触れられない距離

神崎

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 作った音楽のアレンジを済ませて、翔はそれをスタジオに納品した。アイドルの曲をアレンジして欲しいと言うことで、単純なメロディーだがすっと聴きやすく、尚且つリズムははっきりしている方が良いと翔はそれを心がけてアレンジをしたのだ。
 評判は悪くない。このまま音楽のレコーディングをしたいというプロデューサーの言葉に翔は少しほっとした。
 そして地下にあるそのスタジオから地上に上がり、そして次の仕事へと向かう。次は出版社に「二藍」として呼ばれている。インタビューをされるらしい。
 その前に少しコーヒーでも買っていくかと、翔はカフェで持ち帰りのコーヒーを頼んだ。
 温かいコーヒーは手の先だけではなく心の中まで温かくなるようだ。そう思いながら駅へ向かっていた。
「あれ、あれってさぁ。」
「違う人だよ。こんな普通に道に歩いているわけ無いじゃん。」
 大学生か高校生かわからないその女性達は翔を見て、「二藍」の翔だとわかっているようだったが、もう芸能人のような扱いになっている翔がこんな道で歩いているわけが無いと思っていたらしい。
 歩いているんだけどな。そう思いながら翔は駅へ向かい、その待合室へ向かう。するともう他の四人は来ていた。手には昼ご飯代わりであろうビニール袋や保冷バッグが握られている。
「お疲れ。」
「あぁ、翔。時間ギリギリじゃん。リテイクでも食らったか?」
 治が聞くと、翔は少し笑って言う。
「いいや。次のアイドルの曲のアレンジ頼まれてさ。」
「ははっ。逆じゃん。」
 純はそう言うと、治は少し笑って言う。
「あとは泉さんか。こういうときはいつも早めに来ているのに、どうしたんだろうな。今日は遅い。」
 遥人がそう言うとサングラスの下から、携帯電話の時計を見る。確かに沙夜はいつも待ち合わせの時間の遅くても十五分前には来ているのだが、もう五分前なのに沙夜の姿は無い。
「何かあったのかな。」
 翔はそう思って携帯電話を取り出そうとした。だが一馬は首を横に振って言う。
「忙しそうだったようだ。」
「あぁ、一馬は会社に顔を出していたんだっけ。打ち合わせで?」
 すると一馬は少し頷いて言う。
「俺はライブの打ち合わせだが、泉さんはツアーの打ち合わせとか、チラシの打ち合わせとか仕事が山のようにあるようだ。それなのに無理して外に出ているんだろう。あの人、大丈夫なのか。」
「何が?」
 遥人はそう聞くと、一馬は少し不安げな顔をした。
「詰め込みすぎている。そう思えた。本当はこういうことというのは、二人なり三人なりでしていることのようだが、ずっと一人でしているようだ。」
「仕事は早いと言っていたけど、少し気になるよな。」
 アルバムを発売した頃は本当に寝る暇が無かったようだ。移動で電車に乗っていたときにも気を抜けばすぐに寝てしまいそうだったから。
「そうか。だったら少し……。」
 その時だった。スーツ姿の男が五人に声をかける。
「「二藍」さんですよね。出版社に送ります。」
 そう言われて五人は驚いたように男を見た。見覚えがある男だが、おそらくハードロックの部門の男では無い。
「泉さんは?」
「あの……それが……。」
 その言葉に翔は思わず何もかも捨てて沙夜の所へ行きたかった。だがそれを一馬が止める。
「どこへ行くんだ。今から仕事だろう。」
「でも……。」
「心配なのはわかるが、今は仕事を優先しろ。泉さんもそう思っているはずだ。」
 沙夜が刺されたという。命に別状は無いが、その時手を負傷したらしい。出血がひどくそのまま沙夜は病院へ運ばれた。そして刺した福島という事務員は、そのまま警察に連れて行かれたらしい。
 その場にいた朔太郎や他部署の男、そしてそのオフィスの責任者である西藤裕太も警察に事情を聞かれていて、オフィス自体も今は警察がうろうろしていて仕事が出来る状態では無いらしい。
 だが今日の仕事に穴を開けるわけにはいかない。なので今日の沙夜の仕事は、手分けをしてみんなでカバーすることにした。そしてそれでも手が回らないことは他部署の人を呼んだのだという。
 車に五人を乗せて、男はナビに出版社の位置を入力する。元々そう言った出版社に行ったことが無い男なのだろう。沙夜ならば近道すらわかっているようだが、男にとっては初めてのことなのだ。
「泉さんは本当に平気なのか?」
 遥人はそう男に聞くと、男は頷いた。
「大丈夫です。出血はひどかったんですけど、負傷したのが手のひらから手首のあたりで少し皮膚が薄いところだったから、派手に出血をしたんだろうって。」
「誰がそんなことを?」
 純がそう聞くと、男は信号で止まり少しため息を付いた。
「「二藍」の皆さんもそんな態度だから、おそらく誤解が生まれたってのもあるんですよ。」
「誤解?」
 「二藍」はあまり自分を売るような戦略を取っていない。インタビューにしてもそこまでプライベートの話をしたりしないのだ。それは沙夜もそしてその上になる西藤裕太も望むところだった。純粋に音楽を聴いて欲しいと。
「それって、まぁ……隠していると取られても仕方が無いところはあるな。」
 治はそう言って頷いた。だが必要以上にプライベートのことを話をしたくないのは、五人の共通の思いだった。
「隠すと見たくなるのは人間の心理ってモノかな。」
 純がそう言うが、翔の顔色はまだ良くない。
 沙夜を指した福島という事務員は強烈な「二藍」のファンだったのだ。「二藍」のファンだという人は、女性なら遥人や翔が好きだという人が多く、男性なら純や一馬に人気がある。そして男女ともにファン層がまんべんなくいるのが治だった。
 福島という女性も例外なく翔のファンだったという。だから翔が何の機材を使っているのか、翔のその発想の原点は何なのかと言うことを知りたいと思った。
 それだけなら沙夜も聞かれれば答えるかも知れない。それは音楽に関してのことだから。しかしプライベートのこととなると別だ。付き合っている女性がいるのかとか普段はどこへ遊びに行っているのかという事であれば、話は別だ。
 きっぱり沙夜はそれに答えられないと言ったらしい。それが福島という女性の怒りを買ったのだ。
「千草さんがソロ活動をするかも知れないって言うのを、SNSでばらしたのは福島さんだったらしいです。」
 誰もいなくなったオフィスに忍び込み、沙夜のデスクを漁った。そこには、これからの「二藍」の活動についての案などが書かれていたのだ。さすがに住所や連絡先が書かれているモノをしまわれている引き出しには鍵がかかっていたが、これからの活動というのは情報として嬉しい。そして翔がソロ活動をして、その手始めにソロアルバムを出すという情報を得た。
 そこで逐一、その情報について知りたいと思い沙夜のデスクをいつも探っていたのだという。
 昼休みになるとオフィスには人が少ない。福島がやってきて、デスクを探っていたとしても伝票なんかを頼まれていると言えばいいわけになると、堂々と探っていたのだろう。
「だから……俺のことがばれていたんだな。」
 治は首を横に振る。そして翔を見た。
「……翔。どうする?これでソロの話がポシャったりしたら……。」
「ポシャっても良いよ。」
 何よりも沙夜が危険な目に遭ったのだ。それは自分たちのことで迷惑をかけた代償なのだと思う。
「もっと情報を提示すれば、こんなことにならなかったって思いますけどね。」
 運転をしながら、男はそう呟いた。すると翔が男に言う。
「ふざけんな。」
 翔がこんなに怒りをあらわにすることがあっただろうか。思わず治すら驚いたように翔を見ていた。
「傷つけられて、それでもこっちが悪いというのか。情報を開示しなかったからいけない?ふざけんな。それでもこっちだって譲歩して今の状態なんだ。」
 すると一馬は少し頷いて男に言う。
「一番悪いのは、強盗まがいのことをして泉さんを病院に運ばなければいけないほどの傷を負わせたその事務員が悪いんだろう。それをこっちのせいにするのはお門違いだ。社員だから社員をかばいたいのはわかるが、非はどう見ても加害者にある。」
 すると社員はそのまま押し黙った。ここまで五人が沙夜をかばうのは、やはりおかしいと思っていたからだ。
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