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パウンドケーキ
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新しい衣装が運ばれてきて、沙夜と五人はそれを見てほっとした。まともな衣装だったからだ。革のパンツや白いシャツ、僅かに装飾品があるのは衣装代わりと抑えめにしている分、そういったところで主張をして欲しいと言うことだろう。
五人が着替えている間、児玉と愛は外の廊下で待っていた。その間にも愛に声をかけてくる人はいる。
「お疲れ様です。今日は「二藍」さんですか?」
「えぇ。」
「来月の特集は「二藍」さんですか?」
「違うわよ。来月は「PHANTOM」。年明けに取材をがっつりとね。」
「なーるほど。」
大柄で派手な愛は、近寄りがたくも感じるが実はそうでも無いことは関わっていた人ならわかっていることだった。沙夜も初めて会った時には、一歩引いていたのかもしれない。なんせ、芹が母親のように慕っているというのだから。
お茶の入ったペットボトルを手にして、沙夜は再び愛達の元へ戻っていく。
「すいません。ゴタゴタに巻き込まれてしまって。」
「良いのよ。」
「良かったらこれを。」
「あら。お気遣い悪いわね。」
そう言って児玉と愛にお茶を渡した。まだ五人の着替えは終わらないようだ。
「泉さんってあんなに怒ることがあるんですね。」
児玉はそう言って少し笑うと、沙夜は手を振って否定する。
「あまり感情を表に出すものでは無いと上司からは言われていたんですけど、ちょっと我慢が出来なくて。」
「わかるわ。あの格好では「二藍」のイメージと違いすぎるもの。何を参考にあのスタイリストはあの衣装を用意したのかしら。」
ペットボトルの蓋を開けてそのお茶を口に入れる。美味しいというわけではないが、冷えた廊下ではこの温かさがありがたい。
「イブですしね。緑というのはやはりクリスマスカラーだからでしょうか。同じような番組も他局でありますし、差を付けたいと思っているのもあるみたいですけどね。」
「あの衣装は「二藍」のテイストとは違いすぎるわ。でも泉さんが言って正解だと思う。でも、あなたはいつもそんな感じなのかしら。」
「いつもというと?」
「怒鳴ったりすること。」
すると沙夜は首を横に振る。
「普段はそこまで言うことは無いんですけど。どうしても今日は我慢が出来なくて。」
「「二藍」の五人が大人しくあの衣装に袖を通したのは、五人のイメージもあるしテレビ局との関係をこれからも続けたいからだというのはわかるわ。だから泉さんが担当で五人を代弁するというのも正解かもしれない。だけどね。」
愛はペットボトルの蓋を締めると沙夜に言う。
「あなたはそれで危ない目に遭ったことがあるんじゃ無いの?」
その言葉に児玉は少し前のことを思い出していた。「二藍」のファンが、沙夜を突き飛ばして怪我をさせたこと。カッターナイフで襲われかけたこと。
沙夜はずっと傷を作りながら、耐えてたのかもしれない。
「男性五人のバンドですし、女は私一人です。だから誤解も相当されましたね。そして今でも誤解をされているんです。あの五人とただならぬ関係では無いかとか。」
「担当が変わる度に、関係を持っていたら会社にどれだけ穴兄弟や竿姉妹が出来るのかって思うわ。」
「少し関係を持ちすぎたかもしれませんが、それでも五人だけでは「二藍」は成立しないと思うから。」
すると児玉が沙夜に声をかける。
「泉さんは五人と関係があるって言うよりも、どちらかというと母親っぽいですね。」
「私が一番年下ですが。」
「あら。そうなの?ずいぶん大人びていると思ったのに。」
「そうですか。あまり言われたことは無いですね。」
「結婚はされているの?」
その言葉に沙夜は首を横に振る。結婚どころか恋人もいないのだから。だがふとあの時の夜を思い出す。芹とキスをしたあの夜のことを。そう思うと顔が赤くなりそうだ。
「してません。恋人もいたことはありませんから。」
意地になっているような気がした。だから愛もそれ以上は聞かなかった。だが少し思い出すことがある。それは芹のこと。
芹と一時期連絡が取れなかったことがある。女に騙されて全てを失ったからだ。だが芹の文章は見てわかる。それくらい長い付き合いをしていたからだ。だから愛の方から連絡を入れた。そして再会した芹は、今の沙夜と同じような目をしていたと思う。恋などしない。人を好きになることは無いと意地になっていたあの頃と同じだった。
「泉さん。合コンでもしないかしら。」
「合コン?」
「うちの会社の部下と、そちらの会社の。年明けにでも。」
すると沙夜は首を横に振る。
「会社同士でするのであれば話をしておいても良いですが、私は行きません。あまり興味が無いので。」
すると楽屋のドアが開いた。そこには治の姿がある。派手だが紺がベースのシャツを着ていて、やっとまともになった感じがした。
「お待たせしました。」
「あれ?橋倉さん。ハットをかぶると言ってませんでしたか。」
「ドラム叩いているとハットがどっかいってしまうからさ。どうしてもかぶって欲しいなら、紐が付いているモノを選んできて欲しいって言ったんだよ。」
「まぁ……それもそうですね。他の方はどうですか。サイズとかは大丈夫ですか。」
沙夜が部屋に入り、そのあとを愛と児玉も入っていった。さっきとは違った落ち着いた格好になっている。遥人だけは少し派手な赤いシャツを着ているが、それでも先程よりはましだ。
「良いですね。」
「このシャツ良いな。どこのメーカーなんだろ。」
純はそう言ってその自分が着ている黒いシャツを鏡で見ていた。翔も白いシャツの上からジャケットを羽織っていて、いつもどおり王子様のようだと思う。
「さっきよりはましね。」
愛もそう言って少し笑う。
「あれ?花岡さんは手首にブレスレットをしているんですか?ギターとかベースの人は手の周りの装飾品が苦手って人も多いのに。」
児玉はそう聞くと一馬はそのブレスレットに触れながら児玉に言う。
「これは俺の私物でね。邪魔にならない。もう慣れたモノだ。」
「へぇ。」
どうしても一馬は今日、これを外したくなかった。奥さんとおそろいのモノだからだ。結婚した時、指輪を贈ったのだがこちらの方が思い入れがある。奥さんから初めてもらった贈り物だからだ。
クリスマスイブなのに一緒に居れないのだ。だが今日は奥さんも忙しくて、テレビどころでは無いだろう。息子の迎えすら今日は一馬の実家に任せているのだ。
それは治の所もそうだし、純も今日は英二と過ごすことは出来ない。だから翔が今日、沙夜と居れるのは少し羨ましいと思う。だが近くに居ても手を触れることも出来ないのだ。
誰よりも側にいるのに、沙夜に触れることも出来ないのは辛いだろう。
「じゃあ、始めましょうか。撮影は話のあとと言うことでいいかしら。」
「メイクは良いですか?」
「そうね。だったら撮影はリハーサルのあとで良いかしら。そのあとメイクもするでしょうし。」
「その通りです。じゃあその手はずで。」
沙夜はそう言ってメモを取る。そして椅子を用意すると二人を座らせた。そして沙夜はバッグの中からファイルを取り出す。
その時隣に座っていた愛の目に偶然、そのバッグの中身が写る。そこには白い箱のようなモノがあった。それは贈り物に見える。
恋人はいないと言っていた。だが贈り物をイブに渡す人はいるのだ。その辺は年頃の女性なのだと、少し安心する。
芹のように恋をしたくないと意固地になっているのとは違うのだろう。
五人が着替えている間、児玉と愛は外の廊下で待っていた。その間にも愛に声をかけてくる人はいる。
「お疲れ様です。今日は「二藍」さんですか?」
「えぇ。」
「来月の特集は「二藍」さんですか?」
「違うわよ。来月は「PHANTOM」。年明けに取材をがっつりとね。」
「なーるほど。」
大柄で派手な愛は、近寄りがたくも感じるが実はそうでも無いことは関わっていた人ならわかっていることだった。沙夜も初めて会った時には、一歩引いていたのかもしれない。なんせ、芹が母親のように慕っているというのだから。
お茶の入ったペットボトルを手にして、沙夜は再び愛達の元へ戻っていく。
「すいません。ゴタゴタに巻き込まれてしまって。」
「良いのよ。」
「良かったらこれを。」
「あら。お気遣い悪いわね。」
そう言って児玉と愛にお茶を渡した。まだ五人の着替えは終わらないようだ。
「泉さんってあんなに怒ることがあるんですね。」
児玉はそう言って少し笑うと、沙夜は手を振って否定する。
「あまり感情を表に出すものでは無いと上司からは言われていたんですけど、ちょっと我慢が出来なくて。」
「わかるわ。あの格好では「二藍」のイメージと違いすぎるもの。何を参考にあのスタイリストはあの衣装を用意したのかしら。」
ペットボトルの蓋を開けてそのお茶を口に入れる。美味しいというわけではないが、冷えた廊下ではこの温かさがありがたい。
「イブですしね。緑というのはやはりクリスマスカラーだからでしょうか。同じような番組も他局でありますし、差を付けたいと思っているのもあるみたいですけどね。」
「あの衣装は「二藍」のテイストとは違いすぎるわ。でも泉さんが言って正解だと思う。でも、あなたはいつもそんな感じなのかしら。」
「いつもというと?」
「怒鳴ったりすること。」
すると沙夜は首を横に振る。
「普段はそこまで言うことは無いんですけど。どうしても今日は我慢が出来なくて。」
「「二藍」の五人が大人しくあの衣装に袖を通したのは、五人のイメージもあるしテレビ局との関係をこれからも続けたいからだというのはわかるわ。だから泉さんが担当で五人を代弁するというのも正解かもしれない。だけどね。」
愛はペットボトルの蓋を締めると沙夜に言う。
「あなたはそれで危ない目に遭ったことがあるんじゃ無いの?」
その言葉に児玉は少し前のことを思い出していた。「二藍」のファンが、沙夜を突き飛ばして怪我をさせたこと。カッターナイフで襲われかけたこと。
沙夜はずっと傷を作りながら、耐えてたのかもしれない。
「男性五人のバンドですし、女は私一人です。だから誤解も相当されましたね。そして今でも誤解をされているんです。あの五人とただならぬ関係では無いかとか。」
「担当が変わる度に、関係を持っていたら会社にどれだけ穴兄弟や竿姉妹が出来るのかって思うわ。」
「少し関係を持ちすぎたかもしれませんが、それでも五人だけでは「二藍」は成立しないと思うから。」
すると児玉が沙夜に声をかける。
「泉さんは五人と関係があるって言うよりも、どちらかというと母親っぽいですね。」
「私が一番年下ですが。」
「あら。そうなの?ずいぶん大人びていると思ったのに。」
「そうですか。あまり言われたことは無いですね。」
「結婚はされているの?」
その言葉に沙夜は首を横に振る。結婚どころか恋人もいないのだから。だがふとあの時の夜を思い出す。芹とキスをしたあの夜のことを。そう思うと顔が赤くなりそうだ。
「してません。恋人もいたことはありませんから。」
意地になっているような気がした。だから愛もそれ以上は聞かなかった。だが少し思い出すことがある。それは芹のこと。
芹と一時期連絡が取れなかったことがある。女に騙されて全てを失ったからだ。だが芹の文章は見てわかる。それくらい長い付き合いをしていたからだ。だから愛の方から連絡を入れた。そして再会した芹は、今の沙夜と同じような目をしていたと思う。恋などしない。人を好きになることは無いと意地になっていたあの頃と同じだった。
「泉さん。合コンでもしないかしら。」
「合コン?」
「うちの会社の部下と、そちらの会社の。年明けにでも。」
すると沙夜は首を横に振る。
「会社同士でするのであれば話をしておいても良いですが、私は行きません。あまり興味が無いので。」
すると楽屋のドアが開いた。そこには治の姿がある。派手だが紺がベースのシャツを着ていて、やっとまともになった感じがした。
「お待たせしました。」
「あれ?橋倉さん。ハットをかぶると言ってませんでしたか。」
「ドラム叩いているとハットがどっかいってしまうからさ。どうしてもかぶって欲しいなら、紐が付いているモノを選んできて欲しいって言ったんだよ。」
「まぁ……それもそうですね。他の方はどうですか。サイズとかは大丈夫ですか。」
沙夜が部屋に入り、そのあとを愛と児玉も入っていった。さっきとは違った落ち着いた格好になっている。遥人だけは少し派手な赤いシャツを着ているが、それでも先程よりはましだ。
「良いですね。」
「このシャツ良いな。どこのメーカーなんだろ。」
純はそう言ってその自分が着ている黒いシャツを鏡で見ていた。翔も白いシャツの上からジャケットを羽織っていて、いつもどおり王子様のようだと思う。
「さっきよりはましね。」
愛もそう言って少し笑う。
「あれ?花岡さんは手首にブレスレットをしているんですか?ギターとかベースの人は手の周りの装飾品が苦手って人も多いのに。」
児玉はそう聞くと一馬はそのブレスレットに触れながら児玉に言う。
「これは俺の私物でね。邪魔にならない。もう慣れたモノだ。」
「へぇ。」
どうしても一馬は今日、これを外したくなかった。奥さんとおそろいのモノだからだ。結婚した時、指輪を贈ったのだがこちらの方が思い入れがある。奥さんから初めてもらった贈り物だからだ。
クリスマスイブなのに一緒に居れないのだ。だが今日は奥さんも忙しくて、テレビどころでは無いだろう。息子の迎えすら今日は一馬の実家に任せているのだ。
それは治の所もそうだし、純も今日は英二と過ごすことは出来ない。だから翔が今日、沙夜と居れるのは少し羨ましいと思う。だが近くに居ても手を触れることも出来ないのだ。
誰よりも側にいるのに、沙夜に触れることも出来ないのは辛いだろう。
「じゃあ、始めましょうか。撮影は話のあとと言うことでいいかしら。」
「メイクは良いですか?」
「そうね。だったら撮影はリハーサルのあとで良いかしら。そのあとメイクもするでしょうし。」
「その通りです。じゃあその手はずで。」
沙夜はそう言ってメモを取る。そして椅子を用意すると二人を座らせた。そして沙夜はバッグの中からファイルを取り出す。
その時隣に座っていた愛の目に偶然、そのバッグの中身が写る。そこには白い箱のようなモノがあった。それは贈り物に見える。
恋人はいないと言っていた。だが贈り物をイブに渡す人はいるのだ。その辺は年頃の女性なのだと、少し安心する。
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