触れられない距離

神崎

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パウンドケーキ

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 そろそろリハーサルとかそんなところだろう。沙菜はホールの控え室でメイクをされながらそう思っていた。同じような女優がやはり同じようにメイクをされている。だがこういう女優は割と感情の起伏が激しく、機嫌良く話をしていたと思ったら急に怒り出したりすることもまれにあるのだ。沙菜はまだ安定している方だろう。
 それでも客席の前に立つと愛想良くなるのだからプロ意識が半端ない。沙菜はそう思いながら、赤い口紅を塗られていた。
「日和ちゃんは赤が似合うね。」
「そうかな。」
 赤が似合うのは派手な顔立ちだからだろう。同じような顔をしている沙夜だってきっと同じように赤が似合うだろうに、沙夜はいつも黒とか白しか着ない。モノトーンばかりなのだ。
「日和ちゃん。」
 スタッフが沙菜に声をかけてきて、沙菜は鏡越しでそのスタッフを見る。
「どうしました?」
「身内の人ってのが来ているよ。」
「身内?」
「呼ばれたって言ってたけど。身に覚えが無ければ追い返すよ。」
 身内だと言えば会わせてくれると思って、そう口走るファンもいるのだ。それに沙菜も警戒している。だが携帯電話を見てふと思い出した。
「あぁ。ごめん。呼んでたのを忘れてた。これ終わったら行きますって言っておいてくれるかな。」
「良いよ。」
 スタッフはそう言って部屋を出て行く。あまり男がいたら行けないような所なのだ。この部屋にはヘアメイクが居るが、全て女性でその年代は様々だと思う。
「彼氏?」
 口紅をしまったメイク担当の女性がそう聞くと、沙菜は首を横に振った。
「同居している人。姉と一緒に。」
「男の人?」
「男二人と女二人。」
「4P出来るね。」
「しないよ。」
 沙夜に限ってそんなことはしないだろう。沙菜であれば別の相手でもっと多人数とすることもあるが、翔相手ではないと意味が無いような気がする。
 衣装を汚さないためのケープを取れば、ステージに上がる衣装になる。他の出演者よりも衣装の布が多い。だがスカートにスリットが深く入っていて動く度に太ももまであらわになるようだ。ガバッと開いているよりもこちらの方がかえっていやらしく見える。それが沙菜の狙いでもあるのだ。
 その衣装の上から着てきたコートを羽織り、バッグを持つと部屋から出て行った。高いヒールは履き慣れていて、階段を上ったり降りたりしても体勢を崩すことは無い。ような慣れなのだ。それに昔の経験が役に立っている。
 そう思いながら階段を下っていき、表口から出て裏口の方へ足を向ける。するとそこには芹の姿があった。
「芹。」
「使いっ走りにするなよ。お前さ。」
「ごめん。ごめん。」
 芹はそのままバッグから携帯電話の携帯用充電器を取り出す。そして沙菜に手渡した。
「充電切れそうだったのに死ぬじゃん。」
「携帯の充電が無くなっただけで死なねぇよ。それにしても派手な化粧だな。それでステージとかに立つのか?」
「いいでしょ?」
「さぁ。わかんねぇ。」
 その言葉に沙菜は頬を膨らます。芹はいつもそうだ。裸に近いような格好をしていても、目の前の携帯用のゲームにしか興味が無さそうに見える。
「ところでさ。「二藍」を録画してる?」
「お前が一昨日していたじゃん。どっちにしてもあの番組見ながら、新年会をするって張り切ってたし。」
「空けとかないと。ね?芹も空けてる?」
「一応な。」
 すると沙菜は少し笑って芹に言う。
「そのあとさ。抜けない?」
「お前と抜けても仕方ないだろ?」
「芹があたしと抜けても仕方ないでしょ?あたしは翔と抜けるから。姉さんと抜ければ良いじゃん。」
 その言葉に芹の顔が赤くなる。あの時の夜を思い出したからだ。
「何馬鹿なことを言ってんだよ。俺と沙夜が何かあるって……。」
「あるじゃん。」
 沙菜はそう言って少し笑った。すると芹は更に顔を赤くする。
「高校生みたいね。芹。」
「勘弁してくれよ。もう俺、行くわ。これから用事があるんだよ。」
「用事?」
「仕事の。」
「そうなんだ。わかった。ありがとう。わざわざ。」
 芹は首を横に振ると、そのままその裏口から表通りに出る。そしてそのビルの前にある看板を見た。まるでストリップの広告のような看板だと思う。「専属A○女優トークショー」と書いてあった。そしてその下には沙菜や別の女優の姿が映し出されている。もちろん服は着ているが、嫌でもスタイルは目に映るだろう。
 こういうトークショーやイベントをこなして、自分たちのソフトを売り上げようとしているのだ。もちろん沙菜もデビュー当時辛いままでしていることはあまり変わらない。売れているからと言って手を抜くことは無いのだ。その辺は「二藍」とかぶるところがある。
 似たところがある四人が同居をしている。だからうまくやっているのだろう。そう思いながら芹は、その場をあとにした。その時だった。携帯電話が鳴る。
「はい……。」
 登録の無い番号なのだが通話を押す。フリーで書いているからには、どんな依頼人から来るかわからない。だから登録していない番号でも一応出るのだ。
「……年明けですね。わかりました。詳しいことは……。」
 その時ふと視線の先に見覚えのある人が居た。ベビーカーに子供を乗せた女性。その人が見えてさっと芹は視線をそらせる。そして来た道とは逆方向へ歩いて行った。

 リハーサルを見ている間、沙夜はトークのチェックなどをしている。スタイリストは頭が悪かったが、ディレクターは話が通じる人で良かったと思う。司会者もお馴染みの顔だ。特に遥人を気に入っているらしく、なんだかんだとトークを振ってくるがあまり話はしないで欲しいと思っていた。だがそれも遥人が嫌がればそうして欲しいと言うくらいで、本人が嫌がってなければそれでいい。
 そう思いながら他の人がリハーサルをしている間、沙夜はスタジオをあとにしてその方向でと西藤にメッセージを送っていた。
 そしてそれが終わるとまたスタジオに戻ろうとした。その時だった。隣のスタジオから、一人の男が出てくる。その人に視線を合わせないままスタジオに戻ろうとした。だが男から肩を掴まれる。
「何ですか?」
 思わず声を上げて男の手を振りほどいた。
「冷たいですね。前にスタジオで会ったのに。」
「……千草さんの弟さんだと聞きましたが、何の用事ですか。」
 翔の弟である千草慎吾。役者の卵だと言っていた。
「兄はこの中に?」
「今はリハーサル中なんです。早く戻らないと。」
 ドアを少し開けると「二藍」では無い人達の曲が流れている。おそらくアイドルか何かだろう。
「日和ちゃんと連絡を取るのは諦めたんですよ。というか……もう指示もされていないし。」
「誰かの指示で?」
 すると慎吾は少しため息を付いて言う。
「同じ女優ですよ。あっちにしてみたらセフレの一人だったんでしょうけどね。」
「あなたがセフレを沢山持っているのでは無くて?」
「いいえ。俺は面倒くさくて。」
 この辺は翔によく似ていると思った。だからといって心を許すわけでは無い。
「何のために?」
「つまり……まぁ、あぁいう世界は足の引っ張り合いが露骨だってことでしょう。限られた人にしか専属の女優になれない。引きずり下ろさないと自分が上がれないって思ってたから。」
「……。」
 どこの世界も似たようなモノだ。天草裕太が「二藍」を陥れようとしていたように、沙菜もまた狙われている存在なのだろう。
「その女優とあなたがまだ繋がりが無いとは言えませんよね。」
「無いですよ。この間捕まったんで。」
「捕まった?」
「薬で。」
 つまり自滅したと言うことだろう。これで慎吾が沙菜に近づく理由は無くなったのだ。
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