触れられない距離

神崎

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スパイスティー

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 芹が用意してくれた食事は親子丼。それに大根のサラダ、機能作り置きして置いた酢モノ。それから味噌汁だった。沙菜も帰ってきてそれに口を付けていたが、沙菜は正直な感想を言って芹の怒りを買っていた。
「味見した?味噌汁超濃いよ。」
「うるさいな。お湯を足せば良いだろ?」
 沙夜はその様子を見ながら、やはり芹が料理を作るのはもう少し待って方が良いかもしれないと思っていた。
 手が使えないその間、外食かかってきたモノで賄うしか無い。沙夜はそう思いながら冷蔵庫を開けていた。
「んー……。」
 消費期限が危ないモノもある。なるべく食べずに捨てる羽目になるモノは避けたいところだ。かといって片手で食事の用意は難しい。弁当も朝食もどうすれば良いかと思っていた。
「沙夜。」
 その時リビングに芹がやってきた。芹はキッチンにやってくるとコップを洗う。仕事をしていると喉が渇くのだろう。
「飲み物?」
「あぁ。コーヒー……じゃ無くて何かお茶で良いんだけどな。」
「そうだ。今日花岡さんにもらったモノがあるの。一緒に飲みましょうか。」
 そう言って沙夜はリビングを出て行くと、自分の部屋に戻る。そしてまたリビングに戻ってくると、沙夜の手には白い包みがあった。
「何?それ。」
「スパイスティーらしいわ。」
 その言葉に芹は驚いたように沙夜を見る。まさか媚薬だというのだろうか。
「スパイスティー?」
「チャイね。アジアの方で飲まれているものみたい。」
 そう言って沙夜は小さな鍋を取り出すと、それに水を入れる。そしてその中にパックになっているスパイスを入れた。
 そして火にかける。
「煮出し?」
「うん。向こうの人はこれに相当砂糖を入れるみたいだけどね。」
 これをもらったとき、こんなことになると思ってなかった。ただ気軽に一馬からもらっただけだったのに、まさかもう五人に「夜」のことを離すと思ってなかった。それに裕太にも知られた。上司だから仕方が無いのかも知れないが、裕太にはあまり知られて欲しくなかったと思う。望月旭とは懇意にしていたからだ。
 だがこれでもしさ屋のことが外に漏れれば、おそらく出先は裕太と言うことになる。五人が「夜」のことを話すとは思えないから。
「芹。」
「ん?」
「今日「夜」のことを話したわ。」
 すると芹は少しため息を付いて言う。
「そっか。」
「五人にはいずれ話さないといけないことだったのかも知れない。それから……場合によっては私が「二藍」に関わることになると思うの。」
「今でも関わっているじゃん。」
「音楽的なことで。」
 すると芹は首を横に振った。
「あまり勧められない。」
「芹。」
「音楽でお前はおかしくなったんだろう。また病院に行きたいのか。」
 すると沙夜は首を横に振る。だが芹の方を見て言う。
「今度は耐えられると思う。」
「沙夜。」
「脆いと思うし、どうなるかわからない。だけど……五人を信用してみようと思うから。」
 お湯が沸騰してくるとスパイスの良い香りがした。ここから少し弱火にする。一,二分煮出すのだ。
「あいつらさ。」
「「二藍」の?」
「良い音楽を作ると思うよ。正直で、変化球なんか投げずに素直な音楽だ。何より正攻法だと思う。プロフェッショナルな職人集団だって思うけどさ。」
「何か問題がある?」
「素直すぎると思う。」
「……。」
「少し汚いことをしているヤツじゃ無いと、上に上がれない。今大御所だって言われている人だって、どれだけ汚いことをしているのかわからないだろ。」
「……素直であることがそんなに悪いかしら。」
「悪いとは言ってねぇ。でも……だからつけ込まれると思う。はっきり断ったり、受け入れたり、そういう強さってのは必要なんだと思うから。」
「翔は特にそうね。」
 そう言って鞘は冷蔵庫から牛乳を取り出す。そして鍋に入っているパックを取り出した。そしてゆっくり牛乳を入れる。
「砂糖っている?」
「いらないな。」
「じゃあ、このままね。」
 そう言って沙夜はカップを取り出すと、芹のカップと自分のカップに出来たスパイスティーを入れた。
「沙夜も素直すぎたんだと思う。真っ直ぐにあの汚い言葉を受け入れたから、病気になったんだろう。」
「かも知れない。」
「だったら、共倒れになるかも知れないじゃん。」
 芹はそう言うとそのお茶に口を付ける。不思議な味のするお茶だった。牛乳のおかげで大分クリーミーにはなっているが、ショウガのような感じと独特の香りがすると思う。
「ならないと思う。」
「そこまで信用してるんだ。」
「あの時は一人だった。だけど今度は五人もいるから。それに……今の会社は私の周りのことは知っている。沙菜のこともわかって受け入れてくれたの。それだけは感謝したいと思うから。」
「もしさ。沙夜当てに変なメッセージなんか来たらこれからどうするんだ。」
「今は出来ないと思う。」
「何で?」
「私を攻撃したら、それなりの社会的な地位を脅かすことになる。その覚悟があった上で攻撃するのだったらどうぞと声明文を出すから。」
 そんなに甘いことで大丈夫なのだろうか。芹はそう思いながらまたお茶に口を付ける。
「法に触れる思いをしてまで責める馬鹿がいるかしらね。その気になれば攻撃した側の本名や済んでいるところが晒されることになるわ。」
「でも……。」
「芹。心配なの?」
 からかうように沙夜はそう聞くと、芹は少し頷いた。
「沙菜のこともあるんだ。性に奔放じゃ無いのかって言われるかも知れない。レイプされるようなことが起きるかも知れない。」
「考えすぎよ。」
「あのさ……行動するときは最悪のことを想定して動くのが当たり前だろう。」
 確かにそうかも知れない。だったらどうするのだろう。沙夜は芹を見て言う。
「……だったらどうする?あなたが駅から送ったりするかしら。」
「良いよ。それでも。」
「でも……紫乃って人に会うかも知れないでしょう?」
 紫乃の両親がこの街にいるのだ。鉢合わせになる可能性があるとしたら、あまりここから出たくないと思うだろう。
「会っても良いよ。俺さ……今日、お前が刺されたって聞いたときすぐにお前が死ぬって思った。それだけは嫌で真っ先に病院へ行ったんだ。何も考えてなかった。」
「……。」
「何よりもお前を失うのが嫌だ。俺がどうなっても良いから、お前だけ守りたいと思う。」
 その言葉に沙夜は少し笑って言う。
「本当に作詞家ね。ドキッとした。」
「してくれよ。」
「……。」
 すると沙夜はコップをシンクに置く。そして洗った鍋を片付けようとした。
「芹。ちょっと。」
 コップを芹もシンクに置いて、しゃがんでいる沙夜に近づいた。
「鍋の場所ね。ここじゃ無いの。」
「え?別にどこでも良いんじゃ無いのか?」
「納めるところに納めないと、このドアが閉まらないのよ。」
 ドアを閉めると沙夜は芹の来ているそのシャツの袖を引く。
「え?」
 その時、芹は嘘だと思った。沙夜が芹の胸に倒れ込むように体を寄せたから。
「沙夜?」
「本当はね……あなたが来てくれて嬉しかったの。怖かったから。刺されたとき、あなたのことが一番に思い浮かんだの。芹って……心の中で名前を呼んだの。」
 すると芹もその体を包み込むように抱きしめた。
「聞こえた。」
「嘘。」
 二人は笑い合う。そして沙夜もまた芹の体に手を伸ばした。そして芹はそのまま、沙夜の額に唇を寄せる。
 熱い。その額が熱かった。
「……明日から電車に乗ったら知らせろよ。迎えに行くから。」
「うん。」
 お互いの体を離して、立ち上がる。そして半分ほど減っているコップを手にした。
「何か体が温かいな。」
「これ、ショウガが入ってるみたいね。ショウガって体を温めるのよ。」
「へぇ……。
 それだけでは無い。先ほどの行為が、お互いの体を熱くさせたのだ。
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