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ミックスナッツ
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歌っている曲は有名なゲーム音楽の挿入歌だった。ゲームをしたことがある芹にはお馴染みの曲ではあるが、不満はある。
だが曲が終わると拍手が湧き上がり、恭しく女性が頭を下げた。
「……。」
さて、どうしたモノか。沙夜はそう思って翔を見る。だが翔はぼんやりとその光景を見ているだけに思えた。沙夜にはわからないが翔にはこの音楽に何か感じるモノがあるのかも知れない。沙夜はそう思いながら、今度は純の方を見る。純は案外耳が肥えていて、結構うるさいところもある。だがその分、自分の音楽にも厳しい男だ。自分にも足りないモノがあるように、他人にもそれを求めるところがある。それに純の好きなのは外国の方の歌姫だ。決してこんな音楽では満足出来ていない。
その時向こうから英二が四人に近づいてきた。その英二もまた全てがわかっているような表情だった。
「どう?うちの「紅花」。」
紹介してもらっているのだ、無碍に出来ない。かといって採用とは言いづらいだろう。沙夜は少し迷っているようだった。すると純が声を上げる。
「何から影響を受けたのかわからないけど、ゲームオタクとかには受けが良いのか?それかアニソンとか。」
「そう言うなよ。店ではオリジナルもするんだ。ここでは客寄せのためにカバーをしているだけで。」
「金がかかると著作権料が発生するからだろ。」
「まぁ、そうだよ。」
純はため息を付くと、翔の方を見る。翔はまだぼんやりしているようだった。
「翔?」
純が声をかけると、翔は我に返ったように純の方を見た。
「え?」
「そんなに良かったか?採用するの?」
すると翔は首を横に振る。
「俺が求めているのはもう少しパンチのある歌い手だから。ちょっと弱いかな。」
「だと思った。「二藍」はハードロックだもんね。志甫では物足りないと思った。」
「志甫?」
「ボーカルの女だよ。後ろのキーボードが悟。」
「あぁ、そうでしたか。」
沙夜も純もがっかりしている。芹に至っては聴く気が無かったらしく、ずっとマジックを見ていた。翔だけが口では使い物にならないといいながらも、ずっとその光景を見ているように思えた。
「良かったらうちで飲んでいく?ちょっと話も聞きたいし。プロの意見としてね。」
飲みに行くなら違うところが良かったかも知れない。例えば一馬の実家のような角打ちの店などだ。だが純の顔もあるので、三人は英二について行った。
公園の側にある「Flower's」というライブバーは、加藤英二の父親が始めた店だという。元々はこの町では無く、港近くの倉庫から始めた店だった。
荒くれが多い海の男を相手にしても一歩も引くことが無く、体を売るような女はつまみだし、正攻法でのし上がってきたのだ。
そして父親の代から続くのは、ライブバーであるので音楽を楽しませること。そのために客寄せとして、ライブバー専属のバンドを抱えていた。バンドは店の顔で、最初は客の足を止められなくても、徐々に一人止まり、二人止まりと努力は実を結んでいき、最終的には店を満員に出来るほどの客を呼ぶことが出来た。
もちろん全てがそういうバンドだけでは無い。実を結ぶ前に喧嘩別れをする人もいたし、家庭の事情で続けられなくなったり、借金を重ねて失踪してしまった人もいるのだ。
「紅花」という名前は、代々続くそのバンドの顔に付けられるバンド名で、プロデビューした人達や「Flower's」から離れていった人達は別の名前を付けられる。おそらく今の「紅花」もデビューすれば別の名前が与えられるだろう。
その「Flower's」の店内は古めかしく、禁煙なのに煙草の臭いがする。おそらく昔は喫煙可能にしていた名残で、壁なんかには匂いが染みついているのだ。
広い店内で、ステージが奥にある。あまり広くは無いようで、ロックバンドなんかでもあまり大がかりなセットでは全員が乗れない。その分客席は割と余裕があり、テーブル席とカウンター席があり、その間を数人の店員が行き交っている。
まだライブ前だからか客は少なく、店員は馴染みの客と話をしていてゆっくりとした雰囲気だ。
バーカウンターにはバーテンダーの服を着た男がいる。金色の髪をした男は、少し軽薄そうに見えた。
「あれ?オーナーもう帰ってきたんですか?「紅花」の様子を見てくるって言ってたのに。」
男はそう言って英二を迎え入れた。すると英二はスイングドアからバーカウンターの中に入り、エプロンを身につける。
「いつもの調子だよ。あいつら。」
「だからもう少し厳しく言った方が良いのに。調子に乗っているんですよ。」
英二もそうだし店員すら「紅花」の実力がわかっているのだろう。
四人はカウンター席に座ると、その金髪のバーテンダーがおしぼりとお冷やを四人の前に置いた。その時やっと二人の正体がわかったらしく声を上げた。
「あ、「二藍」の……。」
「圭汰君。久しぶりだね。」
「純さん。あぁ、久しぶりです。そっちは……「二藍」のキーボードじゃ無かったですかね。」
「えぇ。」
翔は僅かにそう言ったが、また少しぼんやりしているようだった。
「そちらは?」
そう言われて沙夜は名刺を取り出す。
「「二藍」を担当しています。泉と言います。こちらは……えっと……。」
芹をどう紹介しようか悩んでいるようだ。すると芹は自ら声を上げる。
「翔の友達。そこで会って一緒に「紅花」を聴いていたんだ。聞いたよ。評判が良いんだろう?」
そう言われて男は苦笑いをする。
「えぇ。」
店のことを考えると無碍に言えない。だからすぐに話題を変えた。レコード会社の人であれば、「紅花」がどんなものかなどわかっているだろうから。
「何を飲みますか。メニューに無くても作ることは出来ますけどね。」
「さすがにバーだな。ビールだけでも種類があるわ。」
外国のビールなんかもあったり、聞いたことのないようなカクテルの名前もある。そしてバーカウンターの向こうにはスピリッツの瓶が何種類も置いていて、おそらくジンだけでも何種類かあるようだ。さすがにバーというだけ、その辺は手を抜いていない。芹はそのメニューを見ながら、沙夜に聞く。
「カクテル飲むのか?」
「そうね……。」
空きっ腹に酒を入れるのは酔いが早いだろう。芹はともかく翔は顔色にすぐに出てしまうのだ。それにそこまで好きというわけでは無いのだろう。だがその肝心の翔は、ぼんやりとメニューを見たままだった。おそらくメニューを見ているのでは無く何か思うことがあるのだろう。
「純はノンアルだろ?」
「うん。」
英二はそう聞くと、メニューを指さす。この二人は恋人同士なのだ。その辺も全てよくわかっている。
「夏目さんは弱いからね。」
「それにあまり好きになれないんだ。あぁ、でもほら、前に一馬の実家の酒屋に行った時に、勧められて飲んだ日本酒は美味しかった。」
「そうだったな。あそこの日本酒はいいチョイスをしているよ。焼酎も珍しいモノがあったし。」
英二も笑いながら入っているオーダーの酒を作っていた。すると圭汰が四人に聞く。
「何を飲みますか。」
すると芹は後ろの棚を見て圭汰にいう。
「ジンの指定って出来る?」
「かまいませんよ。好きなモノがありますか?」
「俺、その水色の瓶のジンが好きでさ。それでジントニック作ってくれよ。」
「かしこまりました。」
すると沙夜も少し笑って言う。
「じゃあ、そのジンで私はジンライムにしようか。」
その言葉に圭汰は驚いて沙夜を見る。
「ジンライムってジンにライム入れただけですよ。度数も結構強いし。」
「あぁ、酔ったことがないので気にしないでください。」
可愛げが無い女だと思ったが、その辺もまた可愛げが無い女だと思った。
「翔さんは何を飲みますか。」
すると翔は我に返ったようにまたメニューを見る。そしてぽつりと言った。
「モスコミュール。」
「ウォッカの指定はありますか?」
「指定?」
すると圭汰は少し笑って言う。
「二人は指定してきたんですよ。ジンの指定。何か使ってほしいものがあったら聞けますから。」
すると翔は首を横に振る。
「いいや。別にこれと言って無いかな。」
「わかりました。」
メニューを置いても翔はまだぼんやりしていた。その様子にさすがに沙夜も声をかける。
「何かあったの?」
すると翔は首を横に振った。
「沙夜。悪いけどさ。別の歌い手を紹介してくれないかな。」
「それはかまわないけど……何かあったの?さっきの人達。」
すると翔は首を横に振った。言いたくなかったのだ。特に沙夜に聞かれたくなかった。
だが曲が終わると拍手が湧き上がり、恭しく女性が頭を下げた。
「……。」
さて、どうしたモノか。沙夜はそう思って翔を見る。だが翔はぼんやりとその光景を見ているだけに思えた。沙夜にはわからないが翔にはこの音楽に何か感じるモノがあるのかも知れない。沙夜はそう思いながら、今度は純の方を見る。純は案外耳が肥えていて、結構うるさいところもある。だがその分、自分の音楽にも厳しい男だ。自分にも足りないモノがあるように、他人にもそれを求めるところがある。それに純の好きなのは外国の方の歌姫だ。決してこんな音楽では満足出来ていない。
その時向こうから英二が四人に近づいてきた。その英二もまた全てがわかっているような表情だった。
「どう?うちの「紅花」。」
紹介してもらっているのだ、無碍に出来ない。かといって採用とは言いづらいだろう。沙夜は少し迷っているようだった。すると純が声を上げる。
「何から影響を受けたのかわからないけど、ゲームオタクとかには受けが良いのか?それかアニソンとか。」
「そう言うなよ。店ではオリジナルもするんだ。ここでは客寄せのためにカバーをしているだけで。」
「金がかかると著作権料が発生するからだろ。」
「まぁ、そうだよ。」
純はため息を付くと、翔の方を見る。翔はまだぼんやりしているようだった。
「翔?」
純が声をかけると、翔は我に返ったように純の方を見た。
「え?」
「そんなに良かったか?採用するの?」
すると翔は首を横に振る。
「俺が求めているのはもう少しパンチのある歌い手だから。ちょっと弱いかな。」
「だと思った。「二藍」はハードロックだもんね。志甫では物足りないと思った。」
「志甫?」
「ボーカルの女だよ。後ろのキーボードが悟。」
「あぁ、そうでしたか。」
沙夜も純もがっかりしている。芹に至っては聴く気が無かったらしく、ずっとマジックを見ていた。翔だけが口では使い物にならないといいながらも、ずっとその光景を見ているように思えた。
「良かったらうちで飲んでいく?ちょっと話も聞きたいし。プロの意見としてね。」
飲みに行くなら違うところが良かったかも知れない。例えば一馬の実家のような角打ちの店などだ。だが純の顔もあるので、三人は英二について行った。
公園の側にある「Flower's」というライブバーは、加藤英二の父親が始めた店だという。元々はこの町では無く、港近くの倉庫から始めた店だった。
荒くれが多い海の男を相手にしても一歩も引くことが無く、体を売るような女はつまみだし、正攻法でのし上がってきたのだ。
そして父親の代から続くのは、ライブバーであるので音楽を楽しませること。そのために客寄せとして、ライブバー専属のバンドを抱えていた。バンドは店の顔で、最初は客の足を止められなくても、徐々に一人止まり、二人止まりと努力は実を結んでいき、最終的には店を満員に出来るほどの客を呼ぶことが出来た。
もちろん全てがそういうバンドだけでは無い。実を結ぶ前に喧嘩別れをする人もいたし、家庭の事情で続けられなくなったり、借金を重ねて失踪してしまった人もいるのだ。
「紅花」という名前は、代々続くそのバンドの顔に付けられるバンド名で、プロデビューした人達や「Flower's」から離れていった人達は別の名前を付けられる。おそらく今の「紅花」もデビューすれば別の名前が与えられるだろう。
その「Flower's」の店内は古めかしく、禁煙なのに煙草の臭いがする。おそらく昔は喫煙可能にしていた名残で、壁なんかには匂いが染みついているのだ。
広い店内で、ステージが奥にある。あまり広くは無いようで、ロックバンドなんかでもあまり大がかりなセットでは全員が乗れない。その分客席は割と余裕があり、テーブル席とカウンター席があり、その間を数人の店員が行き交っている。
まだライブ前だからか客は少なく、店員は馴染みの客と話をしていてゆっくりとした雰囲気だ。
バーカウンターにはバーテンダーの服を着た男がいる。金色の髪をした男は、少し軽薄そうに見えた。
「あれ?オーナーもう帰ってきたんですか?「紅花」の様子を見てくるって言ってたのに。」
男はそう言って英二を迎え入れた。すると英二はスイングドアからバーカウンターの中に入り、エプロンを身につける。
「いつもの調子だよ。あいつら。」
「だからもう少し厳しく言った方が良いのに。調子に乗っているんですよ。」
英二もそうだし店員すら「紅花」の実力がわかっているのだろう。
四人はカウンター席に座ると、その金髪のバーテンダーがおしぼりとお冷やを四人の前に置いた。その時やっと二人の正体がわかったらしく声を上げた。
「あ、「二藍」の……。」
「圭汰君。久しぶりだね。」
「純さん。あぁ、久しぶりです。そっちは……「二藍」のキーボードじゃ無かったですかね。」
「えぇ。」
翔は僅かにそう言ったが、また少しぼんやりしているようだった。
「そちらは?」
そう言われて沙夜は名刺を取り出す。
「「二藍」を担当しています。泉と言います。こちらは……えっと……。」
芹をどう紹介しようか悩んでいるようだ。すると芹は自ら声を上げる。
「翔の友達。そこで会って一緒に「紅花」を聴いていたんだ。聞いたよ。評判が良いんだろう?」
そう言われて男は苦笑いをする。
「えぇ。」
店のことを考えると無碍に言えない。だからすぐに話題を変えた。レコード会社の人であれば、「紅花」がどんなものかなどわかっているだろうから。
「何を飲みますか。メニューに無くても作ることは出来ますけどね。」
「さすがにバーだな。ビールだけでも種類があるわ。」
外国のビールなんかもあったり、聞いたことのないようなカクテルの名前もある。そしてバーカウンターの向こうにはスピリッツの瓶が何種類も置いていて、おそらくジンだけでも何種類かあるようだ。さすがにバーというだけ、その辺は手を抜いていない。芹はそのメニューを見ながら、沙夜に聞く。
「カクテル飲むのか?」
「そうね……。」
空きっ腹に酒を入れるのは酔いが早いだろう。芹はともかく翔は顔色にすぐに出てしまうのだ。それにそこまで好きというわけでは無いのだろう。だがその肝心の翔は、ぼんやりとメニューを見たままだった。おそらくメニューを見ているのでは無く何か思うことがあるのだろう。
「純はノンアルだろ?」
「うん。」
英二はそう聞くと、メニューを指さす。この二人は恋人同士なのだ。その辺も全てよくわかっている。
「夏目さんは弱いからね。」
「それにあまり好きになれないんだ。あぁ、でもほら、前に一馬の実家の酒屋に行った時に、勧められて飲んだ日本酒は美味しかった。」
「そうだったな。あそこの日本酒はいいチョイスをしているよ。焼酎も珍しいモノがあったし。」
英二も笑いながら入っているオーダーの酒を作っていた。すると圭汰が四人に聞く。
「何を飲みますか。」
すると芹は後ろの棚を見て圭汰にいう。
「ジンの指定って出来る?」
「かまいませんよ。好きなモノがありますか?」
「俺、その水色の瓶のジンが好きでさ。それでジントニック作ってくれよ。」
「かしこまりました。」
すると沙夜も少し笑って言う。
「じゃあ、そのジンで私はジンライムにしようか。」
その言葉に圭汰は驚いて沙夜を見る。
「ジンライムってジンにライム入れただけですよ。度数も結構強いし。」
「あぁ、酔ったことがないので気にしないでください。」
可愛げが無い女だと思ったが、その辺もまた可愛げが無い女だと思った。
「翔さんは何を飲みますか。」
すると翔は我に返ったようにまたメニューを見る。そしてぽつりと言った。
「モスコミュール。」
「ウォッカの指定はありますか?」
「指定?」
すると圭汰は少し笑って言う。
「二人は指定してきたんですよ。ジンの指定。何か使ってほしいものがあったら聞けますから。」
すると翔は首を横に振る。
「いいや。別にこれと言って無いかな。」
「わかりました。」
メニューを置いても翔はまだぼんやりしていた。その様子にさすがに沙夜も声をかける。
「何かあったの?」
すると翔は首を横に振った。
「沙夜。悪いけどさ。別の歌い手を紹介してくれないかな。」
「それはかまわないけど……何かあったの?さっきの人達。」
すると翔は首を横に振った。言いたくなかったのだ。特に沙夜に聞かれたくなかった。
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