触れられない距離

神崎

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雑炊

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 フェスの様子は控え室にあるモニターから確認が出来る。今はヒップホップのバンドがダンスミュージックとダンスで盛り上げているようだ。本当にジャンルレスのイベントなのだろう。
「あいつ、もうこういうイベント出れるんだな。」
 遥人はモニターを見ながら翔に言った。
「あいつ?」
 翔はやっと紗理那から解放されて、そのモニターを見ながらお茶を飲んでいた。
「水色のパンツのヤツ。」
「女?」
「あぁ、なんか薬をしていたとか言ってたのに。」
「薬ねぇ。」
 ドレッドヘアの女性だった。露出させた肩からはバラの入れ墨が見える。そういう女性なのだろう。
「この間、前のアイドルグループに入っていたときのメンバーが捕まってさ。」
「ん?そんなことがあったっけ?」
「お前、ちょっとはそういう話題にも慣れておけよ。」
 遥人の周りは少し騒がしかった。それはそのメンバーのことを聞きたいというマスコミが遥人に詰めかけたのだが、遥人は前のアイドルメンバーとは繋がりは無い。連絡を取り合うのはその中でも限られていて、その捕まったメンバーとは事務所を出て以来、連絡を取ることは無かったのだ。当然話を出来ることは無く、芸能事務所からの発表を受けてやっと遥人の身辺は静かになったのだから。
「それでその薬をしてたヤツってのは結構始めた時期って長かったのか?」
「らしいよ。俺がいたときはしてなかったから、俺が脱退してからって事かもしれないけど。正直迷惑でさ。」
「外見だけなら遥人もしてそうだと思うな。」
「うるさいな。俺は好きでこの格好と入れ墨を入れてんだよ。」
 その会話を沙夜は聞きながら、これからのスケジュールを確認していた。だがその手が止まる。
 芹の体にも入れ墨があった。それを聞くことはなかったが、どんな意味があるのかは気になるところだろう。
 体を合わせてわかった。感情のあるセックスはとても自分が高ぶって、自分が自分では無くなる感じがする。沙菜が事あるごとに言っていた、「最高のセックスがある」と言っていた意味がわかる気がした。それは感情の問題なのだろう。
 沙菜がそこまでいつも人を好きになってセックスをしているのかはわからない。それにいちいち好きになっていたら感情が持たないだろう。
 だったら好きだという感情が無くても「セックスをしよう」とお互いが思えば、そんな気持ちになるのだろうか。例えば、翔とでも出来るのかというと沙夜にはそれは出来ないと思う。翔が好きなわけでは無く、あくまで好きなのは芹なのだから。
「あ……。」
 バッグの中の携帯電話が鳴る。それを手にして、沙夜はメッセージをチェックした。そこには芹からのメッセージがある。
「会社から?」
 純が気がついて沙夜に聞いた。すると沙夜は首を横に振る。
「妹たちが会場に着いたって言ってね。」
「妹たちって……沙菜さんが?」
「えぇ。それから芹も。」
「芹さんって音楽とか聞くの?」
 音楽ライターをしているのだ。おそらく芹は仕事でここに来ている。「草壁」としてこのフェスのレポートをしたいのだろう。長丁場のフェスで、おそらく他のライターと交代してこのフェスにやってきたのだ。
「割と聴いているみたい。でも外国のモノが多いわね。」
「洋楽かぁ。どんな系統のモノを聴いているかは気になるな。今度、餃子会するときにでも聞きいてみたいな。」
「良いんじゃ無い?でもまた餃子なの?」
「水餃子。俺、元々焼いたモノより水餃子の方が好きで。」
「鍋だったわね。餃子を包むのは面倒だから、また包んでくれるかしら。」
「もちろん。それくらいはするわ。それからさ。」
 純は周りを見渡した。向こうではまだ遥人と翔がモニターを見ながらあぁだこうだと言っている。それに治も加わったり、他のバンドの人達もそれを見て交流をしているようだ。
 一馬は片隅でベースの弦を張り替えている。切れる前にやっておこうと思っているのだ。ステージで弦が切れたりしたら変わりは無いのだから。
「「紅花」のデビューが流れたんだ。」
「……え?」
「あの時の路上パフォーマンスのときに、志甫の後ろでピアノを弾いていた男わかる?」
「えぇ。髪が金色の人ね。」
「そいつ、捕まってさ。」
「捕まった?」
 遥人が入っていたアイドルグループの一人が薬で捕まった。そのきっかけになったのがその男だった。
 元々は同居している女性のDVが原因だったようだが、そこからいろいろ調べていくと薬の痕跡が見つかり、使用していたこと、そして売買していたことも明るみに出たのだ。そのアイドルグループの男にその男が薬を売っていたらしいのだ。
 それがわかったのは、雇っていた「Flower's」のオーナーである加藤英二が妙に金回りが良いことを不自然に思ったかららしい。
「そのDVを受けていたのって……。」
「志甫。」
 やはりそうだったのか。沙夜はそう思って少し頷いた。
「志甫さんは薬はしてなかったの?」
「してなかった。だから英二もまだ「Flower's」での歌手として雇う気でいるみたいなんだけどさ。」
 それでも前のように路上で呼び込みライブは出来ない。薬で捕まったのは周知の事実だし、志甫にまで疑いの目が向けられているのだから。
「店にまで疑いがかかるわね。」
「でもまぁ、そういう事はあの店は長いんだし、そういう事は英二の父親の代からしょっちゅうあったことだよ。今は閉めているけど、しばらくしたらまた営業を再開するって言っていたし。」
 それを翔は知っているのだろうか。いや、おそらく知らないだろう。遥人の入っていたアイドルグループのメンバーが捕まったことも知らないのだから。
「そう……そういう人がいると大変ね。」
「夜の店で、しかもK町なんだしさ。そういう事もあるよ。取り締まりなんて、どこかしこでもやっているみたいだし。」
 モニターではライブが終わり、次のアーティストのために準備をしていた。次は紗理那の出番らしい。準備の段階では紗理那は出てこない。まだ自分は歌うだけで良いと思っているのだろう。
「次って元「JACK-O'-LANTERN」の紗理那だろ。」
 治が意地悪そうに翔に言うと、翔は首を横に振って言う。
「興味なくなってきたな。」
「そう言うなよ。歌は上手いと思うけど。それにパフォーマンスも悪くないよ。あの女。」
 治は肯定的だが、遥人は首を横に振って言う。
「若いだけだろ。」
 それには翔も同意見だ。若さだけで乗り切っている気がする。沙菜と同じくらいの年齢だったらおそらく二十五,六くらいだろう。なのにミニスカートをはいてパフォーマンスをするのは若い女性からは「痛い女」と言われかねないのだ。それは歌の上手さを消している気がする。
 まずは外見から入るのだから。そう思うと翔は自分の私服を思い出す。
 翔自体はあまり洋服なんかにこだわりは無い。今の時期ならジーパンとセーターと少し厚手の上着があれば外に出られる。だがそれだけでは普通なのだ。
 沙夜と一緒に居られるためには少し着飾った方が良いのかもしれないと思う。
「なぁ。遥人。」
「何だよ。」
 遥人はお茶を飲んで翔に聞く。
「今流行っている洋服のブランドってあるの?」
「はぁ?服?お前、あんまり服なんかにこだわらなかっただろ?」
「そうだけどさ。」
 ちらっと沙夜の方をみる。あぁ。そういう事かと遥人は納得すると、翔に言った。
「外見で見てないだろ。あの人。」
「……俺だって最低限で良いと思ってるんだけどさ。」
 少なくとも芹よりは小綺麗にしているはずだ。それでも沙夜の心が最近芹に傾いている気がする。それを自分に向けるためにはそういう事をしないといけないのかと思っていたのだ。
「こだわることは無いだろう。」
 その後ろから一馬がやってきた。モニターに映った文樹が気になったのだろう。
「一馬。」
「翔はそれよりも体を少し動かしたらどうだろうか。三十過ぎると太るぞ。」
「……ジムは年明けからかな。一馬の薦められたところ、この間行ってみたよ。」
「あそこは沙菜さんも行っているみたいだな。一度会ったことがある。」
「沙菜に?」
「あぁ見えてあの女は結構ストイックだな。」
 ちらっと沙夜と純が話をしているのを見た。双子だという沙菜も自分に厳しいのだろう。沙夜は音楽に、沙菜は自分の体に惜しみなく努力をしている。
「努力が全て報われるわけでは無いが、後悔はしないくらいのことは手を尽くしたいと思うよな。」
 それは画面に今映っている、文樹に当てているようだ。今、スタートラインに立っている。遙か向こうにいる治に追いつこうとしてもがいていて、手探りをしているように見えた。自分だってそうだったのだ。
 だからこそ、手を差し伸べてやりたいと思う。
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