触れられない距離

神崎

文字の大きさ
上 下
57 / 664
ポテトコロッケ

56

しおりを挟む
 ドラマ部分の撮影が終わり、沙菜は私服に着替えるとスタジオをあとにした。その前に、そのスタジオの予定表を見る。何かのドラマの撮影が別スタジオで行われているらしい。二時間ドラマで、どうやら殺人事件のモノだ。頭の切れる警察官が、犯人を割り出すようなモノでこの主人公の刑事は小さい頃から沙菜も沙夜もおそらく知っている人だ。まだ幼い頃に、父親がこの人が出ている時代劇を見ながら酒を飲んでいたのだから。
 おそらく慎吾はこのドラマに出ていたと思われる。役者の卵だと言っていたからだ。だがそれが本当なのかもわからない。翔に真実を聞きたいが、どうして知りたいのかとかどこで知り合ったのかなどは言いたくなかったから聞けない。自分がしたことだが、後悔している。
 沙夜に近づいて欲しくない。沙菜に発せられたあの一言を思い出すから。
「嘘つき。」
 沙夜はそう言ったのだ。それは自分が仕掛けたこと。そしてお節介だった。それを沙夜は理解してくれなかった。沙夜にとってはあの行動は嫌な気持ちにしかさせなかったのだろう。
 自分が良いと思っていることを強制するのは、傲慢だと思う。それを沙夜に言ったとき、沙夜は冷たい口調で言った。
「ご飯は用意しているけど、私が美味しいと思ったモノだから、あなたの味覚に会わなければ食べなくても良いわ。今時は買ってきたものも美味しいし。」
 だが沙夜が作るものは沙菜の口に合う。そしてそれはずっと美味しいので、沙菜は文句を言わなかっただけだ。そしてその食事が、沙夜と別れたくないと思わせてくれる。
「……今日、ご飯何をしてたっていってたっけ。」
 沙菜はそう呟くと、携帯電話を取りだした。そこにはメッセージが何件かある。そしてその中に慎吾のものがあった。
「終わったら連絡をして欲しい。」
 連絡なんてするわけがない。おそらく慎吾を沙菜に近づけたのは罠だと思うから。自分の地位を脅かそうとしている人が居るのはわかる。つまり単体女優の地位を沙菜から奪いたいと思っているのだ。
 AV女優というのは、相当数が居る。その中でメーカーと契約している単体女優になれるのはごく一部で、ほとんどが企画女優になるのだ。企画女優も悪くない。出れば出るほど実入りが良いから。
 だが単体女優は、あまりガツガツ撮影することはない。一本の単価が高いからだ。それだけ収益があるのだろう。沙菜はその中でも相当売れている方だと思う。デビュー当時から、注目されていたからだ。それは「元アイドル」という触れ込みだったからかもしれない。
 アイドルからAV女優になった人は多いが、沙菜のように数年間も第一線でいれる女優は少ない。だから足を引っ張ろうという人は多いのだ。友達面をして近づいてSNSなんかで仲が良いことをアピールしたりしていても、割とその内面はギスギスしているのは日常だろう。
 沙菜に慎吾を近づけたのはおそらくそういったところだ。あの飲み会の場にいた誰か。そう思うと繋がりを持ちたくないと思うが、そうはいかない。イメージというのは大事で、女優が沢山出てくるような作品にもまだ需要があるからだ。
 そう思いながら、スタジオを出て行くと駅の方へ向かう。やっと帰れるからだ。
 その時、駅前の時計台の前をさしかかった。そこはナンパスポットで、女性の二人組などが男を待っているように見える。沙菜も同じようなことをしたことがあるが出演したAVの作品の話だ。
 逆ナンパをして、そのままホテルへ行って男とセックスをする。もちろんノーマルなものもあれば、足蹴にするような女王様を演じるときもあった。だがそれをしたのは仕事だから。気が乗らなければ、ナンパに乗ることもない。今日はそんな気分ではない。それより帰ってご飯が食べたいと思う。
 昼に出されたビュッフェは美味しかったが味が濃い。沙夜の食事で口直しをしたいと思っていたのだ。
「あれ?」
 男が沙菜に近づいてきた。金髪が伸びて根元が黒いところからあまりナンパという感じには見えないが、こういうワイルドなタイプが好きな人もいるだろう。だが沙菜にとってはタイプでは無い。あくまで好きなのは翔のようなすらっとした清潔感のある男なのだから。
「もしかして日和ちゃんじゃない?」
「えぇ、そうだけど。」
 やっぱり作品を見ている人だ。こういう人から声をかけられることは多い。そして後ろにいた同じような男とにやっと笑い合った。
「これからどこか用事があるの?」
「帰るの。」
「孵る前に一杯飲みに行かない?」
 その言葉に沙菜は首を横に振った。
「ごめん。今日は撮影で疲れているから。」
 撮影という言葉に、男達はにやっと笑う。AV女優の撮影であれば、おそらくセックスをしてきたのだと思っていたのだろう。一人なのか二人なのかわからないが、そこから何人増えてセックスをしても変わらないだろうと思っていたのかもしれない。
「えー?せっかく日和ちゃんと飲めると思ったのに。酒が美味しくなるだろうしさ。」
「そもそも、あたしお酒飲めないの。」
 姉である沙夜はざるだが、沙菜は一滴も飲めない。飲めばすぐに顔が真っ赤になるのだ。それは、すき焼きに入っている酒程度でも赤くなるのだから本当に耐性がないのだろう。
「えーもったいないな。」
「って事だから、帰るね。バイバイ。」
 そう言ってその場を離れようとしたが、男達は引き下がらない。せっかくAV女優とセックスが出来るかもしれないのだ。しかもそれは淫乱を絵に描いたような沙菜なのだ。何人セックスしても足りないというような顔をしているのだから、その味を知りたいと思う。
「良い店があるんだ。日和ちゃんも気に入ると思うよ。」
「んー。ごめんね。」
 その時、沙菜に一人の男が近づいてきた。
「日和ちゃん。ふらふらどっか行かないでよ。」
 上から声が聞こえて、思わずそちらを見上げる。そこには慎吾の姿があった。男連れだったのかと、男達は舌打ちをする。
「何か用事?」
 すると男達は先ほどの柔らかい態度を一変させて、沙菜に言う。
「くそ。便所女のくせに。」
「だよなぁ。病気になるわ。」
 ナンパを出来なかった憂さを堂々と本人の前で言っているのかもしれないが、ひどい言葉だと思う。思わず慎吾は男達を呼び止めようと思った。だがそれを沙菜は止める。
「いらないことを言わないで。」
「でも……。」
「真実だから。」
 誰でもセックスをするのがAV女優のイメージで、そしてその席を奪い合う世界なのだ。沙菜の周りには味方がいない。唯一の味方は姉とそして同居している翔と芹。それだけしか居ないような気がしていた。だから三人と離れたくない。
「あんなことを言われて黙っているのが女優なのか。」
「そうよ。あんたには理解出来ないかもしれないけどね。それにこんな公共の場であなたはあたしに話しかけたら、あなたのイメージも悪くなるんじゃないのかしら。さっさと帰ったら?」
 すると慎吾は少し笑って言う。
「どうしてそれを知っているんだ。」
「姉から聞いたこと。そしてその姉は翔から聞いたっていっていた。」
 「二藍」の担当者なのは知っている。この間の歌番組で、翔と一緒に居たからだ。翔とはあまり会いたくない。なんとかして翔とは別のツテで会えないだろうかと思っていたのだが、それは無理だった。
 つてがあって沙夜が「二藍」の担当を降りて別のバンドの担当になるかもしれないと聞いたが、それは立ち消えたのだという。どうやら「二藍」のメンバーが沙夜ではないと話にならないとまで言っているらしい。それは翔だけの考えで、翔が個人的な感情があるからかと思っていたが、事情は違うらしい。二藍のメンバーみんなが沙夜を女としてではなく音楽を作るモノとして離したくないと思っているのだ。
 音大を出てこういう会社に入る人が多い中、どうしてそこまで優遇されているのかはわからなかったが。
「だったら……。」
「無駄よ。あたしに何かしようと思っても。」
「無駄?」
 すると沙菜は少し笑って言う。
「今度、新しい試みの作品に出るわ。緊縛されて何人もの男を相手にするの。さっきの男達が言っていたように肉便器になるわ。」
 嵐というこの世界では有名な監督が、沙菜をそういう風に取りたいと言ってきたのだ。今まで女王様で、男を足蹴にしていた女が男から道具のように扱われる。
「そんなことを?」
「するのよ。その新しい世界を見せてくれたのはあなたよね。」
 道具のように扱い、ただ自分が満足すれば良いというような扱いのセックス。それでも沙菜はどれだけセックスをこなしてきてもあまり満たされたことはなかったのに、あの夜だけは相当感じることが出来たのだ。
「……。」
「これであたしがまだこの世界に居ることが出来るわ。せめて三十くらいまではしたいわね。そうしたら熟女枠かしら。」
「熟女ねぇ……。」
「狙いは外れたわね。残念だけどあなたの後ろにいる人にもそう言っていてね。」
「後ろ?」
「誰に頼まれたのかわからない。具体的な名前を言えばきりがないもの。」
 その言葉に慎吾はぎりっと奥歯を噛みしめる。具体的な誰かというのはわかっていないが、頼まれてしたことだとは気がついたらしい。
「だったら姉に……。」
「姉さんに手を出したら、翔が黙っていないわ。そして二度とこの世界には居られないわ。」
「あの女にそんな力があるのか。」
「姉さんがあなたについて行くことはない。もし無理矢理したとしたらレイ○ね。そんな犯罪者がのうのうと表を歩けるわけがない。ましてやテレビなんかに出れるわけがないもの。」
 沙夜は男について行くことはない。それは確実に言えることだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...