触れられない距離

神崎

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ピクルス

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 ここ最近、沙菜も帰りが遅い。今日は地方へ行って営業をしているのだと言っていた。帰ってくるのは、日をまたぐかもしれない。それは遅くに帰ってくる翔も同じようなモノだ。
 食事を終えた沙夜は食器を洗ったあと、湯に浸けておいた栗を取り出した。そして栗を取り出すと柔らかさを確かめる。割と良い感じだ。湯に浸けておいたのが良かったのかもしれない。
「何してんの?」
 トイレから戻ってきた芹は、まだキッチンでごちゃごちゃとしている沙夜が気になったのか、またキッチンにやってきた。
「明日は栗ご飯を炊こうと思ってね。」
「栗ご飯?」
「バンドの差し入れもかねるから。」
 いつかのテレビ番組では芋ご飯を差し入れていた。明日は栗ご飯らしい。
「芋ご飯よりは手間だけど、栗ご飯ってあまり外では食べられないしね。」
「ふーん。これ、剥けるの?相当堅くないか。」
「お湯に浸けておいたから、柔らかくなった方じゃなかしら。」
 まな板と包丁を取り出すと、沙夜はその栗を一つ取り出す。そしてその栗の堅い部分を包丁で切り落とした。
「そこって食えないのか。」
「食べられないことは無いけど、剥きにくいからね。」
 そう言って沙夜は次々に栗を切り落としていく。その栗を持つと、芹は沙夜に言った。
「これって手で剥けるよな。」
「剥いてくれる?」
「良いよ。」
 芹はそう言ってエプロンをまた身に付けると、その栗の固い皮を手で剥き始めた。そして沙夜は堅いところを全部切り落とし終わると、今度は渋皮を包丁で剥き始めた。
「手を切りそうだな。」
「堅いしね。」
 剥き終わったモノは水に浸ける。そうすると灰汁が出ていくのだ。
「芋ご飯より手間がかかっているな。」
「そうね。でもその分美味しいわ。」
「にしても多くねぇ?何人分だよ。その栗。栗を食べてるのか、飯を食ってんのかわかんねぇよ。」
「全部を栗ご飯にするわけじゃ無いから。」
「そうなの?」
「お正月の栗きんとんにするから。保存が利くからね。甘露煮にすると。」
「栗きんとんねぇ。お菓子みたいなヤツか。」
「そうね。サツマイモと合わせて作るの。」
「サツマイモねぇ。あぁ、あの話さ。」
「芋掘りに行くモノ?」
「あぁ。水曜日だろ。調整出来たわ。」
「だったらその時に行きましょうか。」
 レコーディングが終わったタイミングだ。沙夜はその日に休みをもらっていた。その時芹と一緒に畑へ行く。芹がそんなことを言い出したのは気まぐれかもしれないが、それはそれで嬉しいと思う。芹が生長したように見えるから。
「翔にも声をかけようかしら。翔もその日は仕事はオフだし。」
「……えー……。」
 その反応に沙夜は不思議に思っていた。どうして嫌なのかと思っていたからだ。
「翔が来るのは嫌なの?」
「って訳じゃ無いけどさ……。」
 デートをしている気分に浸りたかった。それだけなのに沙夜は気がついていないのだ。
「翔は虫とか草とか嫌がらないからね。むしろ土に触れたいって思っているみたいだし。」
「そこで畑でもすれば良いのに。」
 そこというのは庭のことだろう。片隅に花壇はあるが、野菜どころか花一つ無い。世話が出来ないからだろう。
「来年はトマトを植えたいんですって。」
「ふーん。素人がいきなりして出来るモノかな。」
「わからないわね。私も育てたことはないし。」
 次々に栗が剥けていく。水に浸けると、その水が少し白く濁ってきた。芹の心の中も白く濁るようだと思う。
「甘露煮ってそんなに簡単にできるのか?」
「簡単にはできないから、明日作ろうと思ってね。今日は栗ご飯で手一杯だわ。そうだ。クチナシの実も買わないと。」
「クチナシ?」
「色づけよ。ただの。」
 最後の栗を剥き終わり、芹はその間剥いた皮をまとめていた。
 沙夜はその間米をといでいた。栗の灰汁とを取るのに少し時間がかかることや、米をといで少しおいておくことを考えると、その間に風呂に入ろうと思う。
「それにしても米も多くねぇ?冷凍でもするのか。」
 いつも四人で食べている量の杯ほどあるだろうか。すると沙夜は少し笑って言う。
「橋倉さんに持って帰らせようと思ってね。」
「橋倉って……ドラムの男だっけ。でかいヤツだよな。」
「奥様が妊娠されているみたいなのよね。」
「へぇ……。」
 二人の子供を産んだときとは様子が違うと聞いている。つわりが今回ひどいらしい。吐いたり、食欲が無くなったりと大変なのだ。
「職場にも妊娠されている語っていたこともあるけれど、辛いみたいだしね。せめてご飯くらいは差し入れたいって思って。」
「だったらピクルスも持たせたら?沙夜が作ったやつあるだろ?」
「ピクルス?」
「酸っぱいものが食べたくなるんだよ。妊娠中って。でもキュウリとトマトを避けろよ。」
「そうなの?」
「体を冷やすから。」
 冷蔵庫に入れている瓶を取り出す。そこには沙夜が作った手作りのピクルスがあった。中に入っているモノは、キュウリ、トマト、カリフラワー、大根、にんじんなど様々な野菜が甘酢に浸かっている。何ヶ月も持つモノでは無いが、料理によってはこれを添えることもあるのだ。芹はこれが好きでたまに取り出しては、ポリポリと食べることもある。おやつ代わりなのだろう。
「なんでそんなことまで知っているの?」
 沙夜はそう聞くと芹は少し顔を引きつらせた。だが芹はすぐに思い直す。
「知り合いだよ。妊娠した。もう俺らの歳だったら子供がいるヤツも多いし。」
「そうね。」
 沙夜の周りも結婚したり、妊娠したりする人が多くなってきた。だが沙夜は自分が妻になったり母になったりと言うことは考えられない。それよりも仕事がしたいと思う。
「沙菜は子供を作る課程については詳しそうだけど、実際作ることは無いのか。」
「今できたら大変なことになるでしょ。この間、事務所との契約を更新したって言っていたし。」
「妊婦でもAV出てるヤツっているのにな。」
 はち切れそうなお腹をしているのに、それでも男をくわえ込んでいるのだ。沙菜ならやりかねないと思う。しかしその時の父親は誰になるのだろう。沙菜の交友関係などわからないが、「誰かなぁ。」というのがオチなのかもしれない。
 だが沙菜がそうなる可能性は低い。翔しか見ていないのだから。
「大分減ってるわね。芹。案外食べてるのね。」
「美味いもん。それ。」
「変わったモノは使っていないつもりなんだけどね。」
 沙夜はそう言って冷蔵庫にまたピクルスをしまう。そしてエプロンを取った。
「お風呂を沸かすわ。今日は沙菜がいないし。」
「そうだな。」
 キッチンの奥に風呂場がある。脱衣所にやってきて、そのまま風呂場へ行くと軽く浴槽と床を洗った。そして風呂に栓をすると、スイッチを入れる。すると自動的にお湯を張ってくれるのだ。
「……。」
 たまり始めたお湯を見ながら、沙夜は少し複雑な気持ちになっていた。
 芹の周りという人が誰なのかわからない。だが昔、恋人がいたのは確実だ。芹の歌詞を見ていれば、いい恋愛をしていないのはすぐにわかるから。
 どんな人だったのだろう。沙菜のように女の子っぽい女だったのか。それともクールな美人系だったのだろうか。
 お湯が溜まっていくのを見ながら、沙夜は少しため息を付いてその場を離れる。何を考えていたのだろう。
 芹のことなど気にしなくても良いのに。ただの同居人で、友達ですら無いのだ。だから知る必要も無い。そのスタンスはずっと変わらないのだから。
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