人しか産まないつもりで、でも二人が生まれてきて、二人で生まれてきた意味って何だろうって。」
「……生まないつもりだった?」
「二人もいらなかったって。」
 なのに生まれてきて二人の子供を見て、どちらを里子に出そうという気持ちだったのにそれは無くなったという。どちらも可愛い。どちらも愛しい。こんな天使みたいな子供が二人もいてくれるなんてラッキーだとも思い、それからそんな気分にはならなかったのだ。。
「なんか……うちの母親もそんなことを言ってた。」
 妹が生まれたとき、兄と一緒に病院へ行った。正直生まれてきた妹がそんなに可愛いとは思えなかったが、母親はずっと可愛いと言っていた。
「やっと生まれた女だったからかな。」
「妹さんとは連絡を取っているの?」
「うん。美容師になりたいんだってさ。」
「そんなことを言っていたわね。」
 歳が離れた妹は、芹にとっても可愛いのだろう。そして妹は兄夫婦に芹のことは言わない。そう言った意味でも芹にとってはありがたいのだ。
「他に兄弟はいないの?」
 裕太のことは言いたくなかった。だがそこで意味なく嘘をついて「いない」と言っても意味が無い。
「いるよ。兄が。」
「何してんの?」
「さぁな。」
 裕太のことはあまり言いたくない。それを感じて沙菜は少しため息を付いた。
「やっぱりなんか芹と姉さんって似てるわね。」
「沙夜と?」
「……姉さんは母さんを嫌っているけど、あたしから見ると姉さんと母さんは似てると思う。我が儘だし、融通が利かないところとか。あと……人を自分の思うように動かそうとするところとか。」
「……。」
「自信はあるのは良いけど、「二藍」のメンバーだってロボットじゃ無いんだから、もう少し意見を聞いた方が良いと思うんだけどね。」
「聞いてるよ。あいつは。」
「そうかな。」
「「二藍」の六人目のメンバーのようになってる。生き生きしているよ。最近。」
 音楽について口を出せるようになったからだ。そしてその旅に沙夜が遠くへ行ってしまう気がする。
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