触れられない距離

神崎

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七輪の焼き肉

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 食事もご馳走になったのに、お土産と言って野菜と卵を持たせてくれた。その上、サツマイモや他の野菜はまた発送をしてくれるらしい。段ボールに芋を入れて、辰雄はバンにそれを乗せると沙夜と芹をまた麓まで送ってくれる。
「あいつ、ちゃっかり着払いにしたぞ。」
 麓には街があり、そこには小さいながらも運送業会社があるのだ。そこと辰雄は契約をしているらしく送るもののついでに沙夜への荷物も預けたのだ。明日には届くらしい。
 手際よく配送の手続きをしている辰雄を見て芹はそう言うが、沙夜はそれでもかまわないと思う。野菜の収穫を手伝っただけで、お昼をご馳走になったり郵送するほどのサツマイモを分けてくれたのだ。送料の価格を思っても安いモノだ。気前が良いのにもほどがあると思う。
「塩を買いましょうか。それから魚も。今日の夕食は魚ね。」
「良いよ。」
「あら。珍しいわね。魚を嫌がるのに。」
「昼飯にあんなにお腹いっぱい食べることは無かったからさ。」
 辰雄は二人を送ったあとそのまま幼稚園へ迎えに行くのだという。二人の仕事のことを考えれば、息子を幼稚園へ通わせる必要は無いのかも知れないが、あの世の中と断絶したような空間で大人二人としか顔を合わせないというのは、あまり良くないと思う。ある程度の社交性と社会性は必要なのだ。
「物産館があるのよ。そこで塩と……。」
 その時芹は港の向こうの方を見る。煙が立っているのが見えたからだ。それに沙夜も気がついて、少し笑う。
「あそこで塩を作っているのよ。」
「海水を煮立たせているのか。」
「そうみたいね。凄く大変みたいよ。塩小屋。」
 真夏は部屋の中がサウナほどの暑さになる。そこでひたすら鍋をかき混ぜるのだ。三十分が限度だという。それ以上は熱射病になるのだ。手作りで作っている塩は普通の塩よりも高いが、味は先ほどの焼き肉でわかった。普通の塩とは別物なのだ。
 その後なんだかんだと話をしている男二人を見た。その二人を見て芹は首をかしげる。
「あいつら観光客か?」
「違うわ。住んでいるんでしょうね。荷物を持っていないモノ。」
「この辺のヤツか。ふーん。あれだな。この辺のヤツってのは辰雄さんみたいな人が多いと思ってたんだけど、そうでも無いな。」
 行き交う人は色が白く痩せていたり、あまり若くないような中年の人もいる。漁師なり、畑なり、畜産なりをしているともっと肌が焼けてたくましくなるモノだと思っていたから。実際、芹が供す腰働いてみただけで鍛えられたような気がする。
「少し上にね。出版社の支所があるの。」
「出版社?」
「古い古民家を改装したようなところ。ここからはあまり離れていないし、多分歩いて行けるわ。それにこの道を少し行くと、工場があるの。」
「何の?」
「精密機器のね。だからアパートも建てられているし、社員寮もある。市が買い付けている貸家に入っていたりするみたいね。」
「せっかく綺麗な海なのに、そんな工場があったりしたらなんか海が汚れそうだな。」
「どうかしらね。でもこの辺はまだ海女さんがいるのよ。」
「海女?」
「まだ海は汚れていないって事ね。」
 海は真っ青で、石浜だ。波が立つ度にじゃらじゃらという音がする。気をつけているのかゴミなんかは無く、流木が流れてきている。それは自然に返るモノなのだ。
「そっちに物産館があるわ。行きましょうか。」
 観光客が来ても、観光するようなところはあまりないように思える。夏であれば海水浴の客が来るのかも知れないが、普段は静かな海なのだろう。
 早朝に漁師が海に出て、魚を引き揚げる。港に返ってくると競りが始まり、一気に賑やかになるのだろう。だが夕方にさしかかったこの時間であれば、この辺は静かなモノだ。
 子猫が母猫を追っている。鳶が空中を舞い、海では魚が跳ねている。こんなところに沙夜は住みたいと思っているのだろうか。実際、芹もここに来て、良いところだと思った。自分が住んでいた実家は騒がしいところで、色んな音がした。静かにしていれば隣の家の夫婦喧嘩の声まで聞こえるようなところだったからだ。
 それが普通だと思って育っていた。だからこんな静かなところは落ち着かないと思っていたのだが、もし港に腰掛けてぼんやり日がな一日過ごすというのも悪くない。
「芹。」
「ん?」
「そろそろ行きましょうか。」
「物産館だっけ。魚が多いのかな。」
「今日は何の魚があるかしらね。」
 沙夜はここに足繁く来ているらしい。いつか持って帰った鰺も、ここで買ったのだろう。その料理一つ一つがとても美味しい。料理屋なんかで食べるものとは違って家庭の味がする。
 物産館の前には水槽があり、おそらく採れたての魚が泳いでいる。生きたまま売られていくのだろうか。その水槽の底には貝のようなモノが見える。
「ホタテか?これ。贅沢だな。」
「ヒオウギ貝って言うの。」
「ヒオウギ貝?」
「ホタテとは違って、貝の色がカラフルでしょう?紫とか赤とか。」
「着色してるわけじゃ無いのか。」
「そんなことをして売っても仕方ないわ。牡蠣もあるのよ。生牡蠣は少しまだ危ないけど、牡蠣フライも良いわね。」
「でも今日は腹一杯だな。揚げ物はパスしてくれよ。」
「そうね。」
 ここに来ていない翔や沙菜のことを思うと、少し良いモノを買って帰りたいと思うが二人が休みの時も好きなことをしているのだ。肩肘張らずに普段通りの食事にしようと、物産館の中に入る。
 お土産屋もかねているらしく、片隅にはお土産用のちりめんせんべいや塩まんじゅうなんかもある。普通の企業なんかに勤めていれば、こういうモノをお土産として職場に配るのだろうが、沙夜はどこへ行ってきたとか誰と会ってきたとかと言うのは職場に言うことは無いらしい。なのでお土産物には目もくれない。
「今日はイカがあるわね。運が良いわ。これをバター焼きにしたいわね。」
「良いな。」
「胴の部分は刺身にしても良いし。それからちりめんじゃこを買おう。」
「それさ、パスタに出来ない?」
「ご飯はあるのよ。」
「だったら焼きめし。」
「それなら良いわ。もらった大根葉で……。」
 他に客はあまりいないが、明らかに沙夜や芹のように若い人はいない。平日の昼間にこんなところでデートをしているのは、普通の仕事では無いのだろうと店員らしい女性は品出しをしながら思っていた。
「塩は大きいモノじゃ無くても良いよ。」
 沙夜はそう言うと芹は手に持った大袋の塩を置いた。
「何で?」
「使い切る前に固まってしまうのよ。無くなったら、また買いに来れば良い。次に来るときは、大根とゴボウの収穫だって言ってたから。」
「その時はまた来るのか。」
「そうね。時間が合えばね。」
 辰雄のところへ行かなくても、沙夜はここに来ることがある。それにここだけでは無く沙夜が好きな土地はいくつかあり、今度時間が取れるときには山の方へ行きたい。そこでは紅葉がもう始まっているのだ。落ちてくる枯れ葉をぼんやりと見ていたい。
 いつも隣には誰もいなかった。一人で良いと思っていたから。だが芹がいてくれればそれはそれで楽しい。
 それは芹だからだろうか。芹がいてくれるから良いのだろうか。翔だったらそんなことを思わないのだろうか。いや。違う。
 認めかけた感情をまた否定して、沙夜はレジにそのかごを持っていった。
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