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パウンドケーキ
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リハーサルが終わると、翔は沙夜の姿を探した。だが沙夜はどこにも居ないような気がする。いつもリハーサルには付いているのにどこへ行ったのだろうと思っていた。その時、別のバンドの男が声をかける。
「翔さん。」
バンド形態でも珍しいことでは無いが、DJをしている男だった。最近特に売れているらしい。
「どうしました。」
「今日って望月さんのイベント行きます?」
「このあとに。」
「俺も行くんですよ。終わったら一緒に行きませんか。タクシー乗り合いで。」
それは翔自身はかまわないが、あまりこの男のことをよく知らない。それに沙夜も気になるのだ。
「すいません。その前に俺、行きたいところがあって。」
「じゃあ、現地集合ですね。」
「えぇ。」
そう言って男は自分バンドのところへ行ってしまった。それに遥人がいぶかしげに声をかける。
「誘われたか?」
「うん。」
「断ったんだろう?」
「あまり知らない男だったし。」
「……良かったよ。」
「え?」
遥人は少しため息を付くと、翔に言う。
「あいつ、薬の噂があるんだよ。誘われるぞ。」
「へ?」
気がつかなかった。その言葉に翔は驚いて遥人を見る。
「目がイッちゃってるじゃん。良くテレビに出れるよな。」
「マジか。」
「そういう所。翔。気をつけろよ。お前、もう少しさ、沙夜さんと一緒に居た方が良い。あの人結構そう言うところが敏感だから。」
遥人は少しため息を付くと、その出口の方へ向かう。すると沙夜が戻ってきたようだ。
「沙夜さん。どっかに行ってたの?」
すると沙夜はため息を付いて言った。
「慎吾さんが来てて。」
「慎吾?あぁ。翔の弟って言ってたか。」
「こっちで仕事かな。」
すると沙夜は首を振って言う。
「沙菜と連絡が取りたいの一点張り。疲れたわ。」
「俺、事務所に言っておこうか?」
遥人はそう聞くと、沙夜は首をひねって言う。
「プライベートのことまで事務所って立ち入るの?」
「ある程度大人になったら立ち入らないけど、ちょっといきすぎたモノは注意をするよ。それにあの男さ。」
ちらっと翔の方を見る。すると翔は首を横に振って言う。
「かまわないよ。俺、弟とは滅多に連絡も取らないし、お互い良い関係じゃ無いんだ。」
「そうなのか?」
その時別バンドと話をしていた三人もこちらにやってこようとしていた。
「こういうのが音楽番組の醍醐味だよな。」
純は嬉しそうに三人のところにやってくる。
「誰もついていってなかったぞ。お前らの会話。」
一馬が呆れたように言うと、治も苦笑いをして言う。
「一馬だってそうじゃん。ベースのなんだかんだって結構マニアックな話しているなって思った。」
「俺はあまり楽器にはこだわらないんだけどな。」
上機嫌で駆け寄ってきた純だったが、翔をはじめとした三人の表情が浮かないのに気を遣う。
「何かあったのか?」
「翔の弟に沙夜さんが絡まれたらしい。」
「へ?あぁ、何か役者をしているって弟?こっちで撮影か何かか?」
「そうみたいなんだけど。ほら、沙菜さんに凄い関わりをもとうって、必死だったみたいでさ。」
すると一馬は呆れたように言う。
「AV女優だからといって何も変わらないと思うんだがな。」
「お、一馬。そっちの人と繋がりがあるのか?」
すると一馬は首を横に振る。
「いいや。俺じゃ無い。」
そういう人が居た。繋がりを持たされて、今の立場から引き釣り下ろそうとした男が。結局はまったのはAV女優の方だったが、ひどい捨てられ方をしたのを目の前で見てしまったのだ。嫌な思い出だと思う。
楽屋に戻り、石森愛達に連絡をする。このあとに五人は写真を撮るのだ。その間、遥人はぽつりと翔に言う。
「あの慎吾ってヤツさ。ヒモなんだよ。」
「ヒモ?」
翔は意外そうにそれを聞く。確かに住所を教えて欲しいと言った時もはぐらかしていたようだが、まさか女のところに転がっていたとは思ってもいなかった。
「ヒモかぁ……。バンドをしているヤツとか芸人とかでは良くある話だけどな。」
「女を次々に変えててさ、ちょっと事務所からも注意が出てたんだ。乗り込んでくる女もいたみたいだし。でもなんか……。」
遥人はお茶を飲んで少し黙る。
「ヒモってのはさ、割とまめじゃ無いと出来ないんだよな。女に食わせてもらっているわけだし、その間掃除とか洗濯とか家事をしないといけない。欲しいものがあっても金をくれって直談判しないといけないわけだし。」
「確かになぁ。」
治も似たような時期はあったが、そのおかげで家事一切のことは出来る。奥さんから不自然がられるが、事実は言えるはずが無いのだ。
「でもほら、一度料理人の役が来た時、「あいつは使えない」って言われたみたいなんだ。手際が悪すぎるみたいだ。」
「手際?」
「包丁を持つ手とかが危なっかし過ぎるって。」
その言葉に沙夜は首をひねる。料理というのは確かに慣れもあるだろうが、それは料理人をするという役が来たら、それなりに練習するのが役者では無いのだろうか。そう思っていたのだが、その努力もせずにただ女のすねだけをかじるような男なのだろうか。
翔がこれだけまともに育っているのに、弟だけがそんなに駄目だとは思えない。何か別に理由があるのでは無いかと思う。
「あと、台詞を覚えるのに凄い時間がかかるって言ってたし。でも役者としては結構使えるみたいなんだけど。ほら、憑依型って言うか。」
「乗り移っているみたいな感じか?」
「俺はそこまで出来ないけど。あの人は結構凄いらしいよ。二時間サスペンスの犯人の役なんかした時なんか、鬼気迫ってるって噂だったし。だから事務所的にもあまり切りたくない男みたいだ。」
その言葉に沙夜は更に首をひねる。そこまで出来るのに欠陥があると言う事実に不思議に思ったからだ。そしてそれに対して翔が何も言わないのも気になる。
「それでも、沙菜さんに近づきたいから沙夜さんにしつこく言ってくるってのはちょっと違うな。」
治はそう言うと、純は冗談交じりに言う。
「英二に話をしても良いけど。」
「英二さん?」
沙夜がそう聞くと、純は少し笑って言う。
「女のすねをかじるような男は、男に掘ってもらえば良いんだよ。そういう人も居るみたいだし。」
「辞めとけ。純。」
一馬がそう言うと、純は珍しくへらっと笑う。
「冗談だよ。」
それでも純はいらついていたように思える。プロ意識が強い純なのだ。そうやって外道な真似をして食っている男が嫌なのだろう。
「千草さん。」
沙夜は黙っている翔に声をかける。翔はいつもどおりに見えたがやはり少し顔が引きつっているように思える。それに沙夜はため息を付いた。その時、楽屋のドアがノックされる。
「はい。」
治がドアを開けると、そこには愛と児玉の姿があった。
「お邪魔するわね。あぁ、堅苦しくない写真にするつもりだから、オフショットみたいな感じね。」
「OKです。」
さっきと調子の変わらない愛に、この場の雰囲気が少し軽くなったような気がした。それが少し嬉しい。
「前列が遥人と翔ね。あら。翔。どうしたの?顔が引きつっているわ。さっきのリハーサル悪くなかったようなのに。」
すると翔は何か言おうとした。だがぐっと唇を噛むと、愛に言う。
「何でも無いです。あの……。」
「どうしたの?」
「ちょっとアレンジも違ったし、こうしたかったなぁって思って。」
本当は違うと沙夜は思っていた。だが愛はその言葉を信じたのだろう。愛は少し笑って翔に言う。
「その少しの違いとか、ミスとか、自己満足じゃ無いの?」
「え?」
「聴いている人は良いといっているのに、演奏者が駄目だと言ったら聴いている人はなんて思うかしらね。」
すると翔は顔を上げる。その通りだと思ったからだ。音楽を奏でるのは自己満足で終わったらいけない。商売をしているのだから、聴いている人が満足出来なければ意味が無いのだ。それを少し忘れていたような気がする。
「そうですね……。」
「あなた方が出来る精一杯のパフォーマンスが、視聴者やファンのクリスマスプレゼントなんだから、しゃんとしなさい。」
沙夜はその言葉を聞いて、自分ではこんなことは言えないなと思っていた。芹が愛を母のようだと言っていた意味がわかったような気がする。そしてこんな女性に自分が慣れるのだろうかと思っていた。
「翔さん。」
バンド形態でも珍しいことでは無いが、DJをしている男だった。最近特に売れているらしい。
「どうしました。」
「今日って望月さんのイベント行きます?」
「このあとに。」
「俺も行くんですよ。終わったら一緒に行きませんか。タクシー乗り合いで。」
それは翔自身はかまわないが、あまりこの男のことをよく知らない。それに沙夜も気になるのだ。
「すいません。その前に俺、行きたいところがあって。」
「じゃあ、現地集合ですね。」
「えぇ。」
そう言って男は自分バンドのところへ行ってしまった。それに遥人がいぶかしげに声をかける。
「誘われたか?」
「うん。」
「断ったんだろう?」
「あまり知らない男だったし。」
「……良かったよ。」
「え?」
遥人は少しため息を付くと、翔に言う。
「あいつ、薬の噂があるんだよ。誘われるぞ。」
「へ?」
気がつかなかった。その言葉に翔は驚いて遥人を見る。
「目がイッちゃってるじゃん。良くテレビに出れるよな。」
「マジか。」
「そういう所。翔。気をつけろよ。お前、もう少しさ、沙夜さんと一緒に居た方が良い。あの人結構そう言うところが敏感だから。」
遥人は少しため息を付くと、その出口の方へ向かう。すると沙夜が戻ってきたようだ。
「沙夜さん。どっかに行ってたの?」
すると沙夜はため息を付いて言った。
「慎吾さんが来てて。」
「慎吾?あぁ。翔の弟って言ってたか。」
「こっちで仕事かな。」
すると沙夜は首を振って言う。
「沙菜と連絡が取りたいの一点張り。疲れたわ。」
「俺、事務所に言っておこうか?」
遥人はそう聞くと、沙夜は首をひねって言う。
「プライベートのことまで事務所って立ち入るの?」
「ある程度大人になったら立ち入らないけど、ちょっといきすぎたモノは注意をするよ。それにあの男さ。」
ちらっと翔の方を見る。すると翔は首を横に振って言う。
「かまわないよ。俺、弟とは滅多に連絡も取らないし、お互い良い関係じゃ無いんだ。」
「そうなのか?」
その時別バンドと話をしていた三人もこちらにやってこようとしていた。
「こういうのが音楽番組の醍醐味だよな。」
純は嬉しそうに三人のところにやってくる。
「誰もついていってなかったぞ。お前らの会話。」
一馬が呆れたように言うと、治も苦笑いをして言う。
「一馬だってそうじゃん。ベースのなんだかんだって結構マニアックな話しているなって思った。」
「俺はあまり楽器にはこだわらないんだけどな。」
上機嫌で駆け寄ってきた純だったが、翔をはじめとした三人の表情が浮かないのに気を遣う。
「何かあったのか?」
「翔の弟に沙夜さんが絡まれたらしい。」
「へ?あぁ、何か役者をしているって弟?こっちで撮影か何かか?」
「そうみたいなんだけど。ほら、沙菜さんに凄い関わりをもとうって、必死だったみたいでさ。」
すると一馬は呆れたように言う。
「AV女優だからといって何も変わらないと思うんだがな。」
「お、一馬。そっちの人と繋がりがあるのか?」
すると一馬は首を横に振る。
「いいや。俺じゃ無い。」
そういう人が居た。繋がりを持たされて、今の立場から引き釣り下ろそうとした男が。結局はまったのはAV女優の方だったが、ひどい捨てられ方をしたのを目の前で見てしまったのだ。嫌な思い出だと思う。
楽屋に戻り、石森愛達に連絡をする。このあとに五人は写真を撮るのだ。その間、遥人はぽつりと翔に言う。
「あの慎吾ってヤツさ。ヒモなんだよ。」
「ヒモ?」
翔は意外そうにそれを聞く。確かに住所を教えて欲しいと言った時もはぐらかしていたようだが、まさか女のところに転がっていたとは思ってもいなかった。
「ヒモかぁ……。バンドをしているヤツとか芸人とかでは良くある話だけどな。」
「女を次々に変えててさ、ちょっと事務所からも注意が出てたんだ。乗り込んでくる女もいたみたいだし。でもなんか……。」
遥人はお茶を飲んで少し黙る。
「ヒモってのはさ、割とまめじゃ無いと出来ないんだよな。女に食わせてもらっているわけだし、その間掃除とか洗濯とか家事をしないといけない。欲しいものがあっても金をくれって直談判しないといけないわけだし。」
「確かになぁ。」
治も似たような時期はあったが、そのおかげで家事一切のことは出来る。奥さんから不自然がられるが、事実は言えるはずが無いのだ。
「でもほら、一度料理人の役が来た時、「あいつは使えない」って言われたみたいなんだ。手際が悪すぎるみたいだ。」
「手際?」
「包丁を持つ手とかが危なっかし過ぎるって。」
その言葉に沙夜は首をひねる。料理というのは確かに慣れもあるだろうが、それは料理人をするという役が来たら、それなりに練習するのが役者では無いのだろうか。そう思っていたのだが、その努力もせずにただ女のすねだけをかじるような男なのだろうか。
翔がこれだけまともに育っているのに、弟だけがそんなに駄目だとは思えない。何か別に理由があるのでは無いかと思う。
「あと、台詞を覚えるのに凄い時間がかかるって言ってたし。でも役者としては結構使えるみたいなんだけど。ほら、憑依型って言うか。」
「乗り移っているみたいな感じか?」
「俺はそこまで出来ないけど。あの人は結構凄いらしいよ。二時間サスペンスの犯人の役なんかした時なんか、鬼気迫ってるって噂だったし。だから事務所的にもあまり切りたくない男みたいだ。」
その言葉に沙夜は更に首をひねる。そこまで出来るのに欠陥があると言う事実に不思議に思ったからだ。そしてそれに対して翔が何も言わないのも気になる。
「それでも、沙菜さんに近づきたいから沙夜さんにしつこく言ってくるってのはちょっと違うな。」
治はそう言うと、純は冗談交じりに言う。
「英二に話をしても良いけど。」
「英二さん?」
沙夜がそう聞くと、純は少し笑って言う。
「女のすねをかじるような男は、男に掘ってもらえば良いんだよ。そういう人も居るみたいだし。」
「辞めとけ。純。」
一馬がそう言うと、純は珍しくへらっと笑う。
「冗談だよ。」
それでも純はいらついていたように思える。プロ意識が強い純なのだ。そうやって外道な真似をして食っている男が嫌なのだろう。
「千草さん。」
沙夜は黙っている翔に声をかける。翔はいつもどおりに見えたがやはり少し顔が引きつっているように思える。それに沙夜はため息を付いた。その時、楽屋のドアがノックされる。
「はい。」
治がドアを開けると、そこには愛と児玉の姿があった。
「お邪魔するわね。あぁ、堅苦しくない写真にするつもりだから、オフショットみたいな感じね。」
「OKです。」
さっきと調子の変わらない愛に、この場の雰囲気が少し軽くなったような気がした。それが少し嬉しい。
「前列が遥人と翔ね。あら。翔。どうしたの?顔が引きつっているわ。さっきのリハーサル悪くなかったようなのに。」
すると翔は何か言おうとした。だがぐっと唇を噛むと、愛に言う。
「何でも無いです。あの……。」
「どうしたの?」
「ちょっとアレンジも違ったし、こうしたかったなぁって思って。」
本当は違うと沙夜は思っていた。だが愛はその言葉を信じたのだろう。愛は少し笑って翔に言う。
「その少しの違いとか、ミスとか、自己満足じゃ無いの?」
「え?」
「聴いている人は良いといっているのに、演奏者が駄目だと言ったら聴いている人はなんて思うかしらね。」
すると翔は顔を上げる。その通りだと思ったからだ。音楽を奏でるのは自己満足で終わったらいけない。商売をしているのだから、聴いている人が満足出来なければ意味が無いのだ。それを少し忘れていたような気がする。
「そうですね……。」
「あなた方が出来る精一杯のパフォーマンスが、視聴者やファンのクリスマスプレゼントなんだから、しゃんとしなさい。」
沙夜はその言葉を聞いて、自分ではこんなことは言えないなと思っていた。芹が愛を母のようだと言っていた意味がわかったような気がする。そしてこんな女性に自分が慣れるのだろうかと思っていた。
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