触れられない距離

神崎

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ポテトサラダ

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 午前中は企業に出向いて、CMの曲の打ち合わせ。そして午後からはテレビ局へ向かう。すっかり寒くなってきたが、まだコートを羽織るような季節では無い。翔はそう思いながら、テレビ局の玄関をくぐり受付に自分の名前を告げる。
「スタジオ三です。楽屋は栗山さんと一緒で良かったですか。」
 マネージャーもいない、翔一人で来るのだからマネージャーのような外部と打ち合わせが出来る人と一緒にいた方が良いと思っていたが、それはそれで誤解を与えられる。翔は受付から離れると、その受付嬢は少し笑った気がした。
 おそらく遥人とゲイカップルの仲で、ひとときでも離れたくないと思っているから楽屋は一緒が良いと勘違いしているのだ。
 レコード会社もその路線は否定もしていないし、肯定もしていない。沙夜自身が何を思っているのかわからないが、沙夜にだけは誤解させたくないと思う。
 そう思いながら、エレベーターに乗り込むと指定されている楽屋がある階で降りた。そして楽屋へ向かい、ドアを開けるともう遥人がそこにいた。
「お疲れ。」
「お疲れさん。」
「台本、来てるよ。」
 トーク番組での内容は決まっている。アドリブを入れることはあるが、ほとんどこの台本の通りに動くのだ。
「ご飯食べながらで良いか。」
「食う暇が無かったのか。」
「ちょっとね。」
 荷物を置くと、台本を手にする。それを見ながら保冷バッグを取り出して、弁当を取り出した。
「お茶は飲んで良いってさ。」
 遥人はそういう徒渉にペットボトルのお茶を手渡した。
「うん。」
 弁当の蓋を開けると、中には鳥の照り焼き、卵焼き、ほうれん草のおひたし、ポテトサラダ、ひじきとにんじんの煮たモノなんかが入っている。それにご飯の上には、ふりかけがあった。
「相変わらず美味そうだよな。」
「うん。」
 遥人は一人暮らしをしている。作る暇はないのでいつも買ってきているようだが、それでも太る気配が無いのは鍛えているからだろう。
「卵焼きが美味そう。」
「食うか?」
「催促したみたいだ。」
 弁当の蓋に卵焼きをのせると、それを遥人に渡す。すると遥人はそれを手で掴んで口に入れた。
「美味い。焼きすぎてないし、適度に甘みもあって。」
 もう一つ入っている卵焼きに箸を付けようとして、少し躊躇した。これは芹が作ったモノだ。そう思うと食べたくなかったが、食べ物に罪は無い。
「泉さんが作ってるやつ?」
「芹もな。」
「芹って、あのライターのやつ?」
「あぁ。朝早く起きて、いつもなんか二人で作ってる。」
 その口調は苦々しそうだ。本当だったら翔がしたいところなのだろう。だが決まっているように芹がいつもそこにいる。それがやるせないのだろう。卵焼きを口に入れると、ほのかに甘くて美味しかった。
 そしてその台本をめくる。本当だったら、食べながら本を読むような感覚で行儀が悪いと思うがゆっくり台本を読む暇すら無かったのだ。
「三人で話をするんだっけ。もう一人は誰だったか。」
「清田啓治。」
 翔はこの男と以前ファッション雑誌で一緒になったことがある。真性のゲイで、遥人との噂を信じているような男だった。そして翔になんだかんだと話をしようとしていたが、音楽以外の話をしようとしたのでさっと逃げてきたのだ。
「あぁ。」
「この男、ゲイだろ?」
「そうみたいだった。」
「俺さ。あまり言ってないけど、そういうの苦手でさ。」
 若い頃、興味本位からゲイバーへ行ったことがある。そこで暴言を吐いて、出入り禁止になったのだ。だが遥人に言わせれば、ゲイなんかが異常者に見える。
「苦手で良く否定しないよな。」
「食っていくには仕方ないだろう。何でもするよ。それが男の尻に突っ込めとか、突っ込まれろって話以外ならって事。」
「……純に言うなよ。そんなこと。」
「言わないよ。でも俺、純は別に何とも思わないんだよな。わかんないけど。」
「仕事上の付き合いしかしてないからか?」
「そうじゃないよ。昔ゲイバーに行った時さ。変な男がいたんだ。妙に色気があってさ。見られるだけでドキドキするような。」
「……。」
 気持ち悪いどころか、その気持ちがあるんじゃ無いのか。翔はそう思いながらポテトサラダに箸を付ける。
「思わず「気持ち悪い。近寄るな。このホモ。」って言ってしまってさ。」
「ゲイバーで言うなんて本当に喧嘩を売ってるよな。大体その単語って差別だろ。」
「あとで知ったよ。まずいことを言ったなって。でも否定もしたくない。実際、自分の根底ではそう思っていたんだろうし。」
 遥人はそう言いながら、台本を手にしてまた目を通す。
「女がいなかったことは無いだろう。この間まで付き合っていた女はどうしたんだ。」
「いつの話だよ。とっくに終わってるって。今はフリーだし。それにやっぱどんだけ綺麗でも男よりも女が良い。」
「ケバい女な。」
「そう言うなって。お前は地味系が好きなんだろう。」
 沙夜のことを言われているようで、思わず弁当を吹きそうになった。
「誰のことを……。」
「誰も知らないって思ってる方がおかしいって。さっさと手を付けろよ。」
「でも俺らの仕事で外で会うのって難しくないか。」
 すると遥人はにやっと笑って、携帯電話を取り出す。そしてその画面を見せた。
「ここのホテルさ。」
「A街?」
「うん。ちょっと高いけど、守秘義務が完璧なんだよ。誘えば?」
「……。」
 沙夜はどんな風に乱れるのだろう。あの食事を作る手が、どんな風に求めるのだろう。そしてあの唇の柔らかさはどんなモノなのだろう。そう思うと、ぐっと唇を噛んでしまう。
「いずれそうするよ。って言うか、遥人はこんな所で会ってたのか?」
「冗談。ここは一度目だけ。あとは普通にシティーホテルとか。家とか。」
「家か……。」
 同居していて、湯上がりの沙夜も寝起きの沙夜も見ているのだ。だがその間に芹がいる。一緒に住むかと誘ったときはこんなに邪魔だとは思ってなかった。なのに、今は芹がとても邪魔だと思う。沙夜と二人になりたいのに。
「そう言えばさ。」
 遥人が台本を広げて、翔に言う。
「ここにさ、趣味のことを聞くって書いてるじゃん。」
「趣味?」
「俺、ジムに行くって言うけど、翔は?」
 前は趣味のことを聞かれて抵抗があった。しかし遥人が答えるというのであれば、答えないといけないだろう。
「音楽作ってる。」
「仕事人間かよ。」
 ポテトサラダにまた箸を付けると、遥人は少しため息を付いた。
「ポテトサラダってさ。」
「ん?」
「手間がかかるよな。作ってみるとわかるよ。」
 前の女が作ったのだろうか。そう思いながら翔は聞く。
「ポテトサラダが美味かったのか?前の女は。」
「ううん。飯が作れなくてさ。買ってきたポテトサラダを並べるような女。でもさ、女に言わせると「手間がかかるのに、主食にならなくて損。」って言ってた。」
「確かにそうだな。」
 それを朝から作ってくれる沙夜。やはり好きになったのは、この人しかいない。そして芹に取られる前に、やはり自分から手を打っておきたいと思う。
「遥人。」
「ん?」
「さっきのホテルって普通に検索したらホームページとか出てくるのか。」
 すると遥人は少し笑って言う。
「出てくるよ。何?誘うの?」
「そのうち。」
 いつになるそのうちかわからない。だが芹が手を出す前に出しておきたいと思う。
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