触れられない距離

神崎

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ミックスナッツ

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 電車を降りると、すでに空は暗くなって夜のようになっている。だがK町は別格なのだ。
 駅前にある大型の量販店があり、そしてアーチがある。そこをくぐるとネオンがきらびやかでまるで昼間のようだ。
「チカチカするな。目が。」
「そうね。」
 サラリーマンやOLが行き交う中、ダウンのジャンパーを着た男がバイクに酒瓶を積んで店から店へ行き交っている。飲み屋やバーなどが注目されがちだが、割とそれを支える酒屋、業務用スーパーなどが活躍しているのだ。
「花岡さんの家ってこの中にあるのか?」
「風俗店が入っているビルの中にあるって言っていたわ。」
「風俗店ねぇ。」
 沙菜がAVを引退したら、そういう所に務めるのだろうか。またはこの近くにあるストリップなんかで裸になるのだろうか。そういう仕事しか求められていないのは辛いモノがある。
「花岡さんの実家はこの離れね。酒屋をしていると聞いたわ。あとで顔を出そうかな。」
「何で?」
「角打ちをしていると言っていたし。お酒を買って帰りたいわ。」
「飲み会をまたするのか?」
「新年会ね。水餃子が食べたいんですって。」
「また餃子か?」
「本当。うちに来るときは餃子ばかりね。でもまぁ……包んでくれるのはありがたいわ。水餃子と言うより鍋にすると美味しいし。」
 その時ふと芹は一つのビルに目をとめた。そこは昔クラブだったと思う。DJのイベントがあったり、有名なアーティストが来てライブをすることもあった。だが今は別の店が入っている。ダイニングバーとスポーツバーがあり、青いユニフォームをおそろい出来ているカップルが階段を降りてきた。
「……。」
「どうしたの?ぼんやりして。」
「ここって昔クラブだったんだよ。」
「クラブ?」
 クラブと言われて、沙夜の頭の中にはケバい女性が露出の激しいワンピースを着て、男を接待するようなクラブを思い出した。だが芹の言っているクラブとはまた違うのだろう。
「あぁ。踊るクラブね。」
「何のクラブだと思ったんだよ。」
 芹は少し笑うと、沙夜の方を見て言う。
「……兄さんがイベントに出てたよ。あの時……まだ俺は兄貴とそんなにバチバチじゃなかった。兄さんが来いって言ってたから、ちょっと顔を見せるつもりで見に行ったんだよ。」
 あの頃、裕太はおそらくまだ借金があったはずだ。そして芹はその「必ず返すから貸してくれ」という言葉に耳を貸そうとしなかった。余裕も無かったし、両親にも余裕は感じられなかったから。
「金はいらないからって言われてチケットを渡された。でも、あのイベントちょっとおかしかったんだよ。」
 チケットのもぎりも、バーカウンターにいる男も、どこか目の焦点が合っていなかった。音楽はガンガンに鳴っていて、踊っている人達もどこかおかしいと思っていたのだ。そんなに乗れるような音では無いのに異常に興奮していたように思える。
 そしてドリンクを一杯飲んだあと、芹はトイレへ向かった。するとそこには男が二人に対し女が一人でセックスをしていた。女は外に漏れるほど大声を上げながら感じていて、男は二人で女の尻と性器に突っ込んでいたように思える。
 そしてその足下は不自然に濡れていた。それを見て、芹はやっぱりおかしい。ここは何か違うと思い、すぐにクラブをあとにした。
「クラブってそういう所じゃ無いの?」
「沙夜はあまり行ったことが無いのか?」
「無い事も無いわ。ただ、私がクラブへ行くときは仕事がらみのことだもの。」
「あぁ。あいつだ。望月旭のイベントへ行った時とかのことか。」
「えぇ。翔に連れて行ってもらったけど、まぁ……そう言う場だものね。別に不自然じゃ無かった。トイレでセックスをするなんて、普通じゃ無いの?」
「普通じゃ無いよ。公共の場なんだから。」
「芹って案外、そう言うところが潔癖ね。」
 クラブを出たあと、芹はモヤモヤとしながらクラブとは反対の位置にある酒屋に目をとめた。そしてそこは開いていて、角打ちをしていると看板に書いてある。
 角打ちであれば酒がメインでつまみはあまり凝っていない。なんなら缶詰をそのまま出したり駄菓子で飲むこともあるのだ。そっちの方が美味しいかも知れない。そう思って、芹はその酒屋で酒を飲んでいた。
 その時だった。
「そこのクラブでガサ入れが入ったよ。町がてんやわんやでさ。」
 その言葉に嫌な予感がした。そしてそれは的中する。
「クラブで薬の摘発があったんだ。俺、ずっとあそこにいたら俺も調べられてたな。まぁ……調べられても何にも出ないけど。でもほら……そういう場にいるってだけで大学も職場も失うことがあるから。」
「……あまり警察にやっかいになるって言うのは良くないわね。天草さんも調べられたの?」
「当たり前だよ。でも兄さんからは何も出なかった。出たら一発で事務所をクビになってたと思うんだけど、まぁ……多分、出てきてもそうはさせなかっただろうな。」
「どうして?」
「兄さんは言い金づるだからだろう。まだ金づるとして、使いようがあるからここで捕まっても釈放はされると思う。」
「……。」
 その話を聞いて、沙夜はぞっとした。もしかしたら裕太が所属している事務所は、ヤクザか何かと繋がりがあるのだろうか。そんな人とは、やはり芹を近づけさせたくなかった。
「今は金づるとして利用価値はあるのかなぁ。」
「……どうかしらね。」
 そこは沙夜にもわからない。その借金をした大本の男は、もう表に出るのは少なくなっている。今はどうやって膨れ上がった借金を返済するかと悩んでいるところだろう。
「あ、そこだな。」
 歩みを進めていくと、公園が見えた。この公園は東西南北と入り口があり、その入り口で目的が違う。今沙夜達がいるのは南口。居酒屋やバーなどのポン引きが多い。
 北口へ行くと風俗店への誘いが多く、中には女性向けの性風俗もあるのだ。沙夜も芹もそんなところには興味が無い。
 西口は、ゲイのハッテン場になる。ピタッとした服をわざと着ているのは体のラインがよく見えるため。割とがっちりしたタイプが多いのは、そちらの方がモテるからだ。
 そしてその西口の方を見ると、目立つ金髪が見えた。それに沙夜と芹は近づいていく。
「夏目さん。千草さん。」
 沙夜は声をかけると、純と翔は少し笑って沙夜達を見た。
「早かったね。」
 二人の側には長髪の男が立っている。がたいが良くて、どこか一馬に似ている感じがした。だが一馬よりは髪が短い。
「初めましてかな。泉さんって言ったか。」
「はい。」
「俺、こういうモノです。」
 男は名刺を取りだして、沙夜に手渡す。それはライブバーの名刺だった。その男は「加藤英二」と言い、そのライブバーのオーナーをしているのだ。
「あ、私はこういうモノです。」
 沙夜も名刺を手にして英二に渡す。すると英二は少し笑って沙夜に言う。
「いつもお世話になっているみたいで。うちの純が。」
「はぁ……。」
 すると芹は翔のところにまで回り、翔に聞いた。
「誰だよあいつ。」
「純の恋人だよ。」
 その言葉に芹は驚いてまた英二を見る。そして純を見て納得した。
「……あいつさ。もしかして……。」
「本人の前で口にするなよ。どっちも気まずいからな。」
 沙夜は全て知っているのだろう。だから家族のモノだという感じで、英二にも接している。
「終わったらお邪魔をしていいですか。あぁ、でもその前に行きたいところがあってですね。」
「こんな所にまでなかなか来ないよね。良いよ。店は三時までしているから。オーダーストップは二時三十分だけど。」
「そんなに遅くはなりませんよ。」
 沙夜は少し笑いながら、英二と話をしている。そしてその横で純も笑っていた。純のこういうところはあまり見たことは無い。恋人がいるからこそ、純は素顔を見せているのだ。
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