触れられない距離

神崎

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スパイスティー

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 会社を出ると、六人は公園を歩く。沙夜の顔色がまだ良くないからだ。会社の周りにはまだマスコミらしい人たちがいたが、それはさっと潮が引くようにいなくなったように思える。
 それは先に裕太が出て行ってマスコミに事情を説明した。そしてこれ以上のこと話せないと言って帰らせる。これ以上のことを紙面に載せれば、その雑誌などは訴えることが出来るからだ。
「すいません。なんか……騙すようなことをしてしまって。」
 沙夜はそう言うと、治はからかうように沙夜に言った。
「全くだよ。俺らをそんなに信用出来ない?」
「そういうわけでは無いんですけど。あの……あまりにもあの当時のアンチがひどかったので、迷惑をかけてはいけないだろうと思って……。」
「アンチねぇ。あ、なぁ。ちょっと飲み物買うわ。」
 遥人はそう言って自動販売機に近づく。そしてコインを入れるとミルクティーのボタンを押して、それを沙夜に手渡す。
「ほら。」
「私にですか?」
「貧血もあるんだろう。まだ顔色が良くないし。ほら、真っ白。」
「焼き肉でも食いにいくか。」
「良いね。俺、行きたいところがあってさ。」
 遥人はそう言うが、沙夜は首を横に振る。
「家の食材が気になりますから、今日は帰ろうかと思ってまして。」
「でも食事なんか作れないだろう?」
 左手を見る。そうだ。怪我をしていて包丁すら握れるか怪しいのだ。沙夜は少し迷っていると、翔が声を上げる。
「俺が作っても良いけど。」
「千草さん。」
「何があるのか見てみないとわからないけどね。俺、別に料理が出来ないわけじゃないし。」
「……。」
 翔に包丁を握らせなかったのは、芹とは事情が違う。翔は指を商売にしているのだ。もし怪我でもされたら仕事に支障が出る。それは担当として困るのだ。
「迷ってるなぁ。」
「もしかして手を切ったらとか思ってる?」
「えぇ。困ります。」
「そこまで凝った料理は出来ないよ。カレーとか、シチューとかだったら。」
 すると沙夜は首を横に振って言う。
「やはり千草さんには仕事だけを見てもらいたいと思います。だから……ここは芹に任せますから。」
 そう言って鞘は携帯電話を取りだした。そして少し離れて芹に連絡を入れる。
 その様子を見て、四人はため息を付いた。そして翔を見る。
「あれだな。芹の方が頼りになると思っているのか。」
 治はそう聞くと、純は首を振って言う。
「違うだろ。ただ単に……芹は手を怪我しても火傷をしても食いっぱぐれが無いって事だと思うけど。」
「純。だからお前は女心がわからないって言われるんだよ。」
 すると純は頬を膨らませた。確かにゲイだから、女心などわからないのかも知れないが、そこまで鈍いとは思えない。
「翔さ。」
 遥人は複雑そうな翔に声をかける。
「ちょっと分が悪いよな。」
「……だと思う。この間さ……芹がいつも沙夜の手伝いをしてて、だから俺がその代わりをしようと思ったんだ。だけど……無理だった。」
「無理?」
「あいつの隣には芹がいるって思っているところがあるから。」
 距離感もつかめないし、どこまで出来るとかもわからない。
「だったら諦めるのか?」
 一馬はそう聞くと、翔は首を横に振る。
「諦めたくは無い。」
「……無理矢理はしない方が良い。レイプになるからな。」
「レイプなんかしないよ。」
「わかっているなら良い。合意の上でするんだったらこっちが言うことじゃないだろう。」
「……あぁ。」
 その時沙夜が電話を終えて五人の元に戻ってきた。そして少し笑って言う。
「芹は料理を作ったそうなので、やはり帰ります。」
「そうだったのか。」
 今日作ろうと思っていたモノを全部作ってくれた。それだけ芹も料理になれてきたのかも知れない。
 あとは味だろう。それだけが心配だ。
「翔と沙夜はタクシーで帰るか?」
 治がそういうと沙夜はいぶかしげな目で治を見た。
「沙夜?」
「別に誰もいないんだから別に良いじゃん。もうさ。堅苦しくなくて良いから。音楽をみんなで作っていくんだろう?」
 演奏をしていないから信用が出来ないといった裕太とは違う。五人は沙夜の話を信用してくれたのだ。
「そうですけど……。」
「この六人の間だったら敬語も無くて良いよ。あぁ、もちろん会社とか人の前だったらいつもどおりだけど。もう仕事関係ないじゃん。な?一馬。」
 すると一馬も頷いた。そして沙夜に言う。
「別に良いんじゃ無いのか。まさか一番年下だからとか考えているのか?」
「そんなことは無いんですけど。」
「家では翔も同じような口調なんだから、それは少しえこひいきされている気分になるな。」
 遥人はそう言うと、沙夜は少し笑って言う。
「わかったわ。そうする。」
 公園を抜けるとタクシーが何台か停まっている。それに沙夜と翔を載せた。あとの四人は電車で帰るのだ。
 行ってしまうテールランプを見ながら、治はため息を付いた。
「翔は必死だな。」
「そうだと思う。取られたくないって思っているようだ。」
「わからないでも無いけどさ。」
 遥人はそう言って口を尖らせる。ここは翔に肩入れしたいと思うが、翔には沙夜を支えきれない気がした。
「芹なら支えきれると思うのか?」
 一馬がそう聞くと、遥人は頷いた。
「多分、あの芹って男さ、ライターだって言ってたじゃん。」
「あぁ。」
「多分、音楽雑誌で連載を持っているヤツなんだよな。知らないか?草壁っていうライター。」
「あぁ、凄い辛口のライターだろう。」
 その時一馬は思い出したことがある。それは前のバンドで初ライブをしたときのことだった。天草裕太が弟だと紹介したのが大学生だった芹だったと思う。その時芹は「勢いだけでは時代に乗り遅れる」と言ったのだ。あの時辛口だと思っていたが、それが草壁というライターであれば納得出来る。
「確信は無いけどさ。」
「だとしたら似たもの同士だな。沙夜と……。」
「明らかに翔に分が悪いな。でもまぁ仲間としては、仲間を応援したいところだけど。」
「こればっかりは本人の気持ち次第だろう?」
 すると一馬は少し複雑な思いで言った。
「俺さ。」
「どうした。」
「奥さんと付き合った時。奥さんには別に恋人がいてさ。」
「略奪?マジで?」
 その言葉に驚いたように三人は一馬を見ていた。
「寝取った感じだと思う。奥さんも少し迷っていたところがあったところにつけ込んだ感じだった。だから……翔も今は勝ち目が無いって思うかも知れないけど、どんなところで女の気持ちが変わるのかわからない。それに寝てみてわかるところもあるから。」
「まぁな……。それはあるよ。くそ。翔のヤツ。あのホテルの方へ行けばいいのに。」
「ホテル?」
「知らないか?芸能人とかがお忍びで行くホテル。」
「お前そんなところに行くのか。」
「最初だけだよ。それにそれを教えてくれたの父親だし。」
「ホテルか……。たまには良いかもな。」
 一馬もそう言いながら会話に加わる。もう一人子供が欲しいと思っていたが、雰囲気が変われば妻だってその気になるかも知れないと思っていたからだ。
 治が羨ましいと思う。歳が離れていても子供があとから出来たのだから。
「一馬。お前さぁ。」
「なんだ。」
「奥さんだって働いているんだから、あまり無理をさせるなって。お前ガンガン責めてばっかりなんだろう?」
「うるさい。」
 四人はわいわいと言いながら、駅の方へ向かう。翔に幸せになって欲しいと思いながら。
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