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スパイスティー
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時計を見て、芹はこたつから立ち上がる。こたつは実は夜と朝しか入れていない。昼間はあまり必要ないのだ。そして部屋を出るとリビングへ向かう。冷蔵庫に貼っているメモを手にして、今日、行くところを確認した。
沙夜の仕事はやっと一段落付いたところだろう。新しいアルバムが発売される前後は本当に寝る暇すら無かったように思えるが、発売してしまえば騒がれることも無い。チャートでは「二藍」の新しいアルバムは二位を獲得したと朝のニュースで言っていた。実際芹もそのアルバムを聴いて、つけいる隙の無い音楽だと思った。だがそれはそれで味が無いように思える。
少しくらい隙があった方が可愛らしく思わないだろうか。そう思いながらメモを手にして外に出掛けるためにジャンパーを羽織る。
そして家を出ると冷たい風が吹き抜けた。今日は帰って食事を作れるらしい。久しぶりに温かい食事だ。電子レンジで温める手料理も悪くないが、少し寂しい気分になると思う。
帰ってきた近所の主婦が、芹に向かって声をかけた。
「あら。泉さんのところの。」
「どうも。」
「お出かけ?珍しいわね。」
「ちょっと頼まれがあって。」
「行ってらっしゃい。」
最初この主婦からはいぶかしげな目で見られていた。だが最近は普通の人だと、気軽に声をかけてくれる。回覧板なんかが来ることもあって、芹が受け取ることが多かったからだろう。
そして商店街にやってくると、芹は八百屋の野菜に目をとめる。タマネギと白菜を買ってきて欲しいらしい。
「白菜ねぇ。」
並べられた白菜はどれが良いのかわからない。しかも相当大きい感じがする。
「どれも美味いよ。お兄ちゃん。」
「どれが良いのかわかんねぇな。これでいいや。」
「毎度。」
「あとタマネギとネギって言ってた。」
「ネギはこの季節は美味いよ。白ネギかい?青ネギかい?」
「白?青?青いモノなんかねぇじゃねぇか。」
「昔の人は緑のことを青って言う人もいるんだよ。青虫ってのは緑だけど青だろ?」
「あぁ。なるほどな。」
女将さんや大将からの言葉に芹は頷く。言葉は悪いが、素直にこうやって聞く耳があるのだから、徐々に二人から可愛がられているようだ。
「あとブラックペッパーってある?」
「それはここにゃ無いね。そっちのほら、スパイス専門店があるんだよ。最近出来たんだ。」
「ふーん。そこで売ってるかな。」
「だと思うよ。凄い匂いがするから。カレーなんかをスパイスから作るやつは良いんだろうね。」
「カレーって好きだけど、そこまでこだわりたくは無いな。」
「そりゃそうだ。その白菜とかそっちに入れて良いのかい?」
「うん。」
持っているエコバッグに野菜を入れてもらい、お金を払うと芹はひょろひょろした足取りでそのスパイス専門店へ向かっていった。その様子に、大将は少し笑って言う。
「最初はうさんくさい男だと思ったけどねぇ。」
「泉さんにはあれくらいの子が良いのかも知れないね。ほら、泉さんがしっかりしてるから。それに可愛い男の子だよ。」
「でも年上だって言ってたぞ。」
「へぇ。幼く見えるもんだね。それにしても前が見にくくないのかね。今度散髪屋を紹介してやろうか。」
女将さんは冗談のようにそう言って、芹の背中を見ていた。
そんな芹は全くそんなことを言われているとは知らずに、そのスパイス専門店のドアを開けた。店内は、確かにカレーの匂いのようで、しかし独特な匂いがする。そして棚には見たことも無いようなスパイスが瓶に入れられて、置かれていた。
「いらっしゃい。」
そこには東南アジアの衣装を着た女性が立っていた。額には何か印のようなモノがある。だが顔立ちはこちらの人のようなモノで、ただ単にそちらの方にかぶれている女性なのだろう。そう思いながら芹はその棚にあるスパイスを見ていた。
「ブラックペッパーって無いかな。」
すると女性は少し笑ってその近くにある棚から数個の瓶を取り出す。
「ブラックペッパーは挽く前のモノ、挽いたあとのモノがある。どちらが良いかしら。」
「どっちだっけ。」
沙夜に聞いてみよう。携帯電話を取りだして、メッセージを送る。そしてその返事が返ってくるまで、芹は女性に声をかける。
「悪い。俺、頼まれてるだけでちょっと頼んだヤツに聞いてみるよ。」
「えぇ。時間は逃げないからどうぞご覧になって。」
そう言って女性は少し笑う。だが芹はその目にゾクッとした。まるで蛇ににらまれたようだと思ったから。だがこのスパイスには興味がある。
カレーに入れるモノ、臭み消しの葉っぱ、そのままお茶にしても美味しいモノもあるらしい。
「これさ。」
「ん?」
女性は芹に言われたその瓶を手にする。そしてにやっと笑った。
「高いけれど、効果は抜群だよ。」
「本当に効果あるの?効能、媚薬って……。」
媚薬とは惚れ薬のことだろう。そんなモノがあれば苦労はしないのだが。そう思いながら芹はいぶかしげにそれを見ていた。
「お兄さんが持っているタマネギもね。昔は媚薬として使われていたんだよ。」
「タマネギが?」
「そう。それからカカオとかコーヒーとかもね。チョコレートが媚薬というのは有名な話。それにアルコールが入っているとなお良いと言われている。これはまぁ……もっと緩やかなヤツだよ。」
「緩やか?」
「お茶にして飲んでみるんだ。続けて飲むと血の巡りが良くなって火照ってくる。」
沙夜が顔を赤くして火照っているところを想像した。やばい。そう思いながら芹はその想像を消す。その様子に女性は少し笑って芹に聞く。
「必要かい?」
「いらねぇよ。」
「そうかい。初めて来たお客様だからサービスしてやろうと思ったのに。」
すると芹はちらっとそのしまわれた瓶を見た。何の変哲も無い茶葉に見える。だが何か違うのだろうか。そして沙夜にこれを飲ませたりしたら、どんなことになるのかと少し気になった。
「……。」
その時携帯電話が鳴る。それを手にしてみると、沙夜から粒のブラックペッパーを買ってきてくれとあった。
「ブラックペッパーは粒だってさ。」
「十グラムくらいで良いかね。」
「良いよ。それで。」
女性はブラックペッパーのその瓶を取り出して、その中身を計る。そしてそれをきっちり封をして、芹に持たせた。そしてついでに小袋を芹に手渡す。
「これはサービスね。」
「媚薬か?」
「一度使ってみると良いよ。二回分ね。お互いに飲み合うと、乱れ放題だよ。」
「おばさん。俺、そんなに若くないんだけど。」
「あたしよりは若いよ。」
魔女のような女だな。芹はそう思いながら、店をあとにする。そしてそのあと肉屋へ行き、豚肉や鶏肉を買うとそのまま家へ向かった。その道すがら、もらった小袋を取り出してみる。
何の変哲も無いような薬草に見えた。草を乾かしてカラカラになっているところを見ると、こちらの緑茶のようにも見えなくは無い。
「媚薬ねぇ。」
そんなモノがこの世に存在するのだろうか。そう言えば沙菜がその辺が詳しかっただろう。少し聞いてみても良いかもしれない。そう思いながら、芹は帰り道を歩いていた。
そして家に帰り着くと、冷蔵庫に買った食材を入れる。そんなことよりも今日は鍋のようだ。四人が今日は早く帰れるので、鍋にするそうだ。そっちの方が芹にとって嬉しい。
沙夜の仕事はやっと一段落付いたところだろう。新しいアルバムが発売される前後は本当に寝る暇すら無かったように思えるが、発売してしまえば騒がれることも無い。チャートでは「二藍」の新しいアルバムは二位を獲得したと朝のニュースで言っていた。実際芹もそのアルバムを聴いて、つけいる隙の無い音楽だと思った。だがそれはそれで味が無いように思える。
少しくらい隙があった方が可愛らしく思わないだろうか。そう思いながらメモを手にして外に出掛けるためにジャンパーを羽織る。
そして家を出ると冷たい風が吹き抜けた。今日は帰って食事を作れるらしい。久しぶりに温かい食事だ。電子レンジで温める手料理も悪くないが、少し寂しい気分になると思う。
帰ってきた近所の主婦が、芹に向かって声をかけた。
「あら。泉さんのところの。」
「どうも。」
「お出かけ?珍しいわね。」
「ちょっと頼まれがあって。」
「行ってらっしゃい。」
最初この主婦からはいぶかしげな目で見られていた。だが最近は普通の人だと、気軽に声をかけてくれる。回覧板なんかが来ることもあって、芹が受け取ることが多かったからだろう。
そして商店街にやってくると、芹は八百屋の野菜に目をとめる。タマネギと白菜を買ってきて欲しいらしい。
「白菜ねぇ。」
並べられた白菜はどれが良いのかわからない。しかも相当大きい感じがする。
「どれも美味いよ。お兄ちゃん。」
「どれが良いのかわかんねぇな。これでいいや。」
「毎度。」
「あとタマネギとネギって言ってた。」
「ネギはこの季節は美味いよ。白ネギかい?青ネギかい?」
「白?青?青いモノなんかねぇじゃねぇか。」
「昔の人は緑のことを青って言う人もいるんだよ。青虫ってのは緑だけど青だろ?」
「あぁ。なるほどな。」
女将さんや大将からの言葉に芹は頷く。言葉は悪いが、素直にこうやって聞く耳があるのだから、徐々に二人から可愛がられているようだ。
「あとブラックペッパーってある?」
「それはここにゃ無いね。そっちのほら、スパイス専門店があるんだよ。最近出来たんだ。」
「ふーん。そこで売ってるかな。」
「だと思うよ。凄い匂いがするから。カレーなんかをスパイスから作るやつは良いんだろうね。」
「カレーって好きだけど、そこまでこだわりたくは無いな。」
「そりゃそうだ。その白菜とかそっちに入れて良いのかい?」
「うん。」
持っているエコバッグに野菜を入れてもらい、お金を払うと芹はひょろひょろした足取りでそのスパイス専門店へ向かっていった。その様子に、大将は少し笑って言う。
「最初はうさんくさい男だと思ったけどねぇ。」
「泉さんにはあれくらいの子が良いのかも知れないね。ほら、泉さんがしっかりしてるから。それに可愛い男の子だよ。」
「でも年上だって言ってたぞ。」
「へぇ。幼く見えるもんだね。それにしても前が見にくくないのかね。今度散髪屋を紹介してやろうか。」
女将さんは冗談のようにそう言って、芹の背中を見ていた。
そんな芹は全くそんなことを言われているとは知らずに、そのスパイス専門店のドアを開けた。店内は、確かにカレーの匂いのようで、しかし独特な匂いがする。そして棚には見たことも無いようなスパイスが瓶に入れられて、置かれていた。
「いらっしゃい。」
そこには東南アジアの衣装を着た女性が立っていた。額には何か印のようなモノがある。だが顔立ちはこちらの人のようなモノで、ただ単にそちらの方にかぶれている女性なのだろう。そう思いながら芹はその棚にあるスパイスを見ていた。
「ブラックペッパーって無いかな。」
すると女性は少し笑ってその近くにある棚から数個の瓶を取り出す。
「ブラックペッパーは挽く前のモノ、挽いたあとのモノがある。どちらが良いかしら。」
「どっちだっけ。」
沙夜に聞いてみよう。携帯電話を取りだして、メッセージを送る。そしてその返事が返ってくるまで、芹は女性に声をかける。
「悪い。俺、頼まれてるだけでちょっと頼んだヤツに聞いてみるよ。」
「えぇ。時間は逃げないからどうぞご覧になって。」
そう言って女性は少し笑う。だが芹はその目にゾクッとした。まるで蛇ににらまれたようだと思ったから。だがこのスパイスには興味がある。
カレーに入れるモノ、臭み消しの葉っぱ、そのままお茶にしても美味しいモノもあるらしい。
「これさ。」
「ん?」
女性は芹に言われたその瓶を手にする。そしてにやっと笑った。
「高いけれど、効果は抜群だよ。」
「本当に効果あるの?効能、媚薬って……。」
媚薬とは惚れ薬のことだろう。そんなモノがあれば苦労はしないのだが。そう思いながら芹はいぶかしげにそれを見ていた。
「お兄さんが持っているタマネギもね。昔は媚薬として使われていたんだよ。」
「タマネギが?」
「そう。それからカカオとかコーヒーとかもね。チョコレートが媚薬というのは有名な話。それにアルコールが入っているとなお良いと言われている。これはまぁ……もっと緩やかなヤツだよ。」
「緩やか?」
「お茶にして飲んでみるんだ。続けて飲むと血の巡りが良くなって火照ってくる。」
沙夜が顔を赤くして火照っているところを想像した。やばい。そう思いながら芹はその想像を消す。その様子に女性は少し笑って芹に聞く。
「必要かい?」
「いらねぇよ。」
「そうかい。初めて来たお客様だからサービスしてやろうと思ったのに。」
すると芹はちらっとそのしまわれた瓶を見た。何の変哲も無い茶葉に見える。だが何か違うのだろうか。そして沙夜にこれを飲ませたりしたら、どんなことになるのかと少し気になった。
「……。」
その時携帯電話が鳴る。それを手にしてみると、沙夜から粒のブラックペッパーを買ってきてくれとあった。
「ブラックペッパーは粒だってさ。」
「十グラムくらいで良いかね。」
「良いよ。それで。」
女性はブラックペッパーのその瓶を取り出して、その中身を計る。そしてそれをきっちり封をして、芹に持たせた。そしてついでに小袋を芹に手渡す。
「これはサービスね。」
「媚薬か?」
「一度使ってみると良いよ。二回分ね。お互いに飲み合うと、乱れ放題だよ。」
「おばさん。俺、そんなに若くないんだけど。」
「あたしよりは若いよ。」
魔女のような女だな。芹はそう思いながら、店をあとにする。そしてそのあと肉屋へ行き、豚肉や鶏肉を買うとそのまま家へ向かった。その道すがら、もらった小袋を取り出してみる。
何の変哲も無いような薬草に見えた。草を乾かしてカラカラになっているところを見ると、こちらの緑茶のようにも見えなくは無い。
「媚薬ねぇ。」
そんなモノがこの世に存在するのだろうか。そう言えば沙菜がその辺が詳しかっただろう。少し聞いてみても良いかもしれない。そう思いながら、芹は帰り道を歩いていた。
そして家に帰り着くと、冷蔵庫に買った食材を入れる。そんなことよりも今日は鍋のようだ。四人が今日は早く帰れるので、鍋にするそうだ。そっちの方が芹にとって嬉しい。
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