触れられない距離

神崎

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ミックスナッツ

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 大澤帯人はそのまま翔と詳しい話が聞きたいと、翔を連れて知っている店に連れて行った。その場に沙夜がいることは無い。沙夜は翔が気に入ったと思う人を調べて、採用して良いかを判断するのだ。確かに会社が勧めてきた相手はすんなりとボーカリストになれるかも知れないが翔が気に入るかというのは別問題で、何より翔が初めて作るアルバムなのだから沙夜だけの考えを言えば、翔の好きにさせたいと思う。
 そして残された三人のうち、純は駅で二人と別れる。純が乗る路線は逆方向なのだ。そして沙夜と芹は並んで電車に乗った。来たときと同じだと思う。
「あの、大澤ってヤツに任せて大丈夫かな。」
「多分大丈夫だし……それに今はどんな歌を歌うのかわからないけれど、選ぶのは翔なのよ。翔が気に入って、その声に合わせた楽曲を作るというのだったら、そっちの方が良いでしょう。私が作るわけじゃ無いんだし。」
 すると芹は意地悪そうに沙夜に聞いた。
「ついて行きたかったんじゃ無いの?二人が飲みに行くっていうのとかさ。」
「そんなことは無いわ。」
 沙夜はそう言って頬を膨らます。ただ、翔には翔の世界があって、自分には自分の世界がある。その中に立ち入ることは出来ないと思ったのだ。だがふと思い出したように沙夜はいう。
「あ……。」
「どうした。」
「お酒を買うのを忘れていたわ。しまったわね。今度四人の休みが合うときに飲み会をすると言われていたから、お酒を買う予定にしていたのに。」
「一馬さんに任せたら良いんじゃ無いのか。」
「んー……でもなぁ。」
 いつもそう言うのを任せている気がする。それが気が引けるのだ。
「花岡さんってあまりお酒が好きじゃ無いみたいなのよ。」
「あんなに飲むのにか?」
「耐性があるって言うだけね。ほら、お酒は弱いけどお酒が好きな人がいるみたいな感覚ね。」
「なるほどな。」
「飲むより食べる方が好きだっていってたわ。あぁ、私の手が悪かったときに奥様から差し入れを頂いたでしょう?」
「あぁ。なんか煮込みだろ?醤油の。」
「あれは花岡さんの好物で、別の人なら二,三日かけて食べるのに、花岡さんの前にあったらあっという間に無くなるって言っていたわね。」
 沙夜も食が細い方だ。そして芹もそこまで食べ物に飛びつく方では無い。
 芹は家を出ていたこともあって、食にこだわりが無い。補助食品やサプリメントで生きられていたし、いざというときはナッツを食べていた。ナッツというのは食品の中では優秀なのだ。それだけで生きていられることもある天然の補助食品だから。
 今日、「Flower's」で出てきたナッツのように凝ってはいなかったが、ナッツを食べるとあの時のことを思い出すように思えた。
「芹?」
 ぼんやりしていたのだろう。芹は太さ矢方を見ると少し笑って言う。
「……今度の休みさ。」
「ん?」
「パウンドケーキ作ってくれよ。ナッツがたっぷり入っているヤツ。」
「良いけど、あなたあれをラムに漬けるの辞めてね。」
「なんで?美味いじゃん。」
「沙菜は食べれないのよ。」
 その時電車のアナウンスが流れ、電車の速度が落ちていく。沙夜達の最寄り駅に着いたのだ。

 家に帰って、沙夜が先にシャワーを浴びてそのあと芹がシャワーを浴びている間、沙夜は炊飯器に残っているご飯をボウルに入れた。そしてその中に塩を少し入れると、しゃもじで混ぜていく。
 その時だった。芹が奥の風呂場から台所の方へやってくる。
「何してんの?」
 芹はそう聞くと、沙夜は少し笑って言う。
「明日の朝はおにぎりにしようと思って。それも焼きおにぎり。」
「手が治ったばかりだから、早速おにぎりか?」
「うん。」
「手伝うよ。」
 すると芹も手を洗ってそのボウルの中のご飯に手を入れようとした。その時沙夜が言う。
「ラップでくるんだ方が良いわ。」
「何で?」
「素手でご飯を握るのってどうなの?」
「気持ち悪いか?」
「そういう人もいると思うんだけど。」
「俺全然気持ち悪いと思わないけど、翔とか、沙菜は気持ち悪いと言っているのか?」
「いいえ。別に。」
「だったら良いじゃん。素手でも。」
「それならせめて手を濡らしてからの方が良いわ。手にご飯が付くから。」
「それはそうだ。」
 そう言って芹は手を濡らすとご飯を手にする。
「熱い。」
「さっきよりは冷めたわよ。」
 沙夜もそう言って手を濡らすとおにぎりを握り始めた。確かに熱いが、ほかほかというわけでも無い。握ったおにぎりを皿に並べていく。
「これ焼きおにぎりにするのか?」
「明日ね。これに醤油を塗って焼くのよ。」
「ふーん。」
 余ったご飯は冷凍とかにするのは限界がある。だから朝に回そうと思っていたのだ。だから明日は、ご飯を少なめに炊いている。昼の弁当の分と、夜ご飯の分だけだ。
「それにしても、翔も沙菜も遅いな。」
「沙菜はともかく、翔は話が終わったら帰ると思ってたんだけど。」
 沙夜はそう言うが、芹にとってはそっちの方が都合が良い。二人っきりになっているのだ。それが嬉しいと思う。
「傷さ。」
 そう言って芹がその沙夜の傷を見る。
「残るの?」
「残らないわ。よく見ると筋があるって言うくらいで済むって言ってたわね。」
 それでもまだその傷は赤く、傷だというのがわかるようだ。これが白くなったりするのだろうか。しばらくは自傷の跡と間違えられるかも知れない。
 だが沙夜が強く見えて、実は割と弱いところもある。手首を切ったことは無いが、ストレスで周りに当たることがあったらしい。それは翔と一緒なのかも知れないが、沙夜の場合は人では無くモノに当たっていた。そして人に当たるとしたら、沙菜くらいだろう。沙菜にはずいぶんひどいことを言ったのだが、それでも沙菜は許してくれる。一緒の家に住んでいることが全てを物語っているように思えた。
「沙菜はさ。」
「沙菜?」
「沙夜が翔みたいに気分的に落ちてたときも、支えてくれたんだろう。翔のところの志甫と違ってやっぱ妹だからかな。肉親ってのはそこまで信用してくれるモノなのか?」
 芹は肉親である裕太をそこまで信用出来ない。というかもう信用したくなかった。金しか興味が無い男なのだから。
 すると沙夜は首を横に振る。
「沙菜はあぁ見えて世話好きなの。あの子がAVの世界でも重宝されるのは、女王様のサディストのキャラだけじゃ無いわ。何より周りの人への気遣いをしてくれるから。例えば、多人数の女性で一人の男と絡むような作品に出るときも、男に気遣うこともするし、女性にも声をかける。それが可愛がられるところだと思う。」
 監督によってはずいぶん沙菜を指名する人もいて、沙菜が特別視されているという噂もあったが、沙菜が特別視されているわけでは無く沙菜の気遣いが良かったのだ。
 だがそれでも同業者からは嫌な噂を立てられることもある。嫉妬が蔓延している世界なのだから。
「まぁ、それはわかるよ。あいつ、悪くない女だもん。」
「あら。初めて聞くわね。」
「本人の前で言えるか。恥ずかしい。」
 けなすのは簡単だが、褒めるのは苦手なのだろう。そういう所は可愛いと思うが、会社に居れば面倒くさいタイプだ。
「……でもそこまで耐えるかなぁって思って。」
「耐える?」
「俺、兄貴から金、金言われて距離を取ってたからこんな感じになったんだけど、もし沙夜が沙菜に当たっていたことがあったとしたら、沙菜の方から離れると思う。それでも付いてきているってのは……。」
 すると沙夜はおにぎりを置いてため息を付いた。
「多分、沙菜は罪悪感があるのよ。」
「罪悪感?」
「沙菜は私に余計なことをしたから。」
 沙夜はそう言ってご飯の入っていたボウルを水に浸ける。そして少しため息を付いた。
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